外国体験のいろいろ(3)
◎帆引き舟に驚く西洋人
霞ヶ浦にキャビンのあるクルーザー型ヨットを係留して20年になる。1972年、スエーデンの工科大学へ集中講義に行った時、呼んでくれたE教授が無人島にある別荘へ連れて行ってくれた。闇夜の帰り道、ボーッと光る灯が中天に揺れている。「あの灯は何ですか?」「ヨットのマストのてっぺんにある碇泊灯。キャビンに泊まり、短い夏を精一杯楽しんでいるのさ」「先生はヨットを持ってないのですか?」「以前持っていたよ。男なら海に出なければ…。それがバイキング以来の伝統でね」
そのころは大学の給料では生活が成り立たない時代。クルーザーを持つなど夢の夢であった。50歳になり、中古なら買えるようになった。江ノ島のヨットスクールに入学し小型ヨットのデンギーでしごかれた。琵琶湖へ中古艇を買いに行き、大型トレーラーで陸送し、霞ヶ浦に降ろしたのが20年前。ヨットを買ったと報告したらE教授が喜んでくれた。そのすぐ後に逝去されたが少しご恩返しをしたような気がした。
それからは毎月三、四回、夏も冬もヨットを出した。欧米人はヨットの話をすると興味深く話に乗ってくる。趣味がないと長い間悩んでいたが、これで問題解消か。霞ヶ浦へはつくばから車で15分。外国人を案内してつくばの研究所に行った折、霞ヶ浦に寄り、ヨットのキャビンに招じ入れコーヒーを淹れる。
霞ヶ浦自然公園へ行った時のこと。沖に大きな長方形の白帆を上げ、静かに舟が動いている。案内した米国の学者は初めて見る大型の白帆を上げた舟に驚く。西洋のヨットの構造しか知らない彼にとって、舟の全長いっぱいに横長の帆を高く上げ、傾きもせず横向きに動く帆舟には合点が行かない。
帆引き舟は幅の広い魚網を白帆の反対側に何百メートルも流し、その網を風の力でゆっくり横方向へ引っ張って行く。岸からは魚網の細いスチールワイヤーは見えない。西洋人に帆引き舟を見せると、皆不思議がる。構造の分からない帆引き舟を見ると、彼らの自信がグラついて混乱するらしい。
@霞ヶ浦紹介番組でヨットを映さないNHK
NHKの自然風景番組ではよく霞ヶ浦が紹介されるが、ワンパターン傾向のあるNHKはヨットを映さない。ホワイトアイリス号やベンツ社製の観光船も映さない。和風漁舟をヨシキリの鳴く葦の端に配し、背景は青く光る筑波山という構図にする。朝霧、青空に輝く白い雲、夕日をバックに金色に輝く風波と、溜息が出るほど美しいカメラワークである。土浦一高、日大土浦高、筑波大学のヨット部員の激しい練習を映そうとしない。時速40キロ以上で湖面を滑るバスボートも映さない。
NHKは自然の紹介を伝統的な日本の風景にする。そうすれば多くの日本人の心がいやされると信じているらしい。この考えは日本の鎖国的な伝統を無意識のうちに守ろうとするもので、どの国の固有文化でも持つ排他性を遺憾なく発揮している。
へら鮒釣りの人々は哲学者のような面持ちで静かに湖岸に時を過ごす。車を堤防の上に止めて何もしないで時の流れを楽しんでいる人もいる。さざ波が広がる湖面、一面のハスの葉、遠くには天然鰻が名物の農家風蒲焼屋が見える。人それぞれがそれぞれに霞ヶ浦を楽しんでいる。そんな風景を映そうとしないNHKは狭量と言っては酷であろうか。霞ヶ浦はすべての人のどんな遊び方でも許し、いやしてくれている。(続く)