tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

コロナも落ちつき、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

大和青垣雪景色

2008年01月22日 | 写真
大寒の昨日(1/21)、奈良の市街地では、この冬初の積雪(3cm)を記録した。私の住む西部の住宅地では5~8cmほど積もった。生駒山に近いので、積雪は多かったようだ。県下では、奈良市針町と天川村で12cm、五條市では2cmだった。

写真はこの日の興福寺境内から若草山方面だが、奥山の樹林の緑と雪のコントラストが素晴らしい。こんな景色を拝ませてもらうのは、ずいぶん久しぶりだ。新聞には、雪に包まれた東大寺大仏殿や生駒の住宅地の写真が紹介されていた。

だから雪対策も出遅れたようで、新聞各紙には「降雪は予想より少なめ」と出ていたのに、主要道は凍結や積雪で大混乱し、交通事故も16件発生した。

入江泰吉氏の写真集には、「雪の奈良」がたくさん登場するが、今は撮ろうと思っても、地球温暖化の関係か雪そのものが少ない。ドライバーにはお気の毒だったが、観光客には何よりのお土産になったことだろう。
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吉田さらさ著『奈良 寺あそび、仏像ばなし』

2008年01月21日 | ブック・レビュー
近鉄奈良駅近くの書店で、吉田さらさ著『奈良 寺あそび、仏像ばなし』(岳陽舎刊 2200円 07年12月1日発行)という本を手にしたときの第一印象は、「おっ、これは面白そうだ」と思うと同時に「しまった、先を越された」というものだった。
http://www.gakuyosha-p.co.jp/contents/01/review_hobbyart/nara.html

ちょうど奈良検定公式テキストと同じサイズ、ほぼ同じページ数(P330)の本であるが、著者が撮った風景写真や飛鳥園提供の仏像写真(計150点)が満載の、とても楽しい本である。帯には《「むっ、これは」と心惹かれる仏像に会いたい、奈良にやさしく癒されたい、そんなあなたを、日本で唯一のテラタビストがナビゲーション》とある。

なおテラタビストとは著者の造語で、「寺旅研究家」という意味である。著者は集英社で雑誌の編集者・編集長として活躍したあと、体調を崩して「早期隠居生活」に。その後『お江戸寺町散歩』(集英社be文庫)などを出版するとともに、ネットの「オールアバウト」では寺巡りガイドも務めておられる。
http://allabout.co.jp/gs/shrinetemple/profile/mbiopage.htm

『奈良 寺あそび、仏像ばなし』は、ガイドブックと解説書と写真集とエッセイが合体した本で、気軽に楽しく奈良の寺や仏さまを知ることができる。著者の吉野でのハードな山歩きのシーンにはハラハラしたが、コラム「奈良の仏像を楽しむ基礎知識」はとてもタメになった。このコラムで著者は、聖林寺の十一面観音を細木数子、法隆寺の百済観音をウサマ・ビン・ラデインにたとえていて、ちょっと不謹慎だとは思うが、このセンスには感心した。著者撮影の風景写真もキレイだ。各章のタイトルの付け方も上手で、これはブログを書く際の良いお手本になる。

地元の私でも知らない情報がたくさん出ている。そのつど付箋を貼っていると、本がハリネズミ状態になった。私の行った社寺に著者が訪ね、同じことを感じたり、全く違ったりするところも面白い。奈良町の蔵武D(クラブディー)やTEN.TEN.CAFE(テンテンカフェ)、菊岡漢方薬など、私の行きつけの店も登場する。

冒頭で「しまった、先を越された」と書いたのは、私もこのブログでは同じようなことを意図していて、いつか本にまとめてみたいと思っていたからである。

『奈良 寺あそび、仏像ばなし』をひと言でいうと「面白くてタメになる、奈良のお寺ガイド本」といったところか。奈良のお寺や仏像について楽しみながら学びたいという方は、ぜひお読みいただきたい。

※写真は、石光寺(せっこうじ=葛城市)の椿。05年12月11日撮影。

奈良寺あそび、仏像ばなし
吉田 さらさ
岳陽舎

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お疲れさま!結び会「検定DE脳トレ」チーム

2008年01月20日 | 奈良にこだわる
以前このブログで「第3回奈良まちおこし結び会(むすびえ)」(12/8~9)のことを紹介した。県の「2010年塾」の卒塾生が中心となって運営している地域おこしイベントである。私も、「検定DE脳トレ」ブースや、ステージの「奈良県縦断ウルトラ検定クイズ」で実施したクイズ問題作成などのお手伝いをさせていだいた。
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/d/20071210

ブースで行ったクイズには、ご覧のようにたくさんのご家族連れが詰めかけた。これほど集客できたブースは、他には見当たらなかった。ステージの大トリで行われたクイズ大会も、たくさんの方が集まり、大いに盛り上がった。それにしても、この準備(および後片付け)は大変だったろう。

このチームの打ち上げ兼新年会が昨夜(1/19)、「蛙のへそ」で行われた。集まったメンバーは11人で、さすがに各種イベントのご経験者ばかりなので話題は豊富である。しかし私を筆頭とする飲み助チームのせいで予算を大幅にオーバーしてしまい、幹事さんには大迷惑をかけてしまった。汗顔の至りである。
※記念写真(途中退席した2人と、シャッターを押した私は写っていない。)
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/ae/14d3000a6f8f47cc62e56a87b41a69a1.jpg

メンバーのSさんからは、面白い写真を見せていただいた。県下の某村で撮られた写真で、ある有名コンビニとソックリ看板のよろず屋さんだ。スマートなイメージにしようと、こういう看板にされたのだろうが、有名店の「牛乳缶」を「薬罐(やかん)」に変えるという凝りようだ(看板にある「おとり」の意味がよく分からないが)。
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/3a/66a2a340bb27dd7089dc98344309f265.jpg

いよいよ再来年は2010年だ。平城遷都1300年記念事業は、パビリオンを建てるような大イベントはせず季節ごとに中小イベントを入れ替わり立ち替わり行う、という方向性が示されている。

2010年には、ぜひ卒塾生の方が中心となって、奈良ならではの心のこもった手作りイベントを実施していただき、来場者をもてなしていただきたいものだ。
コメント (2)
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奈良は清酒の発祥地

2008年01月19日 | 奈良にこだわる
今年も、恒例の奈良味酒(うまざけ)フェスティバルが1/12から始まっている(今年は第4回 2/19まで)。

催しは県酒造組合が協力し、奈良市内のホテル・旅館の計20施設で実施。宿泊客を対象にした地酒と組み合わせた食事プランの提供や、蔵元見学会が行われている。
http://a3haru.exblog.jp/7240042/

奈良は日本酒発祥の地とされる。桜井市三輪にある大神(おおみわ)神社(=三輪明神)は酒の神様、大物主(おおものぬし)の神を祀った神社で、境内には杜氏(とうじ=酒造りの職人)の祖、さかびとの活日(いくひ)を祀った活日神社もある。

毎秋、同社で開催される新酒の醸造安全祈願祭「酒まつり」には、全国の酒蔵の代表が集まり、造り酒屋のシンボルである杉玉(三輪山の杉の葉を球形に束ねたもの)を授かって持ち帰り、それぞれの造り酒屋の軒下に吊るす。

清酒の発祥地も奈良だ。日本酒は長らく濁り酒だっが、室町時代に奈良市の正暦寺(しょうりゃくじ)が初めて清酒を造った。今も奈良県の日本酒出荷金額は、近畿では兵庫県、京都府に次いで3位であるが、残念ながら、こういうことはあまり知られていない。

わが国では2005年頃からカップ酒が静かなブームとなっていて、私も「奈良の地酒をカップ酒にして売り出そう!」と提案したことがあるが、最近、コンビニなどではいろんな容器の日本酒が売り出されている。

写真の両脇にある「粋ボトル」(広口アルミボトル缶 200ml)は、ファミリーマートが開発したもの。4メーカー・4種類の違う味わいの酒が楽しめるというスグレモノだ。
http://www.family.co.jp/company/news_releases/2006/061019_2.html

中央は奈良の地酒・梅乃宿のカップ酒(180ml)。神宿る葛城山系の伏流水(超軟水)で作られたこのお酒は、柔らかで繊細な味わいだ。奥にあるのが沢の鶴「1.5CUP」。名前の通り、1.5倍(180ml×1.5=270ml)の量が入っている。

最近は、海外向けが好調だという日本酒だが、国内消費はぱっとしない。奈良県下の中小メーカーでも倒産や廃業が出てきている。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2007122202074269.html

そんな状況下、奈良県中小企業家同友会北和支部は新春講演会(1/18)に、清酒メーカー・宮崎本店(三重県四日市市)の宮崎由至(よしゆき)社長を招いた。ここの清酒「宮の雪」は銘酒の誉れが高く、大前研一はこの酒しか飲まない。製品の品質向上・経営の品質改善への取り組みには定評がある。ぜひ県下の酒造メーカーも見習っていただきたいものだ。
※宮崎社長の講演録(PDF形式 於:中国生産性本部)
http://www.gr.energia.co.jp/cpcenter/koen/no18.pdf

観光立県をめざす奈良としては、ファミマの粋ボトルに見習って各種地酒をお洒落なアルミボトルに詰め、土産物として売り出してはどうだろう。重さを計ってみると従来のガラスのカップは150g(=330-180)、それに対し粋ボトルはわずか20g(=220-200)だった。

駅での「粋ボトルの地酒+柿の葉寿司」というセット販売も面白い。「ビール+幕の内弁当」より、よほど旅情が感じられる。「大和の地酒の会」あたりが動いてくれないものだろうか。
http://www.nara-np.co.jp/bacchus/
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白樺派のカレー

2008年01月18日 | 奈良にこだわる
昨日(1/17)の奈良新聞に《「白樺派のカレー」世紀超え復活》という見出しの記事が出ていた。

記事によれば《白樺派のメンバーが移り住んだ千葉県我孫子市で、民芸運動家柳宗悦の妻で声楽家の柳兼子が、志賀直哉や武者小路実篤ら仲間に振る舞ったと伝えられるカレーを、市民有志が1世紀近くの時を超えて再現。「白樺派のカレー」として全国に広めようとしている》。
※同じ記事の全文がこのサイトに出ている。
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080104/trd0801040858004-n1.htm

白樺派は、明治43年創刊の「白樺」同人たちのグループだ。柳宗悦夫妻が住んだ我孫子市に仲間も一時居を構え、「文士村」が形成された。

《白樺派カレーは、みそと、大正時代から輸入されている「C&Bカレー粉」、土地土地の野菜、国産の肉を使うことが条件。アレンジは自由で、我孫子市などの有志で作る「白樺派のカレー普及会」の認定を受ければ、全国の飲食店で販売も可能だ》(同)という。
※白樺派のカレー普及会の公式ホームページ
http://shirakabaha.web.fc2.com/index.html

奈良にゆかりの深い志賀直哉は、柳に「我孫子にいい家があるから買わないか」と薦められて購入し、大正7年から7年半ほど我孫子に住んだそうだ。

志賀はその後、大正14年から昭和13年まで14年間奈良市に住み、ここで『暗夜行路』を書き上げた。旧邸は高畑大道町に「志賀直哉旧居」として残されている。

嵐山光三郎著『文人悪食』によると、志賀は健啖家で和食より洋食を好み、自分で料理もしたそうだ。引っ越しのたび、土地の料理素材を使って腕を上げたという。晩年は毎朝、フォアグラとキャビアをパンに載せて食べていた。ガマ(ヒキガエル=漢方では強心剤)をつけ焼き(照り焼き)で食べたというエピソードも紹介されている。

私は以前「志賀は、奈良ではどんなものを食べていたのだろう」と、図書館で『志賀直哉日記』を繰ってみたことがあるが、食べ物の記述はごく少なかった。

志賀の外食は大阪(大丸百貨店などの洋食)が中心で、奈良では東向商店街の中華屋に何回か通っていた。商店街の古老に聞いてみると、店は今の小路谷写真館の辺りにあったそうだが、今はない(同商店街内の「上海楼」は、もっと後の時代にできたもの)。

それにしても、白樺派のカレーとは、面白いアイデアだ。志賀直哉旧居も、かつては白樺派などの文人墨客が集うサロンだった。カレー粉の材料となる香料は、シルクロードを経由して初めて奈良に伝えられたものだし、県の「奈良のうまいもの」メニューには黒米カレーがある。
http://www.pref.nara.jp/norinbu/umaimono/recipe/kuromai-karei.html

いっちょ「白樺派のカレー普及会」の認定を受けて奈良でも売り出せば、新しい名物になるかも知れない。大和野菜や大和肉鶏、黒米などと組み合わせれば、「白樺派カレー」奈良バージョンにできる。どこかの食べ物屋さんが乗り出してくれないものだろうか。それとも、ひとまず県庁の食堂にでも置いてみますか?

※写真は大阪・ガスビル食堂名物のカレー。白樺派なら、カレーライスもこれくらい豪勢に楽しんだに違いない。
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