■ 小一時間の朝カフェ読書で松本清張短編全集1の表題作「西郷札」を読んだ。「西郷札」は清張のデビュー作。
作品中に西郷札(さいごうさつ)の説明がある。**西南戦争ニ際シ薩軍ノ発行シタ紙幣** この作品は実在した西郷札をネタにした実に巧みな構成の短編。
新聞社で企画された「九州二千年文化史展」の出品リストに西郷札と覚書という品目があった。覚書を書いたのは西郷札の発行に関わった樋村雄吾という人物。この覚書をベースに作品の書き手である私が構成した物語という形式を採っている。
樋村雄吾は西南戦争で西郷隆盛の反乱軍に加わる。銃弾が樋村の右肩を貫くが、幸運にも生き延びる。雄吾が素封家の庇護を受け、一年二ヵ月後に故郷に帰ると、戦火で家は焼かれ、父親は亡くなり、継母(母親は雄吾が十一歳の時に亡くなっている)と義妹(継母の連れ子)の季乃(すえの)は行方不明になっていた・・・。
失意のうちに東京に出た雄吾は人力車を挽く車夫になる。ある夜、雄吾は一目で高級官吏と分かる男を乗せる。長い塀の多い屋敷町の一画で男をおろした。男を迎えに門の外に出てきたのは、行方が不明だった季乃だった。
**暗い中から丸髷(まるまげ)が浮き出たが、くっきりと白い顔を見た瞬間の雄吾の驚愕は何にたとえようもない。(中略)―季乃であった。(中略)季乃が東京にいる、人妻となっている。**(30頁)
季乃の夫の塚村圭太郎は雄吾と季乃との間に兄妹愛とは違う愛を感じ取り、嫉妬する。
塚村は、紙屑と化していた西郷札を政府が補償回収するという嘘の情報を雄吾に伝える。雄吾と彼の恩人らに買占めをさせて、全財産を失わせることを企てる。塚村がそれとなく流した西郷札買上げの風評により宮崎では西郷札の値が上がっていたために、塚村の目論見通り、彼らは全財産を投じることになる。
さらに雄吾は**味方の発行せし金券ひいきの余りに誑(たぶらか)したるにや或は金儲け欲しさのためにや今の処分明せざれ共、そもそも虚言を以って住民共多勢を欺すは重罪につき同人が東京に舞戻る節は直ちに逮捕するやう警視本署にて御用意ありと。**(62頁)と新聞に報じられることに・・・。
結末を記していると思われる覚書の終盤が破り取られていて結末が分からないということで小説も塚村や雄吾や季乃がどうなったのか明かされることなく終っている。塚村が雄吾によって殺害されたのならそのことを新聞が報ずるはずだが、当時の新聞に当該記事はないと小説のラストに記されている。
推理小説とも恋愛小説とも取れるこの作品の結末は読者が想像するしかないのだ。雄吾と季乃は連れ立って地方に逃れ、ひっそりと暮らしたのかもしれない。塚村は雄吾によって殺害されたが、そのことは政府によって完全に隠蔽されたのかもしれない・・・。