(米テキサス州オースティンの州議会議事前で、人工妊娠中絶に反対するメッセージを掲げて抗議する人々(2021年5月29日撮影)【9月2日 AFP】 当然のようにマスクは着用していません)
【米国民の関心事は新型コロナウイルスという見えざる敵】
これまでのブログでアメリカ・バイデン大統領がアフガニスタン撤退の混乱で批判にさらされている・・・ということを書いてきました。実際、多くの批判があるのは事実ですし、政権運営や支持率にも影響しています。
しかし、基本的にはアメリカ国内世論はアフガニスタンでの戦争継続は望んでおらず、撤退はそういう厭戦気分に沿うものであること、また、アフガニスタンにしろ北朝鮮にしろ、アメリカ人の多くは国外のこと、特にアジアの地域の出来事にはさしたる関心もないのが現実であり、バイデン大統領への批判は、混乱の幕切れの映像を見るにつけ「面白くない」と感じる・・・そういうレベルのものでしょう。
多くのアメリカ人がアフガニスタン以上に関心があるのは、目下のコロナ禍であり、またトランプ前政権以来深まった「分断」の争点でしょう。
****米国人の本音:アフガン撤退なんてどうでもいい!****
(中略)8月31日付のロサンゼルス・タイムズは一面の見出しでこう書きなぐった。
「Bitter end to U. S. longest war: Final pullout, one minute to midnight leaves aftertaste of defeat」(米国史上、最長の戦争の苦い幕切れ:ミッドナイト1分前のアフガン撤収は後味の悪い敗走)
バイデン氏が何と言おうとも、それがすべてだった。
だが、ドナルド・トランプ氏が今も大統領だったとしても同じような結果に終わっただろう。(中略)
米国民の8割は一日も早いアフガンからの米軍撤収を望んでいた。
本音を言えば、米軍が去った後アフガンがどうなるのか(アフガン女性がどうなるのか、米国式文化に染まった市民がどうなるかなど)米国民にとってはどうでもよかった。
ただ、米メディアはしばらくは、幕切れの後味の悪さをなじるだろう。(中略)
コロナとの共存を選んだ「苦渋の選択」
米国民の関心事は、7410マイル(1万1925キロ)も離れたアフガニスタンよりも直面している「内なる敵」だ。新型コロナウイルスという見えざる敵だ。
折しも9月から(早いところでは8月下旬から始まっている)大学や小学校、中学高校の授業が再開する。
感染状況が収まったからではない。コロナを撲滅するまで待てなくなったからだ。コロナとの共存を選んだ「苦渋の選択」だ。
8月31日現在、米国の新型コロナウイルス感染者数は3995万3651人、死者数は65万6482人。
コロナを抑え込めない以上、「唯一の防具」になるのはマスク着用とワクチン接種だ。
幸い、ワクチンを自力で開発し、大量生産できる米国にはワクチンはあり余っている。にもかかわらず、現状はまだまだ好転していない。
米国の8月31日現在の接種者数は、1億7345万人で全人口3億2820万人の53%(ちなみに日本の接種者数は5437万人で全人口1億2630万人の43%だ)。
州によって接種率には格差がある。
65歳以上の高齢者でワクチン必要回数を完了している者は、「ブルー・ステート(民主党支配州)のカリフォルニア州は99.9%だが、「レッド・ステート(共和党支配州)のミシシッピー州では86.7%。
18歳から64歳まではカリフォルニア州は78.7%、ミシシッピー州は49.8%。
18歳未満ではカリフォルニア州が22.1%、ミシシッピー州は10.8%。最低のアイダホ州(レッド・ステート)はなんと0.4%だ。
NBCテレビが8月24日に公表した世論調査では、接種率を性別、人種、居住地域、党派、宗教、学歴別に示している。
●性別 男性 67% 女性 71%
●人種 白人 66% 黒人 76% ラティーノ 71%
●居住地域 都市部 79% 都市郊外 67% 地方非都市部 52%
●宗教 白人エバンジェリカルズ 59%
●党派 民主党支持者 88% 共和党支持者 55% 無党派 60%
●2020年大統領選投票 トランプ 50% バイデン 91%
●学歴 大学卒以上 80% 非大学卒 60%
まさに「分裂国家」のパターンがワクチン接種率格差にそのまま表れているのだ。
バイデン氏のコロナ退治を妨害しているのは、トランプ支持者、非都市部居住者、「レッド・ステート」の知事、州議会、キリスト教福音主義のエバンジェリカルズ、最高学府教育には縁のない高卒未満の人たちということになる。
憲法修正第一条をタテに国家介入拒否
米国民ほど「国家の介入」を嫌う国民はない。連邦政府による強制性を拒否するのだ。
これは今回の新型コロナウイルス感染防止措置をめぐる論議に限らない。(中略)
今回、エバンジェリカルズがワクチン接種を拒否している法的根拠は、憲法修正第一条の「宗教の自由」にある。
参考:「アメリカ合衆国においてワクチン接種が拒否される理由」
コロナで死ぬのも神の摂理
宗教上の理由と政治的な理由をコラボレートすることで知事の座を守り、来年の知事選での再選を狙う政治家もいる。前述のミシシッピー州のテート・リーブズ知事(47)だ。
(中略)熱心なエバンジェリカルズで8月の支持者集会ではこう言ってのけた。
「ミシシッピー州はコロナ感染死者数が人口1人当たりでニューヨーク州を抜いた。死者数は8279人になった」
「皆さんは永遠の命を信じていらっしゃるはずだ。地球上での命というものは瞬間だ。だとすれば、何でそんなに(コロナによる死を)恐れるのか」
2020年来、公立学校でのマスク着用もワクチン接種の義務化も拒否し続けている。
地元紙の若手記者の一人G氏 (33)は筆者とのズーム対話でこう語る。「宗教を盾に妥協を拒むのは州知事もタリバンも共通しているよ」
保守派過激派指導者の「デスノート」
親トランプ派の右翼過激派組織「Qアノン」の指導者の一人、ロバート・D・スティール氏(69)がコロナウイルス感染症で8月中旬、他界した。
無論、ワクチン接種はせず、感染し、重症化した。死の直前まで「コロナ感染なんて嘘っぱちだ」と言い続けたという。
エバンジェリカルズ教会連合傘下の「ナショナル・レリジャス・ブロードキャスター」は、8月27日、副会長のダニエル・ダーリン氏を急遽、除名した。
MSNBCテレビの番組でエバンジェリカルズ信徒たちにワクチン接種を呼びかけたからだという。
身を守るためにワクチンを接種すべきだという声は、拒否派の牙城にもひたひたと迫っていることは確かなようだ。
ワクチン接種を拒否する知事がいるミシシッピー、テキサス、ノースカロライナ各州でも、郡市町村といった市民に身近なところでは知事に反旗を翻す自治体も出てきた。感染が拡大するなかで背に腹は代えられなくなってきたからだ。
バイデン大統領とナンシー・ペロシ下院議長ら民主党首脳は地元の民主党幹部を総動員して楔を打ち込む作戦のようだ。バイデン政権にとってのコロナ戦争とは、アフガン撤退作戦よりももっと複雑で厄介な作戦になっている。【9月2日 高濱 賛氏 JBpress】
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【学校でのマスク義務化めぐる対立】
コロナ関連のなかでも一番ホットな争点は学校でのマスク義務化をめぐるものです。
理念としては個人の自由と公共の利益の対立であり、政治的にはトランプ支持共和党勢力とリベラル民主党勢力の対立です。
****学校でのマスク義務化めぐり対立が激化、新学期迎え、米国****
新型コロナウイルスに感染して入院する子どもの数が過去最高を記録する中、米国のいくつかの州で学校でのマスク着用義務をめぐり激しい攻防が繰り広げられている。(中略)
テキサス州のグレッグ・アボット知事(共和党)は5月に行政命令を出し、学校を含むすべての公共の場におけるマスクの着用義務を禁止したが、州内の一部の学区はその命令に背いてマスクの着用を義務づけている。(中略)
テキサス州のほか、フロリダ州、オクラホマ州、アリゾナ州、サウスカロライナ州など、共和党の知事がいる各州でも状況は同じだ。8月に入ってから連日のように、マスク着用義務に関連した請願、抗議、提訴、教育委員会の会議、裁判所の命令などがあり、衝突は激化している。
法律や政治に関する多くの議論と同様、マスク着用義務をめぐる問題の核心は、個人の自由と公共の利益の対立にある。つまり、子どもにマスクなしで登校させることを望む保護者の権利は、死に至る可能性のある感染症から人々を守るために全員がマスクを着用することを望む生徒、教職員、家族の権利に優先するかどうかだ。
米カイザー・ファミリー財団(KFF)が11日に発表した調査結果によると、ワクチンを接種していない児童に、学校でのマスク着用を義務付けることを支持する保護者の割合は63%だが、この割合は支持政党によって明らかな差がある。マスク着用義務化を支持する保護者は、民主党支持者では88%、無党派層でも66%だが、共和党支持者ではわずか31%だった。
マスク着用義務化に反対する保護者の主張としては、マスクをしていれば感染しないと言える十分なデータがない、というもの以外にも、マスク着用によるニキビや、身体的な不快感、眼鏡が曇るなどのほか、相手の顔の下半分が見えないせいで心理的な問題が生じるおそれもあり、子どもにとって有害だというものもある。
状況を大きく変えたデルタ株
今、子どもたちの感染が増えているのは、デルタ株の感染力が強い上、子どもたちはワクチン接種を受けていないからだ、と米テキサス大学健康科学センターマクガバン医科大学院の小児感染症チーフで、チルドレンズ・メモリアル・ハーマン病院の内科医でもあるアンソニー・フローレス氏は言う。(中略)
保護者・学校・自治体と州政府が対立
現在、少なくとも5つの州で訴訟が行われている。テキサス州では、いくつかの郡や学区がアボット知事の命令に反してマスク着用を要求した。当初、テキサス州最高裁判所はアボット知事によるマスク義務化禁止令を支持したが、保護者が提起した一連の訴訟の1つにより、アボット知事のマスク義務化禁止令は差し止められ、学校でのマスク着用義務は今のところ維持されている。
訴訟以外にも州内の対立は激化しており、オースティン近郊では保護者が教師のマスクを引き剥がすという事件が起きている一方で、いくつかの学区では、マスクの着用を服装規定に追加することでアボット知事の命令を回避しようとしている。
学校でのマスク着用義務をめぐる対立には党派的な色合いが濃い。共和党の知事や議会は、公衆衛生当局による新型コロナウイルス対策の実施を制限する方向に動いている。
一方、学校でのマスクの着用を義務付けている14の州の知事はすべて民主党だ。また、マスクの着用義務を最も支持している保護者は黒人(83%)とヒスパニック系(76%)であり、新型コロナウイルスの感染・入院・死亡リスクが最も高い人々でもある。
バイデン政権は各州の教育政策に対してほとんど影響力を持たないが、ミゲル・カルドナ教育長官は8月中旬にフロリダ州のデサンティス知事とテキサス州のアボット知事に書簡を送り、マスク着用の義務化を拒んだことを非難した。
医師の襲撃事件も発生
テキサス州は、親が自分の子どもにマスクを着用させるかどうかを選択する権利は、ほかの親が自分の子どもの健康について抱く懸念よりも重要であると主張している。
アボット知事の広報担当のナン・トルソン氏はナショナル ジオグラフィックのメールでの取材に対し、「アボット知事は、『マスクの着用を義務付ける時期は終わった。今は各人が自己責任のもとで行動する時期だ』と明言しています」とコメントした。
「テキサス州民は、自分自身や大切な人を新型コロナウイルスから守るための安全な方法を学び、身につけているので、連邦政府に教えてもらう必要はありません。親には、自分の子の人生に関する様々な決定と同様に、マスクを着用させるかどうかを決める権利があります」
この主張の問題点は、たとえ室内にいるほかの人々がマスクをしていなくても、マスクを着用していればその人自身は自らの感染を適切に防げるという仮定にある。症状がなければマスクをする必要はないと言う人は、感染者が発症する前からウイルスを排出しはじめ、他人に感染させる可能性がある点を考慮していない、とフローレス氏は批判する。
それでも、公立学校の生徒を含むすべての人に、マスクを着用しない自由があるという主張は、学校でのマスク着用義務化に反対する少数派の親たちを煽り、テネシー州教育委員会の会議で発言した医師が襲撃されるという事件さえ発生した。
広報担当のトルソン氏はアボット知事の取り組みについて、すべての人々を守るためにワクチン接種を受けるように州民に働きかけていると説明する。さらにそれぞれの学区では、少人数でのグループ学習や、「校舎、教職員、生徒の衛生管理の強化」など、前年度の安全対策の多くが継続されるという。また、免疫力が低下している子どもにはバーチャル学習という選択肢があるというが、希望するすべての児童がそうした方法で学べるわけではない。
ある母親は言う。「私の娘はまれな遺伝病をもっていて、新型コロナに感染すれば死に至るおそれがあります。アボット知事は、娘のような基礎疾患のある子どもたちの死亡証明書に署名しているのです。彼は、何千人もの子どもとその家族の命を守ることができる、シンプルな布を拒絶しているのです」【9月1日 ナショナル ジオグラフィック日本版】
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共和党アボット・テキサス州知事は“ワクチン接種を受けるように州民に働きかけている”とのことですが、その本気度はどの程度のものでしょうか?
個人の自由を盾にワクチン接種を拒否する者が少なくないため、アメリカのワクチン接種率は頭打ち状態にありますが、その状況を打破する取り組みも。
“ついにペナルティー導入 米企業、ワクチン未接種者から毎月200ドル徴収”【8月26日 FNNプライムオンライン】
“NY・タイムズスクエアに観覧車登場 ワクチン接種者は無料に”【8月26日 FNNプライムオンライン】
“米イリノイ州、マスク着用義務再導入 学校でのワクチン接種も義務化”【8月27日 ロイター】
共和党知事のレッドステートであるアイダホ州では、状況の逼迫でワクチン接種促進へ本腰を入れています。
”米アイダホ州、感染急増で州兵動員 知事はワクチン接種呼び掛け”【9月1日 ロイター】
「何でそんなに(コロナによる死を)恐れるのか」と言うミシシッピー州のテート・リーブズ知事とは、温度差があるようです。
【テキサス州 実質的には全面的に中絶禁止へ 最高裁は差し止めず】
共和党アボット知事の・テキサス州が今注目を集めているのは、「分断」の「核心」でもある中絶問題。
****テキサス、6週以降の中絶禁止 「憲法上の権利侵害」とバイデン氏****
米テキサス州で1日、妊娠6週以降の人工中絶を禁止する法律が施行された。6週目では、まだ妊娠に気付かない女性も多い。ジョー・バイデン大統領は、憲法で保障されている権利を「はなはだしく侵害」するものだとして同法を批判した。
同法は今年5月、グレッグ・アボット州知事(共和党)による法案署名により成立。胎児の心拍が確認される時期である妊娠6週目以降の中絶を禁止するため、「心拍法」とも呼ばれている。
レイプや近親相姦(そうかん)による妊娠も例外とはならず、テキサスは中絶手術を受けることが全米で最も困難な州となる。同様の法案は、共和党が強い10以上の保守州でも可決されていたが、いずれも裁判所により差し止められ、施行には至っていなかった。
テキサスの新法が他州の法律と違う点として、検察や医療従事者をはじめとする州関係者だけでなく、一般市民が法順守を求めて提訴できることがある。市民には、中絶を行う医師や協力者を通報することが奨励される。
バイデン氏は声明で、1973年に連邦最高裁が女性の中絶の権利を認めた「ロー対ウェイド判決」に言及し、「この極端なテキサスの法律は、ロー対ウェイドで確立し、半世紀近くにわたり先例として維持されてきた憲法上の権利をはなはだしく侵害するものだ」と指摘。自身の政権は同判決で定められた権利を全力で守ると宣言した。
人権団体などは先月30日、連邦最高裁に対し同法の施行差し止めを求める緊急の申し立てを行っていたが、同裁は施行日までに判断を示さなかった。ただし、今後申し立てが認められる可能性はある。 【9月2日 AFP】
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****米最高裁、テキサス州の中絶禁止法の差し止め認めず****
実質的にほとんどの人工妊娠中絶を禁止する米テキサス州の州法をめぐり、連邦最高裁判所は2日、施行差し止めを求めた人権団体や中絶手術を提供する施設などによる緊急の申し立てを却下した。
1日に施行された州法をめぐっては、最高裁判事の間でも意見は割れ、9人中4人が差し止めを認める判断を下した。最高裁は、州法の合憲性については判断せず、「複雑かつ新しい手続き上の問題」の述べるにとどめた。【9月2日 AFP】
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トランプ前大統領が指名した判事3人は全員、同法の差し止めに反対したということで、トランプ前大統領の「成果」が効果を発揮しています。
レイプや近親相姦による妊娠も例外とはならず、テキサスは中絶手術を受けることが全米で最も困難な州となりますが、最高裁が1973年に連邦レベルで中絶を合憲とした判断を示して以降、こうした厳しい禁止措置が実施されるのは初めてとなります。
“ホワイトハウスのジェン・サキ報道官は記者会見で、バイデン氏は長く、ロー対ウェイド判決を連邦議会での投票で「成文法化」したいと考えてきたと説明。「(テキサス州法によって)そのために前進する必要性がさらに増した」と述べた。”【9月2日 BBC】とのことですが、実現性はどうでしょうか?