
(ウクライナ東部ドネツクの親ロシア派勢力の兵士 “flickr”より By Playing Futures: Applied https://www.flickr.com/photos/centralasian/15993876416/in/photolist-qnjNeW-q9j1Jh-q9sBdF-q8KVok-q85sBp-q9jJGf-qqPRbC-q9tjvv-q9rSft-qoBheA-qqHpAv-qpkPFe-q6DyRW-qo2fyz-qo43cG-qnu43A-qpAsAi-q8dzZA-q6Mkxn-q9BZH3-qqgziu-qqk6LR-qqS9TY-q8HedK-qqabpp-q6ZbP8-qkV8mh-qqP98L-pu7PQt-qqGG3a-qqhTZL-qqSESP-qnXEne-ptiU3k-qpKZtc-pqRsWn-qpmdEm-q7dc7V-qquq8j-q6JBp9-qm1Vmd-q5WfLC-q8GrVS-q7oaDL-q9qVzh-ptEAcP-ptVbQE-q6XvHW-psHARq-q8gqgk)
【崖っぷちロシア経済は、自ら招いた結果だ】
ロシア経済が、ウクライナ情勢に伴う欧米の制裁や国家財政を支える原油の価格下落によって厳しい状況になりつつあることは、11月22日ブログ「ロシア 欧米の対ロシア制裁による国内経済への影響 食品価格高騰・ルーブル急落」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20141122 でも取り上げました。
当時の原油価格は、代表的な指標であるWTI原油先物でみると1バレル=76ドル前後でしたが、その後、OPECが生産調整を見送ったこともあって更に下落を続けています。
(12月5日ブログ「ベネズエラ 原油価格下落で経済悪化が加速 迫るデフォルト・社会不安の危機」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20141205))
財政収支を均衡させるために必要な原油価格(財政均衡原油価格)は、収入の半分を原油に依存するロシアの場合は100ドル程度と見られていますが、現在は55ドル水準にまで下落しています。
それにともなって、ロシア通貨ルーブル安に歯止めがかからない状態になっていることを各メディアが報じています。
****ロシア・ルーブル急落、過去最安値記録 試される大統領の手腕****
ロシア・ルーブルが16日暴落し、一時1ドル=80ルーブル、1ユーロ=100ルーブルと過去最安値を記録した。
ウラジーミル・プーチン大統領がこの経済の危機的状況と欧米との衝突という2つの難題を乗り越えられるのか、その手腕が試されている。
これまで石油価格の下落に加え、ウクライナ東部の親ロシア派武装勢力を支援していることに対する欧米からの制裁で、ルーブル安が続いていた。
ロシア中央銀行は日付が16日に変わった直後に主要政策金利を17.0%に引き上げたが、ルーブルの暴落を食い止めることはできなかった。
ロシアの歳入は石油輸出に大きく依存しており、過去6か月間に原油価格が半分程度にまで下がったことを受けて景気の大幅な減速を危惧する声は強まっており、中央銀行が来年5%のマイナス成長を警告するという異例の事態に陥っている。
同日中に20%下落したルーブルは午後遅くの取引で若干持ち直し、1ドル=72ルーブル、1ユーロ=91ルーブルの水準になった。
経済の見通しが悪化の一途をたどり、景気後退が懸念される中、有権者に経済の安定と相対的な繁栄を公約していたプーチン大統領は、極めて難しいかじ取りを迫られている。(後略)【12月17日 AFP】
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“ロシアの連邦歳入の約5割が石油・天然ガスの税収で、石油の収入はガスの約7倍にのぼる。資源産業を最重要視するプーチン政権下で、ロシアは原油頼みの経済構造から全く抜け出せず、原油価格下落が通貨の信頼を下げたのは自然な結果だ。”【12月17日 産経】
ロシア経済の原油依存体質は今も昔も変わっていません。
プーチン大統領が絶大な国民的支持を獲得できたのは、チェチェン問題など対外問題での強気の姿勢とエリツィン時代の経済混乱を立て直したことによるものですが、当時ロシア経済が立ち直り、BRICSの一画を担うまでになったのはプーチン大統領の手腕というより、好調な原油市場がもたらした利益のせいでした。
プーチン大統領に限らず、経済政策の成果を誇示する政治家について冷静に判断すれば、単に登場時期が経済環境に恵まれていただけ・・・というのはよくある話です。
いずれにしても、プーチン政権下でもロシア経済の原油依存体質改善が一向に進まなかったため、現在の原油価格下落を受けて“なすすべがない”のも仕方がないところです。
“ロシア中央銀行のシベツォフ第1副総裁は16日、外国為替市場での通貨ルーブル暴落は「危機的な状況だ」と宣言した。その上で「近日中に2008年(の金融危機)に匹敵する状況が訪れると思う」と述べた。”【12月17日 時事】
ウクライナ問題などでロシア・プーチン大統領に振り回されてきた欧米側には、「それ見たことか」ともいった受け止めもあるようです。
****ルーブル急落、自業自得=ロシア経済は「崖っぷち」―米CEA委員長****
米大統領経済諮問委員会(CEA)のファーマン委員長は16日の記者会見で、通貨ルーブルが急落したロシアについて「非常に深刻な事態に直面しているが、(ロシアが)国際ルールに従わなかったため、自ら招いた結果だ」と述べた。
委員長は、ウクライナ情勢をめぐり米国などが講じた経済制裁に加え、原油価格の下落がロシア経済を直撃していると指摘。「(ロシア経済は)危機の崖っぷちにある」との認識を示した。
また、ロシアには通貨防衛のための政策金利引き上げなど「望ましくない選択しか残されていない」とし、ロシア中央銀行による利上げがロシア経済を萎縮させ、ルーブルの信認をさらに損なう可能性があると述べた。【12月17日 時事】
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【「ロシアはここ数日、建設的に動いている」】
経済的に苦しい状況に陥っているロシアとしては、ウクライナ問題でこれ以上の欧米との軋轢を起こし、更なる制裁強化を招くことは避けたいところではないでしょうか。
そうしたロシア側の苦境も反映していると想像されますが、ウクライナ情勢はこのところ比較的落ち着いた展開になっています。
9月に停戦協定が発効したウクライナ東部では、その後も衝突が止まず、停戦合意は空文化していましたが、東部2州の親ロシア派武装勢力とウクライナ政府軍は12月9日から再度、停戦に入ることで合意しました。
9月の停戦合意が意味をなさなかった経緯もありますので、今回もその実効性には疑問もありましたが、今のところはそれなりの効果を示しているようです。
****再停戦後初の死者=親ロ派、重火器撤収か―ウクライナ****
ウクライナ国家安全保障・国防会議のルイセンコ報道官は11日、親ロシア派の砲撃でウクライナ兵3人が死亡したと発表した。政府軍が9日に東部での再停戦を宣言して以降、同軍兵士の犠牲者は初めて。
東部では局地的な砲撃が続き、政府軍と親ロ派の双方が「相手の仕業」と非難合戦を繰り返している。ただ、ロシア外務省のルカシェビッチ情報局長は記者会見で「停戦はおおむね順守されている」と評価した。
一方、親ロ派「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」は11日、支配地域の前線から口径100ミリ以上の重火器の撤収を開始したと主張した。
9月の停戦合意は、政府軍と親ロ派が重火器を15キロずつ撤収させ、幅30キロの緩衝地帯を設置するとうたっている。親ロ派の重火器撤収が事実なら、近く再開する和平協議を前に、緊張緩和に寄与することになる。【12月11日 時事】
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ウクライナ政府側も、状況が好転しつつあるとの認識を持っているようです。
****対ロ制裁の効果出ている=ウクライナ大使が評価****
ウクライナのハルチェンコ駐日大使は17日、都内で記者会見し、通貨ルーブルが急落するなど経済が不振に陥っているロシアに関して、ウクライナ情勢をめぐり欧米が発動した対ロ制裁の効果が着実に出ていると評価した。
大使は「作用はゆっくりだが、この数日、この経済的な『武器』は目に見える形で効果を表している」と指摘。「ルーブルはこの2日間で20%下落し、株式市場も急落した」と語った。
大使は「新しい年はウクライナに平和が訪れることを希望する」と強調。クリミア編入やウクライナ東部への介入といったロシアの行動は、政権崩壊にもつながり得ることをロシアの指導者が理解するよう望むと語った。【12月17日 時事】
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一方、アメリカ議会は、ロシアへの追加制裁やウクライナへの武器供与など、ウクライナ問題への対応を強化する法案を可決し、オバマ大統領が署名する運びとなっています。
****<ウクライナ危機>米大統領、露追加制裁法案に署名へ****
アーネスト米大統領報道官は16日の定例会見で、ウクライナ危機を巡りロシアへの追加制裁やウクライナへの武器供与を可能にする法案にオバマ大統領が週内にも署名すると明らかにした。
一方、ケリー国務長官はウクライナ東部で政府軍と親露派が停戦に入っていることなどを受け「ロシアはここ数日、建設的に動いている」と評価した。
オバマ政権としては議会の対露強硬姿勢に配慮しつつ、ルーブル急落など経済情勢の悪化に直面するロシアの妥協を促す構えだ。
米議会が13日に可決した法案は、ロシアの防衛・エネルギー産業や金融企業などを対象に追加制裁を行うよう大統領に求めている。
また、対戦車兵器など致死的兵器を含む3億5000万ドル(約409億円)の軍事支援をウクライナに供与することを2015会計年度に認めている。
アーネスト報道官は法案について、「懸念もある」と発言。これまで連携して対露制裁を実施してきた欧州などの意向を反映していない文言が含まれており、「混乱したメッセージ」を発していると指摘。
それでも、「制裁実施の決定権が大統領にあり、署名する意向だ」と説明した。実際の制裁は、ロシアの動きを見ながら実施を検討するとみられる。【12月17日 毎日】
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オバマ大統領は署名しても、制裁強化などの実際の運用はしばらく留保するようです。
ようやくロシア・親ロシア派勢力を追い詰める情勢も見えてきたところですので、いたずらに刺激して反発を高めることもありませんので、ここは時間をかけて事態の推移を見守る・・・といったところでしょう。
なお、EUは16日、ロシアが一方的に編入したウクライナ・クリミア半島について、投資の全面禁止やクルーズ船の立ち寄りも含めた観光の禁止、石油・ガス開発関連技術の提供禁止などの追加制裁を実施することで基本合意しています。
【EUにとって厄介なウクライナ財政支援】
ウクライナ東部での戦闘が落ち着いているのは結構なことですが、ロシアにもましてウクライナ財政は危機的な状況にあります。
膨大な軍事費に加え、ロシアからのガス輸入再開で更に資金を必要としていますが、結局はEUやIMF頼みという状況です。
****ウクライナ、ガス輸入再開 ロシアに支払い、財政危機深化****
ウクライナがロシアからの天然ガス輸入を半年ぶりに再開した。
ロシアへのエネルギー依存を避けたいウクライナは10月に条件面で合意した後も再開を見送っていたが、東部の紛争で深刻な電力不足に陥った。
一方で財政危機はますます深刻化。新たな支援を求める声も強まり、欧州連合(EU)や国際通貨基金(IMF)を悩ませそうだ。
ガス輸入は、国営エネルギー会社が、ロシアの天然ガス企業ガスプロムに10億立方メートル分、3億7800万ドル(約455億円)を前払いし、9日から再開された。
EUが仲介した10月末の合意では、ウクライナが債務の一部を支払えばロシアは3月までは料金前払いを条件輸出に応じる。
ウクライナは直後に債務31億ドルのうち14億5千万ドルを支払ったが、輸入を続けるためには残りも年内に支払わなければならない。財政をさらに圧迫する要因になる。
財政が破綻(はたん)の危機にあるにもかかわらず再開に踏み切ったのは、エネルギー危機が現実になったからだ。
11月下旬から電気消費が急増。「虎の子」のガス備蓄は、暖房が始まった10月末から12月第1週までに2割も消費された。
火力発電でガスの代替となる石炭も、東部ドネツク、ルガンスク両州の炭坑地域が親ロシア派に支配され、生産が激減。12月の備蓄は昨年同期の4割を切った。各地で計画外の停電が続く。
2月の前政権崩壊で明らかになった財政危機は悪化の一途をたどる。
欧米各国やIMFが2年間で総額270億ドルを融資する支援策を決めたのは東部で紛争が始まる直前の今春。
現在の経済危機は当時の予想をはるかに超えている。最大の原因は国内経済の2割を占めるとされる東部2州での紛争激化と、劇的な軍事関連費の増大だ。
すでに危険な水準にあった外貨準備高は、債務支払いと下降する一方の通貨フリブナを買い支えるため半減。ヤツェニュク首相は11日、議会で「欧米のパートナーたちの新たな助けが必要だ」として、支援国会合の開催を求めた。
ウクライナ政府は必要額を明確にしていないが、債務不履行(デフォルト)回避のため、さらに150億ドルが必要との見方もある。
ウクライナ政府は、9日から始まったIMFとの次の融資実施をめぐる協議で、支援枠拡大を求めている。ただ、ウクライナ議会は同日あらたな財政再建計画を可決したが、春に決めた緊縮政策も滞っており、IMFからその実施を厳しく求められるのは必至だ。
EUは15日の外相理事会でウクライナ危機を協議する。対ロシア制裁ですでに経済的打撃を受け、さらなる支援拡大に二の足を踏む加盟国は少なくないと見られる。【12月14日 朝日】
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国際秩序を力で変更しようとするロシア・プーチン大統領に対抗する形で、EUはウクライナ支援を行ってはいますが、経済的な本音で言えば、財政破たん寸前のウクライナは、引き受けたくない厄介な“お荷物”とも言えます。
(2月25日ブログ「ウクライナ 想定外の政権崩壊で生じた国内の先行き不透明感とEU・ロシアの困惑」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140225)
地政学的にみても、ウクライナはEUとロシアの緩衝国であり、完全に自陣に引き込む必要はなく、どっちつかずの状態にあればいい存在です。
ウクライナ問題と発端となったヤヌコビッチ前大統領がEUとの連合協定署名を見送って、ロシア寄りの姿勢を強めたときも、EU側には本音ではホッとしたところがあったと言われています。
“EUの全加盟国がウクライナとの連合協定締結を公には支持したが、昨年11月にヤヌコビッチ大統領が協定署名を見送ると、一部の国の当局者はひそかに胸をなで下ろした。ウクライナへの追加資金援助を求められずに済むと考えたからだ。”【2月20日 WSJ】
昨年末段階より財政的には更に悪化し、おまけにロシアとの衝突の危険という特大の爆弾まで抱えたウクライナにあてにされているEUですが、EUとしても今さらウクライナを見離す訳にもいきません。
そこらあたりの事情を踏まえてのEU側とウクライナ政府の駆け引きが行われているものと思われます。