何で、こんなタイトル?
それは、「ホロリ、きりきり、もやっと」をお読みくださいね。
先週の「その時歴史は動いた」を見ましたか。今「風林火山」に出ている真田幸隆の三男、真田昌幸の話でした。
私は戦国時代に歴史のロマンみたいなものは、あまり感じません。「戦国時代」は恐ろしい時代です。そのドラマは面白くても、その時代に生まれたかったかといったら、正直ゴメンです。ドラマが面白いといっても、その国盗り物語はある意味政権争いの物語であって、その時代の鍬を振り上げ暮らしているものたちにとっては、別に彼らがその時代の主人公ではないでしょう。
私にとって小泉政権、安部政権に思うことはあっても、彼らは別に私の歴史の重要人物ではないです。
私は時々、そういう物語が見たくなります。信長が消えていっても秀吉が政権とっても、「へえ~」程度の者の戦国時代。だけど、視聴者はマニアックな人ばかりなこと間違いなしかもしれませんね
ところがこの真田の里の農民達は領主と共にわが郷土を守り戦います。
真田の領主の「国」を守る心に観応したのだと、感じるのです。
私は「風林火山」でも、真田幸隆のエピソードが一番好きです。前に書いたことと重複しますが、この戦国で彼の願いは家名を守り、そして自分の美しい国を守り抜くことだったと思います。
その大地ばかりではなく、そこに暮らす人々も含めて、紛れもない彼にとっての国。
その心は息子昌幸にしっかり伝わっていったようです。
彼の話はかなりのめり込んでしまったので、書ききれません。なのでコチラなどを参考にしていただければと思います。
私は先日会った姉に、「真田十勇士」の物語が誕生してきた背景や、農民が炊いた粥をばら撒いて、戦った話を語っていました。語りながら、又胸が熱くなっていきました。
決死の応戦であっても、関が原の戦いでは負けたほうに与していた訳ですから、蟄居させられてしまいます。そしてその地で亡くなっていくわけなのですが、その地から徳川側に付いた長男に書いた手紙に涙を誘われてしましました。
―私はもう、疲れ果ててぼろぼろになってしまいました。今頃信濃の国はどんな様子でしょう―
という内容だったかもしれませんが、いつもながら不正確。
でもまぶた瞑れば、そこに広がっているのは、吹き渡たる風にさざ波だって行く、緑の田園だったのではないでしょうか。
信濃の国には真田以外のものが治めていくことになるわけですが、民衆はそんな真田のことを忘れなかったと言うナレーションに頷けます。そして、真田のもう一つの願いである家名の存続は守られ、ずっと徳川の時代を生き残っていくのです。
武田が滅亡し、織田が消え、豊臣の世が終わっても、脈々と・・・・