(価格規制によって安い値段で売られている商品を買い占めコロンビアなど周辺国に密輸出している業者を取り締まるために政府系スーパーで導入された指紋認証システム 【9月26日 ロイター】http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPKCN0HL0DO20140926)
【サウジアラビアがアメリカを減産に追い込むために価格競争を仕掛けた・・・・】
世界経済の停滞に伴う原油需要の低迷とアメリカでのシェールオイル供給増加によって、原油価格が右肩下がりに下落していることは、これまでも何度か取り上げてきました。
原油価格の代表的な指標であるWTI原油先物でみると、現在は1バレルが66ドル台で推移しています。
中東などの産油国で構成する石油輸出国機構(OPEC)は11月27日、ウィーンの本部で定例総会を開き、加盟12カ国の生産目標を現行の日量3000万バレルに据え置くことを決めました。
原油価格が大幅下落しており、価格下支えのための減産に踏み切るかどうかが注目されていましたが、加盟国の意見の隔たりが大きく、減産調整には合意できませんでした。
この決定には、価格が低下しても現行シェアを維持したいサウジアラビアの意向が反映したものです。
結果的に、原油価格下落はウクライナ問題で欧米と対立するロシア、核開発問題で同じく欧米と交渉中のイランの経済を追い込むことにもなります。
ただ、資金的に余裕のあるサウジアラビアとしては、アメリカのシェールオイルを採算割れに追い込むことを狙っているとも言われています。
****<サウジアラビア>原油価格「OPEC非加盟国にも責任」****
サウジアラビア政府は1日の閣議後に声明を発表し、石油輸出国機構(OPEC)が11月の定例総会で、価格下落が続く原油の減産を見送ったことに関連して「価格安定はOPEC加盟国と非加盟国の連帯責任だ」と述べた。
シェールオイルの増産を続け、価格下落の一因を作っているOPEC非加盟の米国をけん制する狙いがあるとみられる。
声明では「OPECの団結と先見性を反映した決定だ」と原油減産の見送りを称賛した。また「石油政策は経済原理に基づいている」と強調。
サウジが価格下落を容認しているのはシリア情勢で対立するイランやロシアに経済的な打撃を与えるためだとの臆測を否定した。
原油の国際的価格指標である北海ブレントの先物価格は、6月に1バレル=約115ドルだったが、OPEC総会後には一時70ドルを割り込む水準まで落ち込んだ。
サウジは従来、価格が下落すると、OPEC加盟国と協調して減産するなどしてきた。しかし「シェール革命」によって米国が主要産油国として台頭。OPECが減産しても米国が増産を続ければ、効果は限定的だとの見方がある。
サウジでは原油価格下落による財政悪化が懸念されるが、国家予算の3年分の外貨準備があるため、当面はしのげるとの計算もある模様だ。【12月2日 毎日】
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****シェール業者、採算割れ懸念****
米金融大手シティグループの報告書では、米国のシェールオイルは1バレル=40~80ドルで利益が出るという。報告書は「原油価格がしばらく1バレル=75ドルを下回っても、数年は高水準の成長が続く」と指摘する。
ただ、ここのところの原油安でシェールオイル企業が採算割れになるという懸念も出始めている。OPECが減産見送りを決めた後、シェール関連企業の株式も売られた。(中略)
米国の原油生産は、昨年の日量約740万バレルから2020年には約1100万バレルに増え、世界トップ2のロシアとサウジアラビアを抜く見通しだ。
OPECの減産見送りは、サウジが米国を減産に追い込むために価格競争を仕掛けたともみられている。
米国のシェールオイル業界は、設備投資のためのお金などを借金に頼る企業が多いとされる。利益が出ないと新たな借金ができなくなり、資金繰りに困る企業が出るおそれもある。【12月3日 朝日】
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財政収支を均衡させるために必要な原油価格(財政均衡原油価格)は国によって大きく異なります。
サウジアラビアの場合は、86ドル程度とも言われます。現在の価格水準はこれを下回っていますが、膨大な資金をもっていますので、この程度の幅であれば・・・というところでしょう。
収入の半分を原油に依存するロシアの場合は100ドル程度、厳しい経済制裁に喘ぐイランは130ドル前後と見られており、現在の70ドルを割る水準は、制裁を受けている両国にとってはかなりこたえます。
この原油価格動向は、今後のウクライナ問題や核開発協議に大きく影響する圧力となります。
【「原油価格下落で、ベネズエラはデフォルト(債務不履行)に陥る可能性にさえ近づいた」】
ロシア、イランより先に問題化しそうな状況にあるのが南米ベネズエラです。
ベネズエラの原油生産はチャベス前政権時代から設備投資も十分になされておらず、その財政均衡原油価格は140ドル前後とも言われています。
更に、“減産見送りを主張したサウジアラビアなどの湾岸諸国とは異なり、ベネズエラやナイジェリアは、価格変動による影響を緩和する役目を果たす政府系ファンド(SWF)を持っていない。”【12月5日 AFP】という事情もあります。
****デフォルトの影も・・・・ベネズエラ****
減産見送りによって最も大きな打撃を受けると思われるのが南米ベネズエラだ。
同国は石油の確認埋蔵量が世界最大だが、財政は圧倒的に石油収入に依存しており、外貨準備高に占める石油収入の割合は実に96%に上る。
元々、収支の均衡をとることにも苦戦しているベネズエラにとって、原油価格の下落は悪い知らせでしかない。
OPEC減産見送りを受けて、同国のニコラス・マドゥロ大統領は11月28日、痛みを伴う予算削減を発表した。自国通貨の大幅な切り下げを行ったり、中国へ救済融資の依頼を行ったりもしている。
(エネルギー市場コンサルタント会社、WRTGエコノミクスのエコノミスト)ウィリアムス氏は「1バレル90ドルを切る状態を、1か月以上は乗り切ることができないほど外貨準備高が少ないベネズエラにとって、この事態は明らかに惨事だ」という。
キャピタル・エコノミクスのアナリスト、デービッド・リーズ氏は「原油価格下落で、ベネズエラはデフォルト(債務不履行)に陥る可能性にさえ近づいた」と指摘。
「外貨準備には過去10年の原油価格高騰時の保留分はなく、石油収入がなくなれば政府が保有する外貨は一切消えてしまうだろう」という。
他のアナリストたちからは、原油安を受けて、今年前半ベネズエラを揺るがし流血の事態にもなった反政府デモの再燃を懸念する声も聞こえる。【同上】
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“1バレル90ドルを切る状態を、1か月以上は乗り切ることができないほど外貨準備高が少ない”ということになると、殆ど赤信号です。まあ、実際はなんだかんだですぐにはデフォルトとはならないのでしょうが、それでも事態は深刻です。
【問題の根幹は「21世紀の社会主義」による経済破綻】
しかし、この深刻な経済状態のおおもとは、決して原油価格下落のせいではなく、低所得者支持をつなぎとめるためにとってきたこれまでのバラマキ政策、市場原則を無視した経済施策によってベネズエラ経済の根幹が大きく傾いていることにあり、ぞの責任はチャベス前大統領とその後継者マドゥロ大統領にあります。
ベネズエラのインフレ、モノ不足という経済破綻については、2月26日ブログ「ベネズエラ 抗議デモに強権色を強めるマドゥロ大統領 一貫性を欠く施策」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140226)などで取り上げてきましたが、事態は一向に改善していません。
****ベネズエラ 石油大国、モノ不足****
反米左派マドゥロ政権下の南米べネズエラで、豊富な石油収入があるにもかかわらず食料品などのモノ不足が深刻化している。
「21世紀の社会主義」実現を掲げ、価格統制している廉価な商品を隣国コロンビアで密売する例が多発しているのに加え、チャベス前政権時代から農業分野への投資を怠ってきたツケが回ってきた形だ。
マドゥロ政権は政府系商店のレジに、顧客が転売目的で“二度買い”するのを防ぐための指紋判定器を設置するなど、事態改善に躍起となっている。
品不足が目立つのは牛乳やコメ、コーヒー豆、トウモロコシの粉といった価格統制品。地元調査会社によれば、市民は通常の30%程度しか購入できない状況にある。
石油収入が年間で1140億ドル(約13兆4千億円)にも上る世界有数の石油大国ベネズエラで、国民がひどいモノ不足にあえいでいることについて、米紙ウォールストリート・ジャーナルは「(貧しい)北朝鮮やキューバ並み」と、痛烈に皮肉っている。
モノ不足の背景には、価格統制された低価格の品々を犯罪組織が国内各地で大量に購入した後、利益を得ようと隣国コロンビアの北部地帯などで密売していることがある。
ベネズエラの経済専門家によれば、流出している価格統制品の割合は全体の10%以上という。
マドゥロ政権はこれ以上の流出を阻止するため、コロンビアとの国境沿いにある検問所の夜間通行を禁止している。
一方、農業分野に積極的に投資してこなかったことも、モノ不足の一因と指摘する声は多い。
ベネズエラは反米左派オルテガ政権下の中米ニカラグアや、カリブ海に浮かぶジャマイカなどに石油を輸出する際、代金のかわりに農産物を受け取ることもある。このため、「農業分野を盛んにするという動機づけがベネズエラ国内で働きにくい状況にある」(駐カラカス外交筋)という。
政府はここ数年、民間の土地を農地として国有化するなど、農業分野に急速に力を入れつつあるが、耕運機をはじめ農機具の整備も十分ではないという。
国内ではモノ不足の影響で、インフレが着実に進行。8月末時点のインフレ率は63・4%(年率)にも上り、マドゥロ政権への風当たりは強まっている。【11月25日 産経】
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商店レジに指紋判定器を設置・・・・ウソのような話ですが、どうも本当のようです。
****原油安による輸入減少で深刻な物資不足に拍車*****
・・・・マドゥロ氏は、ベネズエラ国民が安い商品を過度に買いだめするのを防ぐためにスーパーマーケットに指紋スキャナーを導入し、店頭価格が適正かどうか点検し、買い占めを阻止するために2万7000人の政府調査官を送り込む措置まで講じた。
大統領はまた、昨年の似たような戦略の成功を受け、バービー人形など、特価商品のクリスマスの投げ売りを命じた。
電気製品の強制値下げの波は2013年の地方選挙で与党・統一社会党(PSUV)の地位を押し上げたが、この戦略が再び奏功するかどうかは不透明だ。
「人々はしびれを切らせた。火花一つで暴動が燃え上がるかもしれない」。カラカスの国営食料品店の幹部は、匿名を条件にこう語る。
今年の抗議活動――原油価格は11月末に1バレル70ドル台を割り込んだが、当時は100ドルを上回っていた――は、数十人の死者を出した。
「原油価格が横ばい、あるいは一段と下落するシナリオでは、ベネズエラは政府の不安定化と抗議活動、暴動のリスクに直面する」と、リスクコンサルティング会社IHSの中南米担当アナリスト、ディエゴ・モヤ・オカンポス氏は言う。【12月2日 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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政府による強制値下げのような措置は、一時しのぎにはなっても、市場経済をゆがめて長期的にはマイナスにしかならないことは言うまでもありません。
マドゥロ大統領は自身を含む給与カットなども行っていますが、「21世紀の社会主義」を目指す経済政策の根幹を変えない限り、単なるパフォーマンスに過ぎません。
****原油価格下落、ベネズエラ大統領らの給与カット****
南米の産油国・ベネズエラのマドゥロ大統領は28日、原油価格の下落で財政の逼迫(ひっぱく)に拍車がかかる恐れがあるとして、大統領や閣僚、国営企業幹部らの給与カットなど国家予算の削減に取り組むと表明した。
マドゥロ氏はテレビ演説で、「(原油価格下落を)むだで不必要な支出をやめる好機と捉えている」と述べた。今後、特別委員会を設置し、削減対象となる事業など詳細を検討するが、貧困対策費は維持する。
輸出額の96%を原油に依存するベネズエラは、原油価格の下落で、輸入に頼る生活必需品や外貨の不足が深刻化し、国民生活に大きな影響が出ている。【11月30日 読売】
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【「当局は時間稼ぎをしているが、経済政策における歪みに何一つ対処していない」】
マドゥロ大統領は原油安に対して平静を装っており、11月28日のテレビ演説で「原油価格の下落の打撃を、私は悪く受け止めていない」「私は原油安を余分な贅沢と不必要な支出を削減するチャンスとして捉えている」と語っていますが・・・・どうでしょうか。
****金融市場に広がる不安****
金融市場も事態を懸念している。ベネズエラ国債の指標となる2027年償還のドル建て債券の利回りは、12月1日に19.5%に上昇した。
ベネズエラ政府は、デフォルト(債務不履行)はしないと強調した。
また、報道では今月計画されているという投資家向けロードショーに先駆け、国家財政の透明性を高めようとしている。また今週は、追加資金を確保する取り組みの一環として、政府はロドルフォ・マルコ・トーレス財務相を、2006年以来ベネズエラに500億ドル融資している中国へ派遣した。
「当局は時間稼ぎをしている・・・が、経済政策における歪みに何一つ対処していない」。英国の大手銀行バークレイズは投資家向けのメモでこう書いた。
アナリストらは、マドゥロ氏の弱い政治的地位は、複数の為替レートが併存する体制などの経済政策を変更する同氏の力を抑制するかもしれないと指摘しているが、カラカスに本拠を構える世論調査会社のデータナリシスは、国家財政を是正するための5項目から成る改革計画を提案した。
改革に盛り込まれたのは、政府支出の削減、キューバなどの同盟国への補助金付きの原油輸出の削減、ドル建て原油収益の価値を高めるための通貨切り下げ、多額の補助金に支えられている国内ガス価格の引き上げ、そして、ベネズエラの米国製油事業であるシトゴなどの外国資産の売却だ。
どん底まで落ちた生活、これ以上悪くなりようがない?
こうした措置は政治的に不人気かもしれないが、現行制度は継続不能だとアナリストらは口をそろえる。国内総生産(GDP)比20%と推定される財政赤字を埋めるための紙幣増刷は、63%の高インフレをもたらした。
(地元のコンサルティング会社)エコアナリティカはインフレ率が来年110%に達すると見ており、国民の怒りは高まるだろう。
「私たちは食べ物の物乞いであり、生活必需品の物乞いであり、薬、子供たちのおむつの物乞いだ。現時点では、あらゆるモノの物乞いなんです」。政府の補助金が付いた中国製冷蔵庫を買うために行列に並んでいた公務員のアンジェラ・トーレスさんはこう話す。
「私たちはインフレに食いつぶされ、どん底まで落ちた。これ以上ひどいことにはなり得ないですよ」【12月2日 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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ベネズエラでは今春、マドゥロ大統領の強権的な政治手法に加え、高インフレやモノ不足、改善の兆しの見えない治安への不満を背景に、野党を支持する抗議者と政府軍が衝突して40人以上が死亡しています。