【ぼちぼちクライミング&読書】

-クライミング&読書覚書rapunzel別館-

「アジアにこぼれた涙」石井光太

2012年04月24日 22時25分45秒 | 読書(ノンフィクション)


「アジアにこぼれた涙」石井光太

石井光太さんの新刊。
アジア各地を取材して、全部で10作品収録されている。
時代は2000年から2008年にわたっている。
何らかの理由で「物乞う仏陀」「神の捨てた裸体」に洩れた話。
だから、「拾遺集」のような作品と思う。
内容はどうかなぁ、と思って手に取ったけど、うん、よかった。

ノンフィクション作家で、全作品を読んでいるのは石井光太さんだけ。
それだけ(私の中で)レベルが高い、と言える。
今回も期待した以上に充実していた。(今のところハズレなし)
いくつか文章を紹介する。

P189(タイの都市伝説「注射器娘」について)
注射器娘にはいろんな説があったけど、定説はパッポンのゴーゴーバーで働く23歳の女性だという話だった。ある夜、彼女がお客さんと一緒にホテルに行ったところ、十数人の男性が待ち伏せしていて、部屋のベッドで代わる代わる彼女を犯した。そのせいで、彼女はHIVに感染してしまった。彼女は半年後には田舎にもどって婚約者と結婚する予定だったのにそれも破綻した。
 それから、彼女は自暴自棄になり注射器に自分の血液を入れ、パッポンにいる外国人客や売春婦を襲いはじめた。みんなをHIV感染させ、自分と同じ苦しみを味わわせようと思ったみたい。それがこの注射器娘の正体にまつわる話よ。

この噂により、客足は遠のき、店の女の子達は辞めていった。バンコクの歓楽街パッポンが閑散とした。

P201-204
ゴーゴーバーを経営する男性にとって、この事件は衝撃だった。それまで、店の女の子は店長や客の言いなりになって働く奴隷のような存在だった。だが、エイズという問題に直面したことで、その力関係が完全に崩れたのだ。(中略)
「注射器娘の噂がなかったら、ああいう騒動は起こらなかっただろうな。店で働く女の子たちは注射器娘の話によって、真剣にエイズ問題について考えるようになった。ゴーゴーバーに勤める女の子たちがコンドームの使用を求めはじめたのは、その証だった」(中略)
「女の子の方からコンドームをつけてくれと頼んだのは事実です。今だから本音をいえば、お店の売り上げはそれによって確実に落ちると思っていました。だから、コンドームの使用がすっと受け入れられ、お客さんが戻ってきたときは信じられませんでした」(中略)
1989年には、政府が段階的にコンドーム・キャンペーンを開始。やがてそれは「100%コンドーム・キャンペーン」として全国に広がり、それまで14%だったコンドーム使用率がわずか5年で90パーセント以上に上がった。(中略)
こうした成果もあり、「十年後にはエイズで国が滅びる」とまでいわれたタイでは、少しずつエイズの嵐が収まっていった。1991年には14万人いた1年の新規感染者が、ここ数年は2万人を下回っている。こうして「世界でもっとも予防に成功した国の一つ」として見なされるようになったのである。

P240「幸せの国」ブータンについて
今でこそブータンは「幸せの国」として知られているが、歴史を見れば今日の体制を樹立するために多くの異端者を排除してきた事実がある。もともとブータンでは国王の政治的権力はそこまでつよいものではなかったが、1970年代に中央集権的な構造をつくることに成功し、一気に強大な力を握ることになった。
 当時、国内には様々な民族がおり、ネパール系民族も多かった。(中略)
  国王はこうした状況に危惧を抱いた。ネパール系民族が増えることで自らの王政が危ぶまれるのではないかと思ったのだ。そして、90年代の初頭に突如「一国家・一民族」という理念を掲げ、このネパール系民族を「不法な移民」として追放しはじめたのである。
 無論、ネパール系民族からすればこの政策は民族浄化に等しく、反対の狼煙を上げた。だが、国王は政策を変えるどころか、弾圧、拷問、投獄などの力によって押さえつけ、国民の2割以上にあたる十万から十五万人に上るといわれるネパール系民族を国外に追放し、国王を頂点とした「一民族」の国家をつくり上げようとしたのだ。そして国民には民族衣装の着用を義務づけ、近代化を押しとどめた国造りを「国民総幸福量」という概念のなかで推し進めていったのである。 

【ネット上の紹介】
アフガントラックに絵を描く父子、ジャカルタのゲイ娼婦、インド、フィリピンのストリートチルドレン、テロリストに息子をさらわれたイラク人。アジアの底で生きる人々の希望と絶望を描き出した10の物語。
[目次]
アフガントラックの絵師;ダルフールからやってきた兄と妹;ジャカルタの失恋者たち;イメルダが私に願ったこと;クリシュナと“長髪”の花園;歓楽街の注射器娘;はかない夢;誰がために金は鳴る;砂漠に消えた少年;白浜で踊る

【関連図書】

もし石井光太作品を読んだことがないなら「神の捨てた裸体」「物乞う仏陀」をお勧めする。
(どちらも文庫本になっている)