本の内容紹介
官僚は国民を、無知蒙昧な有象無象とかんがえている。その有象無象によって選ばれたのが政治家だと思っている。
だから、国家を支配するのは自分たち偏差値エリートであるべき、と信じている。
そして官僚は、みずからの延命のためには、国民の生命も安全も切り捨て、暴走する。官僚生成の歴史と内在論理を、初めて明らかにする。
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国家を支配する偏差値エリート
[レビュアー] 山村杳樹(ライター)
精力的に著作活動を続ける著者の最新刊は、官僚を「階級」として捉える原理論的試み。官僚は「みずからの延命のために国民から税を徴収する階級」として定義され、その本質から「その行動をコントロールするビジョンと手段がない場合、破壊的な結果を生む」とされる。論述は主に、マルクスの『資本論』、仲原善忠の『久米島史話』、ハーバーマスの『公共性の構造転換』、柄谷行人の『トランスクリティーク』などの読解によって構成されている。第一部で採り上げられている仲原は沖縄学の権威。著者は、みずからのルーツにあたる久米島の歴史が、国家の本質を考察するための絶好のモデルであるという。第二部ではハーバーマスの「公共圏」の概念や、ナチスと共産主義の両者と対峙した神学者バルトなどの検討を通して「官僚と闘う技法」が探られる。現在、官僚階級は「凶暴化のスパイラル」に陥っているにもかかわらずその事態を自覚できていない、その原因は彼らの知的衰退にある、と著者は指摘する。柄谷行人の理論展開を辿りながら官僚階級の内在論理を考察する第三部では、民主主義とは「国家が人民の意志を代表しているかのように見せかける詐欺」であると結論づけられる。また、ファシズムと民主主義の親和性が強調され、そこに官僚階級の支配を生み出す原理がひそんでいるという。「官僚階級が、みずからの階級的利益を追求するとき、近代国家もまた王のいない専制として機能するということを認識しておく必要があります」という著者の主張が本書の核心である。著者が、「国家としての暴力を組織し行使しうる官僚階級」の恐ろしさを身を以て知る体験の持ち主であることが、本書に他書にはない説得力を加えている。また、みずからの立ち位置を明確に表明する潔さとともに、読者に「知的再構築」を要請するに相応しいエネルギッシュな知的営為を続けていることが伝わってくるのも本書の魅力といえる。
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かって満州国では、敗戦時、役人・公務員や国と関係ある組織の人間や家族は、真っ先に軍部から情報を得て、列車に乗って帰国船のある港へだどりついたが、開拓の名目で送り込まれた満蒙開拓移民27万人は殆ど情報も与えられず、現地に家族もろとも取り残された。この時の開拓農民たちは南米移民と同じく、送り込まれただけで国家官僚の支援が殆どない、実態は棄民に近いものになってしまった。今も昔もこの国では、下流国民は官僚から見れば自分の属する階級外の消耗品なのかも知れない。