奈良晒(ならざらし)をご存知だろうか。奈良検定のテキスト(網干善教監修『奈良まほろばソムリエ検定公式テキストブック』山と渓谷社刊)では、「伝統工芸」のところに登場する。
《麻の織物で肌触りがよく、汗もはじくので、鎌倉以来、神官や僧尼の衣に好まれてきた。江戸時代初め、清須美源四郎(きよすみげんしろう)が晒法を改良、徳川家康に誉められ、幕府の保護を受けて販路も拡大した》云々とある。17世紀後半の半世紀余りが最盛期で、「南都(=奈良)随一の産業」と呼ばれた。なお清須美家の庭園は、今も依水園(いすいえん)として整備・公開されている。
数年前、会社の講演会にテレビでおなじみの政治評論家をお呼びした。講演後の手みやげに、紙で包装した奈良晒のテーブルクロス(中川政七商店製)を「これは、伝統工芸品の奈良晒です」と言ってお渡しすると「あっ、ちょうどいいや。僕、胃下垂なんですよ」と鞄に放り込んでそそくさとお帰りになった。まさか、古代文様を染め抜いた上品なテーブルクロスは、彼の下腹には巻かれなかったと思うが…。
http://www.pref.nara.jp/dd_aspx_menuid-1386.htm
地元で奈良晒というと、この伝統的麻織物のことだが、一般に晒(さらし)というと《白くて長い布(幅34センチ、長さ2~10メートル)で、主に腹に巻いて使用する。素材は木綿を指すのが一般的で、麻もある。江戸時代ごろによく下着として使われた》(Wikipedia)という理解なのだ。

以下、写真は表参道ヒルズ(粋更)で、2/28撮影。
前置きが長くなったが、タイトルの『奈良の小さな会社が表参道ヒルズに店を出すまでの道のり。』は、書名である(日経BP社刊)。著者は、奈良晒を作って300年の老舗、株式会社中川政七商店社長の中川淳氏だ。
http://www.yu-nakagawa.co.jp/


版元の紹介文には《300年近い歴史をもつ奈良の麻織物メーカーが、なぜ自ら「粋更」というブランドを興し、小売業態に挑んだのか?デザインの力で老舗をブランド化するプロセスを語る》とあり、本の帯には星野佳路氏(星野リゾート社長)が《ニッポンの老舗、創業300年の歴史から、企業の持続性の条件を学ぶことができる》という推薦文を寄せている。


自然派コスメ「きさら」。経産省の地域資源活用事業に認定された
奈良の人事コンサルタント・ZOFFYさんは、ブログで同書をこのように紹介されている。《中川淳氏は、2年間大企業で勤めた後、創業300年の老舗中川政七商店の13代目社長に就任。業務のIT化、人事制度の刷新、直営店の拡充などを進めつつ、先代社長が築き上げたブランド“遊中川”に加え、新たに“粋更(きさら)”ブランドを確立し、東京表参道ヒルズに出店。成功を収めている》。
http://blog.goo.ne.jp/hk1006/e/a0c8ad20505732273e4d9580c48fc750
《そんな中川氏の経営の根幹、それが“ブランディング経営”である。本書は、中川政七商店という老舗中小メーカーがブランドを確立していくまでの実録であり、かつ、“企業の持続性の条件とは何なのか”を学ぶことができる経営指南書とも言える。企業の大小に関わらず、経営の見直しや会社のブランディングを検討されている経営者、経営幹部の皆さんにお薦めしたい内容だ。それに、わが町奈良にもこんなに頑張っている企業があるのだということをもっと多くの皆さんにも知っていただきたい》。

新聞評も好意的である。《商品が百貨店のワゴンで安売りされているのを見て「悲しくなった」。奈良晒の魅力を自分たちで伝えようと、直営店に挑戦。自社ブランド「粋更(きさら)」を設立した》(読売新聞夕刊[ひと人抄]08.12.6付)。
《本の中では、出店までの挫折もつづった。03年に立ち上げた新ブランド「粋更(きさら)」は、当初全く売れず、新商品を開発し500万円をつぎ込んで参加した展示会も不発。その後、表参道ヒルズへの出展が決まったものの、高い家賃を支払って採算が成り立つか強い不安があったという》(朝日新聞奈良版「13代目が成功のカギ紹介」08.11.22付)。

中川氏は何も、突拍子もないアイデアを思いつかれたとか、新しいビジネスモデルを構築されたというわけではない。法学部のご出身で、ビジネススクールに通われたわけでもない。基本的なビジネス書を読んで勉強し、それを果敢に実践されたのである。
同書の「はじめに」には《経営に関して素人の私が曲がりなりにもここまで会社を潰さずにやってくることができたのは、既存の概念や業界の常識にとらわれることなく自分の頭で考え抜いてきたからであり、ビジネス書を通じていろいろな人から学んできたからだと思う。本を読んでいるとやらなければならないことが山のように思い浮かぶため、常にメモを取り、次の日には会社で実践するということを繰り返した。しかし、ビジネス書を読むだけでは何も変わらない。ビジネス書を読んできっかけを見つけて、それを実行して初めて何かが変わる》とある。

こんな話も出てくる。《私は銀行主催の若手の会とか、そういった会合や団体に一切加入していない。奈良にいる時間が限られているということが表向きの理由ではあるが、本当はそういう会が嫌だから入らないのだ。嫌な理由は多い。・まずお酒を飲まない。・人見知りである。・一緒に御飯を食べるなら男性より女性の方がよい》(同書「中小企業の社長はいつもぼやいている」)。

奈良のたからもの展(5/13 阪急百貨店)
この本の出版と同時期(08年10月)に、中川政七商店の「花ふきん」は08年度グッドデザイン賞・金賞を受賞した。「遊 中川」と「粋更kisara」の2つのブランドを持ち、今や20もの販売店を出店されている。先日(5/11~19)、梅田の阪急百貨店で開催された「奈良のたからもの展」では、一番良い場所に同社の商品が並んでいた(トップおよびすぐ上の写真・5/13撮影)。
※中川淳氏のブログ(時々は社員さんも書いているが)
http://trillinmj.exblog.jp/
本書の「あとがき」に中川氏はこう記している。《私がこの本を通じて多くの人に知ってもらいたかったのは、経営やもの作りにカンする知識も経験もない、私のような人でも、自ら勉強して、きちんと考え、しかるべき手順で取り組んでいけば、道は必ず開けるということです》。
氏のビジョンは「日本の伝統工芸に携わるメーカーと小売店を元気にしたい」だ。奈良の伝統工芸も伝統産業も、相変わらず沈滞ムードが続いているが、中川氏を1つのモデルとして、どんどん後に続いていただきたい。そのためにも、ぜひ本書をご一読いただきたいと思う。
《麻の織物で肌触りがよく、汗もはじくので、鎌倉以来、神官や僧尼の衣に好まれてきた。江戸時代初め、清須美源四郎(きよすみげんしろう)が晒法を改良、徳川家康に誉められ、幕府の保護を受けて販路も拡大した》云々とある。17世紀後半の半世紀余りが最盛期で、「南都(=奈良)随一の産業」と呼ばれた。なお清須美家の庭園は、今も依水園(いすいえん)として整備・公開されている。
数年前、会社の講演会にテレビでおなじみの政治評論家をお呼びした。講演後の手みやげに、紙で包装した奈良晒のテーブルクロス(中川政七商店製)を「これは、伝統工芸品の奈良晒です」と言ってお渡しすると「あっ、ちょうどいいや。僕、胃下垂なんですよ」と鞄に放り込んでそそくさとお帰りになった。まさか、古代文様を染め抜いた上品なテーブルクロスは、彼の下腹には巻かれなかったと思うが…。
http://www.pref.nara.jp/dd_aspx_menuid-1386.htm
地元で奈良晒というと、この伝統的麻織物のことだが、一般に晒(さらし)というと《白くて長い布(幅34センチ、長さ2~10メートル)で、主に腹に巻いて使用する。素材は木綿を指すのが一般的で、麻もある。江戸時代ごろによく下着として使われた》(Wikipedia)という理解なのだ。

以下、写真は表参道ヒルズ(粋更)で、2/28撮影。
前置きが長くなったが、タイトルの『奈良の小さな会社が表参道ヒルズに店を出すまでの道のり。』は、書名である(日経BP社刊)。著者は、奈良晒を作って300年の老舗、株式会社中川政七商店社長の中川淳氏だ。
http://www.yu-nakagawa.co.jp/


版元の紹介文には《300年近い歴史をもつ奈良の麻織物メーカーが、なぜ自ら「粋更」というブランドを興し、小売業態に挑んだのか?デザインの力で老舗をブランド化するプロセスを語る》とあり、本の帯には星野佳路氏(星野リゾート社長)が《ニッポンの老舗、創業300年の歴史から、企業の持続性の条件を学ぶことができる》という推薦文を寄せている。


自然派コスメ「きさら」。経産省の地域資源活用事業に認定された
奈良の人事コンサルタント・ZOFFYさんは、ブログで同書をこのように紹介されている。《中川淳氏は、2年間大企業で勤めた後、創業300年の老舗中川政七商店の13代目社長に就任。業務のIT化、人事制度の刷新、直営店の拡充などを進めつつ、先代社長が築き上げたブランド“遊中川”に加え、新たに“粋更(きさら)”ブランドを確立し、東京表参道ヒルズに出店。成功を収めている》。
http://blog.goo.ne.jp/hk1006/e/a0c8ad20505732273e4d9580c48fc750
《そんな中川氏の経営の根幹、それが“ブランディング経営”である。本書は、中川政七商店という老舗中小メーカーがブランドを確立していくまでの実録であり、かつ、“企業の持続性の条件とは何なのか”を学ぶことができる経営指南書とも言える。企業の大小に関わらず、経営の見直しや会社のブランディングを検討されている経営者、経営幹部の皆さんにお薦めしたい内容だ。それに、わが町奈良にもこんなに頑張っている企業があるのだということをもっと多くの皆さんにも知っていただきたい》。

新聞評も好意的である。《商品が百貨店のワゴンで安売りされているのを見て「悲しくなった」。奈良晒の魅力を自分たちで伝えようと、直営店に挑戦。自社ブランド「粋更(きさら)」を設立した》(読売新聞夕刊[ひと人抄]08.12.6付)。
《本の中では、出店までの挫折もつづった。03年に立ち上げた新ブランド「粋更(きさら)」は、当初全く売れず、新商品を開発し500万円をつぎ込んで参加した展示会も不発。その後、表参道ヒルズへの出展が決まったものの、高い家賃を支払って採算が成り立つか強い不安があったという》(朝日新聞奈良版「13代目が成功のカギ紹介」08.11.22付)。

中川氏は何も、突拍子もないアイデアを思いつかれたとか、新しいビジネスモデルを構築されたというわけではない。法学部のご出身で、ビジネススクールに通われたわけでもない。基本的なビジネス書を読んで勉強し、それを果敢に実践されたのである。
![]() | 奈良の小さな会社が表参道ヒルズに店を出すまでの道のり。中川 淳日経BP出版センターアイテムの詳細を見る(「なか見!検索」ができる) |
同書の「はじめに」には《経営に関して素人の私が曲がりなりにもここまで会社を潰さずにやってくることができたのは、既存の概念や業界の常識にとらわれることなく自分の頭で考え抜いてきたからであり、ビジネス書を通じていろいろな人から学んできたからだと思う。本を読んでいるとやらなければならないことが山のように思い浮かぶため、常にメモを取り、次の日には会社で実践するということを繰り返した。しかし、ビジネス書を読むだけでは何も変わらない。ビジネス書を読んできっかけを見つけて、それを実行して初めて何かが変わる》とある。

こんな話も出てくる。《私は銀行主催の若手の会とか、そういった会合や団体に一切加入していない。奈良にいる時間が限られているということが表向きの理由ではあるが、本当はそういう会が嫌だから入らないのだ。嫌な理由は多い。・まずお酒を飲まない。・人見知りである。・一緒に御飯を食べるなら男性より女性の方がよい》(同書「中小企業の社長はいつもぼやいている」)。

奈良のたからもの展(5/13 阪急百貨店)
この本の出版と同時期(08年10月)に、中川政七商店の「花ふきん」は08年度グッドデザイン賞・金賞を受賞した。「遊 中川」と「粋更kisara」の2つのブランドを持ち、今や20もの販売店を出店されている。先日(5/11~19)、梅田の阪急百貨店で開催された「奈良のたからもの展」では、一番良い場所に同社の商品が並んでいた(トップおよびすぐ上の写真・5/13撮影)。
※中川淳氏のブログ(時々は社員さんも書いているが)
http://trillinmj.exblog.jp/
本書の「あとがき」に中川氏はこう記している。《私がこの本を通じて多くの人に知ってもらいたかったのは、経営やもの作りにカンする知識も経験もない、私のような人でも、自ら勉強して、きちんと考え、しかるべき手順で取り組んでいけば、道は必ず開けるということです》。
氏のビジョンは「日本の伝統工芸に携わるメーカーと小売店を元気にしたい」だ。奈良の伝統工芸も伝統産業も、相変わらず沈滞ムードが続いているが、中川氏を1つのモデルとして、どんどん後に続いていただきたい。そのためにも、ぜひ本書をご一読いただきたいと思う。