日本の「水源地の森」が外資に狙われているという話がある。最初にこの話を報じたのは、昨年の産経新聞「土曜日に書く」(09.5.23付)だった。《「水盗人」に狙われる日本》として、東京特派員の湯浅博氏がレポートされた。
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川上村(奈良県吉野郡)の人工美林(写真はすべて07.7.24撮影)
《グローバル時代になると、スケールも大きくなって国際間で「水盗み」が起きる。世界中で危機的な水不足が起きて、他国の水源地を丸ごと買い占める利権ビジネスが横行する。わが営林当局がもっとも警戒しているのは、人口増と砂漠化で枯渇が懸念される中国の企業動向である》。
《三重県大台町によると、以前から中国語なまりの声で山林買収の問い合わせがあり、3年前に役場に現れた人物が中国名の名刺を差し出した。その人物から、「立ち木と土地を買いたい」と持ちかけられたが、「水源林なので」と仲介することを断った》。
《林野庁には昨年6月から、「中国を中心とした外国勢が森林買収に動いている」との情報が寄せられていたという。ほかにも長野県、岡山県など豊かな水源地を持つ地方で中国人地上げ屋の影がちらついた》。
《国連報告書は2025年までに、「世界人口の半分が水不足に直面するおそれがある」という。水にかかわる国際的な利権ビジネスは増えることがあっても、減ることはないだろう。彼らは外国人であることを隠して、日本国内の企業やエージェントを使うことになる。これら国際間で行われる「水盗み」を防ぐため、水番なみの立法措置が必要になってきた》。
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川上村の三之公(さんのこ)天然林(奈良検定体験学習プログラム「源流の森を歩く」で)
※参考:川上村・水源地の森ツアー(JanJanニュース)
http://www.news.janjan.jp/area/0707/0707290034/1.php
私も気になって吉野の林業関係者に尋ねてみると、「三重県で、不在山主の山を外資が買いに来ているという噂を聞いた」「そのうち手放す人もいるのではないか」とのことだった。
産経が書いたあと、これを追う報道もなかったが、先月になって「週刊エコノミスト」(1/26号)が《日本の水源林を守れ》のタイトルで4ページの「エコノミストリポート」にまとめた。筆者はいずれも東京財団の吉原祥子氏と平野秀樹氏である。同リポートは、こんな実態を報告している。
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《日本の林業は長期的な停滞が続いている。木材価格の下落によって、林業採算性は悪化し、林業就業者の高齢化比率(65歳以上)は29%(2005年)にのぼり、林業現場は限界にある。「手放せるものなら山を手放したい。自分の代で林業は終えたい」。ある山林所有者は悲痛な思いで語る。林地価格が18年連続で下落し、山林の潜在的「売り圧力」も強まるなか、山林売買に新たな動きが出ている。林業関係者は「これまで森林に関心を示さなかったような人たちが買収に参入している」という》。
《埼玉県西部の有名林業地では、05年ごろから、山林に関心を示す外国人が商社を介して動いているという話が出てくるようになった。富士山の伏流水(河川水と地下滞水層の中間にある水)が流れる山梨県東部では08年初旬、地元不動産業者に対し「1平方キロ以上の広い山がかたまりで欲しい。立木はどうでもいいが、山(地面)が欲しい」と東京の同業者から依頼があったという》。
《過去に大規模売買などなかった地区に突然買い手が現れ、林業家から見れば採算がとれるとは思えない山を「売ってほしい」と持ちかけるから不思議がられる。北海道・道東地区、長野県天龍村、宮崎県・都城地区などでも類似の話が聞かれる。東京のある新興不動産会社は発足後5年間で、全国で計200平方キロの森林を所有するまでになった。東京都内のコンピュータソフト開発会社は06年だけで全国の森林計約43平方キロを取得した。また、日本のある大手商社は研究調査名目で2平方キロ以上のまとまった山を探しているとされる》。
東京財団は国交省所轄のシンクタンクで、もともと国際研究奨学財団として設立された財団法人である。同財団はHPに、この問題を「日本の水源林の危機~グローバル資本の参入から『森と水の循環』を守るには~」という政策提言としてまとめた。エコノミスト誌のリポートと同趣旨のものであり、以下、HPから引用する。
http://www.tkfd.or.jp/topics/detail.php?id=118
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《グローバル資本による水資源事業への投資は着実に我が国にも及んでおり、自治体の水道事業への海外資本の参入や、海外の飲料水メーカーによる大量取水などの事例が各地で見られるようになってきました。日本の国土の67%を占める森林はそうした水資源の源であり、その売買については公共インフラ保全の観点から慎重な対応が必要です》。
《しかし、現行制度では、水資源管理と森林保全は切り分けて行われており、制度整備は極めて不十分です。東京財団では、森と水の循環メカニズムに基づく統合的な保全のための制度が緊急に必要と考え、地下水と水源林保全に関する重要論点と、早急に必要と考えられる具体策について政策提言をまとめました》。
政策提言の「全文」はPDFファイルにまとめられているが、A4版で50ページもあるので、同財団が要約した「提言書の骨子」の方を紹介する。
http://www.tkfd.or.jp/admin/files/2008-9.pdf
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<背景:グローバル資本の参入>
日本の森林はいま「買い」の分野と目され、内外の様々な民間資本による林地購入が進みつつある。こうした動きはまだ表面化していないものの、関係者の間では様々な事例が話題に上っている。2008年には、例えば三重県などの大規模山林で海外資本からの買収交渉の話が聞かれた。
<問題点:ルールの不備>
我が国の林業は、国際的な価格競争にさらされ長期にわたって低迷が続いた結果、植林放棄や不当に安い林地価格が大きな問題となっている。森林法による現行の監督制度も自治体において十分機能していない点も多い。総合的な地下水のかん養と利用について規定した法律もない。
ルール整備が不十分な中で森林売買が進行すれば、国として自国の森林資源・水資源を管理することが困難となり、国土保全や国民生活の安定という安全保障面で、大きな影響を受けることが予想される。
<提言:「重要水源林」の売買ルール整備>
国民の安全・安心のためには、市場経済における短期的利益の追求を前提としつつも、長期的な国益の視点に立った森林売買ルールの整備が不可欠である。
植林放棄是正を急ぐとともに、「重要水源林」の指定・売買ルールの見直しなどの、制度整備が早急に必要である。
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引用は以上である。いかがだろう、誠に理にかなった提言である。最後の「重要水源林」を指定して管理する、という発想が良い。一律に売買に制限をかけると「手放せるものなら山を手放したい。自分の代で林業は終えたい」という山主が浮かばれないからだ。
かつて「20世紀はアブラ(石油)の取り合いで戦争が起きたが、21世紀は水の取り合いで戦争が起こる」と聞かされたことがある。水源の確保は、日本の安全保障上の問題でもある。最近も、ある著名シンクタンクの方に「水の問題は、日本人がノーマークなこと、今の山林所有の実態を都市のほとんどの人が知らないことなどから、リスク大きいです」とお聞きしたばかりだ。
地球上では毎年、日本の国土の1/3ほどの森林が消えている。国土の67%が森林というこの国は、例外的な存在なのである。森林は木材資源と水資源の供給源であると同時に、光合成によるCO2の固定化(吸収)により地球温暖化を防止する。国民の安全・安心のため、また国家の安全保障、国際的な温室効果ガス削減の観点からも、森林と水問題への一層の世論の高まりを期待する。
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川上村(奈良県吉野郡)の人工美林(写真はすべて07.7.24撮影)
《グローバル時代になると、スケールも大きくなって国際間で「水盗み」が起きる。世界中で危機的な水不足が起きて、他国の水源地を丸ごと買い占める利権ビジネスが横行する。わが営林当局がもっとも警戒しているのは、人口増と砂漠化で枯渇が懸念される中国の企業動向である》。
《三重県大台町によると、以前から中国語なまりの声で山林買収の問い合わせがあり、3年前に役場に現れた人物が中国名の名刺を差し出した。その人物から、「立ち木と土地を買いたい」と持ちかけられたが、「水源林なので」と仲介することを断った》。
《林野庁には昨年6月から、「中国を中心とした外国勢が森林買収に動いている」との情報が寄せられていたという。ほかにも長野県、岡山県など豊かな水源地を持つ地方で中国人地上げ屋の影がちらついた》。
《国連報告書は2025年までに、「世界人口の半分が水不足に直面するおそれがある」という。水にかかわる国際的な利権ビジネスは増えることがあっても、減ることはないだろう。彼らは外国人であることを隠して、日本国内の企業やエージェントを使うことになる。これら国際間で行われる「水盗み」を防ぐため、水番なみの立法措置が必要になってきた》。
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川上村の三之公(さんのこ)天然林(奈良検定体験学習プログラム「源流の森を歩く」で)
※参考:川上村・水源地の森ツアー(JanJanニュース)
http://www.news.janjan.jp/area/0707/0707290034/1.php
私も気になって吉野の林業関係者に尋ねてみると、「三重県で、不在山主の山を外資が買いに来ているという噂を聞いた」「そのうち手放す人もいるのではないか」とのことだった。
産経が書いたあと、これを追う報道もなかったが、先月になって「週刊エコノミスト」(1/26号)が《日本の水源林を守れ》のタイトルで4ページの「エコノミストリポート」にまとめた。筆者はいずれも東京財団の吉原祥子氏と平野秀樹氏である。同リポートは、こんな実態を報告している。
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《日本の林業は長期的な停滞が続いている。木材価格の下落によって、林業採算性は悪化し、林業就業者の高齢化比率(65歳以上)は29%(2005年)にのぼり、林業現場は限界にある。「手放せるものなら山を手放したい。自分の代で林業は終えたい」。ある山林所有者は悲痛な思いで語る。林地価格が18年連続で下落し、山林の潜在的「売り圧力」も強まるなか、山林売買に新たな動きが出ている。林業関係者は「これまで森林に関心を示さなかったような人たちが買収に参入している」という》。
《埼玉県西部の有名林業地では、05年ごろから、山林に関心を示す外国人が商社を介して動いているという話が出てくるようになった。富士山の伏流水(河川水と地下滞水層の中間にある水)が流れる山梨県東部では08年初旬、地元不動産業者に対し「1平方キロ以上の広い山がかたまりで欲しい。立木はどうでもいいが、山(地面)が欲しい」と東京の同業者から依頼があったという》。
《過去に大規模売買などなかった地区に突然買い手が現れ、林業家から見れば採算がとれるとは思えない山を「売ってほしい」と持ちかけるから不思議がられる。北海道・道東地区、長野県天龍村、宮崎県・都城地区などでも類似の話が聞かれる。東京のある新興不動産会社は発足後5年間で、全国で計200平方キロの森林を所有するまでになった。東京都内のコンピュータソフト開発会社は06年だけで全国の森林計約43平方キロを取得した。また、日本のある大手商社は研究調査名目で2平方キロ以上のまとまった山を探しているとされる》。
東京財団は国交省所轄のシンクタンクで、もともと国際研究奨学財団として設立された財団法人である。同財団はHPに、この問題を「日本の水源林の危機~グローバル資本の参入から『森と水の循環』を守るには~」という政策提言としてまとめた。エコノミスト誌のリポートと同趣旨のものであり、以下、HPから引用する。
http://www.tkfd.or.jp/topics/detail.php?id=118
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《しかし、現行制度では、水資源管理と森林保全は切り分けて行われており、制度整備は極めて不十分です。東京財団では、森と水の循環メカニズムに基づく統合的な保全のための制度が緊急に必要と考え、地下水と水源林保全に関する重要論点と、早急に必要と考えられる具体策について政策提言をまとめました》。
政策提言の「全文」はPDFファイルにまとめられているが、A4版で50ページもあるので、同財団が要約した「提言書の骨子」の方を紹介する。
http://www.tkfd.or.jp/admin/files/2008-9.pdf
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日本の森林はいま「買い」の分野と目され、内外の様々な民間資本による林地購入が進みつつある。こうした動きはまだ表面化していないものの、関係者の間では様々な事例が話題に上っている。2008年には、例えば三重県などの大規模山林で海外資本からの買収交渉の話が聞かれた。
<問題点:ルールの不備>
我が国の林業は、国際的な価格競争にさらされ長期にわたって低迷が続いた結果、植林放棄や不当に安い林地価格が大きな問題となっている。森林法による現行の監督制度も自治体において十分機能していない点も多い。総合的な地下水のかん養と利用について規定した法律もない。
ルール整備が不十分な中で森林売買が進行すれば、国として自国の森林資源・水資源を管理することが困難となり、国土保全や国民生活の安定という安全保障面で、大きな影響を受けることが予想される。
<提言:「重要水源林」の売買ルール整備>
国民の安全・安心のためには、市場経済における短期的利益の追求を前提としつつも、長期的な国益の視点に立った森林売買ルールの整備が不可欠である。
植林放棄是正を急ぐとともに、「重要水源林」の指定・売買ルールの見直しなどの、制度整備が早急に必要である。
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引用は以上である。いかがだろう、誠に理にかなった提言である。最後の「重要水源林」を指定して管理する、という発想が良い。一律に売買に制限をかけると「手放せるものなら山を手放したい。自分の代で林業は終えたい」という山主が浮かばれないからだ。
かつて「20世紀はアブラ(石油)の取り合いで戦争が起きたが、21世紀は水の取り合いで戦争が起こる」と聞かされたことがある。水源の確保は、日本の安全保障上の問題でもある。最近も、ある著名シンクタンクの方に「水の問題は、日本人がノーマークなこと、今の山林所有の実態を都市のほとんどの人が知らないことなどから、リスク大きいです」とお聞きしたばかりだ。
地球上では毎年、日本の国土の1/3ほどの森林が消えている。国土の67%が森林というこの国は、例外的な存在なのである。森林は木材資源と水資源の供給源であると同時に、光合成によるCO2の固定化(吸収)により地球温暖化を防止する。国民の安全・安心のため、また国家の安全保障、国際的な温室効果ガス削減の観点からも、森林と水問題への一層の世論の高まりを期待する。