
【原文】
「夜に入りて、物の映えなし」といふ人、いと口をし。万のものの綺羅・飾り・色ふしも、夜のみこそめでたけれ。昼は、ことそぎ、およすけたる姿にてもありなん。夜は、きらゝかに、花やかなる装束、いとよし。人の気色も、夜の火影ぞ、よきはよく、物言ひたる声も、暗くて聞きたる、用意ある、心にくし。匂ひも、ものの音も、たゞ、夜ぞひときはめでたき。
さして殊なる事なき夜、うち更けて参れる人の、清げなるさましたる、いとよし。若きどち、心止めて見る人は、時をも分ぬものならば、殊に、うち解けぬべき折節ぞ、褻け・晴れなくひきつくろはまほしき。よき男の、日暮れてゆするし、女も、夜更くる程に、すべりつゝ、鏡取りて、顔などつくろひて出いづるこそ、をかしけれ。
【現代語訳】
「夜になると、暗くてよく見えない」などと言っている人は、馬鹿に違いない。様々な物の煌めき、飾り、色合いなどは、夜だから輝く。昼は簡単で地味な姿でも問題ない。だけど夜には、キラキラと華やかな服装がよく似合う。人の容姿も、夜灯りで一層美しくなる。話す声も暗闇から聞こえれば、その思いやりが身に染みてくる。香りや楽器の音も、夜になると際立ってくる。
どうでもよい夜更けに、行き交う人が清潔な姿をしているのは、この上もない。若い人は、いつ見られているか分からないのだから、特にくつろいでいる時などには、普段着と晴れ着の区別なく、身だしなみに気をつけよう。美男子が日が暮れてから髪を整え、美少女が夜更けに抜け出して、こっそりと洗面所の鏡の前で化粧を直すのは、素敵なことだ。
どうでもよい夜更けに、行き交う人が清潔な姿をしているのは、この上もない。若い人は、いつ見られているか分からないのだから、特にくつろいでいる時などには、普段着と晴れ着の区別なく、身だしなみに気をつけよう。美男子が日が暮れてから髪を整え、美少女が夜更けに抜け出して、こっそりと洗面所の鏡の前で化粧を直すのは、素敵なことだ。
◆鎌倉末期の随筆。吉田兼好著。上下2巻,244段からなる。1317年(文保1)から1331年(元弘1)の間に成立したか。その間,幾つかのまとまった段が少しずつ執筆され,それが編集されて現在見るような形態になったと考えられる。それらを通じて一貫した筋はなく,連歌的ともいうべき配列方法がとられている。形式は《枕草子》を模倣しているが,内容は,作者の見聞談,感想,実用知識,有職の心得など多彩であり,仏教の厭世思想を根底にもち,人生論的色彩を濃くしている。