津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■T家「家事録」から明治熊本地震

2016-06-14 18:27:56 | 熊本地震

 T家の「家事録」 釈文がようやく完了しました。二三文字判読に苦労しましたが、凡そこの様なものかと・・・いささか自信が在りませんが・・・


 六月ゟ雨續七月
     廿六日洪■(也ヵ)
明治廿二年七月
廿八日午後十一時
貮十歩比地震              歩=分 江戸時代の金貨の単位・分が転じた別表記。これに倣ったか
五歩■■■ 熊本
家屋損 御城石垣
五十余ヶ所損 洗馬町
之内井戸二ヶ所水
吹出 土ウマリ其外
地割候所ゟ水吹出
ヶ所も有之 一躰
丈夫之所損多ク
市中ゟも御城内
損 寺石塔倒レケ所
多ク 市中家屋倒レ
ハ三ケ所も有之哉之
風聞ニ而 橋ハ大分
家屋倒レ怪我等も

有之 川尻方ゟハ
次第ニ軽熊本四方
二里以内其夜六七度
地震金峯山鳴り
地震毎ニトウメキ致
ニ付金峯山破レツ
ト申立市中働場大方
不成或ハ家財最寄
之在立除候分多ク
地震八月九月十月ニ
至りても不止其地震
火気ゟ生由甚タ火
急ニ致時間短ユリ
戻一切無嘉永七年
之大地震トハユリ
方違候 東京ゟ地理
学士小藤等三四名来
金峯山後々ニは破レツ
難計是火眠山名不付
新ニ金峯山鳴も志
つまり前代未聞記ス

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■二ヶ月目

2016-06-13 18:47:15 | 熊本地震

 4月14日の余震から今日で二ヶ月、まだ/\以前のような生活にはほど遠いが、どうやら日常を取り戻しつつある。
昨日は県南の八代方面で5弱の地震が発生し、終息がほど遠いことを伺わせる。
今日は天気の良い暑い一日と成った。わずか4・5キロしか離れていない益城町等では、数千人の方々がまだ避難所や、車中泊で不自由な生活を余儀なくされている。
私共も不自由な生活をすごしてきたが、この様な方々のことを思うとまだまだ恵まれていると実感する。
いささか手狭に成った我が家だが、引越しのおおごとさを体験し、この歳になると広い家を求めてまた引っ越そうという気には到底成れない。
ここが終の棲家に成るなーと思いつつ、近所の公園を散策したり、いろんなお店の場所などを確認したりしている。 

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■金峰山は「火が眠る」山

2016-06-13 11:24:14 | 熊本地震

                  

  T家の「家事録」を読んでいるが、判読不明の文字が登場した。明治22年の熊本地震の際、震源である市の西部にある金峯(峰)山が大いに山鳴りし、爆発するという風聞が広がったことに関する記述があった。「金峯山後々ニ者破レツ難計是火■山名不付・・・・」とある。この■部分の文字が表記の文字だ。


(「木簡・くずし字解読システム MOJIZO」を使ったところ、奈良文化財研究所 所蔵データ 解析結果100文字、東京大学史料編纂所 所蔵データ 解析結果100文字が表示された。
まったく関係ないような字ばかりが羅列表示され少々首をかしげたところだが、東京大学史料編纂所 所蔵データにビンゴ・・・・
それが下記の文字である。

                                                                                            

目偏に氏で「眡」とある。読みも判らず「、」の位置も違う。「くずし字用例辞典」にも「漢和辞典」にも見当たらない。
どうやら偏は「目」であろうと探し回った結果、「眠」である事が判明、一時間ほどの苦労の結果である。

金峯山が爆発するという噂は数ヵ月後余震もおさまったことにより消え去った。金峯山を「火眠山」と称したのである。
まさに長い間眠り続けている火の山金峰山(きんぼうざん)は、熊本市のシンボルである。 

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■製本機

2016-06-12 12:11:19 | 徒然

 熊本史談会の「会誌・第一号」を発刊するに当たり、製本だけは専門家に頼まずば成るまいと考えていた。
会員の皆さんの会費で運営しているので、極力経費の支出を抑えなければ成らない。そこで自分でやろうと思い至った。

和綴じ製本という手もあるが、20数部綴じるのは少々堪える。
やはり製本機を購入しなければならないかなと思い、ぐぐって見ると割と安いことが判った。(もっとも消耗品がやたらと高いが・・・・・)
   
     ■アスカ Asmix パーソナル製本機 B2500 自炊
      ■
JIC 卓上製本機とじ太くん 3000型

こんな処で良いのではないかと一人合点した処だが、いきなりアマゾンという訳にもいかない。
購入前にどこかで現物を見てみたいと思った。併せて購入すべき消耗品等も知っておくべきである。
電気製品量販店あたりに出かけずば成るまいと思うのだが、あいにく今日は雨模様・・・・あと12日ほどあるから何とか成るだろう。

製本機を購入したら、半ば公約の「季刊」発行にむけて頑張らなければなるまい。

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■『細川護煕』作 陶板〝赤壁の賦〟額装

2016-06-12 08:26:23 | オークション

                     ▲敬逢▲『細川護煕』作 陶板〝赤壁の賦〟額装 内閣総理大臣i


                 ▲敬逢▲『細川護煕』作 陶板〝赤壁の賦〟額装 内閣総理大臣

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■冊子つくり

2016-06-11 08:22:14 | 熊本史談会

 熊本史談会は4月・5月と例会をお休みにした。会員の中には甚大な被害をうけて転居を余儀なくされた方が居られる。
5月例会をお休みにする連絡をしたさい、返信用ハガキで会員各位の被害状況などをご返事いただくようお願いした。
大方の皆様から返信がありこれを編集して冊子を作ろうと考えた。「熊本史談会誌 第一号・熊本地震特集」と銘うった。
ここ四五日頑張ってなんとか体裁も整ってきた。

長い間会場をお借りしていた熊本中央公民館も被災して、しばらく(?)は使うことができない。
6月例会は25日を予定し会場を熊本伝統工芸館の会議室をお借りする事にした。(せこい話だが賃料が高くて堪える)
会議室の目の前に熊本城の石垣が見えるのだが、痛々しい姿を皆さんどううけとめられるだろうか。
当日この冊子をお配りして、それぞれの皆様のご苦労話をお聞きしたいと考えている。
発刊第一号はこのような異常事態の中での誕生となったが、これを期に年四回ほど発行できればと考えている。 

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■フラッシュバック

2016-06-10 08:14:11 | 熊本地震

 今朝4時45分発生の地震で目が覚めた。震度2だそうだが、体感は3といった感じ。
しばらくすると近くのお宅から、幼い子供の泣き喚く声が聞こえてきた。5~6分ほど続いていたようだ。
あの本震の際の恐怖心がフラッシュバックしたのだろう。

私の小学三年生の外孫の男の子も同様で、今でも小さな余震でも外に飛び出し、時によってはしばらく車にこもるらしい。
最近はどうか知らないがトイレにも一人で行けず、母親や高一の姉を頼っていた。
こればかりは「しっかりしろ、男の子だろう」という訳にはいかず、それなりの対応が必要なのだろう。

私はと云えば、本棚が倒れ資料や本の下敷きから逃れた一瞬の幸運を有難く感じているが、時折デスク脇の本棚を見上げる事しきりである。

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■止めときゃいいのに・・・

2016-06-09 06:32:25 | 熊本地震

 昨日は昼過ぎからチャリンコを駆って、2時間ほどあちこちを巡ってみた。
建物には被害が見当たらなくても、周辺の舗装面が隆起したり陥没したりしている例が顕著である。側溝も陥没していて激しい上下動があったことが容易に伺える。
道路は波うち、公共枡が浮き上がったりしていてロープが張られたりしている。
一見落ち着いたかに見えるが、屋根を覆うブルーシートのなんと多い事か。本格的梅雨を前にして、人手不足で修理に手付かず状態の処が殆どである。
暑い日ざしも在って少々疲れて帰宅、シャワーを浴びてゆっくりしていると地震がグラリ、一時間ほどの間に震度1~2が三度ほどあった。
最近の余震の震源は殆どが熊本、深度10キロほどである。同じ場所が連続的に壊れているという感じが恐さを感じさせる。

今朝は疲れた左足がこむら返しを起こし、その痛い事お話に成らない。5時過ぎからベッドに座り込んでマッサージ、チャリンコでうろうろしなきゃ良かったと反省しきり。
朝食中にもまた地震、なんとも不気味である。
今日は「くまもと文学・歴史館」に出かけようと思っていたが、天気も下り坂の気配に付き足を休めるために取りやめとすることにした。

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■お安く読む・文春文庫「歴史という武器」

2016-06-09 06:21:50 | 書籍・読書
歴史という武器 (文春文庫 や 64-1)
    
     文藝春秋

 

 

単行本としては2013・9発刊されている。好評であったのだろう6月10日文庫本として発売される。

内容紹介

「歴史」という強力なツール(武器)を使って、動乱の現代を読み解いた本書。

第一章は、国内政局編。岸信介、福田赳夫、田中角栄から菅直人、安倍晋三まで。嫉妬や憎しみが渦巻く宰相論・リーダーシップ論が展開されます。
第二章は、国際情勢編。オバマ、プーチンからEU、イランから領土問題まで、グローバル権謀術数の裏を読み解きます。
最終章は、熾烈な歴史から学ぶ編。坂の上の雲からミッドウェー海戦まで。明治維新から太平洋戦争にいたる歴史から、いまを生きるための叡智が示されます。

内容(「BOOK」データベースより)

栄華を誇ったローマ帝国は、「パンとサーカス」で滅んだ。文明を支える六つの軸、すなわち競争、科学、所有権、医学、消費社会、労働倫理、を満たしていたかつての日本。今後は、その繁栄の代償を払うことになるのか。それとも、叡智によって試練を乗り越えられるのか。政治学、経済学、統計学だけではない。歴史学を携えて二十一世紀の「パンとサーカス」に対抗せよ。

 

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■国立国会図書館デジタルコレクション「熊本明治震災日記」

2016-06-08 07:21:12 | 熊本地震

            国立国会図書館デジタルコレクション「熊本明治震災日記」

貴重な資料をデジタル画面で見ることが出来るのは有難いことだ。
熊本県立図書館も所蔵しているようだが、貸し出しは出来ないらしい。もっとも図書館は現在閲覧不能の状態である。

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■応急的押入れ内ダンボール本棚

2016-06-07 09:53:05 | 熊本地震

本棚に収容しきれない本や資料などを図のように押入れに納めた。この空間は押入れの上段であるが、ダンボールを並べてみて驚くのは、寸法的に見事に収まることであった。
ダンボールの寸法というのは尺貫法から来ているのではないかとも思ったほどだ。
下の段には文庫本の箱が3個ほど荷開きをしないまま押し込まれている。100冊ほどあるか、これだけのものを収容する本棚が最低要るのだが、販売店のあちこちがまだ営業して居らず、しばらくはこのダンボール本棚で我慢である。(いざと云うときには、ダンボールごと動かせるのでこれでもいいかと思ったりする)
もうそろそろ地震も終息だろうと思っているが、さきほどぐらりと来た。2といった感じ・・・・

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■寛永10年の地震

2016-06-06 16:24:40 | 熊本地震

                                                     熊本城、何度も被災 熊本市と熊本大が文献調査 

 今日の熊本日日新聞に、寛永10年の地震における忠利公に関する記事が掲載されている。(スキャンにあたり写真の位置を動かしている)
この内容についてはかつてこのブログでご紹介しているのでご覧いただきたい。
当時の私の関心事は「地震の間」についてであった。
そして忠利公の書状のあて先である狩野是齋は私の祖母の実家の遠祖であり、いささかの因縁を感じている。 

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■くちなしの白い花・・・

2016-06-06 08:45:23 | 徒然

 引っ越した先には生鮮食品を扱う大きな店が在り、買い物には便利だと安心していたら、建物が大被害を受けておりこれは解体されるのではないかと思われる。
奥方ははたと困り、以前の買い物先まで電動アシストのママチャリで2~3キロ先まで買い物に出かけている。
昨日も沢山の買い物袋を抱えて帰ってきたが、帰る早々花を活けている。白い「くちなしの花」である。
どうやら途中の道すがら手折ってきたものである。「日赤病院の前で折って来たんだろう?」と聞くと案の定である。
日赤病院前の歩道には車道との間に高さ5~60センチほどの花壇が設けられており、今は「くちなしの花」が沢山の花をつけて甘い匂いを放っている。
その下枝を手折ってきたらしい。
花瓶も大方割れてしまい、残っている花瓶は大きすぎ、やむなくジャムでも入っていたのだろうガラス瓶に活けた。

「くちなしの花」ははかない、今朝ほどは花がぐんなりとしている。活け方が悪いのか水揚げをしていないようだ。
花を落として挿し木にしてみた。ちょうど梅雨の時期に入ったので根づいてくれると思うのだが・・・・
もう増やすまいと思っていたベランダの観葉植物が一つ増えるかもしれない。 

                                                                   
 

 

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■地震酔い・・?

2016-06-05 13:59:21 | 熊本地震

 13:55地震あり、椅子に座っていたのだが地震酔いといった感じでゆらりと来た。最大震度3(宇城市)、わが東区は震度1。
余震としては随分回数が減り、間もあいてきたが終息とは参らない。もう大きな地震は起こらないと信じているが・・・そうあって欲しいと願うばかりである。
最近は何かの拍子に身体が揺れる。地震酔いだと思うのだが、地震以来血圧も上がって高止まりしている。
引越しやなにやらで体重は2キロほど減って70キロちょうどになった。なんとか69キロ代に突入しようと散歩を始めようと思っている。
唯今地図とにらめっこしながらコース作り中である。 

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■文盲成仕合

2016-06-05 08:17:14 | 歴史

 地震後ようやく読書をしようという気になってきた。まず手にしたのは 大日本近世史料・細川家史料25 である。
この本は5月20日東大史料編纂所からご恵贈いただいたものである。
内容は、寛永15年12月1日から翌16年12月29日までの細川忠利の諸方宛書状案である。参勤出立についての西国大名との応答、鍋島勝茂等赦免、在国・道中・江戸での交際、異母弟立孝処遇を巡る父・忠興・老中との折衝、ポルトガル船来航禁止などが取り上げられている。

そんな中に久留米藩主有馬豊氏に宛てた忠利の寛永15年12月8日付けの書状に、思わず笑ってしまった。
忠利はこれより先の便で、父・三齋の消息を豊氏に伝えているようだが、どうやらこれに間違いがあったらしい。抜粋してご紹介する。

  珍敷儀何も不承候、三齋様も無事罷有候、年内も何やかや用共互多御座候間、春参候へと
  被申越候、先書ニ八代ハ大雪ふり候事(由)申入候かと存候、三齋状ニ大霜と御座候を、我等
  雪とよミ違申入候、文盲成仕合、我なから笑申候、切々被懸御心、忝存候事

三齋の字は相当くせがある。霜と書かれているのを雪と読み間違えたというのである。親しい間柄故の打ち解けた文章に見て取れる。
それは尚々書にも見えていて、「自筆にて御報可申入候へ共、たかニゆひをとられ、いたミ申候間、人ニかヽせ申候・・・」とある。

鷹狩りの際指を傷つけられて筆が持てないと言うのである。

天草島原の乱が終結して約9ヶ月半ほどのこの時期、忠利の身体は万全とはいえない。
参府したのは翌16年3月23日のことである。 

 

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