映画とライフデザイン

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わが母の記  樹木希林

2012-05-01 21:15:35 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
映画「わが母の記」を映画館で見た。
実にすばらしい!
井上靖の原作の映画化で、彼の私小説的要素も強い。井上靖の現代小説は学生時代から好きで、噂を聞きこの映画見てみたいと思っていた。見に行ってよかった。主人公の小説家の目を通して、子供のころ離れ離れになったこともある故郷の母が徐々にボケていく姿を描いている。

客席には自分よりも年上の男女がほとんどだった。初老の域に入った男たちが、ハンカチで涙を何度もふいているのが至る所で見えた。意外にもその横の奥さんたちがそうでもない。この映画は男の哀愁を誘う映画なのかもしれない。自分もハンカチで何度も目をぬぐった。映画館を出る時も涙目なのは気恥ずかしい。

「三丁目の夕日」でも同じような光景が見られたが、映画の出来は格段にこの映画の方が上だ。いやもしかして来春映画の賞を総なめするかもしれない。そのレベルである。
樹木希林の演技には驚いた。彼女は本当にすごい!!



最初は昭和34年ころを映し出す。小説家伊上洪作(役所広司)は人気作家だ。43歳で文檀に登場してから着々とその地位を築いていった。故郷伊豆に父母が暮らしていたが、父が亡くなったという知らせが入る。母(樹木希林)が残されて、伊上の妹夫婦と暮らすことになった。
実の母ではあるが、戦時中洪作は曽祖父のお妾さんに8年間育てられたことがあった。息子は捨てられたという気持ちが残っていて、わだかまりがあった。しかし今、すでにボケてきた母親に恨みはなかった。
主人公には妻と3人の娘がいた。妻はいかにも明治の女という夫に尽くす女性で対照的に主人公は頑固だ。しかも、過保護なくらい娘たちに干渉する。この映画では子供たちとの葛藤も語られる。。。。

ストーリーは単純である。いくつものエピソードを重ねていくが、一つの家庭をめぐって起きる小さな事件の積み重ねである。意外性のある話ではない。青島幸男が演じた「いじわるばあさん」との境目が少ないばあさんかもしれない。


「三丁目の夕日」では時代考証が自分が見てもちょっと違うんじゃないのというところがいくつも散見された。この映画に関しては完ぺきだ。昭和30年代から40年代を描く映画には隙が多い。その時代には到底ないような建物があったりすると興ざめさせられる。

井上靖さんの自宅や実家をロケに使っていること自体がこの映画が成功した一番大きな要因だと思う。いかにも昭和30年代の典型的なお金持ちの家だ。設計士が設計したというのがよくわかる独特の空間の使い方だ。室内の装飾の木の使い方がうまく、外部に面してオープンの木の建具が使われる。座卓の書斎が小説家のたたずまいらしく、食堂もハッチがあったりして最近の流行とは違う。和のテイストをとりいれた洋風の家だ。昭和の上流家庭の姿をリアルタイムに映し出しているような錯覚を感じる。
井上靖の代表作「氷壁」の中に出てくる富豪のご婦人が住んでいた家もまさにこの家のイメージだった。


それに加えて今回は伊豆の名門川奈ホテルをロケに使う。スパニッシュ風ホテルだ。これって今まで映画で使われたのは見たことがない。バーのウッディなインテリアが素晴らしい。東京にもこういうホテルのバーがいくつかあったが、赤坂キャピタル東急の李白バーがなくなってから、特筆すべきものはなくなった。
伊豆の海を望む超名門の川奈ゴルフコースが映し出されるのもなかなかいい。
伊豆の名所というべき山奥の川沿いの遊歩道や富士を見渡す海辺など数々の素晴らしい風景が映し出されて気分がよくなった。

いずれも昭和45年以前に記憶のある人たちにはたまらない映像がつづく。
これって一部のお嬢様方を除けば、男性の方がその哀愁を感じるのではなかろうか。
昔のおばあちゃんの姿をうまく表現する。普段から和装で髪の毛を後ろで丸く束ねる。うちのおばあちゃんもこうだった。自分もおばあちゃん子だった。映像の中では和装のご婦人が多い。家族の寝間着も浴衣のような和装だ。自分が小さいころの写真を見てみると、親戚が集まる会合には和装のご婦人が多かった。和装から洋装への境目って昭和45年くらいなのかもしれない。



この映画の素晴らしさは何をさておいても樹木希林の素晴らしい演技だろう。普段のキャラがボケキャラで、認知症の役に不自然さがまったくない。何度も何度もボケたまま息子役の役所広司にからむ。役所もそれに答える。自分の息子なのかもよくわからないような言葉も発する。でも完全にすべての記憶を失ったわけではない。ときおり正気に戻ったような話をする。劇場の中は樹木希林の動きに笑いが絶えなかったが、涙を誘うような場面も出てくる。よくもまあここまでできるのかという演技である。実に見事だ。
30代前半に「寺内貫太郎一家」で彼女はおばあさん役を演じた。もちろんこれはこれで悪くないのであるが、年を経た今彼女の芸は円熟の域に達しているといっていいだろう。人間国宝としてもおかしくないボケ役だと思う。

おそらくは横で涙していた老紳士たちも同じようなこと思っていたのかもしれない。
コメント
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