(イスラエル占領下のゴラン高原【3月12日 TRT】)
【国内の支持基盤をつなぎとめるねらい】
アメリカ・トランプ大統領が、エルサレム首都認定・大使館移転に続いて、戦略上も、また水源としても重要性を持つイスラエル「占領」下にあるゴラン高原に対するイスラエル主権を認める考えということで、イスラエル擁護の姿勢を更に加速させています。
****トランプ大統領 “ゴラン高原 イスラエルの主権を認める時”****
アメリカのトランプ大統領は、イスラエルが占領するゴラン高原について、イスラエルの主権を認める考えを明らかにしました。
来年の大統領選挙を見据え、国内の支持基盤をつなぎとめるねらいがあるとみられますが、シリアやイランが反発し緊張が高まる可能性もあります。
トランプ大統領は21日、ツイッターに「アメリカがゴラン高原でのイスラエルの主権を完全に認める時だ。ゴラン高原は、イスラエルと地域の安定にとって戦略上も安全保障上も非常に重要だ」と書き込み、ゴラン高原についてイスラエルの主権を認める考えを明らかにしました。
ゴラン高原はもともとシリアの領土ですが、1967年の第3次中東戦争で隣国イスラエルが占領しました。最近は、シリアのアサド政権を支援するイランが、ゴラン高原の周辺で軍事的な影響力を強めているとして、イスラエルがアメリカに、イスラエルの領土だと認めるよう働きかけ、トランプ大統領がその求めに応じた形です。
トランプ大統領は来週、イスラエルのネタニヤフ首相とワシントンで首脳会談を行う予定で、来年の大統領選挙を見据えイスラエル寄りの立場を鮮明にすることで、キリスト教福音派やユダヤ系のロビー団体など国内の支持基盤をつなぎとめるねらいもあるとみられます。
また、中東で影響力の拡大を図るイランの動きをけん制するねらいもありそうです。(中略)
イスラエル首相 “米大統領に感謝”
アメリカのトランプ大統領がイスラエルが占領するゴラン高原について、イスラエルの主権を認める考えを明らかにしたことについてイスラエルのネタニヤフ首相は早速謝意を表明しました。(中略)
イスラエルは敵対するイランがゴラン高原に隣接するシリア側で軍事拠点を築いたり、イスラエル側に向けてロケット弾を発射したりしているとみています。
このため、イスラエルは安全保障上の重要性が高まっているとして、アメリカに対して占領するゴラン高原の主権を認めるよう働きかけていました。(中略)
ゴラン高原周辺 緊張高まる事態も懸念
ゴラン高原はシリアの西部に位置し、広さは1800平方キロメートルと日本の大阪府ほどの面積です。
1967年の第3次中東戦争で隣国イスラエルがゴラン高原の大部分を占領し、その後も違法な占領を続けて1981年に併合しました。
国連安保理の決議はイスラエルの撤退を要求し、過去にはイスラエルとシリアの和平交渉の議題となった時期もありますが、交渉は頓挫したままです。
イスラエルの右派のネタニヤフ政権はゴラン高原は敵対するイランの勢力がいる地域と隣接し、安全保障上の重要性が高まっているとしてイスラエルの領土だという主張を強めていました。
ネタニヤフ首相は、今月11日、アメリカの上院議員をともなって現地を訪れ、「ゴラン高原は永遠にイスラエルの一部だ。国際社会とりわけ友好国のアメリカはイスラエル領だと認めてほしい」と述べるなど、トランプ政権への働きかけを強めていました。
こうした求めに応じてトランプ大統領がゴラン高原でのイスラエルの主権を認める考えを示したことで、敵対するシリアやイランが反発し、ゴラン高原の周辺で緊張が高まる事態も懸念されます。
去年5月には、トランプ政権がイラン核合意からの離脱を表明した直後に、ゴラン高原ではシリア側からロケット弾が飛来し、イスラエル軍との武力衝突に発展しています。【3月22日 NHK】
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【中東の緊張を高めるとの批判も ただ、サウジアラビアなどは黙認か】
当然ながら、シリアは反発していますが、シリアを支援するロシア・イランもアメリカの対応を批判しています。
****ゴラン高原「シリアに帰属」=イスラエル主権承認、米に批判****
シリアのアサド政権は22日、国営シリア・アラブ通信を通じて声明を出し、トランプ米大統領がゴラン高原に対するイスラエルの主権を認めたことについて、イスラエル寄りの「無分別な偏見だ」と強く非難した。
その上で、「ゴラン高原は現在も将来もシリアやアラブに帰属したままであるという現実」を変えることはできないと強調した。
声明は、イスラエルが1981年に占領地ゴラン高原の併合を一方的に宣言した直後、併合を無効とする国連安保理決議が米国を含む全会一致で採択されたことに言及。トランプ氏の判断は「国際的な法秩序を軽んじるものだ」と訴えた。
ロイター通信によると、ロシアは米国の政策転換について「単なる呼び掛けにとどまることを期待する」(ペスコフ大統領報道官)と表明。ゴラン高原の地位変更は国連決議違反になると訴えた。ロシアと共にシリア内戦でアサド政権を支えるイランは「違法で受け入れられない」と述べた。【3月22日 時事】
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別に、シリアおよびロシア・イランに限らず、上記にもある併合を無効とする国連安保理決議にみられるように、イスラエルのゴラン高原「占領」は違法であるというのが、西側世界を含めた“国際常識”でしたが、トランプ大統領にとっては、そんな“国際常識”よりは、キリスト教福音派やユダヤ系のロビー団体など国内の支持基盤をつなぎとめることの方が重要という“再選第一”ということのようです。
敢えてトランプ大統領の立場で言えば、「国際常識に従っているだけでは中東の安定やパレスチナ問題は全く進展していないではないか。事態を好転させるためにはイスラエルがこの地で果たしている現状を認めるところからスタートするしかない」ということでしょう。
そうした発想のもとでパレスチナ問題に関する「世紀の取引」もいずれ発表されるのでしょう。
ただ、イスラエルやトランプ大統領を含むイスラエル支持勢力にとっては「事態の好転」につながるものでしょうが、パレスチナ人やシリアにとっては権利を奪われる話にもなりますので、中東の安定に資するものかどうかは疑問があります。中東の混乱に火をつける危険もあります。
****米元中東特別代表 「ゴラン高原をイスラエルの領土と認定することは火遊びと同等」****
アメリカの元中東特別代表マーティン・インダイク氏が、占領下にあるゴラン高原をイスラエルの領土として認定するという取り組みは、火遊びと同等であると述べた。
インダイク氏は、ツイッター(Twitter)のアカウントから行った発表で、アメリカがイスラエルのゴラン高原併合を認定すれば、アメリカ政府が他の諸国家と共同で作成し、イスラエルも承認した国連決議第242号を侵害することになると警告した。
イスラエルが現在「安全上の懸念による」との理由でゴラン高原から撤退することはないだろうと述べたインダイク氏は、「気に入っても気に入らなくても、ゴラン高原はシリアの領土だ。イスラエルが自らのものではないゴラン高原を併合することを認定することは、政治的な目的にとっての火遊びである。どのアラブ諸国もそれを容認しない」と話した。(後略)【3月12日 TRT】
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ゴラン高原のイスラエル占領が容認されるなら、次はパレスチナのヨルダン川西岸地区を蚕食するユダヤ人入植地も・・・ということにもなります。
ただ、問題は「どのアラブ諸国もそれを容認しない」かどうかです。アラブ連盟はトランプ大統領の発表を非難しているようですが、「現状追認・イスラエル容認」姿勢を強めているサウジアラビアやエジプトとシリア・パレスチナ自治政府などでは温度差があるでしょう。
“一方で米国は、サウジアラビアやエジプトなど主要なアラブ諸国と友好関係を築いている。なかでもサウジなどは、対イラン政策でイスラエルとの関係を深めていることから、トランプ氏側には、アラブ側も結局はイスラエルのゴラン高原支配を黙認せざるを得ない-との計算もありそうだ。”【3月22日 産経】
このあたりが、トランプ大統領を強気にさせている背景でもあります。
【総選挙を控えて逆風下のネタニヤフ首相には追い風に】
今回のトランプ大統領発表の数日前から“予兆”は報じられていました。
****米政権、ゴラン高原をイスラエル「支配」に変更****
トランプ米政権が今月発表した年次報告書で、イスラエル占領下の要衝、ゴラン高原の表記を「イスラエル支配下」と変更したことが、4月9日のイスラエル総選挙で苦戦を強いられる右派、ネタニヤフ首相への側面支援ではないか−との見方が出ている。
ネタニヤフ氏はトランプ政権と緊密な関係にあり、19日から中東歴訪中のポンペオ米国務長官は、イスラエルではネタニヤフ氏と会談。
トランプ政権が近く、ゴラン高原へのイスラエルの主権を認め、ネタニヤフ氏が自身の外交成果としてアピールするとの観測もある。(中略9
一方、米国務省は今月中旬、各国の人権状況に関する年次報告書を発表し、ゴラン高原はイスラエルの「占領下」としてきた昨年までの表記を「支配下」と変更した。イスラエルは第3次中東戦争(1967年)で、シリアのゴラン高原を占領し81年に併合を宣言したものの、国際的には承認されていない。
国務省当局者は「(ゴラン高原の)地位に関する政策は変わっていない」としている。しかし、パレスチナ自治政府報道官は、新たな「米国のレッテル貼りだ」などと反発し、米国が、イスラエルによるヨルダン川西岸などの占領状態も追認するのではないかと警戒を強めている。
ネタニヤフ氏は今月、在米イスラエル・ロビー団体の会議への出席を名目にワシントンを訪れる予定だ。トランプ政権がその際にゴラン高原におけるイスラエルの主権を認め、選挙直前の「贈り物」(イスラエル有力紙ハアレツ)とするのでは−との見方もある。
トランプ政権は、パレスチナとの間で帰属が争われているエルサレムをイスラエルの首都と認定し、昨年、西部テルアビブにあった米大使館を移転。ゴラン高原でのイスラエルの主権を認めれば、ネタニヤフ氏への支持拡大につながる可能性もある。
イスラエルでは2月末、検察が同氏を収賄罪などで起訴する方針を表明したほか、ガンツ元軍参謀総長らの中道政党連合「青と白」が支持を集めるなど、ネタニヤフ氏には厳しい選挙戦となっている。【3月20日 産経】
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「占領」と「支配」という微妙な表現の変更ですが、表現が変更される裏には、何らかの実態面の変化がある・・・ということだったようです。
汚職問題の逆風を抱えるネタニヤフ首相も、ロシア疑惑などを抱えるトランプ大統領も、双方が国内支持固めに役立つウイン・ウインの「取引」ですが、繰り返しになりますが、そこにはシリアやパレスチナ人への配慮はありません。
イスラエルとアメリカ・トランプ政権の「蜜月」は、これまでの枠組みを超えるものになっています。
****米国務長官、嘆きの壁訪問 イスラエル首相が異例同行****
イスラエル訪問中のポンペオ米国務長官は21日、ネタニヤフ首相と共に、エルサレム旧市街のユダヤ教聖地「嘆きの壁」を訪れた。旧市街はイスラエルとパレスチナが帰属を争っており、米高官の訪問にイスラエル首相が同行するのは極めて異例。
イスラエルの主権を米国が認めることにつながるため、これまで米政府は同行を避けており、米CNNテレビは「外交上の伝統を破った」と報じた。
ポンペオ氏には親イスラエルの姿勢をアピールし、4月9日のイスラエル総選挙で苦戦しているネタニヤフ氏を「側面支援」する狙いがある。【3月22日 共同】
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「外交上の伝統を破った」というのは、トランプ大統領にとっては“ごく普通のこと”にもなっていますが、そのトランプ大統領のアメリカ国内での支持は底堅いものがある、再選という線も・・・という話をするつもりでしたが、いつものことながら“前置き”が長くなりすぎたので、そのあたりの“気の滅入る”鬱陶しい話は、また別機会に。