鳥瞰ニュース

空にいるような軽い気分で・・・

ゼラニウムは葉

2021年12月31日 09時48分09秒 | 身の周りの植物






いつこれを撮ったのだったかと確かめなければならないほどの過去のものを出さなければならないのは、直近撮影の画像アップを目指して来た者としては心苦しい。
過去といっても9日前12/22のことで、散歩途中に他所様のお宅の道路際にあったのを撮らせてもらったもの。
花より葉に目がいって、オート・モードなのだけれど、焦点はわが興味を反映して葉っぱに。
型を置いてカラー・スプレーを吹き付けたとしか考えられないような模様。
私の興味は、しばしばこのように中心からずれてしまう。
それは何事においてもそうで、アウトサイダーの道を歩まざるを得ないのだということがこんなところにも現れる。
幸いなことに、インターネットの世の中になり、放置された生家と敷地があって、独り遊びをすることができる。
今年は、今後の私の生活モデルが出来上がった1年になった。
来年は、質の向上と体力温存と整理の3点を重点目標にやっていくつもり。
質といっても、産物の質であり、生活の質であり、関係性の質でありというわけで、体力温存も整理も細かく分けたら裾野は広がる。
考えながら動き、動きながら考えるようにすべしだ。
皆さま今年もお世話になりました。
良いお年をお迎えください。
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

洗面所の蛇口不具合

2021年12月30日 15時17分22秒 | 仕方








蛇口ハンドルが空回りして水を出せなくなった。
水が滲み出すとか、ポタポタが止まらないという場合は、コマパッキンのゴムがヘタっている筈で、何回かコマパッキンの交換をしたことがある。
今回の蛇口空回りは初めてのケースで、1週間ほど前から噛み合わせの一山二山滑る感じがあって、まずいと思ってはいた。
分解してみると、スピンドルの凹面ギザギザが腐食して摩耗したのが原因と判ったのでアルミホイルを細く畳んで噛ましてみたけれど、ぜんぜん駄目。
スピンドルを換えたら直るのだろうとホームセンターに行き、一種類だけ売られていたので汎用性があるのだろうと買ってきてみたら、口径違いで駄目。
とりあえず13mmのスパナを使えば開け締めができるので、それならばと13mmソケットと小型ドライバーハンドルを買ってきてはめてみたら、なかなかに良い具合。
1万円〜2万円もする洗面用2ハンドル混合栓ごと取り替えるとなると素人ではむずかしいだろう。
30年ほど前のものだから、業者に頼んで洗面台まるごと換えなければならないのか。
とりあえずDIYということで、無駄になったスピンドルも含めて、すでに2000円弱使っている。
応急的な修理が済んでから、もしかしたらとスピンドルを分解してみたら、摩滅したスピンドルの芯を交換したら良いのだと判った。
そうなると、適合する芯を捜しにホームセンターへと行きたくてたまらないが、今現在の応急処置も捨てがたい味があるので、完全修理を目指すのは年明けにすべし。
三度目の正直と言うけれど、三度ホームセンターに行って正しく直れば納得だ。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

読書のタイミング

2021年12月29日 12時29分12秒 | 詩・文芸・作品


面白そうだと思って自発的に本を読むようなことがなくなって久しい。
久しいどころか、全く純粋にということになれば、中1くらいまで夢中だったアルセーヌ・ルパンやシャーロック・ホームズなどの推理小説だけ。
その後の読書は、これを読んだと言ったらかっこいいだろうとか、人まねとか、これくらい読んでおかないとというような不純な動機だ。
野坂昭如の『火垂るの墓』は読もうと何回か思っていたのに、そのタイミングがなかったのを、ふと思いつき、家人に図書館から借りてもらって読んだ。
最近の図書館はネットで、本の有無も予約も順番待ちもネットでできるそうで、『火垂るの墓』の順番待ちはなくて直ちに借りることができた、そうだ。
伊坂幸太郎の『逆ソクラテス』は今年の本屋大賞にノミネートされたそうで、私のリクエストではなくて、勧められるままに読んだ。
前者は半分ほどの漢字に振り仮名があるので読みやすいような煩いような感じで、短編を1つ読んではしばらく置いたりして終えるのに長くかかった。
『火垂るの墓』までに短編が5つ載せられていて、焼け跡派ならではの少年少女用の体裁ながら、笑えない大人の童話。
『火垂るの墓』は、ひとつの段落まで句点の後も文を繋げる詰めた書き方で、内容の濃さとエゲツナさに緊迫感が漂い、読みすすめるのにもエネルギーを要して消耗した。
『逆ソクラテス』は、青少年向けの読み物という体裁で、『逆ソクラテス』が最初にあり、あとに4つの短編が収められている。
イジメをやると、因果応報どういうことになるかという、読者たる弱者を喜ばせるサービス精神のようなものを感じた。
その分、浅さも感じて、以前読んだ『重力ピエロ』ほどの読後充足感はなかった気がする。
田舎から帰って3週間余り、病院の検査を2度受けて良好という結果をもらい、沢庵を漬け、長いものに巻かれて1回目のワクチン接種をして、本2冊を読んだ。
遅まきながら年賀状にも取り掛かったけれど、もう大晦日は明後日だ。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自生タカサゴユリ(高砂百合)

2021年12月28日 07時23分43秒 | 身の周りの植物




今ごろユリが咲いてるのか、道端の金網フェンス際に1本だけだけれど。
花も1輪しかなくて、今まで見たことのない自生しているユリ。
テッポウユリの真っ白も良いが、ツートンカラーのこのイレギュラーはナイス。
テッポウユリの変わり種かと思ったが、どうも違う気もして、『テッポウユリに似たユリ』と検索した。
たくさんの種が風で飛び広がり自生群生するらしいけれど、宿根草なのに連作障害がおきて突然消えていくそうだ。
でも種が大量に飛んでいくのだから、波紋のように広がっていくのだろう。
全国に広がっているそうだけれど、ぼーっと生きてきたからか、私は初めて観て感心したりしている。
わが家の朝の玄関前は、零下2度でメダカの水槽にかなり厚く氷が張っていた。
地面は濡れてもおらず、雪は風華、屋根だけが真っ白になっていたが正午前に消えたので、昼からカメラを首にぶら下げて散歩。
寒い中でも一輪咲いていたタカサゴユリを観ることができて、宇治は最高5°最低ー2°でも出かけた散歩は甲斐があった。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

見た目の違和感

2021年12月27日 08時05分08秒 | 散歩は夢中






六角枠に数字が書かれた標識の道路は府道なのだが、三桁でも部分的に幹線道路であったり、知る人ぞ知る抜け道だったりする。
住宅地を貫いている府道の片側石垣に向かって、運動靴がきちんと揃えてあった。
脱いで何をしたのか、石垣に登るために裸足になったのか、石垣から帰って来られなくなったのか。
次にまたこの散歩コースを通った時に、そのまま在ったなら不気味な妄想がもっと湧くだろう。
それとも、なんの違和感もなく風景に溶け込んでしまうのか。

靴の置いてあった場所からすぐの歩道手すりが、傾いていた。
縁石ブロックが5余りセンチほどずれてしまっているのは、歩道に荷重がかかって地割れが起きたのだろうか。
人通りは少ない歩道だから荷重ではなくて、アスファルトの膨張が原因ではないかと素人目に思う。
奥の方と同様のコンクリート基礎(地梁?)を作るべきところが、予算不足だったのだろうか。
今年は大阪西成で、崖上の民家が地崩れでめちゃくちゃに倒壊した事件があった。
この場所では、西成のように下方でなにかの工事をやっている気配はないので、予想外の想定外かも知れないが、通る度に観察していきたい。

二日前に紹介した多肉植物の白牡丹(ハクボタン)と天糸瓜(ヘチマ)の現場をもう一度撮りたくて行ってみた。
多肉植物が大きな石垣上から垂れ、槇の生垣に天糸瓜が2本ぶら下がっている面白い違和感の全体を1枚に収めたかったから。
ここもときどき通る散歩道なので、年々の変化が楽しみだ。

【追記、訂正】本日の散歩にて確認したところ、靴はそのままなので、まだ石垣から脱出できていないもよう。ずれた手すりは、『10センチほど』と書いたが、よく見たらそれほど大きくなかったので、『5センチ余り』に訂正。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

入り口の体温測定器など

2021年12月26日 08時11分08秒 | アングル




今までに病院とスーパーとレストランの入り口に体温測定器が設置されているのを経験した。
直前直後に通った人も皆が正常値範囲で、引っかかったケースにでくわしていない。
今回は役所入り口だったけれど、もしもこれに異常値がでたら、どういう反応をするのだろう。
ただちに警告音が鳴るのか、「入場できません」とでも音声ガイダンスがあるのか、防備万全の保健師が駆けつけるのか。
当たり前のように、装置が立っているけれど、係員も居ないのであれば案内板があってしかるべきだ。
もしかして、体温測定のフリをして顔認証も含めて入場者チェックをしているのだろうか。

ロビーの石張り柱型にムース(ヘラジカ)の胸像というのか、巨大な剥製が掛けてあった。
掛けてあったというより、柱を突き破って出てきたように見える。
検索してみると、トナカイの4倍ほどで、最大体高3m体重800kgにもなる大鹿だとか。
この、カナダのカムループス市から贈られたという剥製ムースは、おそらく最大に迫ろうという大きさの筈で圧倒される。
真下に立つと、落下してこないか、角がもげたりしないかと不安になる代物で、市民に不安を与えていいのか。
などと思わないではない。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

多肉バラとヘチマ

2021年12月25日 08時20分00秒 | 身の周りの植物




多肉バラなどと見た目の印象で勝手に名前を与えたけれど、焼肉屋の品書きみたいだ。
薔薇状の多肉植物なのだけれど、他所様の生垣下に植わっていて、しかもヘチマを配すハイセンスに、すっかり感心した。
多肉植物のグラプトペタルム属の朧月(オボロヅキ)と、エケベリア属の聖夜の薔薇(セイヤノバラ)との交配種で、グラプトベリア属の白牡丹(ハクボタン)とある。
属と別の属の交配で、新しい属ができるのか・・・。
グラプトペタルム+エケベリア=グラプトベリア。
朧月+聖夜の薔薇=白牡丹。
地植えされていたのだからわが家でも育てられそうで、そう思って見ると違う場所でも見られたから、そのうち手に入れたい。
生垣にヘチマはもう1本ぶら下がっていたから、けっこう簡単に生らせることができるものなのか、それなら来年は種を買ってみようかと思う。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

多様な家並み

2021年12月24日 15時00分15秒 | アングル


わが街の一画に多様な塗装を施されている家並みがあり、そのポップな明るさが目を楽しませてくれる。
こういう多様性もダイバーシティ(Diversity)のあらわれと言えるのだろうか。
でも10何年ほど前だっただろうか、ダイバーシティという言葉がそれほど広まっていない頃に、ある反対運動があった。
住宅地の中の主要道路に面して数件の建売住宅がほぼ完成した時点で、一部の住人が壁の色に不満を示して運動を始めた。
ピンクや黄色の壁が、この団地にそぐわなくて値打ちが下がるという理由で署名を集め、工務店に塗り直しを求めるということだった。
同じ頃だったか、漫画家の楳図かずお氏の紅白縞模様の家が、景観上問題があるとして近隣住人から裁判を起こされたことがあった。
楳図かずお氏の方は、却下されて近隣住人が敗訴したが、わが団地の方は工務店が要求を受け入れ、明るく派手な色の家だけ塗り直し(上塗り)がなされた。
環境悪化を心配するという表向き理由があるにしても住民エゴが透けて見える気がして私は署名を断ったのだけれど。
その後、ダイバーシティという言葉が広まったからか、ピンクの壁に塗り替える家も見られるようになり、画像の家並みもできた。
意識の変化とともに建物も様相が変わり、街並み家並みも変っていく。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

俯いて歩くと

2021年12月23日 09時03分09秒 | アングル






きょろきょろと何かを探すような挙動は、どこにでも防犯カメラが設置されている昨今、不審者としてマークされるのかもしれない。
犬連れならよし、スポーツウェアのジョギングもよし、かばんなどを持って目的ありそうな歩き方ならよし、俯いて屈託のありそうな歩き方はどうなのだろう。
散歩の範囲で何か事件があって防犯カメラの映像を調べることになったなら、私はピックアップされるかもしれない。
そろそろ首に掛けるNikonD50が重くなってきて、昨日は俯き加減に歩きがちだからか、落とし物や生垣に投げ込まれたゴミが目についた。
呑み残しのペットボトル、コーヒー缶、一杯にふくれたレジ袋、不届きな犬連れが捨てていったと思われる小さく縛ったポリ袋もある。
マスクが落ちていたのは、知らずに落してしまったものか、捨てられたものか。
外を1人で歩く場合でさえ今はほとんど誰もがマスクを着けていて、そうでないのは親が連れている3歳までくらいの乳幼児だけ。
ほとんど必需品なのに、落ちている地面のマスクはどういうことなのだろう、黒を2枚の白を1枚見た。
その場で誰かが襲われたのか、新しいのに着け換えて捨てたのか、それとも『もうやってられない』と投げ遣りになった人がいたのか。
誰がゴミとして拾うことになるのか、マスクは拾って処分もなかなか出来にくいだろう。
擁壁に個性的で上手な字の落書きがあった。
これを書く腕と言おうか手跡と言おうか、落書きする時点でそれを生かせない人間なのだから、『(愚)はオマエだよ』と見た人は思う筈。
赤の他人が惜しがることもないか、『心』の一画目の向きが違っているもの、心に傷があるってことね。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

生け垣と前栽を切り撮る

2021年12月22日 07時04分04秒 | アングル






京都市立醍醐図書館の生け垣と前栽で撮影練習。
カメラのフォーカスには、電線や建物などの写って欲しくない物が色々と入る。
人の目は余計な物を排除して見たい物だけを見るけれど、そうはいかないカメラアイはどうするか。
とりあえずの部分的な切り撮りはトリミングにしろ接写にしろ、どれくらいで妥協するかといった感じ。
満天星(ドウダンツツジ)の生垣にまだ残っている紅葉と冬芽、前栽の柊南天(ヒイラギナンテン)をパシャ。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

皇帝ダリアをスマホと一眼レフで撮る

2021年12月21日 07時48分48秒 | 身の周りの植物






皇帝ダリアの毎年咲く場所は、なじみの散歩コース中ほど。
咲くと言うよりは、大事に育てているからこそ3mほどの背丈になり見事に咲かせてもらっている感じか。
高すぎて接写できず、撮ったことは1度もないのだけれど、練習と比較のために揺れる花をパシャ。
まだマニュアルモードでは難しいのでカメラ任せのAUTO。
スマホは少しだけ画面を拡げて撮った。
1枚目がスマホで2,3枚目が一眼レフ。
スマホの方が良さそうに撮れている感じもするけれど、一眼レフはバックがボケて、らしさが出ている。
撮ってみると、皇帝ダリアを新潟県十日町のわが故郷で咲かせたら、むこうでは見ない種類なので自慢できるかもしれないなどと思う。
ネットで見てみると、咲かせる北限は富山市という記述があった。
寒さに弱いらしく霜に当てたらいけないとあったから、地下の芋ごと腐るということだろう。
富山より十日町は北であり、そうでなくても雪国というだけで栽培不適。
ダリヤは何種類か子どもの頃のわが家では咲いていたから、珍しい植物の好きな父が毎年秋に芋を掘り上げていたのかも知れない。
他にもグラジオラスとか薔薇とか黒いチューリップとか余所で見ないものがウチでは咲いていた。
タキイ種苗のパンフレットがいつも郵送されていたから、変ったものを取り寄せては悦にいっていたのだろうと今にして思う。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

20年前のニコンD50

2021年12月20日 09時15分09秒 | アングル








いくつかの事情と状況から、20年前のニコンD50という一眼レフデジカメを、ほとんど自分の物として使うことができるようになった。
液晶は付いているのに、被写体はファインダーを覗かなければならなくて、そこは一眼レフ。
撮った画像は液晶に映るのだけれど、ちょっと小さすぎる。
シャッター音はパシャッと大きくて、隠し撮りとは真逆の『私はいま撮りました』という宣言のような何とも言えない良い響き。
何年も放置されていたからか、ボディが部分的にベタ付いて持てない。
調べてみると加水分解という空気との反応らしく、アルコールで拭けばニチャニチャは除去できるとあり、コロナ渦で常備の消毒液を使い清拭完了。
バッテリーも充電して首に下げ外に持ち出した。
かなりの重量だけれど、嬉しがっているうちは重く感じない。
昨日は用事があって、琵琶湖大橋を渡り湖東に行き、途中で湖周道路吉川の駐車場から比良山系などを撮ってみた。
まださすが一眼レフの画像と分かるほどの絵は撮れていない。
親子なのか爺孫なのか、これから釣りを始めようという後ろ姿がいい感じなので、断りなく撮らせてもらった。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

廃品利用の重石(おもし)

2021年12月19日 08時01分09秒 | 仕方


沢庵漬の重石に廃品のフロアヒンジを利用している。
扉の開閉スピードを制御する装置で、床に埋められている軸なのだが、油が漏れると交換することになる消耗品。
いままでどれくらい交換したか数えられないほどで、たまったらくず鉄として金属買取屋に持っていく。
くず鉄値段は1kg1円ほどに暴落をしたこともあれば、20円30円となることもあり、今はくず鉄もここまできたかという50円。
鉄全般で100kg~200kgほどまとめて、ガソリン代さえもらえたらと捨てにいく感じで処分してきた。
1円のときは持って行く気になれず、不燃埋立ゴミの日に出すと、出した途端に素早く廃品回収業者が持ち去る。
フロアヒンジは1個がだいたい3kg~5kgほどで、中には重量ドア用の10kg以上のものもある。
何かに利用できないかと、錆ついていないものいくつかを残してあった。
去年も使い、今年の沢庵漬には樽2個にフロアヒンジ8個で、およそ30kgを有効利用している。
今現在売れば1500円になるくず鉄だ。
田舎なら漬物の重石には文字通り石そのものを河川敷で拾ってきて使うのだが、こちらのホームセンターでは臼型の重石が売っていた。
買うつもりはなかったので値段を見ないでしまったが、調べたら20kg2800円というのがホームセンターのネット通販で有った。
くず鉄を売っても買えない値段で、扱いやすさと清潔感を重視するならそれも良かろうが、私は廃品利用で良しとする。
十分干したから水はまだ上がってこない。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

南天の実は残りひとつ

2021年12月18日 08時10分08秒 | 養蜂


裏の家からは3m余り高くなっている敷地だからか、狭い庭なのにいろんな鳥がやってくる。
メジロ、ヒヨドリ、スズメ、キジバト、ウグイスなどだが、カラスは図体が大きすぎるからか入り込まない。
それで、南天の実も千両の実も良い色になったなと思う間もなく食われてしまう。
おそらく一番疑わしいのはヒヨドリだが、そんなわけで、南天、千両、万両、枇杷など多くの植物が勝手に芽をだす。
多くの植物が葉を落とすなか、南天は紅葉しながらもまだ葉を保ち、赤い実が殺風景を慰めてくれようという按配なのに、鳥にやられて正月までも持たない。
はじめの庭の南天は、勝手に生えたものを植木鉢に移植したら実を付けるまでになったもの。
田舎の南天の実は赤くたわわに実っても全く食われてなかったのに、こちら食い物が不足している筈もない気がするのにこの有様だ。
玄関前に置いているもう一つの鉢植え南天は、人も車も通るから半分くらい実は残っている。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

金稜辺(キンリョウヘン)の萌芽

2021年12月17日 10時36分37秒 | 養蜂




日本蜜蜂の分蜂(分封)群を誘い込むための金稜辺の萌芽が10個余りあって、来年も相当な成績を期待できる。
アパート式飼育箱の空きはあと6個なのだけれど、今年並に分蜂があるならば、確実に空きは埋まるだろう。
わが家は、目に見える形では分かりにくいかもしれないが、あの地域の農産物受粉には多大な貢献をしている筈なんである。
それを恩着せがましく自慢することはあまりしてないし、わざわざの感謝もほとんどされていない。
つまり、道楽者が変ったことをしているとしか思われていない養蜂なのだ。
わが一人親方自営業はコロナ禍により廃業状態になり、そうでなくてもはじめから引退がふさわしい歳と体力。
であれば、今後のために日本蜜蜂蜂蜜の販売をと考えていたのに、蜂蜜の扱いに対する衛生管理の法律ができて、それもままならなくなった。
となれば、蜜はともかく、副産物の蜜蝋とか、金稜辺とか、日本蜜蜂の群そのものの販売なら可能かもしれない。
獲らぬ狸の皮算用はともかく、まだまだ田舎で飼育方法の確実化を目指しつつ仲間を増やすべしだ。
何となくやるのではなく正確に細かく記録をつけること、一番苦手なのだが来年こそはきちんと、などと想う師走。

追記;花芽が出ることを萌芽とは言わないのかも知れない。
赤紫の花芽を発見すると、萌える想いがして、ついつい萌芽とした。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする