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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 by 村上春樹

2013年04月15日 | ブック・レビュー
 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
 村上春樹
 文藝春秋

4/12(金)に発売されたばかりの村上春樹著『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を一気に読んだ。長編小説としては3年ぶりで、発売当日まで内容の一切を明かさない、というマーケティング手法が話題となった。50万部印刷されることになっていたが、12日には追加で10万部の増刷が決まった(計60万部)というから、すごい。金曜日に発売するというのも、土日に読もうという読者を意識してのことだろう。

発売当日の午後5時過ぎ、近鉄奈良駅前の啓林堂書店に立ち寄ると、平積みされていた本書の残りはたった2冊。私が1冊買うと、すぐ若い女性が残りの1冊を買って完売となった。msn産経ニュース(4/12付)の「村上春樹さん新作を発売 3年ぶり、既に50万部」によると

村上春樹さん(64)の3年ぶりの長編小説「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(文芸春秋)が12日、発売された。深夜営業の一部書店では同日午前0時から販売され、東京都渋谷区の「代官山蔦屋書店」では、待ちかねた客が続々と話題の新刊を購入した。同店では11日夜、文芸評論家の福田和也さん(52)が、熱烈な村上ファン“ハルキスト”らと作品について語り合うイベントを実施。日付が変わる1分前からカウントダウンを行い、新作の発売を盛り上げた。

一番に新作を手にした横浜市戸塚区の大学生、山下主(かず)暉(き)さん(20)は「新作が出ると聞いてから、待ち遠しい思いで過ごした。あり得ない事が起こっても、読者にすっと入ってくるのが村上作品の魅力。徹夜で読みます」と話した。文庫も含めて770万部を超すベストセラーとなった前作「1Q84」と同様、今回の新作も内容が明らかにされていないにもかかわらず予約が殺到。文芸春秋によると、初版30万部で始まり、発売前に4刷計50万部に達している。


すでにいろんなところに「最速レビュー」が出ているし、Amazonにも詳しいレビューが載っている。そのうちスタンリー・クーベリックさんのレビューの一部を紹介すると、

この新作についても、作品全体には同じく濃密な「孤独の影」があります。主人公の多崎つくるは過去の出来事により、ある時期強く「自分が死ぬこと」を求めるようになります。それを何とか乗り越え(たと自分では思っている)、社会人として東京で働いている時点を現在基点とし、彼がその過去の出来事と一つ一つ向き合っていくさまが作中で描かれます。

他の村上作品によくあるように、この作品の主人公である多崎つくるも他人との広い交際を持たず基本的には孤独であり、また「人生を生きていく事」に対してあまり情熱的な姿勢を見せません。そして彼自身はそんな自分の薄ぼんやりとした(色彩を欠いた)存在に対して疑念を抱いており、そんな自分が人に何かを与えることができるのかと(ぼんやりと、しかし執拗に)悩み続けます。

そんな彼が、リストのピアノ曲「巡礼の年」に触発されるように、そして過去と向き合うことを通して自分自身の生きる意味を確認するかのように、過去への「巡礼」の旅に出かけます。その「巡礼」の間に彼が何を見出すのか、それは読書の楽しみとして具体的には書かないでおきますが、ただその「巡礼」は彼にとってほろ苦い切ないものとなっています。そして作品全体はその「苦さ」や「切なさ」を「生きていくうえで避ける事のできない不可分もの」として提示し、それを通してしか人は生きていく事はできないのだ、と言っているかのようです。

文体に関しては、近年の村上春樹が持っていた「三人称の語り」への強いこだわりが、この作品では完成形に近づいたかのように見えます。作品に存在する切なさや寂寥感とも呼応して、その語りは全体的に静謐な美しさに満ちています。文章自体がこのようにある種の魅力を備えてもいますので、(上に書いたことと矛盾するかもしれませんが)「試しに読んでみる」つもりで読んでみても恐らくスイスイと読むことができると思います。そして読み終えてすぐには印象に残らなかったとしても、後々自分自身の境遇や心境が変わるにつれて、再度この作品を手に取ってみたくなる瞬間もあるかもしれません。


本書では『1Q84』ほどの派手な事件は起こらないものの、主人公は《大学二年生の七月から、翌年の一月にかけて、多崎つくるはほとんど死ぬことだけを考えて生きていた》という切実な期間を過ごし、それを辛うじて乗り越えて生きていた。

《多崎つくるがそれほど強く死に引き寄せられるようになったきっかけははっきりしている。彼はそれまで長く親密に交際していた四人の友人からある日、我々はみんなもうお前とは顔を合わせたくないし、口をききたくもないと告げられた。きっぱりと、妥協の余地もなく唐突に。そしてそのような厳しい通告を受けなくてはならない理由は、何一つ説明してもらえなかった》。

36歳になったとき、2歳年上のガールフレンドから、その理由を解明すべきだというアドバイスを受け、かつての親友に会う旅に出て、衝撃的な事実を知る、という組み立てになっている。

本書は『1Q84』同様、サスペンス(ドキドキ)感あふれる筆致で書かれていて、これは楽しめる。『1Q84』のような度肝を抜く展開はなく、静かに始まって静かに終わる小説であるが、読みながら自分の人生を振り返ることもできる。

小説には「我を忘れさせる小説」と「身につまされる小説」の2種類があるとかつて平野謙が書いていた。『1Q84』は「我を忘れさせる小説」、本書は「身につまされる小説」ということになろうか。村上作品でいうと『国境の南、太陽の西』の系列である。

村上作品特有のウイットの利いた表現や知的な会話も、読んでいて爽快である。心の奥の深い孤独感や喪失感を乗り越えて生きようとする主人公の心情は、読むものに共感を呼ぶに違いない。
コメント (2)
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