新渡戸稲造著“BUSHIDO,THE SOUL OF JAPAN”は英語で書かれ、明治32(1899)年にアメリカで出版された。その後、日本語はもちろん、ドイツ語、フランス語はじめ様々な言語に翻訳され、今も読み継がれている。
「新渡戸(1862-1933)は、武士道の淵源(えんげん)・特質、民衆への感化を考察し、武士道がいかにして日本の精神的土壌に開花結実したかを説き明かす」(岩波文庫版『武士道』のカバー解説より)
近年この本は、映画「ラストサムライ」の公開とともに脚光を浴びた。その後、ベストセラー『国家の品格』(藤原正彦著)が本書を引いて「情緒を育む精神の形として『武士道精神』を復活すべき、と20年以上前から考えています」等々と書いたことから、今も書店に平積みされ売れ続けている。
※参考:共感・同感!『国家の品格』(当ブログ内)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/d5d2f5331e836175e3465ba9816750d5
しかし一方ではこの現象を「国家主義や偏狭なナショナリズムの復活だ」と(本書を読まずに)決めつける人もいる。なので、以下この本の要点を素直に整理し列挙してみる。
参照したのは岬龍一郎訳『武士道』(PHP文庫)と奈良本辰也訳『ビジュアル版 対訳武士道』(三笠書房 原文の抜粋とその訳)である。どちらも相当「意訳」してあるので、自分で原文を「直訳」し直してまとめた。受験勉強の知識は、数十年を経て思わぬ所で役立つものだ。要点とはいえ、やや長くなってしまうがご辛抱を。
… … …
第1版への序文
ある時私は、ベルギーの法学者に「日本には宗教教育がない」と話したところ、「宗教なしで、どうやって道徳教育をするのか」と驚かれた。思い返すと、自分に善悪の観念を吹き込んだのは武士道であることに気がついた。封建制と武士道がわからなくては、現在の日本の道徳観念はまるで封をした「巻物」と同じことだとわかったのである。
第1章 倫理システムとしての武士道
武士道は、戦う貴人が職業だけでなく日常生活においても守るべき道で、「騎士道の規律」「ノーブレス・オブリージュ」(身分高い者に伴う義務)である。それはむしろ不言不文の語られざる掟、書かれざる掟であったというべきだろう。それだけに武士道は、いっそうサムライの心の肉襞に刻み込まれ、強力な行動規範としての拘束力を持ったのである。
第2章 武士道の源(sources)
武士道は仏教と神道から大きな影響を受けているが、源は孔孟の教えであり、知識を行動と一致させよという王陽明の「知行合一」の実践であった。
第3章 義(rectitude)もしくは正義(justice)
義は、サムライの規範の中で最も厳格な教えである。裏取引や不正な行為ほど嫌われるものはなかった。林子平は、これを「決断する力」と定義して、「義は自分の身の処し方を道理に従ってためらわずに決断する力である。死すべきときには死に、討つべきときには討つことである」と語っている。
第4章 勇気、勇猛心と忍耐
勇気は、義のために行われるものでなければ、徳として数えられる価値はないと見なされた。勇気とは、正しいことを行うことである。
第5章 仁(benevolence)、惻隠の情(the feeling of distress)
愛、寛容、他者への愛情、同情、哀れみは、常に至高の徳として認められてきた。仁は、優しい母のような徳である。孟子は「惻隠(そくいん)の情は仁のルーツである」と言った。か弱き者、敗れたる者、虐げられた者への仁の愛情は、とくにサムライに似つかわしいものと称揚された。
第6章 礼儀正しさ
礼儀のルーツは、他人の気持ちを尊重することから生まれる謙虚さや丁寧さである。礼儀は、他を思いやる心が外へ表れたものでなければならない。
第7章 真実性(veracity)と誠意
真実性と誠意がなければ、礼儀は茶番か芝居である。サムライの約束は、通常、証文なしに決められ実行された。証文を書くことは面子を汚すことであった。
第8章 名誉
名誉は、この世における最高の善として尊ばれた。若者が追求しなければならない目標は、富や知識ではなく名誉だった。
第9章 忠誠の義務
自分の命は主君に仕えるための手段と考え、それを遂行する名誉が理想の姿だった。
第10章 サムライの教育と訓練
教育で第一に重視されたのは、品性の形成(to build up character)であった。
第11章 克己心(セルフコントロール)
武士道は、一方において不平不満を言わずに耐える不屈の精神を訓練し、他方においては、自分の悲しみや苦痛を外面に表すことで他人の楽しみや平穏を損なわないように、という礼儀正しさを教えた。
第12章 自殺と仇討ちの法制度
切腹は単なる自殺の一手段ではなく、法制度としての一つの儀式だった。仇討ちは四十七士の物語に見られるように、当時唯一の最高法廷であった。
第13章 刀、サムライの魂
武士道は適切な刀の使い方を強調し、誤った使用には厳しい非難を向け、嫌悪した。
第14章 女性の訓練と地位
女性が夫や家庭、ファミリーのために自らを犠牲にするのは、男性が主君と国のために身を捨てることと同様、自分の意志に基づくものであって、それは名誉あることとされた。
第15章 武士道の影響
俗謡に「花は桜木、人は武士」と歌われ、武士道精神を表す「大和魂」は、日本の民族精神(フォルクガイスト)を象徴する言葉となった。
第16章 武士道は生き続けるか
武士道はこのまま廃れるのだろうか。芳しくない兆候が漂いはじめている。
第17章 武士道の遺産
武士道は独立した倫理的な掟としては消え去るかも知れない。しかしその光と栄光は、廃墟を越えて生き延びるだろう。
… … …
以上が『武士道』の要点である。私は以前、薬師寺のお坊さんが「アメリカ人に『日本人は無宗教だ』と言われたので、『その代わり日本には武士道がある』と言い返してやりましたよ」と言うのを聞いたことがある。上記「第1版への序文」とよく似た話で、僧侶が言うのは何だかミスマッチだが、言わんとするところは本書を読んでよく分かった。
トム・クルーズは、本書を読んで「ラスト・サムライ」の制作を思い立ったそうだ。台湾の李登輝・元総統は、本書を題材に『「武士道」解題』(小学館文庫)を書いた。
サッカー日本代表の応援キャッチフレーズは「サムライ・ブルー」だそうだが、気高く生きた武士の精神は、耐震偽装事件、ホリエモンや村上ファンド問題、親の子殺し・子の親殺し、幼児の誘拐殺人、というモラルハザード(倫理観の欠如)に満ちた現代の日本と日本人に対して打ち下ろす、鋭い警策となろう。
※写真は4年ほど前に撮った東大寺大仏殿前の桜。本書には「美しい桜の優雅さと気品は、我々日本人の美的感覚に訴える」と記されている。
※参考:私のブック・レビュー集
「人は見た目が9割」とは(07.1.22)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/92374b6decd5407436ec9490e182cc8b
「聖徳太子」はいなかった!(06.12.9)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/21e535785180335ad7ff0903f8e0cad3
手軽で便利!宮崎哲弥著『新書365冊』(06.10.23)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/2728c69a41801d9f9bf2c8108f547a18
『ライブドア監査人の告白』を読む(06.8.17)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/b8f495ff859952aaf421de1ef4ce7efc
『病気にならない生き方』早わかり(06.5.9)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/740a5258a45dddddf35df82548313a88
「新渡戸(1862-1933)は、武士道の淵源(えんげん)・特質、民衆への感化を考察し、武士道がいかにして日本の精神的土壌に開花結実したかを説き明かす」(岩波文庫版『武士道』のカバー解説より)
近年この本は、映画「ラストサムライ」の公開とともに脚光を浴びた。その後、ベストセラー『国家の品格』(藤原正彦著)が本書を引いて「情緒を育む精神の形として『武士道精神』を復活すべき、と20年以上前から考えています」等々と書いたことから、今も書店に平積みされ売れ続けている。
※参考:共感・同感!『国家の品格』(当ブログ内)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/d5d2f5331e836175e3465ba9816750d5
しかし一方ではこの現象を「国家主義や偏狭なナショナリズムの復活だ」と(本書を読まずに)決めつける人もいる。なので、以下この本の要点を素直に整理し列挙してみる。
参照したのは岬龍一郎訳『武士道』(PHP文庫)と奈良本辰也訳『ビジュアル版 対訳武士道』(三笠書房 原文の抜粋とその訳)である。どちらも相当「意訳」してあるので、自分で原文を「直訳」し直してまとめた。受験勉強の知識は、数十年を経て思わぬ所で役立つものだ。要点とはいえ、やや長くなってしまうがご辛抱を。
武士道 (PHP文庫) 新渡戸 稲造PHP研究所このアイテムの詳細を見る |
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第1版への序文
ある時私は、ベルギーの法学者に「日本には宗教教育がない」と話したところ、「宗教なしで、どうやって道徳教育をするのか」と驚かれた。思い返すと、自分に善悪の観念を吹き込んだのは武士道であることに気がついた。封建制と武士道がわからなくては、現在の日本の道徳観念はまるで封をした「巻物」と同じことだとわかったのである。
第1章 倫理システムとしての武士道
武士道は、戦う貴人が職業だけでなく日常生活においても守るべき道で、「騎士道の規律」「ノーブレス・オブリージュ」(身分高い者に伴う義務)である。それはむしろ不言不文の語られざる掟、書かれざる掟であったというべきだろう。それだけに武士道は、いっそうサムライの心の肉襞に刻み込まれ、強力な行動規範としての拘束力を持ったのである。
第2章 武士道の源(sources)
武士道は仏教と神道から大きな影響を受けているが、源は孔孟の教えであり、知識を行動と一致させよという王陽明の「知行合一」の実践であった。
第3章 義(rectitude)もしくは正義(justice)
義は、サムライの規範の中で最も厳格な教えである。裏取引や不正な行為ほど嫌われるものはなかった。林子平は、これを「決断する力」と定義して、「義は自分の身の処し方を道理に従ってためらわずに決断する力である。死すべきときには死に、討つべきときには討つことである」と語っている。
武士道 (岩波文庫) | |
新渡戸 稲造 | |
岩波書店 |
第4章 勇気、勇猛心と忍耐
勇気は、義のために行われるものでなければ、徳として数えられる価値はないと見なされた。勇気とは、正しいことを行うことである。
第5章 仁(benevolence)、惻隠の情(the feeling of distress)
愛、寛容、他者への愛情、同情、哀れみは、常に至高の徳として認められてきた。仁は、優しい母のような徳である。孟子は「惻隠(そくいん)の情は仁のルーツである」と言った。か弱き者、敗れたる者、虐げられた者への仁の愛情は、とくにサムライに似つかわしいものと称揚された。
第6章 礼儀正しさ
礼儀のルーツは、他人の気持ちを尊重することから生まれる謙虚さや丁寧さである。礼儀は、他を思いやる心が外へ表れたものでなければならない。
第7章 真実性(veracity)と誠意
真実性と誠意がなければ、礼儀は茶番か芝居である。サムライの約束は、通常、証文なしに決められ実行された。証文を書くことは面子を汚すことであった。
第8章 名誉
名誉は、この世における最高の善として尊ばれた。若者が追求しなければならない目標は、富や知識ではなく名誉だった。
現代語訳 武士道 (ちくま新書) | |
新渡戸 稲造 | |
筑摩書房 |
第9章 忠誠の義務
自分の命は主君に仕えるための手段と考え、それを遂行する名誉が理想の姿だった。
第10章 サムライの教育と訓練
教育で第一に重視されたのは、品性の形成(to build up character)であった。
第11章 克己心(セルフコントロール)
武士道は、一方において不平不満を言わずに耐える不屈の精神を訓練し、他方においては、自分の悲しみや苦痛を外面に表すことで他人の楽しみや平穏を損なわないように、という礼儀正しさを教えた。
第12章 自殺と仇討ちの法制度
切腹は単なる自殺の一手段ではなく、法制度としての一つの儀式だった。仇討ちは四十七士の物語に見られるように、当時唯一の最高法廷であった。
第13章 刀、サムライの魂
武士道は適切な刀の使い方を強調し、誤った使用には厳しい非難を向け、嫌悪した。
武士道―人に勝ち、自分に克つ強靭な精神力を鍛える 知的生きかた文庫 | |
新渡戸 稲 | |
三笠書房 |
第14章 女性の訓練と地位
女性が夫や家庭、ファミリーのために自らを犠牲にするのは、男性が主君と国のために身を捨てることと同様、自分の意志に基づくものであって、それは名誉あることとされた。
第15章 武士道の影響
俗謡に「花は桜木、人は武士」と歌われ、武士道精神を表す「大和魂」は、日本の民族精神(フォルクガイスト)を象徴する言葉となった。
第16章 武士道は生き続けるか
武士道はこのまま廃れるのだろうか。芳しくない兆候が漂いはじめている。
第17章 武士道の遺産
武士道は独立した倫理的な掟としては消え去るかも知れない。しかしその光と栄光は、廃墟を越えて生き延びるだろう。
ビジュアル版 対訳武士道 | |
新渡戸 稲造 | |
三笠書房 |
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以上が『武士道』の要点である。私は以前、薬師寺のお坊さんが「アメリカ人に『日本人は無宗教だ』と言われたので、『その代わり日本には武士道がある』と言い返してやりましたよ」と言うのを聞いたことがある。上記「第1版への序文」とよく似た話で、僧侶が言うのは何だかミスマッチだが、言わんとするところは本書を読んでよく分かった。
トム・クルーズは、本書を読んで「ラスト・サムライ」の制作を思い立ったそうだ。台湾の李登輝・元総統は、本書を題材に『「武士道」解題』(小学館文庫)を書いた。
サッカー日本代表の応援キャッチフレーズは「サムライ・ブルー」だそうだが、気高く生きた武士の精神は、耐震偽装事件、ホリエモンや村上ファンド問題、親の子殺し・子の親殺し、幼児の誘拐殺人、というモラルハザード(倫理観の欠如)に満ちた現代の日本と日本人に対して打ち下ろす、鋭い警策となろう。
※写真は4年ほど前に撮った東大寺大仏殿前の桜。本書には「美しい桜の優雅さと気品は、我々日本人の美的感覚に訴える」と記されている。
※参考:私のブック・レビュー集
「人は見た目が9割」とは(07.1.22)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/92374b6decd5407436ec9490e182cc8b
「聖徳太子」はいなかった!(06.12.9)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/21e535785180335ad7ff0903f8e0cad3
手軽で便利!宮崎哲弥著『新書365冊』(06.10.23)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/2728c69a41801d9f9bf2c8108f547a18
『ライブドア監査人の告白』を読む(06.8.17)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/b8f495ff859952aaf421de1ef4ce7efc
『病気にならない生き方』早わかり(06.5.9)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/740a5258a45dddddf35df82548313a88