透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

週末東京の記 2

2024-04-22 | A あれこれ

 21日 朝9時半、地下鉄門前仲町駅で友人と待ち合わせ。徒歩で富岡八幡宮へ向かう。この神社には狛犬を見るために2015年の9月に来たことがある(過去ログ)。


参拝して、すぐ近くの次の目的地へ。



旧弾正橋(八幡橋)国の重要文化財に指定されている建造物。この橋については別稿で。


門前仲町駅に戻り、大江戸線で両国に向かう。両国では東京都復興記念館と刀剣博物館を見る予定だった。




東京都慰霊堂  内観

東京都復興記念館は都立横網町(*2)公園にある施設で、この公園には東京都慰霊堂もある。どちらの施設も今まで知らなかった・・・。

東京都復興記念館の館内には関東大震災と先の大戦による東京の惨状を伝える写真や絵画などが数多く展示されていた。関東大震災の発生が1923年(大正12年)、この震災で東京は甚大な被害を受けた。それからわずか18年後、1941年(昭和16年)に第二次世界大戦が勃発する。東京は壊滅的な状況に。

復興記念館で受け取った資料には北は北海道から南は九州・沖縄まで、主要な戦災都市一覧が載っている。それから東京空襲一覧も。東京空襲というと、1945年(昭和20年)3月10日の大空襲がよく知られているが、資料によると、約9か月の間に100回以上もあったとのこと。知らなかった、と正直に書く。

戦後、この国は毎年のように自然災害による大きな被害を受け続けてきた。それでも災害列島で生きていくというこの国の人たちの意志。


展示品には火の見櫓のある風景を描いた絵もあった。


横網公園のすぐ近くの旧安田庭園内に刀剣博物館がある。刀剣博物館は槇 文彦の設計。歩きながら友人に槇 文彦の作品を紹介する。幕張メッセ、東京体育館、代官山のヒルサイドテラス、テレビ朝日の社屋、青山のスパイラル・・・。それから「新国立競技場を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」(*2)という論考。



刀剣博物館のエントランスに休館の表示が・・・。残念。展示品を見たかったわけではなく、ここのカフェで休憩したかった。


縁甲板の型枠を使ったコンクリート打ち放しの壁。槇さんの建築はとにかく美しい。


旧安田庭園を歩く。





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庭園内の駒止稲荷神社。狛犬がいる! ここの狛犬については稿を改める。


次はマティス展。両国から大江戸線で六本木へ。大江戸線の両国駅まではかなり距離があることを昨年(2023年4月)回向院に行った時に知った(過去ログ)。追記(04.23):自宅で地図を見て、ずいぶん遠回りしていたことが分かった。
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両国国技館前の太鼓櫓 用途違えど、櫓は櫓。

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こんな蓋があった。 既に12時近くになっていた。美女と一緒だから、六本木のおしゃれな店で食事をしようとおじいさんは考えた。

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2階のレストランに高級車。どうやって店内に入れた? 

例によって食レポは無し。


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マティス展については別稿で。


マティス展鑑賞後、消防博物館へ向かう。少し雨がぱらついているが傘をさすほどでもない。消防博物館は2012年、2016年に来ているから、今回が3回目。

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前からあったのかな、この火の見櫓の模型。記憶にないなぁ。展示してある消防信号板と同じものが自室にある(*3)。

展示品をざっと見て、消防博物館の近くのカフェへ。この時、午後4時ころだった。


友人は聞き上手。阿川佐和子さんの「さしすせそ」の「そうなんだ」をよく使う。「すごいね」も。そのせいなのだろうか、話が尽きない。前回もそうだった。気がつけば6時。あっという間に2時間経っていた。ぼくは夜8時発のあずさで帰ることにしている。

地下鉄を丸の内線、南北線と乗り継いで神楽坂へ。時間がない。タイム イズ モウネェ。ゆっくり食事、とはいかず、1時間も経たないうちにさようなら、お元気で。終日つき合ってくれた友人に感謝。

友人は飯田橋から地下鉄、ぼくは総武線で新宿へ。出発時刻の10分くらい前に新宿に着いて、あずさに乗り込んだ・・・。疲れたな。ビールでも飲んで眠りたいところだけど、車の運転があるからそれは出来ない。

**とても楽しく、刺激を受けて帰ってきました。ありがとうございました。(後略)** 友人からメッセ―ジが届いた。

夜11時近くに帰宅。スマホで歩数を確認するとおよそ14,800歩。二日間でおよそ24,000歩。東京するといつもよく歩く。

大変有意義な週末東京であった。


 

*1 両国には国技館がある。横網を間違えて横綱と表記するケースが案内表示板はじめ印刷物などにもよくあったという。今回も綱を網に訂正したと思われる案内表示を見かけた。

*2 正確に覚えていなかったので帰宅後に確認した。


自室の壁に立てかけてある消防信号板

*3 何年か前のこと、ある自治体で火の見櫓を解体するという情報を得た。担当課の課長にお願いして、火の見櫓に設置されていた消防信号板をいただくことができた。


 


週末東京の記 1 

2024-04-22 | A あれこれ

 先週末、東京した。今回の上京目的は大学時代の恩師を囲む会に参加すること、国立新美術館で開催中のマティス展の鑑賞だった。

本稿と次稿に分けて週末東京、20日(土)と21日(日)の様子を時系列に沿って記録しておきたい。


20日、塩尻駅7時18分発の特急あずさ8号で東京に向かう。現在あずさは全席指定だ。進行方向右側の窓側の席を予約していた。左側の車窓からも火の見櫓は見えるけれど、右側の方がその数が多いと思われることと、後述することがその理由。


山梨県北杜市 特徴的な山容の甲斐駒ヶ岳(*1)の麓に立っている火の見櫓を撮った。たぶんこの辺りのはず、とスマホを構えてスタンバイしていた。スマホ写真のなんとなくパサついた感じがあまり好きではないが、記録写真だからと割り切って撮影する(4以降の写真は持参したカメラで撮影したもの)。


中央東線は甲府盆地を大きく東側に迂回して、塩山駅を過ぎてから、徐々に登っていく。この辺りの車窓の俯瞰的な風景が中央東線では一番好きだ。進行方向右側に席をとるのは、この風景を見たいからというのも理由。


山梨県上野原市 今までこの火の見櫓には気がついていなかった、と思う。少し後方を振り返るようにして見ていて、この火の見櫓に気がついた。あわててスマホを向けた。何とか火の見櫓を写すことができた。 やぐらセンサーの感度はこのところ極めて良好だ。


東京駅に9時59分、定刻に着いた。丸の内北口を出てオアゾの丸善に向かう。ここは上京すれば必ず立ち寄る書店。店内の上質で落ち着いた雰囲気が好ましい。




『生物から見た世界』ユクスキュル/クリサート(岩波文庫2023年第34刷)
『国道16号線 日本を創った道』山瀬博一(新潮文庫2023年)

「先生を囲む会」は目黒雅叙園で11時30分から。時間に余裕がないので、予め決めていた2冊を買い求めて、東京駅に戻る。



オリガミック アーキテクチャー 山手線の高輪ゲートウェイ駅で電車を降りて、隈 研吾設計の駅の様子を見て、次の電車に乗る。このくらいホームが明るいと好い。まだ乗降客はまばら。


目黒駅で他の参加者と合流、目黒雅叙園に徒歩で向かう。東京は坂の街、急な坂道を下る。5、6分ほどで雅叙園に着いた。






        

参加者は先生と奥さん、上高地仲間の3人、幹事のSTさん、私の7名。カノビアーノの個室で幹事のSTさんがオーダーしたイタリア赤ワインと共にコース料理を味わう。イタリア料理の味を表現する言葉を持たないので、省略。11時30分から2時間、楽しい時間はあっという間に過ぎて・・・。 

記念写真を何枚も撮影した。再会を約束して先生を囲む会はお開きに。先生は奥さん運転の車で帰宅された。STさんとも分かれた。


上高地仲間3人と庭園美術館(*2)辺りまで、酔い覚ましの散歩。

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以前、満席で入店できなかったレストラン・・・。

その後、目黒駅近くの居酒屋で2次会。私の予定に合わせてもらい、4時半過ぎにお開き。


地下鉄を乗り継いで某所へ向かった。

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6時半ころ、Mが予約していた焼き肉屋さんへ。店員さんが提示したQRコードをスマホで読み取って、表示された画面で飲み物などを注文するシステム。おじ(い)さんには、ハードルが少し、そう少しだけ高め。

焼肉は久しぶり。どの肉もなかなか美味かった。支払いはMがしてくれた。ごちそう様でした。

東京ではいつもよく歩く。20日も地下鉄の乗り換えや駅から目的地までの移動でよく歩いた。歩数は約9,300歩だった。


*1 甲斐駒ヶ岳(かいこまがたけ)南アルプス(赤石山脈)の北端に位置する山、標高2,967m。
*2 庭園美術館には何回も行ったことがある。(過去ログ