京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

魂を招く風(ふう)あり

2023年08月16日 | 日々の暮らしの中で
「おじいちゃん、来年また来るまでお墓の中で元気でいてね」
幼子のことばを聞いた。

墓地では花立てに高野槇や菊の花、竜胆だったりの供花が見られ、線香があたりに匂うのも盆ならでは。
長く無沙汰が続いた思わぬ人に出会うこともある。新仏のご供養にお参りだった。
一人ひとりがいただいてきた寿命とは言え、この世に生きている私たちには別離の悲しみ苦しみは耐え難くもあり、茫然とするものがある。ひ孫さんが成長されていて、何十年ぶりとなる出会いだった。同じ関東出身ということで、何か惹かれるお方だった。


台風一過。これまでは行ったことがなかった無縁仏の供養にむかう住職に同行した。
無縁さんの供養塔に紅いサルスベリの花房が供えられていたのは、どなたの荘厳か。そこに合わせて、生花店でしつらえてきた供花を挿した。

私のところは実家も浄土真宗で、キュウリやナスで作る馬や牛、盆提灯も、未だこの目で見たことがない。門先で焚くという迎え火にしてもそう。
キュウリで作った「馬」には、ご先祖様が少しでも早く里帰りされるようにと願いを込めて。
ナスで作った「牛」は、あの世へゆっくりと無事にお帰り頂くようにとの思いで。そうした細かなことを知ったのは恥ずかしながら最近のことだ。
津々浦々、様々な風習があることを興味深く拝見するが、真宗にはそうした風習がない。

「盂蘭盆に新しき仏ある家は紅白の旗を高く掲げて魂を招く風あり。峠の馬上に於いて東西を指点するに此旗十数カ所あり。村人の永住の地を去らんとする者とかりそめに入り込みたる旅人と又かの悠々たる霊山とを黄昏は徐(おもむろ)に来たりて包容し尽くしたり」
(『遠野物語』自序より)

ナスを舟に見立て、かき豆の上にミョウガを挿した帆柱を立て、湯葉の帆を張った帆掛け船を作る、滋賀県高島市の称念寺薬師堂の法要もある。
豊かな風土、信仰が息づいているのだな。目にしてみたい…。

燃え盛る五山の送り火をテレビで拝見する。
  少しボケた赤トンボ。でも、精霊トンボというのですってね、盆トンボとかとも。
コメント (2)
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