(【9月16日 CNN】CNNのインビューを受けるパキスタン・カーン首相)
【「戦略的縦深性(Strategic Depth)」と対米・タリバン「二股関係」】
アフガニスタンで権力を掌握したイスラム原理主義武装勢力タリバンを生み育て、支援してきたのが隣国パキスタン、特に軍の情報機関・三軍統合情報局(ISI)であったことは周知のところです。
ISIがタリバンを支援してきたのは、アフガニスタンに親インド政権が根付くのを嫌ったためと言われています。
そうしたこれまでの経緯からすれば、タリバンの勝利は、パキスタン・ISIの勝利だったとも言えます。
パキスタンのイムラン・カーン首相もタリバンの全土制圧を「隷属からの解放」と述べて歓迎しています。
****「戦略的縦深性(Strategic Depth)」を維持したパキスタンの勝利*****
タリバンの最高指導者だった故オマル師は元々、1980年代に旧ソ連軍のアフガン侵攻と戦うため、パキスタンのISIの訓練を受けた戦闘員だった。
1989年のソ連軍撤退後、アフガン内戦となり、オマル師は軍閥の1人として戦い、タリバンを結成。パキスタンの支援を得たタリバンは1996年、ほぼアフガン全土を制圧。それ以後もパキスタンは専門家を派遣して、軍事も経済もタリバン政権をテコ入れした。
2001年の米軍のアフガン攻撃で、オマル師と幹部らはパキスタンに事実上亡命し避難。ISI(パキスタン三軍統合情報局)はパキスタン国境地帯にインフラを整備して彼らを保護した。
タリバンはここを拠点に米国を中心とする有志国部隊への攻撃を徐々に強化、ISIはペルシャ湾岸諸国から寄金を集めて支援した。オマル師はその後、カラチで死亡したという。
大国インドを主敵とする縦長のパキスタンは「戦略的縦深性(Strategic Depth)」を国家存続の要としてきた。そのため、背後の隣国アフガンを同盟国とし、戦略的に奥行きを深くするという形で自国の安全保障強化を図ってきた。同時に、インドがアフガンとの関係を強化しないよう警戒してきた。
だからこの夏、タリバンが事実上パキスタンの支援を得て「電撃戦」のような形でアフガンのほぼ全土を制圧したことは、明らかにパキスタンの勝利だった。
パキスタンは米国から軍事援助を得るのと同時にタリバンを支援するという「二股関係」をひそかに続けた歴史があるのだ。
バイデン大統領がパキスタンのイムラン・カーン首相と会談することはなく、アントニー・ブリンケン国務長官が今回、イスラマバードを訪問せず、インドの首都ニューデリーやカタールを訪問した理由はまさにそこにある。
【9月28日 新潮社 Foresight「混沌のアフガン、秘密工作へ動く情報機関:テロの次の標的に中国も」】
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上記記事によれば、タリバンの全土制圧を受けて、各国諜報機関が目まぐるしい活動を見せています。当然ISIも。
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タリバンが全土をほぼ制圧した後の8月23日、最初にアフガンの首都カブールに乗り込んだのは米中央情報局(CIA)のウィリアム・バーンズ長官。2番手はパキスタン3軍統合情報局(ISI)長官のファイズ・ハミド中将だった。
バーンズ長官の会談相手は、その後副首相に就任した、タリバンの政治部門トップ、アブドル・ガニ・バラダル師だった。他方ハミド長官は9月4日、カブールでタリバン幹部と会談。11日にはイスラマバードに戻り、中国、ロシア、イラン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタンの情報機関トップと異例の会議を開催したと伝えられる。【同上】
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アメリカがパキスタンの“米国から軍事援助を得るのと同時にタリバンを支援する”という「二股関係」を(苦々しく思いながらも)許してきた理由は、アフガニスタンでの作戦遂行の上で補給路にあたるパキスタンの協力が不可欠だったことや、パキスタンが中国に更に接近するのを警戒したことなどがあると思われますが、それ以外にも水面下の複雑な事情があったのでは・・・とも推測されます。
ただ、どんな理由・事情があるにせよ、パキスタンのタリバン支援を断つことがアフガニスタンでの米軍勝利の最大の近道であることは素人的にも明白に思われましたが、それでもアメリカが多大な犠牲者をアフガニスタンで出しながら、結局パキスタンの「二股関係」を止めさせることができなかったというのは不思議なことです。
やはり「核保有国」にかけることができる圧力には限界があるということでしょうか。
いずれにしてもアメリカにとって、今後のアフガニスタン・タリバン統治の方向性に影響を与えるうえで、パキスタンが有するタリバンへの影響力は依然として重要になります。パキスタンは「我々のアフガニスタンへの影響力は低下している。もはやタリバンをコントロールできない」と繰り返してはいますが・・・
****米、対パキスタン関係を検証へ アフガンでの役割巡り=国務長官****
ブリンケン米国務長官は13日、数週間内に対パキスタン関係を検証し、アフガニスタンの将来においてパキスタンに果たしてほしい役割を明確化する考えを示した。
イスラム主義組織タリバンが先月、アフガニスタンを制圧し、米国が支援してきたアフガン政府が崩壊して以来初めての議会証言でブリンケン氏は、パキスタンには「数多くの関心事があり、一部は米国の関心事と対立している」と指摘、タリバン構成員をかくまっていることなどを挙げた。
議員にパキスタンとの関係を見直す時ではないかと問われ、ブリンケン氏は近く見直しを行うと表明。
「数日あるいは数週間内に検討する課題の1つになるだろう。パキスタンが過去20年間果たしてきた役割だけでなく、今後の数年に同国に果たして欲しい役割やどのようにすれば果たしてもらえるかについてを検証する」と述べた。
パキスタンはタリバンとのつながりが強く、20年続いたアフガン戦争ではタリバン側を支援したと批判されている。パキスタン側はこの見方を否定している。また、パキスタンとカタールはタリバンに最も強い影響力を持っていると見なされている。【9月14日 ロイター】
イスラム主義組織タリバンが先月、アフガニスタンを制圧し、米国が支援してきたアフガン政府が崩壊して以来初めての議会証言でブリンケン氏は、パキスタンには「数多くの関心事があり、一部は米国の関心事と対立している」と指摘、タリバン構成員をかくまっていることなどを挙げた。
議員にパキスタンとの関係を見直す時ではないかと問われ、ブリンケン氏は近く見直しを行うと表明。
「数日あるいは数週間内に検討する課題の1つになるだろう。パキスタンが過去20年間果たしてきた役割だけでなく、今後の数年に同国に果たして欲しい役割やどのようにすれば果たしてもらえるかについてを検証する」と述べた。
パキスタンはタリバンとのつながりが強く、20年続いたアフガン戦争ではタリバン側を支援したと批判されている。パキスタン側はこの見方を否定している。また、パキスタンとカタールはタリバンに最も強い影響力を持っていると見なされている。【9月14日 ロイター】
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「パキスタンとの関係を見直す時ではないか」という質問も奇妙です。何年も、十数年も前から、そのように言われて続けています。今更何を言っているのか・・・という感も。
【タリバン勝利でパキスタン国内イスラム主義勢力刺激の危険性】
パキスタンも、タリバン勝利を喜んでばかりはいられません。パキスタン国内にはタリバンと似たようなイスラム主義勢力「パキスタン・タリバン運動」(TTP)が存在していますが、パキスタン国軍はアフガニスタンのタリバンは支援する一方で、国内で反政府活動・テロを行うイスラム主義勢力に対しては厳しく武力針圧を試みてきました。
ひと頃は「テロ地獄」と言われるほど治安が悪かったパキスタンですが、2年半ほど前に観光でフンザ地方を訪れた際は、アフガニスタン国境も近いエリアまで観光目的で入れるほどに、ずいぶん治安も改善した様子でした。
しかし、タリバン勝利によって、再びパキスタン国内のイスラム主義勢力が刺激されることが推測されます。
****パキスタンのイスラム武装勢力指導者「タリバンとの強い関係願う」****
パキスタンのイスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動」(TTP)の最高指導者、ヌール・ワリ・メスード師が毎日新聞の取材に応じた。
メスード師は、隣国アフガニスタンでイスラム主義組織タリバンが20年ぶりに復権したことを歓迎し「両者の強い関係を願っている」と今後の連携強化に期待を示した。
パキスタン政府はタリバンの復権により、友好関係にあるTTPがさらに勢いづく可能性があるとして警戒を強めている。
TTPはパキスタン北西部やアフガンとの国境地帯を拠点とする複数の武装組織の連合体で、2007年に結成された。
12年には女子が教育を受けることの重要性を訴えたマララ・ユスフザイさんを銃撃。14年には北西部ペシャワルで学校を襲撃し、生徒ら150人以上が犠牲になった。マララさんは同年のノーベル平和賞を受賞した。
TTP、タリバンともに統治についてシャリア(イスラム法)の厳格な適用を掲げており、メスード師は「友好的で兄弟のような関係」だと表現。ただ、TTPはその活動をパキスタン内に限っているため「タリバン(の活動)に参加する機会はない」と述べ、共闘は否定した。
タリバンの今後について「彼らの莫大(ばくだい)な犠牲の見返りにアッラー(神)の支援があると思う。純粋なシャリアの首長国建設を心から願っている」と語った。一方でタリバンの復権がTTPの今後の戦略には影響しないと指摘。「その時々でパキスタン政府に対する攻撃は強化している」と述べた。
中国は巨大経済圏構想「一帯一路」の一環としてパキスタンでインフラなどの整備事業「中国パキスタン経済回廊」(CPEC)を進めているが、最近、これに携わる中国人らを標的にしたとみられるテロが頻発している。
TTPが関与したケースも少なくないが、メスード師は「中国に敵意はない」と主張。ただ中国政府や中国人に対し「パキスタンの陰謀や欺瞞(ぎまん)の餌食にならないことや、TTPとの戦争を始めないこと」を求めた。
メスード師は18年に最高指導者に就任し、一時は弱体化が伝えられたTTPの活動を再び活発化させた。(後略)【9月16日 毎日】
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なお、メスード師は「シャリアの価値観に反していなければ女子教育を支持」とも発言しています。
****タリバン再登場に戦慄するインド・パキスタン****
(中略)
今なおアフガンに影響力
パキスタンはかねてアフガニスタンを「兄弟国」と見なして付き合ってきた。
実際、タリバンのメンバーは、アフガニスタンにおける多数派であるパシュトゥーン人が主流。このパシュトゥーン人は隣国パキスタン西部のペシャワールやマルダンなどに幅広く居住している。平時においてはお互いの行き来も活発だった。
そしてパキスタンの貧困層や地方住民には景気悪化や汚職などに不満を強める人々が多く、程度の差こそあれタリバンへのシンパシーを抱いていることも無視できない。
アメリカとともにソ連のアフガン侵攻に対抗するためタリバンを支援したとされるパキスタンだが、同国の外交官らはかねて「我々のアフガンへの影響力は低下している。もはやタリバンをコントロールできない」と繰り返してきた。
だが、普通に考えればパキスタンの諜報機関である三軍統合情報部(ISI)は今なおタリバン、とりわけ最強硬派の「ハッカニ・ネットワーク」と何らかの接触を維持しているとみていいだろう。過去20年間、ISIはタリバンのリクルート活動などを黙認あるいは支援してきた、と言われている。パキスタンの手助けや見逃しがなければタリバンの「復活」はあり得なかった、という主張には一定の説得力がある。
旧ガニ政権を手厚く支援してきたインドにとって、タリバンのアフガン全土掌握は大きなダメージだ。これをもってパキスタンに「外交的勝利」が転がり込んできた、といえなくもない。
アフガニスタンはインドに対して大きな外交カードであり優位性となる。パキスタンのイムラン・カーン首相がタリバンの全土制圧を「隷属からの解放」と述べて歓迎した背景はこういう事情があるのだろう。
しかしタリバンの復権はパキスタンにも大きな副反応をもたらす。今後パキスタンがアフガン支援でタリバン寄りの姿勢を見せた場合には、陸軍基地の目と鼻の先でテロ組織アルカイダの頭領オサマ・ビン・ラーデンの潜伏を許すなど数々の失態を大目に見たうえ、借金まみれのパキスタンを見捨てずに付き合ってきた米国との関係が一気に悪化する恐れもある。
それでなくてもバイデン大統領はアフガン問題の重要ステークホルダーであるパキスタンのカーン首相に今なお会おうとしない。ユースフ・モイード国家安全保障顧問は8月上旬、この状況に不快感を示し「それならばパキスタンはほかの手段に訴える」と発言している。アフガン問題では今後協力しないぞ、という意味だろうか。
しかし、タリバンの台頭によってパキスタンの過激派が覚醒して再び政府に牙を剥く恐れもある。2014年に北西部ペシャワールで児童ら150人が犠牲となったテロなどをきっかけに同国陸軍は情け容赦ない過激派掃討作戦「ザルベ・アズブ(預言者ムハンマドの剣撃)」を断行、タリバン残党らも含む多くの武装勢力をアフガン側に追いやったが、彼らが再びパキスタンに舞い戻ってくる可能性もある。
パキスタン国内には、本家タリバンと緩やかに連携している「パキスタン・タリバン運動(TTP)」が跋扈する。ノーベル平和賞受賞者であるマララ・ユスフザイさんを襲撃したのも彼らの仕業だった。
パキスタン当局、特に軍はタリバンが再びテロ集団を迎え入れるなど暴走しないよう働きかける一方、指導部に対しては自国の過激派を扇動しないようくぎを刺しておく必要がある。(後略)【8月30日 日本経済研究センター】
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【カーン首相 タリバンに女性教育や多様性を求める】
タリバンの統治については、ISやアルカイダなどイスラム過激派の「温床」となる危険性のほか、女性の教育・就業の権利制限、民族・宗派による差別的政治などが懸念されるところですが、女性の教育に関しては、パキスタン・カーン首相も「女性の教育を禁じるのはイスラム教に反する」と語っています。
****女性の教育を禁じるのは「イスラム教に反する」 パキスタン首相インタビュー****
パキスタンのイムラン・カーン首相がBBCのインタビューに応じ、アフガニスタンで女性に教育を受けさせない動きがあることについて、イスラム教に反するとの考えを示した。
カーン首相はインタビューの中で、アフガニスタンのタリバン新政権をパキスタンが正式承認するために必要な条件も挙げた。
その1つとして、多様な人を受け入れ、人権を尊重する指導を求めた。
カーン氏はまた、パキスタンの治安を脅かすようなテロリストの居場所として、アフガニスタンが利用されてはならないと述べた。
女子生徒の教育をめぐって
タリバンは先週、中等教育の学校には男子生徒と男性教員だけが戻れるとし、女子生徒は除外した。
これについてカーン氏は、女子生徒も近く学校に行けるようになるはずだと、BBCのジョン・シンプソン記者に語った。
「タリバンが権力を握って以降の声明は、かなり希望を抱かせるものだ」
「タリバンは女子生徒についても、学校に行くのを認めるだろう」
「女性は教育を受けるべきではないという考えは、イスラム教にはない。宗教とは無関係だ」
判断には時間が必要
タリバンが8月にアフガニスタンで権力を掌握して以来、1900年代のタリバン政権時代に戻るのではないかとの不安が高まっている。当時はイスラム教の強硬派が、女性の権利を厳しく制限した。
タリバンは今回、女性の権利は「イスラム法の枠組みの中で」尊重されると説明している。
女子生徒は学校に戻れないとした先週の決定は、国際的な非難を浴びた。タリバンの広報担当はその後、女子生徒も「できるだけ早期に」教室に戻ると述べた。
ただ、その時期や、戻った場合にどのような形式で教育を受けられるのかは、まだはっきりしない。
カーン氏は、タリバンが正式承認のための条件をクリアすると思うかとの質問に、国際社会がタリバンに時間を与えることが必要だと繰り返し主張した。
カーン氏は、「何かを判断するにはまだ早すぎる」とし、アフガニスタンの女性はゆくゆくは「権利を主張」できるようになるだろうと述べた。
タリバン政権の承認は
パキスタンは、ジハーディスト(イスラム聖戦主義者)によるテロと戦ううえで、すべての国から強固な同盟国だとみなされているわけではない。アメリカなどの国々では、タリバンに支援を提供しているとして非難されてきた。パキスタンは支援を否定している。
アフガニスタンで計画された9/11攻撃の後は、パキスタンは「テロとの戦い」を推し進めるアメリカの同盟国になった。しかし同時に、パキスタンの軍と情報当局の一部は、タリバンなどのイスラム教組織との関係を維持した。
カーン氏は、タリバン政権を正式承認するかは、近隣諸国などと協議しながら決定すると述べた。
「すべての近隣国が集まり、事態がどう進むかを見ていく」
「タリバンを承認するかどうか、まとまって決めることになる」
内戦の恐れ
カーン氏はまた、タリバンに対し、多様な人を取り込んだ政府をつくるよう求めた。そして、それができなければ、アフガニスタンは内戦に陥る恐れがあるとの見方を示した。
「すべての派閥を取り入れなければ、遅かれ早かれ、内戦になるだろう」
「そうなれば、アフガニスタンは不安定で混迷状態となり、テロリストにとって理想的な場所となる。それが心配だ」
タリバンの広報担当は21日、アフガニスタンの男性のみでつくる内閣の残りの閣僚を発表した。
追加された閣僚には、保健相となった医師が含まれている。しかしアナリストらは新政府について、構成メンバーにはタリバン支持者が圧倒的に多く、少数派はほとんどいないと説明している。【9月22日 BBC】
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こうした考えをBBCにではなく、タリバン首脳に語ってもらいたいのですが・・・・。
もっとも、タリバンに影響力を持つのは、パキスタン政府・カーン首相ではなく国軍・ISIであり、カーン首相が何を言ってもさほど大きな影響はないのかも。