(パキスタンとの実効支配線に近いインドの村で、爆発した迫撃弾の破片を持つ住民。住民らはパキスタン軍が発射したものだと話している(2019年3月1日撮影)【3月3日 AFP】)
【印パ両国とも、引くに引けないカシミール問題】
宿敵同士のインドとパキスタンのカシミール地方での衝突については、連日報道されていますので、その経緯・詳細は省略します。全体的な流れについては下記のとおり。
****印パ緊張 各国仲裁、予断許さず 核保有に憂慮****
軍事的緊張が続くインドとパキスタンに対し、国際社会が仲裁に乗り出している。核保有国である両国の自発的な緊張緩和が期待できず、一層の関係悪化を懸念するためだ。だが、対立は根深く、国際社会の仲裁が早急な緊張緩和に結びつくかは予断を許さない。
「彼らを止めようとしてきた。収束すると期待している」。トランプ米大統領は2月28日、ベトナムの首都ハノイで米朝首脳会談後に開かれた記者会見で、印パを仲裁していることを明らかにした。
パキスタン軍は27日にインド軍機を撃墜し、パイロット1人を拘束したが、パキスタンのカーン首相は翌日、3月1日に解放することを明らかにした。インドメディアによると、米国やサウジアラビア、アラブ首長国連邦がパキスタンに対してパイロットを解放するよう求めたという。
関係悪化のきっかけは、2月14日に両国が領有権を争うカシミール地方のインド側で起きた武装組織による自爆テロだ。
インドはこの武装組織を「パキスタンが支援している」と批判。インド空軍は26日に「武装組織のキャンプがある」として領有権を争っていないパキスタン北東部バラコットへの攻撃にまで踏み切った。インド軍機がパキスタン領空に侵入したのは1971年以来だった。
パキスタンはこの攻撃に脅威を感じた。バラコットは首都イスラマバードから100キロ程度で、パキスタンのジャーナリストは「インドは首都も容易に攻撃できることを示した。この攻撃は『本土』への攻撃であり、カシミール地方での攻撃と意味が異なる。パキスタンは後戻りできなくなった」と語る。
また、双方とも相手国に対する国民の感情は厳しく、安易な妥協は難しい。インド軍のパイロット解放で双方が緊張緩和に向け歩み寄るかは見通せない。
インドでは5月までに総選挙が実施される見込み。党勢の衰えを指摘されるモディ首相の与党・インド人民党(BJP)はヒンズー至上主義団体を支持基盤としており、パキスタンに対する強硬姿勢で国威を発揚し、支持拡大につなげたい思惑があるようだ。
モディ氏は1日に演説。2011年、西部ムンバイでパキスタンのテロ組織が起こした同時多発テロを引き合いに出し、当時の与党で現最大野党の国民会議派が「テロ後に(パキスタンに対して)行動を起こさなかった」と批判した。インド政府筋は「パキスタンがテロ対策に取り組むまで対話しない」としている。【3月1日 毎日】
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印パ両国は、これまで3回の戦争を行っており、そのうち2回はカシミール領有をめぐって戦われました。
3回目はバングラデシュ独立時のものですが、このときもカシミールは戦場となっています。
以来、両国は実効支配線をはさんで小競り合いを繰り返してきています。
両国がカシミール(インド支配地域では、住民の多くがイスラム教徒)で妥協ができないのは、両国の“建国の理念”にかかわってくるためでもあります。
インドは多民族・多宗教の人々がともに暮らす国家として建国していますので(現在のモディ政権下のヒンズー至上主義台頭で、そのあたりは怪しい部分もありますが)、カシミール地方でイスラム教徒が多いからという理由で、これを手放す訳にはいきません。
一方、パキスタンは“イスラム教徒の国家”として建国していますので、イスラム教徒が多いインド支配のカシミール地方をあきらめる訳にはいきません。
ただ、インドが多民族・多宗教国家とは言いつつも、カシミールにおける住民を力で抑え込む徹底した支配体制のありようは、その理念に疑問を抱かせるものでもあります。
もっとも、パキスタンが領有したとしても、北部の実情を見ると、カシミールのようなへき地がどのように扱われるかにも疑問があります。
そのあたりのカシミールにおけるインド支配の実態等については、パキスタン・フンザ出身の男性と結婚して、日本・パキスタン・インドを往来されているスズケーさんの「カシミール問題 インドとパキスタン、終わらない紛争」が参考になります。
スズケーさんも指摘しているように、カシミールのインドからの分離を目指す運動は、いわゆるジハードを唱えるイスラム過激主義がこれを利用する形で浸透し、変容してきている面もあります。
更に言えば、冒頭記事でインドが主張しているように、イスラム過激組織のテロ行為を、パキスタン側(政府と言うより、軍部、特にその中枢たる三軍統合情報局(ISI)が陰で支援しているのでは・・・という疑惑が消えません。
両国政府が関係改善に乗り出すと、それを阻止するようにテロが起きて関係が再び悪化することが繰り返されています。印パの関係改善を嫌う勢力が存在しているように見えます。
パキスタンは、同様のイスラム過激組織支援をアフガニスタンでも行っていますが、そうした対応の一掃が強く求められます。
【早期打開に動くパキスタン・カーン首相】
本来であれば、核保有国であり印パ両国が、首都近郊を爆撃したり、軍用機を撃墜するような激しい衝突をするという事態は由々しき事態ですが、上述のようなこれまでの経緯もあって「またか・・・」という感もあります。
ただ、紛争は、特に国内世論の強硬論に刺激された場合、思わぬ方向にエスカレートすることもあり得ますので、核保有国印パの衝突は軽視すべきものではありません。
今回の衝突にあっては、パキスタンのカーン首相は、撃墜したインド軍機パイロットを早期に開放することで、事態収拾へ動いています。
****捕虜解放で幕引きなるか=和平演出、過激派対策課題―インド・パキスタン****
ともに核保有国のインドとパキスタンが、係争地カシミール地方のインド側で発生したテロをきっかけに双方の空軍機を撃墜し合った問題で、パキスタンは1日、幕引きを図るべく撃墜機パイロットのインド人捕虜を解放した。
一方、インドは越境テロを行う過激派の徹底的な対策を求めており、解放で事態が収束に向かうかは不透明だ。
インドのスワラジ外相は1日、中東のアブダビで開かれたイスラム協力機構(OIC)外相会議で「テロとの戦いはどんな宗教との戦いでもない」と強調。過激派組織「イスラム国」(IS)などのテロに悩まされている各国に対し、イスラム過激派の根拠地とされるパキスタンへの越境攻撃に理解を求めた。
インドは5月までに総選挙を実施予定で、党勢にやや陰りの見える与党インド人民党(BJP)は、パキスタンへの強硬姿勢を示すことで挽回を図りたい考え。捕虜解放を「和平への意思表示」(カーン首相)の演出としたいパキスタンへの妥協には慎重だ。【3月2日 時事】
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カーン首相の“平和的対応”を称賛する動きもあるとか。
****インド操縦士解放のパキスタン首相にノーベル平和賞を ネットで署名30万人超****
インドとの緊張緩和のため拘束していたインド人操縦士を解放したパキスタンのイムラン・カーン首相をノーベル平和賞に推す声が高まり、インターネット上ですでに30万人を超える署名が集まっている。
インド空軍のミグ戦闘機の操縦士、アビナンダン・バルタマン中佐は先月27日、係争地であるカシミール上空で撃墜され、パキスタン側に拘束された。核兵器を保有する両国間の緊張が高まり国際社会は懸念を強めていたが、バルタマン中佐は今月1日夜にインド側に引き渡された。
カーン首相が「平和への意思表示」としてバルタマン中佐を解放すると表明したことを受けて、ツイッターでは先月28日から「#NobelPeaceForImranKhan(イムラン・カーンにノーベル賞を)」というハッシュタグが見られるようになった。
署名サイト「チェンジ・ドット・オーグ」では、英国とパキスタンのユーザーが始めた2つの似たキャンペーンが展開されており、カーン首相が「アジア地域のさまざまな紛争解決のため、平和と対話の努力を行っている」として、同首相をノーベル平和賞に推している。2つのキャンペーンは、インターネット上でそれぞれ24万人と6万人を超える署名を集めた。 【3月3日 AFP】
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最近はなんでもかんでも「ノーベル平和賞」ですが、まあ、某国某大統領をノーベル平和賞に推薦する某国某首相もいるぐらいですから、カーン首相をノーベル平和賞に・・・という動きにも驚きはしません。
【強硬論のインド国内世論 総選挙を控えて強硬姿勢のモディ首相】
ノーベル平和賞云々はともかく、カーン首相による早期のパイロット解放で事態が改善すれば非常に喜ばしいことですが、パキスタン側の“余計な”行為がインド側の怒りを買っているとも。
****パキスタンへの称賛強要?解放されたインド軍操縦士の動画で非難噴出****
パキスタン軍戦闘機との空中戦で撃墜され、その後拘束されたインド軍のパイロットが解放前にパキスタン軍を称賛する内容の動画が公開されたことを受け、インド国内では2日、激しい非難の声が上がった。(中略)
インド空軍のミグ戦闘機のパイロット、アブヒナンダン・バルタマン中佐は先月27日、係争地のカシミール上空でパキスタン軍の戦闘機を追跡していた際に撃墜された。
戦闘機からは緊急脱出して無事だったものの、停戦ラインのパキスタン側で群衆に襲われた。あざが目立つ中佐は、直ちに診察およびパキスタン軍と情報機関からの聴取を受けるために連行された。
中佐は3月1日夜、パキスタン北部パンジャブ州アムリツァルに近いワガを通ってインドに帰還したが、予定されていた式典より数時間遅れとなったことについて、インドの国内メディアは中佐がパキスタン側で動画撮影を強要されていたことが原因だと報じている。
中佐が解放される直前にパキスタン軍が公開した動画は著しく手が加えられており、中佐は「パキスタン軍は群衆から私を守ってくれた」「非常にプロフェッショナルで感銘を受けた」と称賛する一方で、インドの国内メディアについては戦時ヒステリーを生じさせていると非難している。
パキスタン政府はツイッターに投稿したこの動画を後に削除したものの、インドメディアは嫌悪すべき動画だとして戦争捕虜の処遇に関する国際的な規定を侵害していると批判を展開。
雑誌「インディア・トゥデイ」の編集主幹は、「尊厳のない平和はなく、パキスタンはジュネーブ条約の侵害という点において基本的な知識を忘れたようだ」と執筆し、ソーシャルメディアにも非難の声があふれた。【3月2日 AFP】
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実際にどのようなことがあったのか・・・わかりません。
わかりませんが、もともと“パキスタンによって繰り返される(と、信じられている)”テロ行為に苛立っているインド国内世論は、パキスタンへの強い姿勢を求めていますので、そうした世論を刺激するものでしょう。
カシミール地方インド支配地域のプルワマ(Pulwama)で2月14日に起きた治安部隊への自爆攻撃後に「行われたインド国内世論調査では、インド政府に望む対応として、「パキスタンとの戦争」が36%でもっとも多くなっています。【2月22日 India Todayより】
(同調査では、テロ組織キャンプへの限定攻撃が23%、テロ組織首謀者の暗殺が18%、外交・経済的にパキスタンの孤立化を図るは15%でした)
これまでも何回かとりあげたように、モディ政権は総選挙前哨戦の州議会選挙で大きな敗北を喫し、態勢立て直しを迫られています。
そうしたモディ首相にとっては、今回衝突は“追い風”にもなる要素をはらんでいます。
上記世論調査では、テロ対策に取り組めるリーダーとして強硬論のモディ首相が49%の支持を集めているのに対し、国民会議派のリーダーのラウル・ガンジーは15%にとどまっています。
上記のようなパキスタンへの強い対応を求める世論、総選挙を控えた政治事情、さらにはバルタマン中佐の動画問題等もあって、インド側はパキスタン首都近郊の空爆などを実施してきましたが、“今のところ”は未だ強硬姿勢を崩していないようです。
****インドとパキスタンが砲撃戦、7人死亡 係争地カシミール地方****
インドとパキスタンが領有権をめぐって激しく争うカシミール地方で2日、両国軍が砲撃を交わし、少なくとも7人が死亡した。両国間の対立が急激に高まっている。
24時間のうちに、パキスタン側では兵士2人、民間人2人が死亡。インド側では、迫撃砲弾が民家を直撃し、女性1人とその子ども2人が死亡したという。
AFP記者によると、カシミール地方では、村人たちが簡易的な掩蔽壕(えんぺいごう)で身を寄せ合っているほか、警察は不要不急の外出を控えるよう命じている。2日までの1週間に両国の境界付近で死亡した民間人は少なくとも12人になった。
パキスタンは先月27日に撃墜したインド軍戦闘機のパイロット、アビナンダン・バルタマン中佐を「友好の意思表示」として解放し、1日夜にインド側に引き渡した。
緊張緩和への期待が高まったが、解放前のバルタマン中佐がパキスタン軍を称賛し、インドのメディアを批判する内容の動画が公開され、インドでは激しい非難の声が上がっていた。 【3月3日 AFP】
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お互いに民間人犠牲者を出し、まずい展開です。
ただ、恐らくは、近々には何らかの“手打ち”がなされるのでしょう。
そうでなくては“世界平和”のためにも困りますが、私個人の事情でも困ります。
私は、今月末にパキスタン北部のフンザへの観光旅行を予定しています。北京経由でイスラマバードに入る予定です。
今回の衝突で、3月1日までパキスタン領空の民間航空機飛行が停止されることにもなりましたが(今現在、どうなっているのか知りません)、紛争が激化して民間航空機が飛ばない事態が再発・・・なんてことになったら、とても困ります。お手上げです。