京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

本を読む人

2020年03月07日 | 日々の暮らしの中で

一心に本を読みふける人がいました。何かの物語なんでしょうか。心奪われてか、不動です。自分だけの時間ですから、本当にいい時間を過ごされています。近くに腰を下ろして姿を見ていました。

奈良へ、修二会の行事が修されている東大寺二月堂を参観したいと思いながら迷って行けないでいる私は、司馬遼太郎の『街道をゆく』シリーズより「奈良散歩」を読み返していた。
澤田瞳子さんの『与楽の飯』の世界が思い起こされてくるし、「雪散華」の杉本健吉画伯が、昭和24年にうどんの食べくらべをして一番になった話があったり…。読み飛ばしていた箇所に気づきもあって、これはこれで私も良い時間を過ごした。

修二会は、〈天平の実忠以来のやり方を、不合理を承知の上で、頑固に守っている。強烈な文化意識と言ってよく、その不合理こそ、人を酔わせる。そういう精神の酔いがなければ、自分を天平の実忠和尚のそばまで連れ昇らせてゆくことはできないのである〉
〈文化の不合理に堪えて、不断に繰り返すというところに、他とちがった光が出る〉
〈様式(スタイル)の新奇さだけを追うことが、何になるのだろう〉(言いたかったが遠慮した、と)
司馬さんの言葉を記憶しておこうっと。

で、コロナウイルスによる感染が拡大している今だが、大丈夫だろうと考えるか、大丈夫ではないかもしれない、と自粛するが賢明なのか。やめときなさいと言う声…。あ~ら、困りました。本音は行きたい。木沓で堂内の床を走るけたたましい音、五体投地の激しい所作が立てる音が耳元によみがえる。。。
コメント (4)
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