「本と活字館」では大日本印刷が印刷を請け負った出版物のコレクションも見ることが出来た。
平凡パンチの表紙絵を創刊号から担当した大橋歩clickさんは 阿智胡地亭が一年生の一学期だけ在学した三重県立四日市高校の先輩だ。
リーダース ダイジェストは 昭和20年代に父親が定期購読していたので 自分は小学生ながら毎号興味深く読んでいたので懐かしかった。
発行元がアメリカのインテリジェンス機関もかかわっていたのか 毎号必ず濃い反共記事が数本掲載されていた記憶がある。
Wikipediaから引用⇒ 「リーダーズ ダイジェスト日本版」
日本版は1946年6月に創刊された。戦後、貧相なカストリ雑誌が氾濫する中で、アメリカから輸入された紙で印刷された誌面は高級さを感じさせるものであり、
1949年頃には140万部を売り上げた[21]。誌名は『リーダーズ ダイジェスト』だが、「リーダイ」の略称で親しまれた。
当初はほとんど全体がアメリカ版の翻訳だったが、1970年代中頃から日本語版オリジナルの記事が3割ほどになっていた。通信販売の広告が非常に多い雑誌でもあった。1986年に休刊となった。
広辞苑は右上の発売されている本の二倍の大きさの紙に印刷し それを撮影し半分の大きさのページに縮小したものを印刷して製本されたそうだ。
理由はあの小さな活字を作ることが困難だからだそうだ。知らなかった。
中庭でコーヒーを飲んで一休みした。
市ヶ谷駅から館に行く途中に寿司屋があることを相方がネットで調べていたのでその店でランチにした。
まったくもって旨い鮨だった。
この寿司屋は生前の「野村克也監督」の行きつけの寿司屋だったとネット情報にあり、なるほどそのせいか
店の案内に「丹後宮津寿司」というのが張り出してあった。気持ちのいいオーナー板前さんの店だった。