またまた、国会議員のパワハラがニュースになっています。
どんな事件にも、加害者がおり被害者がいますし、どんな出来事にも対立双方には言い分があるのでしょう。しかし、たとえどのような言い分が有ろうとも、被害を受けた人にとっては、程度の差はあるとしても貴重な人生のある部分を塗りつぶされてしまう一面を持っています。
また、どんな犯罪でも許されるものなどないのでしょうが、中でも、何々ハラスメントと呼ばれる事件は、その多くが、社会的、あるいは家庭内などで、圧倒的な強みを持っている者が、支配者的な立場を利用して行われることが多いものですから、人格的に実に軽蔑すべき事件だと思うのですが、正当に裁かれないことが実に多いような気がするのです。
パワーハラスメントという言葉は、和製英語だそうです。それも、2001年に初めて提唱された言葉のようですから、その歴史は新しく、それでいて、今や完全な日常語として定着していることを考えますと、実にすばらしい造語だと感心しますとともに、日本で誕生したことに何とも切なく情けない気がします。
ハラスメントという英語は、「嫌がらせ」といった意味だと思うのですが、今や、パワハラを筆頭に、セクハラ、モラハラ、マタハラ等々、その数は、二十とも三十ともいわれ、それをさらに越える数のハラスメントを具体的に名前を挙げておられる方もいるようです。
私たちの社会は、ハラスメントが渦巻いている陰湿極まりない社会になっているのでしょうか。
何々ハラスメントと呼ばれる事件のほとんどが、陰湿極まりない性格を強く持っていることは否定できないと思われます。同時に、加害者の多くは、人格的に非常に未熟な持ち主が何かのはずみで実力以上の立場になってしまったことがほとんどでしょうから、どんな手段を用いてもその立場を守ろうと必死に考えているのですから、残念ながら、一般市民の多くがそうであるように、家族の生活や世間体を気にしているような被害者は、とうてい太刀打ちできないのです。
さらに言えば、例えば、今ニュースになっている国会議員の場合でも、被害を受けた秘書の方が、それも複数いるそうですから、その中の一人がその議員を反対にボコボコにしてやればよかったのに、と思うのですが、そうなっていたら、おそらく秘書の方が加害者となり、議員の方はヒーロー顔するのではないでしょうか。そうなるような法体制や世間が、私たちの社会にはあるように思えてならないのです。
何種類あるのか知りませんが、残念ながら、何々ハラスメントと呼ばれる横暴を根絶させることなど出来ないでしょう。
それでも、私たちの社会が、そのような手段をもって社会的弱者に嫌がらせをするような人物を、徹底的に指弾する風潮が強まれば、いくばくかの抑制効果は発揮できることでしょう。
その一方で、この種の犯罪の中には、公正な判断が極めて難しいものも少なくないうえ、冤罪事件もすでに発生しています。
同時に、どんなに破廉恥な事件を犯したとしても、罪を償えば許されるべきであることは当然ですが、ややもすると、この種の犯罪が、他の業績により相殺される傾向があることも懸念される一つです。
さらに加えるとすれば、国会議員など特別な権利が与えられる人に対しては、この種の犯罪に対しては特別厳しい罰を与えても、「法の下の平等」には反しないのではないでしょうか。立法化してくださる国会議員はいないでしょうかねぇ。
( 2019.07.26 )
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