後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「恩を絶対に忘れない韓国人、金鉄佑さんの思い出」

2025年02月18日 | 日記・エッセイ・コラム
今日は恩を絶対に忘れなかったある韓国人の思い出を書いてみたいと思います。それは韓国の浦項製鉄所の技術研究所の所長をしていた金鉄佑さんのことです。
金鉄佑さんは2013年の暮れに亡くなりましたが忘れ得ぬ人です。
浦項総合製鉄は現在、英語名の「Pohang Iron and Steel Company Limited」を略してPOSCO、ポスコと呼ばれている大会社です。
さて話の発端は1962年から1966年の昔のことです。当時、六本木に東京大学工学部付属研究所の「生産技術研究所」がありました。そこは現在、国立美術館になっております。
その生産技術研究所の製鉄部門の雀部高雄教授の研究室に金鉄佑さんが所属していました。私も東大の工学部で製鉄技術を専門にしていたので雀部教授の研究室によく遊びに行っていました。
当時、金鉄佑さんは、その時代の韓国の政府の政策に反対する政治運動もしていたので、日本の警察に逮捕され拘置所に長く拘留されていたのです。
人情の豊かな雀部高雄教授はその弟子の金さんの釈放を求める署名運動をしました。常日頃、弱きを助ける雀部教授を尊敬していた私は進んで署名しました。
署名はしましたが長く釈放されなかったのです。そのうち私も東大を離れたので、その後の金鉄佑さんとは一度も会ったことがありませんでした。そして20年近い月日が流れました。
1984年に、突然、金さんから封書が届きました。知らなかったのですが彼はその後韓国に帰り、浦項製鉄所の技術研究所の所長になっていたのです。
そして私を韓国の金属学会の大会で講演するようにと準備万端整えて招待してくれたのです。
我々夫婦を招待して慶州のお寺や古墳群や、そして釜山や大邱やソウルの観光案内もしてくれました。案内してくれたのは韓さんという技師さんでした。浦項製鉄所では立派なゲストハウスに泊めてくれたのです。
私は始めて韓国を訪問したのでしたが人々の親切さに感銘を受けたものです。
金鉄佑さんとは雀部高雄教授の思い出話をしました。雀部教授はその当時には既に亡くなっていたのです。金鉄佑さんは雀部教授が亡くなってしまったので恩返しが出来なくなったと言うのです。
雀部教授は私の工学博士の論文の審査委員の一人でした。そんなこともあり金鉄佑さんは私を雀部教授の弟子だと思っていたのです。そこで雀部教授の代わりに私ども夫婦を韓国に招待したと言ったのです。私どもを招待したのは今は亡き雀部教授への恩返しをしたかったからです。

韓国は儒教の国で、人々は恩義を絶対に忘れないのです。恩返しをしようとした人が亡くなってしまったら、その恩人のゆかりの人々へ恩返しをするのです。何故か私は深く感動しました。それ以来、私は韓国人に親しみを感じるようになりました。

さて案内してくれた慶州のお寺や古墳群は日本と非常に似ています。その文化が日本へ渡来したのです。懐かしい故郷に帰ったような錯覚を覚えました。
大邱ではカトリック教会のミサにでて韓国の信者と一緒に祈りました。浦項製鉄所で泊まったゲストハウスには朴正煕大統領も泊まったそうです。朴正煕大統領は佐藤栄作総理と日韓基本条約を作り日韓両国の国交を正常化し、日韓友好を推進したのです。
ソウルでの韓国金属学会の総会は大規模なものでした。招待講演をしたことも思い出になりましたが、それ以上にそこで見た光景に感銘を受けたのです。
お昼の休み時間です。外の広い芝生の上に幾組ものグループが輪になって弁当を食べているのです。そして話合いの雰囲気に旧懐の情に溢れているのです。案内してくれた韓さんに聞くとそれぞれのグループは幾つかの大学の金属工学科を出た同窓生だそうです。
金属学会の総会で久し振りに会った旧友たちが集まって弁当を食べながら昔の思い出を語り合っているのです。何時もは違う会社で働いていてなかなか会えないのです。
この光景を見て、私は何故か非常にほのぼのとした気分になりました。韓国で見た忘れ得ぬ光景の一つになったのです。

今日は恩を絶対に忘れなかった韓国人、金鉄佑さんの思い出を書きました。
今日の挿し絵代わりの写真は浦項総合製鉄、現在のポスコの風景です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平穏をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

追記します。
韓国最大の鉄鋼メーカー、ポスコの累計粗鋼生産量が2019年に初めて10億㌧を突破しました。創業から46年で実現した快挙です。製鉄所で作り出される粗鋼は、圧延や鍛造などの加工を施す前の鋼です。最終的には自動車や船舶をはじめ、電気製品などの耐久消費財や建築材料となるのです。「鉄は産業のコメ」といわれ、10億㌧の粗鋼生産は韓国の産業発展を下支えし製造業を世界的な水準に引き上げたのです。
1番目の写真はポスコ 製鉄所の夜景です。出典は、https://tanken.com/posco.html です。
2番目の写真は溶鉱炉の遠景です。出典は、https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61784090R20C20A7FFJ000 です。
3番目の写真は溶鉱炉の羽口の写真です。
出典は、https://mottokorea.com/mottoKoreaW/Business_list.do?bbsBasketType=R&seq=93283 です。
4番目の写真は転炉の写真です。出典は、http://m.jp.ajunews.com/view/20200224103152505 です。
5番目の写真は圧延工場です。出典は、http://www.toyo-keizai.co.jp/news/economy/2019/10_90.php です。

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