エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

寮歌考

2009-12-15 | 文芸
        【ブルーベリーにうっすらと雪が】

  
 信州のブログ仲間「山裾の人」さんのブログ「田舎暮らし山裾の日々」で、雄大な浅間山の美しい写真を楽しみに見ている。
 煙のたなびく浅間山を眺めていると、その都度、信州での青春の歌が口をついて出てくる。
 ”朝霧に浮かぶ浅間山 煙の高くたなびけば~”、寮歌『ああ黎明』の一節だ。
また、”振りては 浅間の煙 熱血湧く 青春の意気 ~”と、応援歌も懐かしさとともに浮かんでくる。いずれも、遙か40年も昔、コンパや学校祭の折にしばしば歌っていた。そうそう、”春花香る信州の 吹雪く桜の花の下 ~ ”もあった。
 ”寮歌前誓友に告げぐ 玲瓏として高き吾妻の霊峰・・”の出だし、”いざや歌わんかな・・・ アイン ツバイ ドライ”、声高らかに歌ったものだ。みんなあまりに懐かしい、若かりし青春の歌だ。よみがえる美しく流れた日々は、なんと純粋であったことか。
桜の季節には、思誠寮の『春寂寥』をよく口ずさんでいる。”あわれ悲し逝春の 一片毎に落る涙”当時から、北杜夫も歌ったであろう(*)すばらしい寮歌に酔っていた。剣道部の全学合宿で教えられたと記憶している。

 ”春寂寥洛陽に 昔を偲ぶ唐人の 傷める心今日は我
  小さき胸に懐きつつ 木の花蔭にさすらえば
  あわれ悲し逝春の 一片毎に落る涙”

(*)北杜夫著『或青春の日記』には(昭和23年4月9日)”・・・長野の街を見下ろして、僕らは「春寂寥」を歌って山を下る。”とある。

 寮歌なるもの、そのメロデーは何とも言えない。また、その七五調の文語体の歌詞もすばらしい。先輩から後輩へ営々と口伝されてきたのだろう。世相の変わった最近の学生生活では、たぶん歌われていないのではないだろうか。
 
 寮歌といえば、旧制第一高等学校の『嗚呼玉杯に花うけて』 第三高等学校の『紅もゆる丘の花』などを知るが、『北帰行』 は旧制旅順高等学校の愛唱歌だったという。
ウィキペディア(Wikipedia)によると、寮歌の数は旧制高等学校の寮歌や、その影響を受けた他の諸学校の歌も含めると、3000曲以上はあるようだ。
バンカラ学生をあこがれたりしていた頃、コンパ等で酔って家へ帰る道すがら歌うのは、決まって『人を恋うる歌』だった。

  ”妻をめとらば才たけて ・
   顔(みめ)うるはしくなさけある
   友をえらばは書を読んで ・
   六分の侠気四分の熱 ・ ”

 作曲不詳の与謝野鉄幹の作ったこの三高寮歌は、数節しか知らなかったが長い詩歌であることがわかった。
http://www.fukuchan.ac/music/ryoka/hitookouru.html

 またときどきこれらの寮歌を歌いながら、過ぎし多感な若き頃を思い出すことだろう。



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