庄野英二の『星の牧場』は1963年、理論社より刊行された物語です。復員兵イシザワ・モミイチはインドネシアで戦ったのです。愛馬を失い記憶も失って復員します。彼は日本へ帰ってある高原の牧場に辿りつきます。すると音楽を演奏しているジプシーたちと出会います。心の癒しを得るのです。戦場で受けた心の傷が癒されのです。その後、物語は幻想的な世界へと展開して行きます。
私はこの話に魅了されました。満天の星空の下の高原の牧場にあこがれました。高原の牧場の傍に小屋を作ろうと決心しました。
甲斐駒岳の麓の標高900mの高原に小屋を作りました。隣にはホルスタイン種の乳牛を飼っていた牧場があります。小屋を建てたのは1975年のことでした。
隣の牧場の上には満天の星空が輝いていました。庄野英二の『星の牧場』の風景と似ています。
それ以来、牧場のそばの雑木林の中の小屋へ通いました。
小屋の庭にはヤマメの棲む清流が流れています。小屋は小さな鉄筋コンクリート製です。小屋の前の崖を登り、白樺の雑木林を通って行くと広い牧場に出ます。石原さんという一家が乳牛を30頭ほど飼っている牧場です。
早速、挨拶に伺い、すぐに親しくなりました。気持ちのよい家族でした。祖父、祖母、中年の夫婦に小学生くらいの息子が2人いました。私どもも子供が2人いたので乳牛をよく見に行きました。
山林の小屋に泊まっていると、石原さん一家の祖母が孫の小学生とともに一升瓶に入った牛乳を何度も届けてくれました。
その上、春には筍を掘ってくれるのです。正月には赤飯やなまこ餅もくれるのです。
この牧場の上の方には細井さんの養鶏場もありました。花の好きな小母さんがいて茶色の大きな種卵を何度も貰いました。
夏の夜にはその牧草地にあがって天の川を見上げました。周囲が暗いので星々が鮮明に見えるのです。
夏の夜空を見上げていると庄野英二の『星の牧場』を思い出します。そして宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」も思い出します。
北西の方角には八ヶ岳が見え、大泉村らしい集落の家々の灯が小さくチラチラ見えます。そこは星の美しく見える高原なのです。まさしく庄野英二の『星の牧場』のなかに出て来る光景と同じようだったのです。
石原さんの牧場の東の先には『星山荘』という民宿もありました。何度も泊まった民宿です。おばさんが花が好きで何時泊まっても庭に花々が溢れていたものです。
いろいろな楽しい思い出がたくさん出来ました。完成以来、茫々46年です。
牧場をしていた石原さんも乳牛を飼うのを止め、生活に便利な集落に立派な家を作り悠々と暮らしています。お世話になったので時々寄りお礼をします。
何度も泊まった『星山荘』も廃業しました。お世話になったので寄りましたら、ご主人とおばさんが仕事が辛くなったので民宿は止めましたと笑顔で言っていました。
山林の小屋から下って、一番近くの集落にあった大きな食品店の野本屋さんも高齢になったので店仕舞いをしてしまいました。よく食料品やビールを買ったものです。そして鹿肉や猪肉も買った沓川肉屋さんも店仕舞いです。
こうして私の高原の小屋のまわりが淋しくなりました。しかし甲斐駒岳や山林の風景は46年前と同じです。
写真を数枚示します。
1番目の写真は私の小屋の西に聳える甲斐駒岳です。
2番目の写真は私の小屋の庭を流れる小川です。ヤマメが棲んでいました。イノシシや猿や鹿も出て来ます。
3番目の写真は石原さんの牧場の東にある真原という高原の風景です。この写真の東側に『星山荘』がありました。
4番目の写真も真原という高原の春の風景です。標高900mくらいなので桜や桃や水仙が同時に咲きます。
こん高原の人々も年々歳歳しだいに年老いていきます。そしていなくなるのです。淋しい思いをします。
しかし自然の風景だけは変わりません。甲斐駒岳が変わらず美しく輝いています。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)
====庄野英二の『星の牧場』の参考資料===============================
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%9F%E3%81%AE%E7%89%A7%E5%A0%B4 より抜粋しました。
舞台化
1968年 内藤武敏主演で舞台化(劇団民藝/小山祐士脚本/若杉光夫演出)
1970年 札幌バレエ団がバレエ化
1971年 宇野重吉主演で舞台化(劇団民藝/小山祐士脚本/宇野重吉・若杉光夫共同演出)
1971年 鳳蘭主演でミュージカル化(宝塚歌劇団星組/高木史朗脚本・演出)
詳細は「星の牧場 (宝塚歌劇)」を参照
1979年 三浦威主演で舞台化(劇団民藝/小山祐士脚本/宇野重吉・若杉光夫共同演出)
テレビドラマ
1981年、福田勝洋主演、19歳のヴァイオリニスト千住真理子が準主役となり、NHK総合テレビでドラマ化され、「少年ドラマシリーズ」として11月2日・3日に前編・後編が放送された。ドラマ版はDVD化されている。
映画
1987年、若杉光夫監督により映画化され、6月13日に公開された。製作はフィルム・クレッセント、配給は東映クラシックフィルム。映画版はビデオ化されている。