「花嫁」青山七恵
芥川賞作家が書いたと思えないほど、娯楽性も兼ね備えた作品。(これは褒め言葉)
次のシーンは、妹が兄をベッドに押し倒すところ。(兄が妹を、じゃない・・・注意!)
そこに両親がドアを開けて入ってくる。
P126-128
「やだ!!あなたたちいったい何してるの」
母さんが走ってきて俺の体を麻紀からひっぺがした。麻紀のパジャマの胸元ははだけて、湯上がりの上気した肌がのぞいていた。床に崩れ落ちた俺を父さんがひっぱりあげた。頭のなかで、聞き覚えのある電子音が鳴って目の前がチカチカ光った。何かと思ったら俺はげんこつで思いきり右のこめかみのあたりを殴られて倒れているのだった。俺は床に腕をついて、どうにか起きあがろうとした。すると続いて父さんが左のこめかみを殴った。今度は耳の奥でガチャッっと音がした。なつかしい、毎日聞くあの機械音・・・・・・OKです、お入りください、OKです、お入りくださいと俺を歓迎してくれる音・・・・・・ああ富子!富子!俺はもう、こんな狂った家にはいられない。
もうこのシーン最高!筒井康隆さんのスラップスティック・コメディを彷彿させる。
最初、これは近親相姦の話か?と思うかもしれない。
そうではなく、「家族」の話。
兄が花嫁をもらう、これが契機となり家族の秘密が露わになってくる。
もうほとんどミステリ。
全部で4編からなる連作長編で、語り手がリレーのように変わっていく。
妹→兄→父→母
次の文章は「父の章」の語り。
P132
かつて私は、人間が年をとるということは、それだけ何かを得ることだと思っていた。しかしいつからだろう、今では、年をとるということは、それだけ何かを失うことと同義になってしまった。私はこのまま順当に年齢を重ね、何かを失い続けた結果としての、無という状態について思いを馳せた。
P143-144
かつて妻の心の奥底に蒔かれていた嫉妬の種は、とうの昔にすべて死滅したものだとばかり思っていたが、そのうちの一つや二つはまだしぶとく細い根を張っているのだろうか。どちらにしろ、さおりの表情からそれを読みとるのは、もはや不可能に近い。やはりある程度年を重ねると、めったなことでは、心と表情は連動しなくなるらしい。表情だけではなく、発する言葉だって、心との関連はだいぶ薄い。そのかわりにかろうじて心と連携を保っているのは、沈黙だろう。心身に何かしらの動揺が生じたとき、私は自らの沈黙でそれを知る。言葉と言葉のあいだ、もしくは呼吸と呼吸のあいだが、私の動揺を語る。
P167-168
私は麻紀を「愛しすぎた」と言った。
しかし愛する気持ちを示す単位などどこにもない。適度な愛などどこにもない。
愛しすぎるか、愛が足りないか。
我々は、常にどちらかしか選べない。
私が一番好きなのは「お父さんの星」の章だけど、
一番怖いのは、最後の母の語り「旧花嫁」の章である。
【ネット上の紹介】
仲良し四人家族の中に、ある日いきなり「花嫁」がやってきた。今までそれぞれがひた隠しにしてきた過去が掘り返されていく…。情熱と契約で結ばれた家族の果て。