2010年06月26日(土)
25日の午後、JR三ノ宮駅で、乗っていた快速電車の同じ車輌に「元阪神の投手だった江本孟紀さん」が、秘書らしい女性と駆け込んできました。
「あれっ江本や」と思って見つめた阿智胡地亭の目つきが悪かったらしく、江本さんもじろっとこちらを見返してきました。
今回の選挙で、ある党の比例区候補者として立候補した関係で、神戸に来ていたのかもしれません。ごく普通のヒトのような感じでした。
いつも感じるのですが、人はあまり他人のことを見ていないらしい。今回も、自分以外に江本さんと気がついた人はいませんでした。
落語家の文珍さんと鶴瓶さんとの出会いは
① 文珍さん 新大阪のホームで列車の入線を待っていた。車内で読む「週間文春」と「お~いお茶」を確保した後は、
いつもの癖で目の前を行き来する人達をバードウォチングならぬピープルウォチングを楽しむ。背をしゃんと伸ばして夏物を涼しげに決めた奥さんの後を、
ゴルフウェアーらしいポロシャツを着た旦那が荷物を持ってトボトボついていく。アタッシュケースを持った紺のスーツの若い女性が男の同僚社員らしいのと急ぎ足で通り過ぎる。
若い男女の外人が6、7人でトランクの山を横においている。ツアーらしいがガイドはいないなあ。
女性が小柄だし、着ているものの色とコーデネイトが洒落てるからからアメリカ人じゃなくてラテン系みたい。
あら、向こうからくるおっさんあれは桂文珍みたいやなあ。荷物をカートで引っ張っている。お伴なしで一人で動いてるんだ。
彼は私のすぐ隣に来て立ち止まった。やはり文珍だった。5、6年前に阪急六甲から梅田まで隣どうしに座った桂文珍とはこれで3度目の遭遇だが、
いままでになく自然体で周囲の人は誰も気付かない。気のせいか彼は少し仏頂面に見えた。テレビと違うのは薄いサングラスをかけているだけだ。
彼は早く来すぎたのか私の乗った列車には乗ってこなかった。
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阪急六甲から梅田まで阪急電車の席で約30分隣どうしに座った。
当時関西大学に招かれ講座を持っていた頃で、風呂敷からなにやら難しげな本を出して読んでいた。
途中で前の席のおじいさんが気づいて、「文珍さんやねー」と席を立って親しげに声をかけたが、
電車の中やからとか何とか硬い顔で言われて、じいさんはバツが悪そうに席に戻っていった。
文珍氏とは近所の小さな蕎麦屋でも一回会ったが、その九州佐賀出身の夫婦者がやっていたすぐれもののソバヤは震災でつぶれた。
その後一年間なんども店のあったところに歩いて行ってみたが再開されず、経営者は佐賀に帰ってしまったようだ。あの蕎麦は本当にうまかった。
震災の痛手の一つ。
佐賀で再興した蕎麦屋 狐狸庵さんClick
② 鶴瓶さん 21のB席は窓際3列の真ん中の席だった。この伊丹空港発のフライトは乗客に子供が多く満席だった。
シートベルトを締めてぼんやり乗って来る人をみていたら、笑福亭鶴瓶みたいな男が通路をこちらに来る。
その後ろに名前は知らないがテレビで顔は見たことがあるのが続いている。みたいではなく間違いなく鶴瓶だった。
彼は20のD席、若いのが20のC席に座った。飛行中二人は半分の30分ほどスケジュールの話をしていた。
あのダミ声の大阪弁で。着陸して皆が席をたったとき、彼の前の席の女性が後ろを振り向いて握手を求め、
それに対して笑って握手を返していたくらいで、殆どの人は気付かないままで機内から下りていった。
運動会などの集団の中から自分の子供をすぐ見分けられる視覚の識別能力は、動物の始源的な能力の一つらしいが、
例え一度も会ったことがない他人でもいったんインプリンテイングされたイメージと同一人物が目の前に現れたら、
無意識かつ即座にその人だと認識するという経験は何度あっても面白い。
ただしアンタが暇人やから出来ることやという声には素直に従います。
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