津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■義兄弟

2015-02-01 10:43:24 | 歴史

先に■鎌倉松葉ヶ谷・妙法寺を書いあと、このブログで齊樹公が徳川家齊公の義弟だということをご紹介したことはあったろうかと思った。

齊樹公の正室・蓮政院(紀姫)は一橋大納言治済の御子である。つまりは11代将軍徳川家齊公の実妹である。
その兄弟は家齊を筆頭に、治国黒田斉隆雄之助斉匡斉敦松平義居、久之助、本之丞、紀姫(細川斉樹正室)であり、ただ一人の女子である。

家齊は天明元年(1781年)閏5月に10代将軍家治の養子になり、江戸城西の丸に入った。
そして、天明6年(1786年)家治(50歳)の急死を受け、天明7年(1787年)に15歳で第11代将軍に就任することになる。

記姫は天明5年11月23日の生まれであるから、その翌年に家齊は将軍となっている。

そして将軍の仰出でにより寛政六年(1794)齊樹(当時は茲樹)・記姫の婚約が調った。齊樹は7歳、記姫は11歳の姉様女房である。
縁組が調い、紀姫が細川家白金邸に入られたのは、寛政九年(1797)十一月のことであり 将軍家に初御目見するのは享和弐年(1802)正月のことである。
この折、従四位下侍従に任じられ御一字を給わり齊樹を名乗ることになる。
これを受けて、同年四月婚儀が行われた。

 

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