長い論考でしかも重い内容を含んでいます。日本の大手メディアでこの内容はこれからもまず取り上げられないでしよう。
地球上で生きていくには、もう誰も避けて通れない原子力発電の負の側面をまっすぐ見るしかありません。一読を切望します。
■ 『from 911/USAレポート』第576回
「福島第一4号機の謎と、米NRCヤツコ委員長の辞意」 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
大飯原発の再稼働問題に関して、動きが急になってきました。私は、エネルギーの多様化を進める中での、変動のない電源供給の一つである原発の供給力は維持したほうが
社会全体のリスクが低くなるという立場です。ですが、福島第一の事故原因が曖昧なままの再稼働というのは、いかにも拙速な印象を与えます。
と言っても、主要な原因は震災と津波による全電源喪失だということは分かっているわけです。とりわけ、福島の1号機から3号機に関しては、詳細の経緯はともかく
「非常停止時の全電源喪失」を避けることができれば、再発は防げるという中核の部分に関しては原因に関する専門家と社会の合意はできているわけです。
ですが、私がどうしても気になるのは4号機です。4号機に関しては、事故当時は定期点検中のため原子炉内の燃料棒は全て除去されて、
使用済み燃料棒と定期点検のため使用中の「熱い」燃料棒が、建屋内の上部(オペレーションフロア)にある「燃料プール」で冷却されていました。
事故当初は、この冷却水循環が止まり、加熱した燃料棒のジルコニウム皮膜から水素が発生して爆発したという理解がされていたのです。
この燃料棒の加熱を防止するために、何よりも東京消防庁や自衛隊の「決死隊」が編成されて注水の作業が必死に行われたことから考えて、
4号機の水素爆発に関しては「プール内での燃料棒加熱」という説明、また「燃料プール空焚き」という解説もされています。
ですが、その後に東電は何度も「燃料棒の写真を見ると損傷していない」ということから、「燃料プール空焚き説」を否定しています。
私はこの説明に関しては、一度も信じたことはないのですが、信頼できる人物で、この事件を現在に至るまで綿密に取材しているジャーナリストの方からも
「空焚きはなかった」というコメントをもらっています。どうやら「空焚き」や「燃料棒の冷却停止による加熱」というのは「なかった」というのが政府と東電としては、
強固な公式見解であるようです。
その代わりの説明としては「3号機の燃料棒加熱で発生した水素が配管を通じて4号機の建屋に回った」というのです。
確かに3号機と4号機はタービン建屋でつながっていますが、3号機と4号機には稼働時期にも2年の差がある中で、配管は独立していると考えられます。
また、仮に行ってはならない水素が遠くの4号機まで回った、そんなことが起きるまでに「配管に損傷があった」のであれば、
事故の位置づけが「全電源喪失事故」ではなく、地震と津波による物理的な破壊という面からの分析を要求することになってしまいます。
更に冷静に考えれば、水素というのは非常に比重が軽いわけです。ですから、配管にズレや漏れがあれば、その場所から抜けてすぐに上方に行ってしまいます。
配管にはトラブルがあって、3号機からタービン建屋経由で水素が回ったけれども、その経路を通じては水素が抜けるようなことのない「密閉性」が
保たれていたというのはどうにも腑に落ちません。
もっと言えば、3号機の水素爆発が3月14日で、4号機での水素爆発が15日、その後何度か4号機では発火があったと報告されています。
また、その後は20日前後になって「決死の注水作戦」が4号機に対して行われています。
更に妙なのは、昨年の後半から今年にかけて、この4号機のプールの「耐震性」の話が何度も蒸し返されています。
報道によれば、プールの底に鋼鉄製の支柱を設置して周りをコンクリートで固める工事を行い、耐震性を20%高めたとか、
注水の際に入った海水によってプールが腐食するのを防ぐため、塩分を取り除く装置も設置したそうです。
更に東電は、最近になって燃料プールの水位を測定したり、建屋の壁の傾きを光を当てて直接調べたり、プールのコンクリートの強度を特殊なハンマーを使って調べたりするなど、
色々なことをしているのです。
更に、政府も4月23日には復興庁の中塚一宏副大臣が「4号機の建屋の中を視察し、健全性を確認したと強調するなど、不安の払拭(ふっしょく)に全力を挙げていた」
(NHKによる)などという報道もあります。こうした報道においても「政府と東電の公式見解」は貫かれています。
しかし、これも不自然な話です。まず1号機や3号機など水素爆発を起こした建屋の損傷状態を見れば分かるように、福島第一の各炉は「万が一の水素爆発」を想定して、
建屋上部のオペレーションルームの外壁は薄くしてあるのです。4号機もこの点に関しては同じだと考えられますし、
事故後の外観写真からもハッキリ、オペレーションフロアから上の外壁が吹っ飛んでいるわけです。
勿論、水素が濃ければ相当な爆発となり建屋全体に負荷がかかるでしょう。ですが、上部の外壁が特に薄く作ってあり、そこが吹っ飛んだ場合に、
固いコンクリートの建屋下部は崩壊しないという設計になっているのです。しかも繰り返しになりますが、水素というのは比重が軽いので建屋の最上部に充満し爆発したと考えられます。
その場合に、爆発によって外壁が吹っ飛んで爆発エネルギーが放出されるより前に、エネルギーが建屋のコンクリート造りの下部を破壊したり、
水があった(という説明ですが)プールの水を爆発の衝撃波が圧迫してプールの底や側壁が破壊されるというのも不自然です。
この4号機の問題に関しては、3号機から回った水素が混入して爆発したのではなく、4号機の燃料プールの燃料棒が加熱したと考えるのが自然です。
燃料棒から水素が発生して建屋の爆発になったし、燃料棒が加熱することでプールの構造から建屋全体の構造が劣化したと考えれば辻褄が合うからです。
爆発の後に発火が見られたということの説明もつきます。
では、仮にそうした可能性が強いとして、どうして「水素は3号機から回った」という説を公式見解にしなくてはならないのでしょうか?
それは当初考えられた「4号機では全電源喪失により、燃料プール内の燃料棒が加熱し、水素が発生して爆発に至った」というシナリオは、
仮にそうだとすると、大変なインパクトを持つからです。
まず、1号機から3号機に関しては稼働中の原子炉を緊急停止したところ、全電源喪失により冷却ができなくなり、
炉内の燃料が高温となって圧力容器損傷に至ったというのが事故の要約です。従って、現在一部に議論があるような「原子炉を稼働させない」という措置を取れば、
この種の事故は避けられる、その点に間違いはありません。
ところが、使用済み核燃料の冷却というのは、「脱原発」を即刻やるにしてもやらないにしても、原発を一旦利用した社会は背負っていかねばならない問題です。
仮に原子炉建屋内のプールに貯蔵しておこうが、そこから隔離した敷地内のプールに集めようが、あるいは各々の原子力発電所の近くではなく集約して管理するにしても
(一旦相当冷やさないと運ぶのは不適当ですが)水の循環冷却が必要だという現実から逃げることはできないのです。
また、1号機から3号機の事故は、ある意味ではこの世代の原子炉が持っていた脆弱性に原因があるとも言えるわけです。
少なくとも、現在新しく販売がされている「第三プラス世代炉」では、受動安全性つまり全電源喪失を想定した緊急時の自動停止機能を持っているわけで、
福島第一と同じような負荷がかかった場合にも同様の事故を起こすとは考えにくいわけです。
一方で、使用済み燃料プールの構造というのは、ハッキリ言って原発が実用化されて以来、何の進歩もないのです。
水を満たしたプールに燃料棒を入れてポンプで水を循環させて熱を取る、その基本的な構造は全く変わりません。
進歩があったとすれば、炉に近い建屋内に燃料プールを設置するのは危険だから少し離れた場所にしようというぐらいの話です。しかも、この使用済燃料プールというのは、全世界の原発には必ずあるわけです。
歴史上、大きな原発事故というのはチェルノブイリ、福島、TMI(スリーマイル島)が有名であり、その他にも原子力関係の開発に伴う事故というのは、
米国、ソ連、英国などでかなり深刻な事故の歴史があるのです。ですが、原発の歴史の上で、商用に供されていた原発から出た使用済み燃料の冷却失敗による加熱、
そして水素爆発という事故は、いまだに発生したことがないのです。他に起きたことがない一方で、どこでも起きる可能性のある事故、
仮に燃料プールの冷却失敗というのが現実に起きたとしたら、そうした深刻性を持っているわけです。
問題はプールでの冷却時に全電源喪失が起きたら大変だというだけではありません。この問題は、そもそも使用済み核燃料をどう処理するかという、
原子力のエネルギー利用の長期的な政策に関わってきます。これまで、フランスもアメリカも日本も、使用済み核燃料に関して悩み続けてきました。
この中では、フランスと福島以前の日本(その他にもロシア、中国など)に関しては、世論はともかく政府と電力業界の方針は比較的ハッキリ決まっていました。
それは、使用済み核燃料は、再処理工場で化学処理をしてプルトニウムを抽出するという方向性です。抽出したプルトニウムは、
中長期的には炉内の中性子速度を減速させない高速増殖炉(ブリーダー)で高効率の発電に利用するか、
短期的にはウランと混ぜたMOX燃料にして「プルサーマル炉(和製英語ですが)」で使用するのです。いわゆる「核燃料サイクル」です。
一方でアメリカは、プルトニウムという物質は核兵器に転用できることから、世界全体におけるプルトニウムの総量を減らすことが核テロや「
ならず者国家」の核武装の危険を下げることになるという立場であり、これを率先垂範するという名目で「核燃料サイクル」に否定的でした。
もっとも、最近は化石燃料の枯渇や高騰という危険を意識する中で、MOX燃料の製造を試験的にやろうという動きはあるのですが、基本的には「再処理しない」という立場です。
さて、この「再処理しない」という政策を前提としますと、膨大な使用済み燃料棒をどうやって保管するかというのは、
エネルギー政策上の大問題になるわけです。勿論、再処理をするにしても高濃度の放射性廃棄物は出ますが、再処理をしないで全量を冷却保管するとなると、やはりその量の問題は違ってきます。
このように、仮に4号機の水素爆発について、使用済燃料が加熱したというのが原因であるということになれば、それは大変なインパクトがあるのです。
従って、日本政府、東京電力に関しては、仮に核燃料サイクルを止めた場合に使用済燃料の処分という大問題と向かい合わねばならず、その際に「加熱事故」があったという現実があるのとないのとでは、自分たちの施策の自由度は全く違ってくることになります。
もっと言えば、アメリカの場合は、そもそもこの「使用済み燃料問題」について、ここ10年ぐらいの間、色々な形で政治的な対立があり、
極めて敏感になっているという事情があります。選択肢を狭めないとか、余計なコストをかけたくないという立場に立って考えると、
アメリカの場合は日本以上に「使用済み燃料プールの加熱事故」というのは「起きて欲しくない」と政府や業界が考えていると見て良いでしょう。
以上のストーリーは、水素爆発と4号機の損傷という問題をめぐる考察に関しては、私なりに真剣に検討した結果ですが、
日本とアメリカの政府や業界の思惑という話に関しては、全くの状況証拠的な推測を積み重ねただけです。ですが、先月5月の21日に、
そうとも言えないと思わせるニュースが飛び込んできました。
アメリカの原子力政策に関する独立機関、NRC(原子力委員会)のグレッグ・ヤツコ委員長が辞意を表明したというニュースです。
報道によれば、ヤツコ委員長は委員長を含む総勢5名で構成される委員会の中で完全に孤立しており、他の委員との間で修復不可能な認識の相違があったとされています。
他の委員は、昨年この問題に関して、ヤツコ委員長を更迭してほしいという請願をホワイトハウスの大統領補佐官に文書で申し立てているというのですから、穏やかではありません。
具体的な対立というのは、例えば今年に入ってNRCはアメリカの2箇所の原発の新規建設を認可しているのですが、その際の評決では他の4名は賛成、
ヤツコ委員長のみが少数意見を述べて反対という結果になっているのです。ちなみに、ヤツコ委員長の反対理由は「福島第一の事故原因が十分に究明され、
事故を受けた米国での対策が十分でない以上、新規建設は時期尚早」というものでした。
実は、ヤツコ委員長は同僚の委員たちとの確執にとどまらず、委員会の事務局の女性に対して恫喝に近い暴言を吐いたとか、色々なトラブルが伝えられています。
その中でも、有名な確執というのは、オバマ政権の閣僚である、スティーブン・チュー・エネルギー長官との対立です。
これが、他でもない福島第一の4号機の問題なのです。事故発生の直後である3月16日にヤツコ委員長は、アメリカ議会の下院エネルギー・商業委員会で証言しているのですが、
4号機について「燃料プールの水は沸騰し、カラになっていると思う」と述べているのです。これに対して、順序としては「政権側のチュー長官が否定、両者が対立、ヤツコ氏本人が福島第一を視察して空焚き説取り下げ」というプロセスを踏んでいます。
勿論、この話も政府東電の公式見解とは辻褄が合うわけです。チュー長官も、そして説得された後のヤツコ委員長も「空焚きはなかった」というのが現在の公式見解なのですから。
但し、今回、ヤツコ氏が辞任表明したということになると、そこにはどうしても強い政治性を感じざるを得ないのです。
ところで、今回の辞任劇(ちなみに後任が指名されるまでヤツコ氏は留任しますが)の際に、最も大きな原因とされたのはヤツコ委員長が
「ユッカ・マウンテン貯蔵施設計画」を潰した際に暗躍しているのであり、その際に「施設の建設に不利になるデータだけを、不法に公表した」という問題である、そう報道されているのです。
さて、この「ユッカ・マウンテン」の施設ですが、先ほど申し上げたようにアメリカは「再処理」を基本的には否定しているので、
使用済みの燃料棒は最低5年間は「プールで冷却(ウェット貯蔵)」の後は、「金属キャスク」という容器に入れ、
不活性ガスを充填したコンテナに密閉すること(ドライ貯蔵)になっています。
一方で、911の同時多発テロを受けた「ポスト911」の「空気」を受けて、「核物質の盗難」や「貯蔵場所への攻撃」に対する危機感が増す中で、
この際、半永久的な「地層処分」をやろうということになったのです。その結果として、ブッシュ政権はネバダ州の「ユッカ・マウンテン」という堅い岩盤の中に施設を作る、
しかも「100万年」という長期間の保管を前提に計画を立てたのです。
ところが、この場所が商業都市のラスベガスに近いことなどから、反対運動が激しくなり最終的には、2010年に中止が決定されています。
この時に、反対論の急先鋒に立っていたのは地元選出のハリー・リード上院院内総務(民主)であり、実はリード議員はこの2010年の中間選挙が改選に当たり、
ティーパーティー系の女性候補に追い詰められて苦しい情勢の中、ユッカの施設への反対論を選挙戦の決め手に使ったという状況もあったのです。ヤツコ氏は、その反対論に極めて近い立場にいたわけです。
つまり、ヤツコ委員長という人は、相当に一貫して「使用済み核燃料の危険性」について強い懸念を持っていたということが言えます。
そのヤツコ委員長が今回5月に辞任に追い込まれたということ、その一方で、今年に入って福島第一の4号機では「燃料プールを含む建屋の構造の劣化」という懸念が増している、
この2つを結びつけて考えると、どうしても「空焚きはなかった」とか「3号機からタービン建屋経由で大量の水素が4号機に回って爆発」というストーリーには疑いが残るのです。
既に原発を相当期間稼働して大量の使用済み核燃料を抱えている社会としては、その安全な冷却のためには24時間365日コンスタントに
電力を安定供給できる原発はゼロにはできないというパラドックスを抱えているのもまた事実です。ですが、この機会に使用済み核燃料問題への議論を深め、
具体的には建屋内プール保管の禁止、炉だけでなく燃料プールに関しても電源の三重のフェールセーフ体制の徹底などを実現してほしいと思うのです。
燃料サイクルの問題、中間貯蔵やその先の問題も避けては通れません。
引用元
|