■ はじめに
東京オリンピックのために新たに建設された国立競技場の当初の計画案には多くの異論・反論が出た。建設費が予定額を大幅にオーバーすることや、未来的というか、SF的というか、異様と評してもよいとぼくは思うが、デザインが周辺の環境にまったくそぐわないことなどがその理由で、白紙撤回されるという事態になった。東京オリンピックはこの躓きをはじめ、準備期間中にいくつもの問題が起き、その都度、海外も含む多くのメディアが大きく報じた。3兆円とも言われるオリンピック費用をどうするのか、信濃毎日新聞は今日(12日)の朝刊で「都と国 赤字巡り泥仕合」という見出しでこの問題を報じている。**国と都は経費を巡って何度も衝突してきた経緯がある。異例ずくめの大会が幕を閉じた後に、祝典の華やかさとはかけ離れた泥仕合が始まることになる。**記事はこのような一文で結ばれている。
■ 東京だけではなかった競技会場―東京オリンピック
真夏の開催ということで、選手にとって過酷な天候も懸念され、マラソンは北海道で行われた。当日の気温は東京とあまり差はなかったが。東京オリンピックは東京都だけでなく、例えば自転車競技は静岡、バスケット・ゴルフは埼玉、サーフィンは千葉というように複数県の会場でも競技が行われた。
一国一都市開催から一国複数都市開催へ。次回2024年のオリンピックはパリで開催されることになっているが、東京オリンピックと同様、パリだけでなく、北部のリール、南部のマルセイユなどでも競技が行われる。
■ 複数国開催の「テレオリンピック」という構想
パリオリンピックのサーフィン競技は南太平洋のタヒチで行われるという。タヒチはパリから見れば地球の反対側ではないか。こうなると複数国開催を構想するのは容易だ。一国開催にこだわる必要性があるのだろうか。開催のルールとしてこのような規定があるのなら、ルールを変えればよい。既に2002年FIFAワールドカップの日韓共同開催という事例もある。テレオリンピックはその応用、発展形だ。
例えば、柔道は日本(東京)、サッカーはブラジル、体操はロシア、陸上アメリカ、卓球中国などというように複数国で開催するテレオリンピック。別にある競技をその競技の強豪国で開催することもないが。
選手村は不要、人数的に会場近くのホテルを充てることで足りる。財政的な負担も分散される。世界各国で同時開催となればいろんなことで各国が協調することが必要になるだろうから、国と国の間(国家間ということばはあまり使いたくない)の良好な関係保持にも効果があるだろう。
■ 開会式はサイバー空間で
開会式や閉会式も一つの会場で行うこともないだろう。サイバー空間を構築して行えばよい。先日の東京オリンピックの閉会式ではバーチャルな演出も行われている。国立競技場の空間に浮かぶ無数の発光点が次第に集まって五輪になるという演出はCG表現だったようだ。北京オリンピックでもCG表現があったことが知られている。
選手たちがひとつの会場に集まることに意義があるという主張は、コロナ禍で広まったテレワークを経験してみれば、説得力が弱くなることも予想される。
■ テレオリンピックの実現 30年、40年後には
このようなテレオリンピックの開催はハードの面でもソフトの面でも現時点で実行に移せると思う。仮に問題というか課題があるとしても、競技会場の設計、施工より短期間で、ローコストで十分解決できるだろう。
もしかしたら30年、40年後くらい先にこのようなテレオリンピックが開催されるかも知れない。その時、そう言えば昔、テレオリンピックを構想していた日本人がいたなあ、となったりして。
こんなことを夢想することは楽しい、でしょ?
1964年に開催された東京オリンピック、その時、星 新一がおもしろいことを構想している(過去ログ)。
前稿から続く
翌朝
娘は登校。かがりさんは歯ブラシとタオルを屋外の水道のところに置いて、そっけなく、寅さんに「今、ごはんの用意をしてきます」。
かがりさんは昨晩、寅さんが寝たふりをしていたことに気がついていた。
寅さん旅支度を済ませている。入り江に連絡船が停泊している。
「お客さん、出ますよ」と船員が寅さんを呼ぶ。
「もう、会えないのね」 寂しそうなかがりさん、こういう演技、いしだあゆみさんにピッタリ。動き出した船からかがりさんをみる寅さん。遠ざかる船。長い別れのシーン。
寅さん、とらやに帰るも恋のやまいで寝込んでしまう。数日後、寅さんとらや一家ともめて、旅に出て行こうとする。その時、かがりさんが友だちととらやを訪ねてくる。寅さんが出て行こうとするとき、マドンナとばったり、というのはよくあるパターン。
勧められて、店のテーブルにつくかがりさんと友だち、それから寅さん。ギクシャクするふたりの様子に、「なんやの、あんた、小学生のお見合いじゃあるまいし」と友だちに言われてしまうかがりさん。
今から芝居を観に行くというふたり。帰り際、かがりさん、テーブルの下でつけ文を寅さんの手に。寅さんビックリ、ぼくもビックリ。
「鎌倉のあじさい寺で 日曜の午後一時、待っています」 ぼくはあじさい寺と聞けば、北鎌倉の明月院を思い浮かべるが、かがりさんが指定したのは成就院。その名の通り、恋愛が成就する寺。
それからの寅さんの行動を山田監督はコミカルに描いている。
さて、あじさいの鎌倉でデートの日、寅さんはなんと満男君を連れて行く。成就院。石段を上っていく寅さん、続く満男君。かがりさんが待っている。満男君に気がついてかがりさんは内心、「寅さん、なんで?」と思ったに違いない。(注)なんでは語尾を下げず、上げる 。 かがりさん、ちょっと残念そうな表情。
長谷寺の紫陽花 撮影日2006.06.24 この後、成就院へ・・・。
その後、江の島に渡った3人。夕闇せまる江の島。
「今日の寅さん、なんか違う人みたいやから」
「私が会いたいなあ、と思ってた寅さんはもっと優しくて、楽しくて、風に吹かれるたんぽぽの種にたいに、自由で気ままで・・・、せやけどあれは旅先の寅さんやったんやね」
「今は家にいるんやもんね、あんな優しい人たちに大事にされて」
ここで思い出すのは第11作「寅次郎忘れな草」でリリー(浅丘ルリ子)が酒に酔って、夜遅くにとらやを訪ねた時、寅さんに言った言葉(過去ログ)。
リリーもかがりさんも孤独で寂しい思いをしているのだ。寅さんの優しい言葉が心にしみるのだろう。第28作「寅次郎紙風船」のマドンナ・光枝(音無美紀子)もそうだったと思うし、他のマドンナもそうだろう。
「もう看板なんですけど」と店主に言われ、江の島から帰路に着いた寅さんたち。
夜8時過ぎ、とらやでは「おそいねえ、寅ちゃんたち」と言いながら帰りを待っている。
「満男が一緒だからなあ、ふたりだけだったら、泊まってくることもあるだろうけど」と博。
「寅がそんなことできるわけねえじゃねえか」おいちゃん分かってる。
「そうだよ、そんな甲斐性がありゃ、とっくに身をかためてるよぉ」とおばちゃん。
東京にまだ2、3日いる予定だったけれど今夜の新幹線で帰ります、と東京駅のかがりさんがとらやに電話で伝える。すっかり遅くなって満男と帰って来た寅さん。
元気のない満男にさくらが訊く。
「お姉さんと別れたあと、おじさん電車の中で涙こぼしてたの・・・」
直後旅に出ていく寅さん。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ほんとうはかがりさん・・・、お兄ちゃんを好きだったんじゃないの?」
さくらはかがりさんの様子をとらやで見ただけで、ちゃんと分かっていた。
寅さんはかがりさんと別れた後、なぜ涙を流したのだろう・・・。かがりさんの想いを受け止めることができなかった不甲斐なさ?
あじさいの鎌倉
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■ 寅さんシリーズ第29作「寅次郎あじさいの恋」を観た。
本作のマドンナはかがり(いしだあゆみ)さん。夫に先立たれたかがりさんは小学生の娘を丹後の実家に預けて、京都の陶芸家の許でお手伝いさんとして働いている。
寅さん京都の葵祭で啖呵売。
早めに仕事を切り上げた寅さん、賀茂川のほとりで下駄の鼻緒が切れて困っていた老人の前を通りがかり、自分の手拭いを引き裂いて鼻緒を付けてやり、その手拭いで土のついた足をはたいてやる。寅さんは優しい。さらに老人と焼餅の店で休み、お代も払う。寅さん、老人が人間国宝の陶芸家・加納作次郎であることは知る由もない。
寅さんが店の前で立ち去ろうとすると、その老人から「いろいろ親切にしてもろうたお礼にな、冷たいビールでもあげたいんやけど、ちょっとつきおうてんか」と老舗と思しきお茶屋に案内される。寅さんすっかり酔っぱらってしまって、芸者さんの膝で寝てしまう。
翌朝、目が覚めた寅さん。かがりさんが寅さんの服を入れた木箱を持って部屋に入ってくる。寅さんとかがりさんとの出会い。そう、寅さんは加納作次郎の屋敷に泊まったのだった。
この先、あらすじを端折る。
かがりさんは作次郎の弟子・蒲原と恋仲だったが、自分のところに陶芸の勉強にきていた女性と結婚することを知る。作次郎はかがりさんに向かって「あんたそれでええのんか?」と問う。
「はい、蒲原さんがそれでお幸せにならはるんやったら・・・、もちろん」
この答えに不機嫌になった作次郎。蒲原が帰ったあと、自分の部屋にかがりさんを呼びつける。
「あんた、ほんまに蒲原を好きやのか?」
「はい」
「それやったら、何であの男の首っ玉にしがみついてでも一緒にならへなんだんや!」
「人間というもんはな、ここぞという時に全身のエネルギーを込めてぶつかって行かんとあかんのや! 命をかけてぶつからんとあかへんねん。それがでけへんようなら、とてもやないけど、あんた幸せにはなられへんわ!」
傷心のかがりさんが実家に帰ってしまったことを知った寅さん、丹後の伊根にかがりさんを訪ねる(伊根はぼくも行きたいところ、民家巡りをしていた若かりし頃、行けばよかった・・・)。優しい寅さんに惹かれていたかがりさんはびっくり。
「なんで?」
「へへ、脅かしちゃって悪かったな、急に思い立ったからよ、うん」
ふたりが話しをしている間に最終便の船が出ていってしまう。バスももう無し。高額なタクシー代を払うのは寅さんには無理。
「うちに泊まりはったらどうどす、そないして、ね」かがりさんはさっさと寅さんのカバンを持って離れに入って行ってしまう。作次郎に叱られた時の言葉を思い出したのかも。
夜になって、小学生の娘はパジャマ着て「おやすみなさい」。かがりさんの母親は姪のお産のために迎えがきて出かけてしまう。
さて、ここから寅さんシリーズで唯一と言われる「大人の一夜」へ・・・。
かがりさんの酌で酒をのむ寅さん。かがりさんも寅さんの前にコップを差し出して・・・。
■〇 ふたりの位置関係。左の図で寅さんは円形の座卓の上、かがりさんは左に座っているけれど、座布団 ■ に座っていないで、寅さんに寄り添うように座っていることが、俯瞰的なショットで分かる。かがりさんは ♪わたしは ゆれて ゆれて あなたの腕の中 を望んでいる・・・。
その時ふすまの向こうから娘の呼ぶ声、添い寝するかがりさん。布団の中からのぞくかがりさんの脚、妖。
寅さん、かがりさんの色香に絶えることができなくて、「急に眠くなっちゃたんで、横にならせてもらうよ」
おいおい、寅さん、逃げちゃうの。
かがりさん無愛想になって、離れに案内して、階段の下で「二階の奥やから」。
寅さん布団の中、窓の外はブルーライト イネ。しばらくして、離れの戸が開く音、階段がきしむ音・・・。
「寅さん・・・、もう寝たの」静かにふすまが開く。
寅さん寝たふり。布団の横に静かに座るかがりさん。身を任せるつもりで部屋に入ってきたのに・・・。
この場面を冷静に、理性的に解釈することもできる。かがりさんは娘の部屋にランドセルを取りにきたついでに、寅さんが寝ている部屋の様子をうかがい、開けっ放しの窓を閉め、枕元のスタンドの灯りを消して、静かに部屋を出ていっただけだと。
しばらくして、ふすまを閉めて、階段を降りていくかがりさん。
以下 次稿