360
■ 藤森照信さんの『タンポポの綿毛』(朝日新聞社2000年 図書館本)を読んだ。藤森さんがテルボと呼ばれていた少年時代を綴ったエッセイ集。カバーのイラストがこのエッセイ集の雰囲気を上手く表現している。テルボのイラストは南 伸坊さん、背景の地図は藤森さん。
藤森さんは諏訪湖の近く、茅野市宮川で生まれ育った。野山を駆け巡て遊んでいた少年時代の出来事あれこれが、魅力的な文章で活き活きと描かれている。
たとえば友だちの家で山羊の乳でつくったチーズを初めて口にした時のことは次のように。**まずチーズは、安国寺のミツカズんちに遊びいったとき、カアチャンが、つくりたてというのをおてしょう皿に載せておやつがわりに出してくれた。よほど印象深かったらしく、茅葺き屋根の軒下で立って食べたシーンまで覚えている。**(64頁)
また、初めてグローブを見た時のことは次のように。**グローブというものをはじめて目にしたのは、小学二、三年のとき、村のお堂の縁側だった。広い軒下で遊んでいるとき、お堂の隣りのユキちゃん(男)が、使い古しをもってきて見せてくれた。**(128頁)
藤森さんの文章の魅力を何に喩えよう・・・。定規で引いた線ではなくて、フリーハンドの線のようだ、と書いても伝わらないだろうし、藤森さんの建築の魅力は文章の魅力に通じると書いてもますます伝わらないだろう、と思う。でも、他に浮かばない・・・。
このエッセイ集には火の見櫓も出てくる。 **江戸時代のこと、表具師の幸吉は鳥のように空を飛ぼうと夢見、工夫を重ねてついに成功したという物語**(146頁)が書かれた『鳥人幸吉』という本を読んだテルボ。自分も試してみようと、翼の製作にとりかかった。**(前略)うまくいったらつぎは公民館の脇に立つ木の三本柱の火の見櫓から(後略)**(147頁)飛んでみようと決めていたそうだ。ちなみにこの公民館は藤森さんの設計で新しくなっている。
長野県茅野市宮川 高部公民館
また、次のような記述も。**火事のときの半鐘の鳴らし方にはルールがあり、村内の火事の場合はスリバンといってジャンジャン連打するはずだが、鳴らないところをみると、大したことではなかったらしい。**(52頁) 文中に村内とあるが、藤森さんがテルボと呼ばれていた少年時代の宮川村高部を指していて、それ程広域ではなかったのだろう。
ぼくも近所の友だち、ターちゃんやマメさ、コーちゃたちとビー玉やめんこをしたり、トンボやチョウを捕まえたり、池でフナを釣ったり、軒下のハチの巣を竹竿でつついてハチに刺されたり(ただしテルボたちとは違って、**刺されたヤツの刺された個所に、あわててみんなでションベンをかける**(103頁)なんてことはしなかったが)、遊んだ思い出があるから、読んでいて懐かしい思いがした。
藤森さんの本はこれまでに何冊か読んだが、この本のことは知らなかった。