交差点で信号待ちをしている私は、大きなガチャガチャッというような音を聞いて右を見た。250ccクラスのヨーロピアンスタイルバイクがたくさんの破片を飛び散らせて道路に倒れていくのが見えた。と、同時にジェット型ヘルメットを被った人間が道路上をコロコロと転がっていくのも見えた。
ヨーロピアンスタイルはハンドルが小さくて、前傾姿勢で乗るスピードレースタイプバイク。ジェット型ヘルメットは、フルフェイスの口を守る部分がないタイプでオバサンが好む形。目撃と書いたが、当たる瞬間を見ていないので私は証言者になれない残念な目撃者だ。
おそらくこういうことだったのだろうと思われる事故状況を先に書こう。私は大きな道路に交わるT字路で青信号になるのを先頭で待っていた。大きい道路は優先道路で青信号も長いので車はスムーズに流れていた。右から来た軽のワンボックスカーが私の方に曲がろうとスピードをゆるめたが、後方確認をしないまま左にグイッと寄ったのだろう。もしかしたら方向指示器を寄せると同時に点けたのかも知れない。そこにかなりスピードを出したバイクが突っ込んで来て、縁石に乗り上げたか、急ブレーキを掛けたか(ブレーキの音はなかった)・・バランスを崩し、ガードレールにはじかれて転倒したのだと思われる。軽ワンボックスカーには接触していないかも知れない。当たっていたとしてもわずかだったと思われる。
転がった人間は、曲がりかけて停まった軽ワンボックスの左前面に身体を横たえる格好で動かなくなった。しかし、軽ワンボックスが動きだしたのである。寝転んでいる男を轢こうとしている。どういうこっちゃ!!?・・と思った。運転手も助手席の男も死角になって男が見えていないのか・・?! 倒れた男の太ももをタイヤが乗り上げそうになった。少し乗り上げたが、倒れた男が気づいたのか、身体をずらして車の下に潜り込む形になった。
軽自動車は逃げようとしているようにも見えたが、車を左端に寄せようとしているようにも見えた。私は一番近く目の前に見ているわけで、「動くな! 停まれ! 停めろ!」とドアを開けるのももどかしく叫んだ。ところが、運転手はキョトンとした表情で車を動かしている。太ももに乗り上げかけた時点で『変だな』と思った筈。でもパニックになったのか、前進させるので、倒れた男は足首だけ見える形で車の下になってしまった。
そこでようやく私の叫びも届いたか、何か異物が車の下にあると感じたか、軽は停まった。嫌~な感じと言おうか、車の下敷きになってどんな状況か、緊迫した状況だった。一番に駆けつけた私が「持ち上げるぞ!」と、助手席から降りた男に声を掛けて、バンパーに取り付き車を持ち上げた。助手の男も素直に従ったのか、軽だからか、車の前部は軽く持ち上がった。そして沢山集まった内の1人が車の下の男を引きずり出した。
頭をつぶされたりしてないかと、イヤ~な気持ちで振り返ると、下敷きの男は二十歳前後の若いコで靴が片方脱げて靴下が破れ、顔にも傷がつき、服も破れていたが、ヘルメットをきちんとかぶったままで、意識もあり自分で上半身を起こした。『おー何と無事であったか』と多分、周りの誰もが意外に思った筈。
そこで軽の運転手が「大丈夫?」と声を掛けたのである。そうしたら、転がった若者は憮然とした表情で「大丈夫ですけど」と応えたのであった。『何というお間抜けな発言か!!』と私は思ったので、つい口に出してしまった。「大丈夫な筈あるか!!救急車呼べ!」と大声で。そうしたら軽の運転手と助手は「ハイ」と携帯を取り出して電話を掛け始めた。
そこで私は、一番間近の目撃者で救急活動もした人間でありながら、自分の車に戻ってすぐに現場を後にした。何といっても私にだって約束した時間に行く用事があったのですからして・・・。でも後で思うに、私は事を荒立ててプイと立ち去った変な人だったのではないか。
ここで、印象深かったことを書き残したい。
①人間はコロコロと転がるものであるということ。(柔道が得意で受け身がとっさに出る人間ならどうだっただろう・・・。体操選手でバネのある人間だったら、身のこなしよく転がりながら立ち上がったか・・・。)
②大変な事態に人は集まるが、呆然と眺める人間が多いということ。瞬発力がない人間が意外に多いのは、穏やかに平和に過ごしている人間が多いからか。緊急時に何をなすべきか決められないのは、日頃からシミュレーションをしていないからか。想像力が働かないからか。
③「大丈夫?」という言葉は、場にそぐわないこともあるということ。わたしは大きなケガをしたことがあって、その時に「大丈夫?」と聞かれ、腹立ちを覚えたことがあった。見るからに大丈夫でない人間に呼びかけるにふさわしい言葉はないものか!?
「どこが痛みますか?」だろうか。「どうされましたか?」だろうか。機会があったら救急隊員に聞いてみたい。
④この事故遭遇場面で、車載カメラと言うのだろうか・・事故を記録するカメラが私の車に付いていたら、事故の原因詳細がわかっただろうに残念。この事故はどういう割合で誰がどう悪いことになるのだろう。バイクの若い男が見せた、『オレを轢こうとしただろう!!?』という恨みがましく憮然とした表情を忘れられない。