(クアラルンプールにある北朝鮮大使館の写真。外壁には青いスプレーで「金正恩打倒 連帯革命」「自由朝鮮」「我々は立ち上がる」といったハングルが描かれている。【FNN「プライムニュース イブニング」3月12日放送分】)
【突然のアイシャ被告の釈放 インドネシア・ジョコ大統領には追い風】
マレーシアの空港での金正男(ジョンナム)氏殺害の実行犯とされて裁判が進行していたインドネシア国籍のシティ・アイシャ被告が突然に起訴取り下げとなり釈放された件、これまでそうした動きに関する情報を全く目にしていなかったため「そんな、あっさりいくものか?」と驚きました。
****インドネシア人女性の起訴取り下げ、ベトナム人被告の供述行われず 金正男氏殺害事件****
北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男(ジョンナム)氏が2017年2月にマレーシアの空港で殺害された事件で、実行犯として殺人罪に問われた女2被告の公判が11日、クアラルンプール近郊の高裁で再開された。検察は、2被告のうち、インドネシア国籍のシティ・アイシャ被告(27)の起訴を取り下げた。
アイシャ被告の弁護士によると、取り下げ理由は、検察から示されなかった。(中略)
一方、ベトナム国籍のドアン・ティ・フオン被告(30)の殺人罪での審理は継続されるという。この日は、弁護側の被告人質問が始まり、ドアン被告が法廷で初めて供述する予定だった。
2被告は、いずれも捜査段階から「いたずら番組の撮影だと思っていた。毒物とは知らなかった」と無罪を主張している。マレーシアでは殺人罪で有罪になれば死刑が適用される。
検察側は公判で、2被告が殺害に使われた猛毒の神経剤VXの毒性を認識していたとして「訓練された殺人者」と主張。高裁は昨年8月、2被告に「殺意があったと推定される」として、弁護側に被告人質問や証人尋問などを行うよう求めていた。
起訴状などによると、2被告は17年2月13日、北朝鮮国籍の男4人と共謀し、クアラルンプール国際空港で金正男氏の顔にVXを塗り、殺害したとされる。男4人は直後に出国、北朝鮮に帰国したとみられる。【3月11日 産経】
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当然にインドネシア政府との交渉を背景にした“政治的判断”です。(北朝鮮が関与しているのかは知りません)
一人だけという訳にもいきませんから、もう一人のベトナム国籍の女性も近日中に同様の扱いになるのでしょう。(インドネシア人女性だけとなったら、それこそベトナムとの国際問題になります)
****元被告の女性帰国 家族と再会 背景には政治的判断か****
2年前、マレーシアで起きた北朝鮮の金正男(キム・ジョンナム)氏殺害事件で釈放された元被告の女性が、11日、インドネシアに帰国し、家族と再会した。
金正男氏殺害事件で殺人罪の起訴を取り下げられ、釈放された元被告のシティ・アイシャさん(27)は、11日、マレーシアからインドネシアに帰国し、首都ジャカルタでおよそ2年ぶりに両親と再会した。シティ・アイシャさんは「きょう、2年ぶりに家族と会えて、とても幸せです」と話した。
アイシャさんをめぐっては、インドネシア政府が、マレーシア政府に対して釈放を要請していたことがわかっていて、今回、政治的判断があったとみられている。
一方、裁判が続くベトナム国籍のドアン・ティ・フオン被告(30)についても、ベトナム外務省が動き始めていて、14日に予定されている裁判で同じように起訴が取り下げられる可能性が出ている。【3月12日 FNN PRIME】
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アシシャさん釈放は、大統領選挙を控えたインドネシア・ジョコ大統領にとっては“大きな得点”でしょう。
****インドネシア大統領、「釈放」の成果アピール アイシャ元被告が面会****
(ジョコ大統領(手前左)と面会したシティ・アイシャ氏(中央)=ジャカルタの大統領官邸で12日)
(中略)シティ・アイシャ元被告(27)が12日、ジャカルタの大統領府でジョコ大統領と面会した。面会後の記者会見には、ルトノ外相やラオリ法務・人権相も同席し、釈放がジョコ政権の成果であることをアピールした。
突然の釈放、帰国から一夜明け、アイシャ氏は警察官に警護されながら両親と大統領府に入った。3人はジョコ氏の両手を握って支援に感謝したが、面会後は記者団の質問に一切答えないまま車に乗り込んだ。一方、ジョコ氏は「政府が国民を守るというのはこういうことだ」と話した。
大統領選を来月に控えるジョコ氏にとって、国内で同情的に見られているアイシャ氏の帰国は追い風になるとみられる。
政府は釈放直後、ジョコ氏が昨年6月のマハティール・マレーシア首相との首脳会談で釈放を要請していたことを明らかにし、司法判断の背景に政権の後押しがあったことを強調した。【3月12日 毎日】
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【在マレーシア北朝鮮大使館の壁に反体制メッセージの落書き】
アイシャさんが釈放されたマレーシアでは、北朝鮮をめぐって“別の事件”が起きています。
****元被告釈放の直後に、北朝鮮大使館の壁に謎の落書き…背後に民間団体「自由朝鮮」関与か?****
(中略)
釈放の裏では衝撃的な事件が
一方、アイシャさん釈放の裏では衝撃的な事件が起きている。
こちら(冒頭写真)は11日朝に撮影された、クアラルンプールにある北朝鮮大使館の写真。
外壁には青いスプレーで「金正恩打倒 連帯革命」「自由朝鮮」「我々は立ち上がる」といったハングルが描かれている。
北朝鮮の金正恩体制打倒を呼びかけるメッセージと、北朝鮮の独裁体制打倒を宣言する民間団体「自由朝鮮」のロゴマークが合わせて落書きされたのだ。
地元メディアによると、この事件の犯行時刻は10日夜から11日未明までの間。
犯行グループは背の高い男4人組で野球帽をかぶり、覆面をしていたといい、地元警察が「器物損壊の疑い」で行方を追っている。
ネットでは映像も公開
この事件を巡っては、落書きされた大使館の映像が、フリージャーナリストによってネットで公開されている。映像では、落書きの一部が毛布などで隠され、大使館の関係者が撮影を止めさせようと注意する様子も映っていた。
現在は壁は全て塗り直され、落書きや青いスプレーで塗られた大使館の看板も元通りになっている。
この事件の衝撃を、北朝鮮に詳しい、龍谷大学社会学部の李相哲教授はこう分析する。
正男氏の息子を保護した団体が関与か
非常に驚きました。今までは北朝鮮の在外公館に対して、このようなある意味“攻撃”ということはなかった。(犯行は)金正男氏の息子を保護した団体に間違いないと思う。
金正男氏の息子、キム・ハンソル氏は正男氏が殺害された後、自由朝鮮の前身団体「千里馬(チョルリマ)民防衛」が保護している。「千里馬民防衛」は3月1日、「自由朝鮮」に名称を変更しており、李教授は今回の落書きも「自由朝鮮によるアピール行為とみられる」としている
2月には、スペインの首都・マドリードにある北朝鮮大使館も暴漢に襲撃されている。
地元紙は北朝鮮大使館員の話として、犯行グループの中に韓国語を話す人たちがいたと伝えている。
李教授はこの事件も自由朝鮮と関係が可能性が高いと指摘しており、「両方とも自由朝鮮がやったとすれば、こういう事件が活発化するのでは...」と話す。【FNN「プライムニュース イブニング」3月12日放送分より】
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これまで北朝鮮に関する反体制運については見聞きしていなかったので、2月のマドリードでの北朝鮮大使館襲撃事件にも驚きました。
****スペインの北朝鮮大使館で襲撃事件 情報機器奪われる****
スペインの首都マドリードにある北朝鮮大使館が先週、襲撃を受け、スペイン警察が捜査を開始したことが分かった。27日、スペイン各紙が報じた。館内のコンピューター機器が奪われた可能性があるという。
コンフィデンシャル紙(電子版)によると、事件が起きたのは22日。数人の男が大使館に押し入り、少なくとも4時間にわたって館員を縛り、館内を荒らした。女性の1人が外に逃げ出し、叫び声に気づいた住民が警察に通報した。
女性は北朝鮮籍で軽傷を負っており、通訳を介して警察の聴取を受けた。大使館は被害届を出していないという。
駐スペイン北朝鮮大使は2017年、北朝鮮によるミサイル発射や核実験の後、スペイン政府に国外退去を命じられている。【2月28日 産経】
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事件は2月22日に起きており、韓国の報道では前出「自由朝鮮」の関与が疑われています。
トランプ大統領との会談に臨んだ金正恩委員長も、こうした表立った反体制派の行動に相当に衝撃を受けていたのではないでしょうか。(一方のトランプ大統領は、アメリカ国内でのマイケル・コーエン氏の米下院監視委員会での証言が気が気ではなかったようですが)
“コンピューター機器が奪われた”ということが興味深いところで、今後、保存されていた非公開情報が暴露される・・・ということもあるのでは。
【謎の反体制組織「自由朝鮮」】
金正男(キム・ジョンナム)氏の息子・ハンソル氏ら家族3人をマカオから安全な場所に移したとして注目された「自由朝鮮」という組織は、多くはわかっていない“謎の組織”のようです。
*****「自由朝鮮」****
自由朝鮮は、北朝鮮の第2代最高指導者金正日の孫である金漢率の身柄を保護していると主張し、また同国からの密出国(脱北)を支援していると推定されている団体。
2019年3月に現最高指導者金正恩体制に抵抗するため臨時政府の樹立を宣言したが、全容は謎に包まれている。
かつては千里馬民防衛と名乗っており、報道機関によっては千里馬民間防衛の表記も見られた。(中略)
臨時政府の樹立
2019年2月25日、公式サイトにて今週中に重大発表があると宣言。三・一運動から100周年にあたる3月1日、公式サイトにて自由朝鮮と題した声明文を朝鮮語と英語で掲載し、『自由朝鮮のための宣言』と題した動画を公開。
団体名称を自由朝鮮と改めたことを明らかとするとともに、北朝鮮人民の唯一にして正当な代表者であるとして金正恩独裁体制の打倒を訴え、臨時政府の樹立を宣言した。
前日に金正恩とアメリカのドナルド・トランプ大統領がベトナムのハノイにて米朝首脳会談を行ったが物別れに終わり、アメリカによる経済制裁が解除されなかったことで金正恩の立場が苦しくなったタイミングを見越しての宣言だったとも推測されている。
組織の正体
脱北支援団体と見られているが公開されている情報が少なく、背後にある人物、組織も不明で、詳細な正体は明らかになっていない。
2019年には「我々は組織の一部分に過ぎない」というメッセージを発信している。
旧名称に使われていた千里馬という言葉は北朝鮮体制を象徴する言葉の一つであるが、団体が"Cheollima"との綴りを使っているのに対し、北朝鮮の朝鮮中央通信では"Chollima"と綴っているため、西側諸国が主導した団体か、別の目的で作られた団体ではないかとも指摘される。
このほか、韓国情報機関とのつながりがあるという憶測や、脱北を誘導する北朝鮮の団体という主張もある。韓国の民間団体と断言するメディアも存在する。欧州で活動する人権活動家は、メンバーは北朝鮮人であると証言している。(後略)【ウィキペディア】
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「臨時政府」の発足をウェブサイトで表明した「自由朝鮮」が発表した「自由朝鮮のための宣言文」は以下のとおりです。
****反金正恩体制の臨時政府を名乗り発表「自由朝鮮のための宣言文」****
(中略)
ここに朝鮮人民は、不道徳で違法な体制を次のように告発する。
食べさせる能力がありながら、数百万人を飢餓で苦しませた罪
政府主導の殺人と拷問、監禁の罪
息の根を締め上げる監視と思想統制の罪
階級による強姦と奴隷化、強制堕胎の罪
全世界で犯した政治的暗殺とテロ行為の罪
わが子供たちの強制労働と可能性抑圧の罪
殺傷破壊の目的による巨大な破壊力の現代兵器開発と流通、残虐行為に使用しようとする者たちと取引した罪
その他、混在した不法行為を犯した罪
半世紀が過ぎても、家族を人質として囚われている間、われわれはただ救いのみを渇望した。力があり裕福な国がわれわれの願いを無視したまま、むしろ苦しめる者どもの私利を満たし、彼らをより大胆にするのを目撃した。
南朝鮮の繁栄と発展の顕著な業績を見て、彼らが富国強盛の歴史を興す間、その裏に取り残された兄弟姉妹を忘れずにいることを願った。
しかし、解放はやって来なかった。
先祖と子孫の両方の要求を掲げよう。われわれの魂は、もはや待ってはならないと断言する。われわれも喜びと人間の尊厳、教育と健康そして安全を享受して当然ではないか?自由を要求する。ここに、われわれが耐え忍ぶべき運命と義務を自らに課す。(中略)
自由朝鮮の建立を宣言する。この臨時政府は、人権と人道主義を尊重する国家を建設するための根幹を立て、すべての女性と男性、児童の尊貴で明確な尊厳を尊重する。
この政府が北朝鮮の人民を代表する唯一の正当な組織であることを宣言する。(中略)
体制の中で、この宣言を聞く者よ、抑圧者に抵抗せよ。公然と挑んだり、静かに抵抗したりせよ。多くの者が加害者であり、被害者でもある。共に身を投じて、われわれを蝕み、われわれの子どもたちまでをも脅かす野蛮な体制を崩壊させなければならない。
この体制内での共謀は、おそらく抗い得ないものであっただろう。今だけが、国と(自分の)名前を取り戻す唯一の機会である。今まで行使した腐敗した権力に対する、愚かな首領神格化集団に対する、独創性と人間性を縛る広範かつ異常な束縛に対する、このすべての忠誠について、免罪されるだろう。われわれはもはや、被害者ではなく勝利者だ。
志を同じくするディアスポラ同志よ、革命に参加せよ。数千年の歴史、先祖の犠牲と数千万同胞の共有された遺産は、元いたところを取り戻せと泣き叫ぶ。偶然によらなければ、自由に生まれた同胞たちも奴隷となっていただろう。(中略)
この体制を正当化し、維持しようとする者どもよ、歴史は、選択が与えられたときにあなたがどの側に立っていたか記憶するだろう。
過去の独裁と抑圧の傷を持った国々よ、われわれと連帯することを要請する。われわれとあなたの自由のために。
理想を共にする全世界の仲間たちよ、過去にわれわれの痛みを知らなかったとしても、今日にでも知れば良いのだ。いかに助けるかを知らずに来たとしても、今日そのすべを知れば良いのだ。共に戦うことを求められたことがなかったのならば、今、人類のためにともに戦うことを求める。
愛する子どもたちが、さらに一世代も暗黒の中で生まれることを許さないだろう。朝鮮は自由でなければならず、自由になるだろう。立ち上がれ!立ち上がれ、奴隷になることを望まぬ人々よ!
恨(ハン)に満ちた歴史の輪を断ち切り、そこから新しい時代を宣言し、新らたな朝鮮のための道を準備する。だからこそ、わが民族の真の情で交わる、より公正で平等な社会を建設する目的と革命の誕生を宣言する。
自由朝鮮のために!【3月1日 デイリーNKジャパン】
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こういう檄文は人の心を高揚させますが、もちろん北朝鮮国内で保持が見つかれば即刻処刑でしょう。
ただ、現代情報化社会にあっては、完全に封じ込めるのも難しいかも。
米朝交渉が始まる前は、「斬首作戦」「半島有事」といった言葉が飛び交い、中朝関係も冷え込み、北朝鮮をめぐる情勢は極度に緊張していました。
金正恩委員長を排除したあとの新たな体制のリーダーとして、中国が実質的に保護しているとされたマレーシアで殺害された金正男氏の名前も挙がっていました。
米朝交渉がとん挫し、北朝鮮の核施設やミサイル発射に新たな動きも報じられるなかで、「斬首作戦」といった言葉も一部では復活しているようです。
そうした緊張が高まる方向に進んだ場合、上記「自由朝鮮」という反体制組織及び保護しているハンソル氏は改めてその存在が注目されることになるかも。