【原文】
二十二日。昨夜の泊より、異泊を追ひて行く。
はるかに山見ゆ。年九つばかりなる男の童、年よりは幼くぞある。この童、船を漕ぐまにまに、山も行くと見ゆるを見て、あやしきこと、歌をぞよめる。その歌、
はるかに山見ゆ。年九つばかりなる男の童、年よりは幼くぞある。この童、船を漕ぐまにまに、山も行くと見ゆるを見て、あやしきこと、歌をぞよめる。その歌、
漕ぎて行く船にて見ればあしひきの山さへ行くを松は知らずや
とぞいへる。幼き童の言にては、似つかわし。
今日、海荒げにて、磯に雪降り、波の花咲けり。ある人のよめる、
波とのみひとつに聞けど色見れば雪と花とにまがひけるかな
【現代語訳】
二十二日。昨夜の港から別の港を目指して行く。 遥か遠くに山が見える。年九つばかりの男の子、年よりはもっと幼い。この幼児が船を漕ぐにつれて、山も同時に進んでいくように見えるのを見て、不思議に思い、歌をよんだ。その歌は、 漕ぎて行(ゆ)く… (漕いで行く船から見ると、山さえも動いていくのを松は知らないのであろうか) と言う。幼い子供の歌としてぴったりである。 今日は、海が荒模様で、磯には白波がまるで雪が降ったようで、波の花が咲いている。ある人が詠んだ歌は、 波とのみ… (耳で聞けばただ波だなと一つに聞こえるだけだが、その色を見ると雪にも花にも見まがうものだったんだなあ) |
◆『土佐日記』(とさにっき)は、平安時代に成立した日本最古の日記文学のひとつ。紀貫之が土佐国から京に帰る最中に起きた出来事を諧謔を交えて綴った内容を持つ。成立時期は未詳だが、承平5年(934年)後半といわれる。古くは『土左日記』と表記され、「とさの日記」と読んだ。
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