【原文】
今の内裏作り出だされて、有職の人々に見せられけるに、いづくも難なしとて、既に遷幸の日近く成りけるに、玄輝門院の御覧じて、「閑院殿の櫛形の穴は、丸く、縁もなくてぞありし」と仰せられける、いみじかりけり。
これは、葉の入いりて、木にて縁をしたりければ、あやまりにて、なほされにけり。
【現代語訳】
皇居を改築する際に、構造計算の専門家に検査してもらったところ「良くできています。全く問題ありません」と太鼓判をもらった。皇帝の引っ越しも間近になった頃、伏見天皇のお母さんが、新築物件を見て「昔の皇居にあった覗き穴は、上が丸くて縁もありませんでした」と、少女時代の記憶を語り出したので、大変なことになった。
新しい覗き穴は、上が木の葉のように尖っていて、しかも縁取られていたので、欠陥住宅ということになり、造り直しになった。
◆鎌倉末期の随筆。吉田兼好著。上下2巻,244段からなる。1317年(文保1)から1331年(元弘1)の間に成立したか。その間,幾つかのまとまった段が少しずつ執筆され,それが編集されて現在見るような形態になったと考えられる。それらを通じて一貫した筋はなく,連歌的ともいうべき配列方法がとられている。形式は《枕草子》を模倣しているが,内容は,作者の見聞談,感想,実用知識,有職の心得など多彩であり,仏教の厭世思想を根底にもち,人生論的色彩を濃くしている。