誰だって、何かを犠牲にしたり、我慢をして人生を送っている。
特にサラリーマンは、会社というものに束縛されて生きている。
我儘で、嫌なことは一切やらないで生きてきたつもりの僕でさえ、
定年まで勤めた会社では、色々な事を我慢してきた。
定年まで勤めて思ったことは『日本人は江戸時代から何も変わっていない』という事。
以前にもブログに書いたことがあるが、仕事を楽しんでやっていると、
そういう事が出来ない人間は面白くないのだろう。
ところが楽しんで仕事をしていない人の方が、会社の中では『出世』する。
そりゃそうでしょう。
仕事に楽しみを見出せない人間は、受け身でしかない。
与えられた仕事を、上の命令通り遂行する。
これって江戸時代の『お殿様』と『家臣』の関係と一緒です。
会社でいえば専務のような家老は『お家(会社)』のために働く。
家老の下にいる『家臣』は『お家(会社)』のために働く。
ついこの間まで世話になっていた会社も、殆どの人が『家臣』。
久しぶりに会った取締役も『仕事しか能が無い』と言う。
会社を大きくするのが夢・・・・
なんて言う取締役は、完全なる『家臣』ですね。
お殿様が喜ぶことをして、自らの喜びにする・・・
まるで時代劇のようだけれど、日本人の殆どがそうなんじゃないかな?
『家臣』なら聞こえが良いけれど、僕に言わせれば『家来』です。
だから僕のような、誰の言う事も聞かない一匹狼は嫌われる。
いわゆる『野武士』なのでしょう、今でも自分は『野武士』だと思って居る。
勝ち負けに関係なく、お金のためでもなく、自分の思った所でしか戦をしない。
元気に生きているだけで十分、失うものなんか、何もないですからね。
定年退職後に雇用延長して働く人が多いけれど、僕のセカンドライフは、
少なくとも『家来』だけは嫌ですね。
仕事を続けるなら楽しんでやれることをお勧めします。
僕は遊びも仕事も、何でも一生懸命、楽しみながらやるのが好き。
一生懸命になれないもの、楽しめないものは好きじゃない事だから、さっさと辞める。
残りの人生は、そう長くはないのですから・・・・
特にサラリーマンは、会社というものに束縛されて生きている。
我儘で、嫌なことは一切やらないで生きてきたつもりの僕でさえ、
定年まで勤めた会社では、色々な事を我慢してきた。
定年まで勤めて思ったことは『日本人は江戸時代から何も変わっていない』という事。
以前にもブログに書いたことがあるが、仕事を楽しんでやっていると、
そういう事が出来ない人間は面白くないのだろう。
ところが楽しんで仕事をしていない人の方が、会社の中では『出世』する。
そりゃそうでしょう。
仕事に楽しみを見出せない人間は、受け身でしかない。
与えられた仕事を、上の命令通り遂行する。
これって江戸時代の『お殿様』と『家臣』の関係と一緒です。
会社でいえば専務のような家老は『お家(会社)』のために働く。
家老の下にいる『家臣』は『お家(会社)』のために働く。
ついこの間まで世話になっていた会社も、殆どの人が『家臣』。
久しぶりに会った取締役も『仕事しか能が無い』と言う。
会社を大きくするのが夢・・・・
なんて言う取締役は、完全なる『家臣』ですね。
お殿様が喜ぶことをして、自らの喜びにする・・・
まるで時代劇のようだけれど、日本人の殆どがそうなんじゃないかな?
『家臣』なら聞こえが良いけれど、僕に言わせれば『家来』です。
だから僕のような、誰の言う事も聞かない一匹狼は嫌われる。
いわゆる『野武士』なのでしょう、今でも自分は『野武士』だと思って居る。
勝ち負けに関係なく、お金のためでもなく、自分の思った所でしか戦をしない。
元気に生きているだけで十分、失うものなんか、何もないですからね。
定年退職後に雇用延長して働く人が多いけれど、僕のセカンドライフは、
少なくとも『家来』だけは嫌ですね。
仕事を続けるなら楽しんでやれることをお勧めします。
僕は遊びも仕事も、何でも一生懸命、楽しみながらやるのが好き。
一生懸命になれないもの、楽しめないものは好きじゃない事だから、さっさと辞める。
残りの人生は、そう長くはないのですから・・・・