tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

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飛鳥美人は、ホッケーのスティックを手にしていた!

2025年01月22日 | 奈良にこだわる
先週(2025.1.18 付)の奈良新聞に、〈キトラ古墳 高松塚古墳 国宝壁画を一般公開 「玄武」や「飛鳥美人」〉という記事が載っていた。キトラと高松塚の壁画を一般公開するにあたり、定員に達していない日時の「2次募集をかける」というものだ。どちらも公開事務局のHPから申し込む仕組みで、キトラ古墳は、こちら、高松塚古墳はこちらから申し込む(無料)。
※トップ写真と下の写真は、天理市で開催された「全日本ホッケー選手権大会」の決勝戦(2005.12.11)。この試合で南都銀行チームは、初の日本一に輝いた!



この記事を見て、こんな話を思い出した。1月10日(金)、奈良国立大学機構リカレント教育プログラム「ならの歴史・文化探求講座」の主催による〈「古墳時代の終わりと『飛鳥・藤原』の終末期古墳」現地講座〉に参加した。木下亘さん(奈良県立橿原考古学研究所 共同研究員)のご案内で、牽牛子塚古墳、キトラ古墳、高松塚古墳、石舞台古墳などを訪ねた。


この画像は、飛鳥女史紀行のHPから拝借した

高松塚壁画館で、木下さんはこんなことをおっしゃった。最近は考古学者だけでなく、美術史の研究者もキトラや高松塚の壁画に興味を持ち、おかげで新説も現われている。高松塚の「女子群像」(飛鳥美人)壁画で、赤い服を着た女性が持つのは、これまでは「孫の手」とか「如意」(お坊さんが読経・説法のときに持つ法具)と言われていたが、最近の研究では「ポロ」(馬上からT字形のスティックで木製のボールを相手側のゴールに入れて得点を競う乗馬競技)のスティックとか、馬上から使うには短いので「(陸上)ホッケー」のスティックか、と言われている。


この写真は、南都銀行女子ホッケー部の面々。平城遷都1300年祭で撮影(2010.5.3)

おお、これは面白い。トップ写真は、ソニー一宮と南都銀行が戦った「全日本ホッケー選手権大会」の決勝戦の写真(赤が南都チーム。南都はこの試合で初めて、日本一の座についた)。確かにスティック先端の曲がり具合が、飛鳥美人の持ち物と酷似している。ホッケーは打毬(だきゅう=うちちまり)という名前で、平城京でもプレーされていたという話を聞いたことがあるが、それより前に、飛鳥美人も持っていたとは!

こんな問題が「飛鳥・藤原まるごと博物館」検定に出題されれば面白いな、などと考えている。知れば知るほど、奈良は面白い!



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