幕末~明治維新前後のさまざまな登場人物は、歴史の勉強で名前だけ知っていても具体的にどういう貢献があった人なのか、覚えていないものだ。榎本武揚もその一人だったので、こんな本を見つけて読んでみた。
陸路のシベリア横断は現代の鉄道でも6泊7日の行程だ。それを馬車や船で、途中のルートが今と違ったり、各地で表敬訪問や視察の時間を取ったことがあったとしても、およそ2ヶ月をかけて横断した、その体力にまず敬服する。船と違い馬車は揺れる。しかも、この当時のこの界隈の道ゆえ相当激しく、のようだ。水平線を眺め昼寝していれば良いのではない。毎日どこかに投宿し、地元の警察署長あたりを表敬訪問し、鉱工業の工場を視察し、多くの場所で南京虫との闘い。バックパッカーの世界一周よりハードそうだ。
人物、視察した場所、車上から見た沿線、すべてが観察の対象であり色々と記録されている。ある意味スパイ日記である。もっとも日本がどれだけ、この貴重な記録を戦略的に活用したか分らないが。
巻末の略歴を読んで感心したのは、一時は新政府に刃向かった榎本武揚をその後の政府要人に迎え大いに活用した懐の深さ。それだけの人材だったと言うことでもあるし、そうせざるを得ないほど喫緊の課題山積だった事情もあろうが、今の政府や東京都知事選の様子を見るに隔世の感おおいに有り、である。
2014年1月14日 通勤電車にて読了
陸路のシベリア横断は現代の鉄道でも6泊7日の行程だ。それを馬車や船で、途中のルートが今と違ったり、各地で表敬訪問や視察の時間を取ったことがあったとしても、およそ2ヶ月をかけて横断した、その体力にまず敬服する。船と違い馬車は揺れる。しかも、この当時のこの界隈の道ゆえ相当激しく、のようだ。水平線を眺め昼寝していれば良いのではない。毎日どこかに投宿し、地元の警察署長あたりを表敬訪問し、鉱工業の工場を視察し、多くの場所で南京虫との闘い。バックパッカーの世界一周よりハードそうだ。
人物、視察した場所、車上から見た沿線、すべてが観察の対象であり色々と記録されている。ある意味スパイ日記である。もっとも日本がどれだけ、この貴重な記録を戦略的に活用したか分らないが。
巻末の略歴を読んで感心したのは、一時は新政府に刃向かった榎本武揚をその後の政府要人に迎え大いに活用した懐の深さ。それだけの人材だったと言うことでもあるし、そうせざるを得ないほど喫緊の課題山積だった事情もあろうが、今の政府や東京都知事選の様子を見るに隔世の感おおいに有り、である。
2014年1月14日 通勤電車にて読了