阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

月下美人の三つの花芽のうち一つが赤く変色して成長が止まった

2022年10月07日 | 花・草・木・生き物

やはり一つの葉に三つの花芽は栄養補給が無理のようだ。一つでも残って欲しいがこのところの急激な気温の低下の影響を受けそうだ

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東神戸の秋空の下をぶらぶら              16年前の今日 2006年10月7日の本ブログに掲載

2022年10月07日 | 「過去の非日乗&Shot日乗」リターンズ

電車なら一駅離れた所にある大学で、公開講座「北京の昔と今」がありました。

 1978年から83年にかけて、かなりの回数で中国、特に北京には一番多く行った事があるのでどんな内容か興味があって聞きに行きました。

最近あまり歩いていなかったので万歩計をつけて電車にのらずに歩いていきました。家を出てから教室の席に座るまで3711歩かかり、登りをゆっくり歩いたのと

写真を撮りながら歩いたせいか48分かかりました。

上は途中の病院の前で撮った東神戸と大阪方面の画像です。


☝この2枚はそこから30分ほど山側の坂を歩いた、別の大学の正門横から撮った神戸のダウンタウン方面です。

この交差点を向うに渡ると目指す大学ですが、ここから先には初めて足を向けました。

この女子大学の構内には初めて入りました。公開講座の大教室は100人ほどの年金族らしい人たちで一杯になりました。

女性6割、男性4割でしょうか。講演者は北京外国語大学の助教授でした。

ビデオを使った講演内容は、演題の「北京の今と昔」という内容よりは、「今日の北京外食事情」と言うような内容でした。

北京で食べた、羊の焼肉の店が出たりしてそれはそれで面白い一時間半でしたが、後で提出したアンケートには「題名が羊頭狗肉」でしたと書いておきました。

終わって門を出たら目の前の大マンション群の間から神戸製鋼所灘浜製鉄所の高炉とコンテナクレーンが何台か見えました。

門を出て元きた道を通らずに、西に歩いてみたらまだ上に登る道がありました。上がっていくと学校がありました。

知人や友人の何人かはこの六甲学院中高の卒業生ですが、学校には初めて来ました。彼らは駅からこんな高い場所に毎日歩いていたのかとちょっと驚きました。

この私立の中・高等学校の上にまだ伸びる道があったので歩いて見ました。こんな上にまで各種各様の民家があるとは思いませんでした。

今は冬季に凍結することは稀でしょうが、凍ればチエーンを履いてもとても通行できる傾斜角ではありません。

この先は六甲の登山路になりそうなのでここから戻りました。

振り返って見れば、この方面は芦屋西宮から遠く大阪方向です。
こちらの角度には六甲アイランドの高層ビルが見えました。

大阪湾の向こう遠くに大阪や堺、岸和田がうっすらと見えました。

こちらの方向はポートアイランドが右手に見えます。

まだ道端には彼岸花の群に花が残っていましたが、ほとんど色が焼けていました。

このあたりは本来狸や猪の領国なので、神戸市がこんなお触れを出していました。

 

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[西加奈子]という新進作家・浪速の女3人作家衆は田辺聖子さんの流れ

2022年10月07日 | 音楽・絵画・映画・文芸

2010年01月07日(木)「阿智胡地亭の非日乗」掲載

新進作家“西加奈子”が書いて、つい最近文庫本になった小説「通天閣」を病室に持ち込んで読みました

終わりに近づくと、まだづっと続いて欲しいという気持ちと、早く先が読みたいという気持ちがないまぜになってあせりました。最初の方にこういう箇所があります。

    「 店の名前は「サーディン」。意味が分からずアルバイト情報誌で選んでしまった私が阿呆だった。

サーディンはいわし、オーナー曰く「パーッといわしたろか」という意味だそうだ。そんな意味だと知っていたなら、絶対に電話をかけなかったのに。」

  それまでもこの小説を読み出したら、乗りにくい箇所もあったが、思わずにやりと笑ってしまう箇所が多い中、ここでは大笑いしてしまいました。

地の文は共通語で会話は大阪弁というスタイルが板についていると思います。

田辺聖子さんの立派な後継者がここにもいると嬉しくなりました。

ここ数年の間に、まず“川上末映子”が「乳と卵」で表舞台に出てきて、次に“津村記久子”の「ポトスライムの船」を連載で読んでいたら、

「乳と卵」と同じくこれも芥川賞を取ってびっくりしました。大げさかも知れないけど、これは近松門左衛門の浪速文芸世界が今に続いていると思いました。

そしてこの“西 加奈子”です。ストーリーテラーとしての力量もあるし、細部を書き込む描写のチカラはテダレの技を思います。

 3人が3人共に、田辺聖子さんが持つ小説家としてのあの底力を持っているように感じます。そしてまた、共通して、彼らは厚くてはがせない「かさぶた」を持っている人のような気がします。

それは田辺聖子さんの一見明るい小説を読んでいて時に感じるのと同じです。誰にも言わない深い傷を覆っているかさぶた。

表紙カバー裏の作者紹介を読むと、西加奈子は1977年、テヘランで生まれ、エジプトで育ち、ずっと大阪で生活していると書いてあります。

川上も津村もこの西もみんな田辺さんと同じく大阪で育った大阪女です。

  私は阪神間育ちの“村上春樹”さんの小説より、なぜか浪速育ちの小説家の書いたもんの方が肌が合います。

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10月06日に目に留まったSNS・メディアの記事

2022年10月07日 | SNS・既存メディアからの引用記事

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