孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中国  腐敗粛清を進める習近平政権と党内の抵抗 “消えた習主席の右腕”と“中国版スノーデン”

2015-08-11 23:03:38 | 中国

(死刑ではなく無期懲役となった周永康・前共産党政治局常務委員 習近平政権の限界を指摘する向きも 写真はhttp://www.voachinese.com/content/zhou-yongkang-trial-20150615/2822624.html より)

腐敗摘発で権力基盤を固めたのか? 党内抵抗にあって不安定な立場か?】
習近平国家主席が主導する「虎もハエも叩く」という腐敗・汚職摘発(あるいは、それを利用した権力闘争)は、かつては「聖域」とも見られていた軍部に対しても行われています。

すでに、江沢民元国家主席と関係が深いとされるかつての軍の二人のトップが両者とも摘発されていますが、そうした軍幹部摘発のきっかけともなった人民解放軍総後勤部の元副部長に執行猶予付きの死刑判決が言い渡されました。

****<中国>軍元幹部の不正 過去最高の4000億円以上か****
中国国営新華社通信によると、中国軍の軍事法院(裁判所)は10日、贈収賄や公金横領、職権乱用などの罪で起訴された人民解放軍総後勤部の元副部長、谷俊山被告(58)に対し、執行猶予2年付きの死刑判決を言い渡した。

中国誌・財経によると、谷被告は200億元(約4000億円)以上の不正にかかわった疑いがあり、軍高官の汚職額としては過去最高額とみられる。

判決は、谷被告の全財産を没収、中将の階級も剥奪処分とした。2年間問題なく服役すれば無期懲役に減刑される。習近平指導部はこれまで「聖域」とされてきた軍首脳の徐才厚・前中央軍事委員会副主席(3月に病死、不起訴)と郭伯雄・前中央軍事委員会副主席(7月に党籍剥奪と刑事責任追及が決定)を相次いで摘発し、軍内の汚職摘発を進めている。

谷被告は2012年2月に解任され、捜査機関が14年1月に河南省濮陽市の自宅を捜索した際、純金の毛沢東像などトラック4台分が押収された。谷被告の摘発は軍での腐敗摘発の始まりと位置づけられている。

中国国防省は公式ホームページで判決理由について「収賄、公金横領の金額が巨大であり、贈賄による職権乱用が深刻であるため」と説明。その上で執行猶予付きとしたのは「谷被告が他人の犯罪行為を明らかにし、調査で事実と確認されるという重大な功績を考慮した」とした。

中国メディアによると、谷被告は徐、郭両氏に自身の昇進の見返りに多額の賄賂を贈ったとされており、谷被告に死刑判決が下されたことで、郭前副主席にも重い判決が出ると予想される

徐、郭の両氏とも江沢民元国家主席の後押しで軍首脳に抜てきされたとされる制服組トップ。その2人に賄賂を贈ったとされる谷被告の重罰は、軍内に多く残るといわれる江派切り崩しの足がかりになるとみられている。【8月10日 毎日】
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徐才厚・郭伯雄という軍トップや谷俊山被告らの摘発は、巨大な既得権益機構と化した軍をより機能的な近代的軍にする改革の一環であると同時に、バックに控える江沢民元主席の勢力との権力闘争でもあります。

今回判決については、“中国メディアの報道によれば、谷氏の収賄総額は200億元(4千億円)に達している。中国の裁判で、汚職金額が1億元(約20億円)を超えれば死刑判決が下されるのが相場といわれており、谷氏への猶予付き判決は「温情」の印象もある。共産党関係者は「谷氏は取り調べに対し、上司だった徐才厚、郭伯雄の2人の前軍事委員会副主席(いずれも失脚)の汚職について供述したことで当局との司法取引が成立している」との見方を示した。”【8月11日 産経】とも。

“汚職金額が1億元(約20億円)を超えれば死刑判決が下されるのが相場”とは言うものの、元最高指導部メンバーで「最大のトラ」と位置づけられていた周永康・前共産党政治局常務委員の場合、周一族の不正蓄財の金額は1000億元(2兆円)にのぼるとも言われていましたが、「約1億3千万元(約26億円)相当の金品」の収賄という“少額”のみが認定される形で、唐突に無期懲役で「幕引き」がなされています。

周永康氏のケースでは、江沢民元主席など党内の抵抗で死刑にはできなかった・・・との見方もあります。

一連の党・軍幹部に対する腐敗摘発については、これにより習近平主席が抵抗勢力を封じ込め、江沢民氏や胡錦濤氏の影響力を排除し、その権力基盤を固めつつあるとの見方と、党・軍内部には摘発に対する不満から“不穏な空気”が漂い、党長老などの抵抗によって習近平主席の思うようには進展しておらず、習主席の立場は危険なものとなっているという見方・・・相反するふたつの見方があります。

中国政治の歴史は、文化大革命での走資派失脚、林彪副主席の逃亡・墜落死、4人組の支配と失脚、天安門事件をめぐる党内対立等々、権力闘争の歴史でもありますが、中国共産党内部、中南海で繰り広げられる権力闘争の実態は外部の人間にはよくわかりません。

中国では、河北省の避暑地・北戴河で党長老も交えて毎年行われる非公式会議が、現在開催されていると言われています。非公式ながら、党の方針・方向を実質的に左右する極めて影響力が大きい会議です。

その時期に合わせたような、興味深いコラムが人民日報に掲載されたそうです。

****長老政治」けん制=党機関紙コラムに波紋―中国****
中国共産党機関紙・人民日報は、政界を引退した長老指導者が政治に介入することをけん制したコラムを掲載した。コラムは「不在其位、不謀其政(その職になければ、政治を行うな)」を「常態」にすべきだと主張。

習近平国家主席らは河北省の避暑地・北戴河で現在、長老も交えて夏恒例の非公式会議を開催中とされ、このタイミングでの党機関紙の文章に波紋が広がっている。

10日付の「理論面」に掲載されたコラムは「長年、われわれの党の多くの指導幹部は引退以降、正しく地位の変化に向き合い、新指導部に介入・干渉せず、度量の広さと高尚な感情を体現して皆の尊敬を集めた」と指摘。

その一方で「一部の指導幹部は在職中から腹心を配置し、院政を敷く条件をつくり、引退後も元のポストの重要問題から手を引こうとしない」と苦言を呈した。

その上で「こうした現象は新たな指導者を板挟みにし、大胆かつ自由な仕事を展開できなくし、その職場では低俗な気風が盛んになるばかりか、派閥が乱立して人心が緩み、正常な仕事の展開を困難にして党組織の団結力や戦闘力を弱めてしまう」と危機感を訴えた。

反腐敗闘争を続ける習指導部は、周永康・前党中央政法委員会書記など、江沢民元国家主席の腹心らを相次ぎ摘発。共産党筋によると、追及を緩めない習主席らに江氏一派は強く反発し、双方の対立が深まっているとされる。

今回のコラム掲載の背景には、江氏らの動きをけん制する習氏の狙いがあるとの見方が強い。【8月11日 時事】
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【“消えた”習主席の右腕
習近平主席の進める汚職摘発の今後に大きな影響をもたらす二人の人物が、今注目を集めています。

一人目は、習近平主席の「虎もハエも叩く」反腐敗運動を実質的に担ってきた王岐山・党中央規律検査委員会書記ですが、この反腐敗運動の中心人物の姿が最近見えないことが話題となっています。

****不穏な中国 “消えた”習主席の右腕 江沢民派が巻き返し工作との報道も・・・****
習近平政権下の中国が不穏な空気に包まれている。
腐敗官僚の撲滅を目指す「反腐敗運動」を主導する王岐山・党中央規律検査委員会書記が6月から公の場に姿を見せていないのだ。

王氏をめぐっては、北京五輪絡みの金銭スキャンダルや、米メディアが報じた米金融大手との癒着疑惑が浮上。
死刑を免れた周永康・前党政治局常務委員の大甘処分への批判もくすぶっているだけに、一部で「王氏の周囲で異変が起きているのでは」との憶測を呼んでいる。(中略)

王氏をめぐっては、6月に北京で行われた会議に出席した姿が報じられたが、その後の動きは明らかになっていない。

恨みを買いやすいポジションだけに、これまでも隠密行動を取る傾向にあったが、今回は少し事情が違う。背景にあるのは、反腐敗運動の停滞と王氏の身にふりかかったスキャンダルだ。

「注目を集めていた周永康氏の判決が期待外れに終わった。それ以降、反腐敗運動においては目立った成果を挙げられていない。加えて王氏自身にも複数のスキャンダルが噴出した。それだけに『失脚したか、権力闘争に敗れた可能性がある』との見方が出ている」(「太子党」関係者)

王氏は、2008年の北京五輪の開発プロジェクトに関する汚職への関与が疑われているほか、米紙ウォールストリート・ジャーナルなどが報じた米金融大手JPモルガン・チェースとの癒着疑惑が浮上している。

この影響で、5月に予定されていた訪米を取りやめたともいわれる。習政権の「キーマン」に何が起きているのか。

中国事情に詳しい評論家の宮崎正弘氏は、「反腐敗運動の先頭に立ってきた王氏は周囲からかなりの敵意を向けられている。2年前に宿泊先のホテルが放火されるなど、これまで暗殺未遂が9件あったといわれている。そのため常に神出鬼没で、しばらく動静がないからといって大騒ぎすることはない」と指摘しながらも、こう続ける。

「反腐敗運動が行き詰まっているとはいえ、習氏が自分の右腕である王氏を見限ることは考えにくい。ただ、香港では、反腐敗運動の最大ターゲットといわれる江沢民元国家主席が勢力を盛り返しているとの報道が絶えない。江氏が、胡錦濤前国家主席率いる『団派(中国共産主義青年団)』と組んで習政権に反撃を仕掛けるとの見方もある。政情が極めて不安定なのは間違いない」

現・元最高幹部らが一堂に会し、重要人事や政策について話し合う非公式会合「北戴河会議」が開幕したとの情報もあるが、この場に王氏が姿を見せるかが焦点になりそうだ。【8月7日 夕刊フジ】
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習近平主席もかつて、国家主席就任前の2012年9月に雲隠れし話題になったことがあります。
このときは、厳しい権力闘争があったとも言われています。

王岐山氏はこれまでも雲隠れすることがあり、暗殺を避けるためとも、極秘捜査のためとも言われていました。
今回の場合は・・・どうでしょうか?

万一、右腕の王岐山氏失脚ということになると、習近平主席の権力にも黄信号がともります。

アメリカから「習王」を脅す令計画氏実弟
注目される二人目は、胡錦濤前国家主席の最側近で昨年12月に失脚した大物政治家、令計画氏の実弟で、アメリカに亡命している令完成氏。

“共産党政権を揺るがす国家機密約2700点を持ち出し、粛清を進める習近平政権に対し揺さぶりをかけているとも報道。米中央情報局(CIA)元職員のスノーデン容疑者による機密暴露の「中国版」に発展しかねない情勢だ。”【8月11日 夕刊フジ】

****<中国>令計画氏弟、米渡航 機密持ち出しで引き渡し要求****
胡錦濤前国家主席の側近でありながら失脚した令計画・前共産党中央統一戦線工作部長(58)の弟で元国営新華社通信記者の令完成氏(57)が米国に亡命した疑いが濃厚になった。

中国指導部を揺るがす機密を持ち出したともいわれており、9月の習近平国家主席の訪米を前に米中間の関係の新たな懸案に発展する可能性がある。

米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は3日、複数の米当局者の話として、中国が米国に対して完成氏の引き渡しを求めていると伝えた。兄計画氏は党中央弁公庁主任という指導部の機密情報が集まるポストを担当した重要人物。「中国にとり、これまでで最も打撃の大きい亡命の一つ」になる可能性があると同紙は報じている。

令家は5人兄妹で、事故死した長男から「方針」「政策」「路線」「計画」「完成」と共産党の文献によくみられる言葉の名前で知られる高官一族だ。

だが、7月に計画氏の党籍剥奪と逮捕が決まったのと前後して次々と一族の汚職などが追及されている。中国メディアによると、完成氏にも関連会社が上場前株式を不正取得した疑いがかけられ、米国に逃れたという。
米カリフォルニア州に約250万ドル(約3億円)で購入したと報じられた豪邸の写真も流れている。

中国公安省は昨年から「キツネ狩り」と称して海外逃亡幹部の摘発キャンペーンを展開中。今年4月には党中央規律検査委員会が逃亡幹部100人の写真や実名、身分証明書番号などをウェブサイト上で一斉公開した。

しかし、米中間では身柄引き渡し条約が結ばれておらず、中国は米国に対して幹部の容疑を個別に示し、引き渡しを求めている。

中国は容疑者の身柄引き渡しを含む司法協力を米国と進めたい考えだ。ワシントンで6月に行われた米中戦略・経済対話では、中国で来年開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議で、習指導部が取り組む腐敗防止に向けた国際協力を進める方針も確認された。

しかし、米国側は現段階では完成氏の引き渡しに応じない姿勢を示しているとされ、中国側は習主席訪米の際の首脳合意に司法協力を盛り込み、完成氏の引き渡しにつなげたい考えとみられている。【8月10日 毎日】
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“令完成氏は、中国指導者の海外での不正蓄財に関する機密資料など計2700点を計画氏から託されたとの情報がある。完成氏は一族に重い判決を下せば、これらの情報を公開すると中国当局を脅しているという。”【8月11日 夕刊フジ】

「中国版スノーデン」でもある令完成氏の引き渡しを巡る米中間の綱引きもありますが、アメリカが引き渡しに応じない限り、習近平政権は令完成氏の“脅迫”で、新たな動きがとれない状況にもあるとも指摘されています。

****江沢民派軍閥の復活****
七月下旬、習近平は北戴河会議を前に三つの動きをとった。ひとつは反腐敗運動で摘発した「新四人組」の最後の一人、令計画・元党中央弁公庁主任の処分だ。党中央紀律検査委員会が党籍剝奪処分を決定し、身柄を検察に引き渡して裁判が始まった。(中略)

令計画の処分は習近平にとってリスクの高い判断だった。

令計画の罪状の中に習近平政権に反対する政治陰謀を意味するとされる「政治規則違反」と、党中央政治局の保管する機密文書持ち出しを意味する「機密窃取」があることからも明らかなように、令計画は習近平と王岐山・党中央紀律検査委書記に関する機密文書を弟の実業家、令完成に渡したという。

令完成は移住先の米国から「習王」を脅してきた。王岐山は北戴河会議前に令完成を帰国させようとしたが拒否された。

この裏のいきさつを踏まえると、令計画の処分は、反腐敗運動の矛を収めるための布石とみるべきだろう。

習近平が令計画を断罪して党内体制を固めたかのような報道は正しくない。令完成が米国にいるかぎり、江沢民派はもう習近平、王岐山を恐れる理由がないのだ。(後略)【選択 8月号】
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17日で89歳になる江沢民元主席ですが、死ぬまで権力を手放さないようです。

「令完成氏の機密資料は習近平政権にとって大きな爆弾のようなものだ。対応を誤れば大きな不祥事になりかねない」(中国共産党関係者)【8月9日 産経】

“消えた”王岐山氏にしても、“中国版スノーデン氏”の令完成氏にしても、興味は尽きない話ではありますが、真相はよくわかりません。
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内戦が続くイエメン情勢  軍事介入でサウジアラビアの財政事情悪化 原油価格動向とロシアの対応

2015-08-10 23:22:16 | 中東情勢

(WTI原油先物の推移 http://chartpark.com/wti.html )

イエメン:反攻に転じたサウジアラビア支援の政府軍 しかし、内戦は継続
中東アラビア半島の先端に位置するイエメンでは、1月下旬にイランの支援を受けるとされるシーア派系反政府武装勢力「フーシ」が首都サヌアを掌握し、ハディ暫定大統領はサウジアラビアへ脱出。

その後3月末には、ハディ暫定大統領・政府軍を支援するサウジアラビアなどスンニ派湾岸諸国が空爆を開始し、イランとサウジアラビアの代理戦争とも評されるフーシ派と政府軍の内戦が続いています。

3月27日ブログ「イエメン イラン・サウジアラビアの宗派間代理戦争の様相 対岸ジブチには自衛隊拠点」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150327
4月1日ブログ「イエメン 完全崩壊の瀬戸際」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150401

アメリカとISの対決の場となっているシリア・イラクほどは国際的関心も高くなく、日本のメディアによる情報も多くないのですが、内戦は今も続いており、戦闘で国際的食糧支援も十分には行えず、食糧不足・水不足による人道的危機も進行しています。

また、無政府状態のなかで、アルカイダ系イスラム過激派の勢力も拡大しています。

戦局の方は7月中旬、サウジアラビアの空爆支援によってハディ暫定大統領派(政府軍)が南部の重要港湾都市アデンの奪還に成功して反攻に出ています。

****イエメン暫定大統領派、国際空港を奪還 初の大きな戦果****
イエメンのアブドラボ・マンスール・ハディ暫定大統領派の武装勢力は14日、サウジアラビアが主導する連合軍の支援を受け、同国第2の都市アデンの国際空港を奪還した。ハディ氏が今年3月にサウジアラビアのリヤドに逃れた後としては初の大きな軍事的成果だ。

アデンの軍事筋によるとハディ暫定大統領派はサウジアラビア主導の連合軍から高性能の武器を提供され、サウジアラビア国内で訓練を受けたイエメン軍の兵士たちがハディ側の戦闘員と共に戦ったという。反体制派は今年3月25日に空港を掌握していた。

イランが支援しているとみられているイスラム教シーア派系反政府武装勢力は、イランが欧米など6か国と核開発をめぐる歴史的な合意に達した中で撤退した。

イスラム教スンニ派の中心的な国であるサウジアラビアは、南隣の貧困国イエメンへのイランの影響力に深刻な懸念を抱いている。

14日はアデンにあるイエメン最大の製油所がロケット弾を撃ち込まれて炎上したが、情報が混乱しており、どの勢力が発射したロケット弾だったのかは分かっていない。

国連の潘基文(バン・キムン)事務総長は、先週末から始まる予定だった6日間の停戦が実現しなかったことに失望感を表明した。

イエメンの人道的状況を最も深刻な「レベル3」としている国連によると、イエメンの人口の80%以上に当たる2110万人以上が支援を必要としており、約1300万人が食糧不足、約940万人が水へのアクセス困難に直面している。今年3月下旬以降に戦闘で死亡した人は3200人を超え、そのおよそ半数が民間人だという。

そんな状況にありながらアフリカ大陸北東部の「アフリカの角」と呼ばれる地域からイエメンへの難民の流入は続いている。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、その人数は今年だけで3万7000人に上り、およそ3分の1は連合軍の空爆開始後にイエメンに来た人たちだという。【7月15日 AFP】
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情報が少なく定かではありませんが、その後もハディ暫定大統領派が攻勢を強め、南部をほぼ制圧したようです。

****イエメン情勢****
イエメンでは基本的に南部諸県は政府軍、抵抗勢力の手中に墜ちた模様で、今後はタエズの攻防と、サナア以北の攻防に移ることになりそうです。(後略)【8月10日 野口雅昭氏 「中東の窓」】
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ただ、シーア派系反政府武装勢力「フーシ」はサウジアラビア国境に近い北部を基盤とする勢力ですので、戦いが北上すればフーシ派の抵抗も強まるとも思われます。

野口雅昭氏は、「恐らくは主要な部族がどちらにつくかで、趨勢が決まるような気がしています。」とも指摘しています。

イエメン泥沼化はサウジアラビア財政に大きな負担
深まる人道危機は大きな問題ですし、イランとサウジアラビアの力関係も国際的には問題となりますが、イエメン情勢はサウジアラビアにとって大きな負担にもなっているようです。

歳入の80%を石油産業に頼るサウジアラビアにとって昨年来の原油価格下落は歳入減少に直結しますが、一方でイエメン介入、シリア・イラクでの対IS空爆で軍事予算は17%増加し、今年の財政赤字は国内総生産(GDP)の20%相当額に達するとみられています。

このためサウジアラビアは、低迷する原油価格を引き上げる方向に方針転換したようですが、なかなかそれも難しいのでは・・・との指摘もあります。

原油価格は、WTI原油先物で見ると、昨年6月には1バレル=105ドルを超える水準にありましたが、6月末から急落し、今年に入ると40ドル台にまで下落しました。

その後、今年3月後半から持ち直し、5月、6月は60ドル付近までに回復しましたが、6月末から再び下落、現在は44ドル付近での推移となっています。

昨年来の原油価格下落は、アメリカのシェールオイル増産による供給量増大、これに脅威を感じたサウジアラビアが価格維持のための減産ではなく、むしろ増産によって価格を押し下げコストが割高なシェールオイルの市場からの撤退を狙う戦略に出ていることが背景にあると指摘されていました。

2014年末、サウジアラビアのヌアイミ石油鉱物資源相は「原油価格が1バレル=20ドルまで下落してもOPEC(石油輸出国機構)は原油生産を減らさないだろう」と発言して話題となったこともあります。

ここにきて、世界最大の原油輸出国であるサウジアラビアは、イエメン紛争への介入で財政的に苦しいこともあって、生産量を減らして価格引き上げを図る方向に方針転換することを明らかにしてはいます。

しかし、現実的にはサウジアラビアの減産、価格回復は難しいのではないか・・・と見られているようです。

****空手形」になりそうなサウジアラビアの減産表明****
2015年7月30日付のウォール・ストリート・ジャーナルは、「サウジ、秋以降の原油減産を計画=関係筋」と伝えた。

世界最大の原油輸出国であるサウジアラビアは、過去最高水準にある生産量を早ければ9月に引き下げる見通しであることを明らかにした。

減産は足元の水準から約20万~30万バレルと小規模だが、「原油価格が1バレル=20ドルまで下がっても減産しない」(ヌアイミ石油鉱物資源相)という2014年12月の方針を転換することになる。

しかし原油市場はこの報道にまったく反応しなかった。「OPECの7月の原油生産量が過去最高水準に達した」(7月31日付ロイター)ことが伝えられ、サウジアラビアをはじめとする主要加盟国が市場シェアを重視する戦略を堅持していることが明らかだからである。

財政が逼迫化しているサウジアラビア
サウジアラビアの減産観測が出てきた背景には、非OPEC諸国の減産を狙った“OPECの「耐久」戦略”が、OPEC加盟国に対しても深刻なダメージを与えていることがある。

アラブ首長国連邦(UAE)は、サウジアラビアとともにOPEC加盟国の中で原油生産コストが低いとされているが、IMF(国際通貨基金)は「UAEの財政収支は2009年以来の赤字に転落する」と予測している。

原油価格急落で厳しい状況にある財政を改善するため、UAE政府はやむなくガソリンなどに対する政府の補助金(年間約70億ドル)を削減することを決定した。UAEのガソリン価格は西欧諸国の3分の1以下と世界で最低水準となっている。今年8月から24%の大幅値上げとなるため、国内で不満が高まることは確実である。

だが、サウジアラビアもUAE以上に財政が逼迫化している。今年7月に40億ドルの国債を発行したサウジアラビアはさらに270億ドル規模の国債発行を検討している(8月6日付フィナンシャルタイムズ)。3月からイエメンでの軍事行動を続けているからだ。

日本ではサウジアラビアのイエメンでの軍事行動がほとんど報道されなくなったが、状況は泥沼化しつつある。(中略)
このまま膠着状態が続けば、開戦当初から懸念されていたサウジアラビアとイエメンの間での「地上戦」が生ずることになる。サルマン国王は、自らの「危険な賭け」に勝利するため、より多くの資金が必要となることは間違いない。

サウジアラビアの原油生産量を決める要因は海外にもある。米国のシェールオイルよりも、ロシアが強力なライバルになりつつあるのだ。

8月3日付日本経済新聞は「ロシア産原油が相場の攪乱要因」と報じた。ロシアはソ連崩壊後で最高水準の原油生産量に達している。

ロシアの油田は生産コストが低い上、ルーブル安による輸出価格の低下で競争力が増しているからだ。今年6月から2カ月間に過去3年間で最大の規模となる460万バレルの原油を米国に輸出するなど、輸出攻勢を強めている。

実はロシアの増産攻勢の背景には苦しい台所事情がある。8月4日付日本経済新聞は「ロシア・ルーブルが弱含み、原油安受け再び下げ加速」と伝えている。

ロシア・ルーブルは2014年12月に1ドル=78ルーブルの過去最安値を付けて以降持ち直していたが、最近の原油安を受けて同60ルーブル近辺と約5カ月ぶりの安値圏で推移している。

「ロシアのGDPは9%低下する可能性」(IMF)があるため、国内経済支援の原資を稼ぐために増産せざるをえない。サウジアラビアをはじめとするOPEC諸国が減産すればロシアが利するだけである。

以上のような状況を勘案すれば、サウジアラビアの減産表明は残念ながら「空手形」となる可能性が高い。(後略)【8月10日 藤和彦氏 JB Press】
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オイルショック以前は「セブン・シスターズ」とも言われた国際石油資本が、またオイルショック当時はサウジアラビアなどのOPEC諸国が、原油価格を決定する支配力を有しているとも言われていました。

しかし、その後の原油価格の動向を見ると、OPEC以外の供給国も多い中で、たとえサウジアラビアのような巨大産油国であっても、基本的には需要と供給のバランスによる市場の決定に従わざるを得ないのが実際の姿であることを示しているようです。

今後、イラン制裁が解除されれば、イランからの原油供給も増加します。

武器を買い集めているサウジアラビア(インドに次ぐ、世界第2位の武器輸入国)ではありますが、地上戦を行う覚悟があるかは疑問です。(ただ、「フーシ派」の方がサウジアラビアへの越境攻撃を強めることはあるかも)

ただ、地上戦はともかく、“金持ち国”サウジアラビアにしてもイエメン紛争の泥沼化は大きな負担となってきているようです。

経済悪化を原油輸出で切り抜けたいロシア
原油価格動向に関連して、ロシアの対応も注目されます。

原油頼みのロシア経済は原油価格下落で厳しい状況にありますが、プーチン大統領の強気路線を直ちに変えるほどでなないにしても、「ロシアのGDPは9%低下する可能性」(IMF)となるとやはり深刻です。

アメリカへの原油輸出を増やしているというのは興味深い話ですが、そうなると、ロシアとしてはアメリカとの決定的な対立は避けねばなりません。

ウクライナ東部が小競り合いは続いているものの、このところは「凍った」状態に留め置かれていること、イラン核問題でロシアが意外なほどに欧米と協調したこと、あるいは、昨日ブログでも取り上げたシリアの塩素ガス問題に関する安保理協議で今のところロシアがアメリカと協調していること・・・・等々の背景には、もしかすると原油輸出を増やしたいロシアの台所事情があるのかも。
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シリア  全土支配をあきらめたアサド政権 「国家分断」も現実味を増す

2015-08-09 22:32:21 | 中東情勢

(米情報機関は、イスラム過激派戦闘員や反政府勢力がシリア政府の主要拠点の奪還を試みる場合、こうした拠点を守るための最終的な取り組みとして、アサド政権が化学兵器を大規模に使用する可能性が高いとみている。米当局者が明らかにした。【6月29日 WSJ】)

昨日ブログでもアメリカのIS対策の側面からとりあげたシリアですが、すでに犠牲者数は24万人を超えているそうです。

****内戦の死者、24万人超える=シリア****
在英のシリア人権監視団は6日の声明で、2011年3月に民主化要求運動が激化して以降のシリアでの衝突や内戦による死者数が5日時点で24万人を超えたと明らかにした。うち7万人以上が女性や子供ら一般市民とされる。 【8月7日 時事】
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更に、負傷者は100万人以上。
また、400万人が母国を逃れて難民になっているほか、何百万人という市民がシリアの国境地帯に避難しています。

死傷者だけでなく、政府や各種組織によって拉致・拘束される者の数も21万人を超えているようです。

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シリア人権網によれば、シリア人民は内戦での命の危険と合わせて、集団逮捕、誘拐等の危険に直面しているが、集団逮捕をする組織としては、政府、IS,反政府軍、クルド組織等各種の組織があるが、人権網によれば逮捕されているシリア人民の数は21万5千名を超えた由。その99%は政府による逮捕の由。【8月9日 野口雅昭氏 「中東の窓」】
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シリアでは、これまでも取り上げてきたように、アサド政権政府軍、イスラム国(IS)、アルカイダ系のヌスラ戦線、その他イスラム過激派組織、欧米の支援する“穏健な”反政府勢力、更にクルド人勢力、アサド政府軍を支援する隣国レバノンのヒズボラなどが入り乱れて戦い、これらの勢力をアメリカ、イラン、サウジアラビア、トルコなど関係国がそれぞれの思惑で直接・間接に支援・牽制するという複雑な様相を呈しています。

国土を焦土と化し、国民に壊滅的犠牲を強いながらも、各勢力・関係国の思惑・利害により戦いが続いています。

内戦も長期にわたると、各勢力とも兵員の確保が死活的に重要となります。
米軍主導の空爆作戦で数千人の戦闘員が死亡したとみられるISですが、新規メンバーを国内外から集め、2万~3万人とされる勢力を維持しています。

ISなどにとっては、いかにメディアに注目されるかが、メンバー獲得のカギとなります。
メディアの注目を集めるには大規模テロが一番・・・ということのようです。

****ISIS、大規模作戦に重点か アルカイダ系組織に対抗****
ISISが大規模攻撃の準備を進めているのではないかとの見方が一部で出ている

過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」が最近、大規模テロの実行を目指して戦力強化を図っている可能性があることが9日までに分かった。米情報当局高官がCNNに語った。

ISISは今まで単独犯や小集団によるテロ攻撃に重点を置いてきたとされ、大規模作戦重視の動きが事実とすれば大きな方針転換となる。

これに対してイエメンを拠点とする国際テロ組織アルカイダ系武装勢力「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」は、多数の犠牲者を出す大規模テロをより重視し、実行能力も備えている。

ISISの動きの背景には、メンバー勧誘やメディアからの注目をめぐり、AQAPとの競争が激化している事情があるとみられる。

一方でAQAPが最近、単独行動でのテロを促す幹部の発言をインターネット上に流したのも、ISISとの競争を意識した動きのひとつと考えられる。

ISISの戦闘員は現在、2万~3万人とされる。米軍主導の空爆作戦で数千人の戦闘員が死亡したとみられるが、空爆開始前と同規模の合計人数を維持してきた。

米軍はISISのシリア進攻に対抗するため、同国の反体制派を対象に軍事訓練を実施している。だが国防総省当局者らがCNNに語ったところによると、訓練を受けたメンバーのうちすでに半数が、脱走したり過激派に襲撃されたりして行方不明になった。

当局者らは、反体制派支援の方法を変更せざるを得ないとの認識を示す。

しかし米ホワイトハウスのアーネスト報道官は7日の記者会見で、ISISの支配地は縮小していると強調。「イラクでの活動範囲は昨年夏から約30%減、シリア北部でも1万7000平方キロ以上の支配地を失っている」と強調した。【8月9日 CNN】
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イスラム過激派の世界も、メンバー獲得競争が厳しいようです。

兵員不足に悩むのはアサド政権側も同じですが、ISのように国外から集めるという訳にもいかず、支配領域を限定せざるを得ないほど事態は深刻になりつつあるようです。

****ISとの戦いで窮地、アサド「兵が足りない*****
シリアの独裁者、バシャル・アサド大統領は1年ぶりの演説で、内戦のために兵は不足し、広範な国土も失った、と異例の訴えをした。演説は先週末、政府要人を集めた首都ダマスカスで行われ、テレビでも中継された。

それでもアサドは戦いには勝利すると宣言。シリア軍が一部地域の放棄を余儀なくされたのは、他のより重要な支配地域を死守するためだったと述べた。既に国土の国土の75%を失った、という報道もある。

「ある土地を守り抜くためには、そこに兵力を集中して他の土地を諦めざるを得ない場合もある」とアサドは言う。「人材が不足している......軍に必要なものは何でも調達できるが、兵士だけはどうにもならない」

今年3月で5年目に突入したシリア内戦は、もともとはアサドの政府軍と反政府軍との武力衝突から始まったが、そこへテロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)が入ってきた。シリアの国土の約半分は現在、ISISの支配下にある。

ISISに支配された地域のなかにはトルコ国境に近いイドリブや古都パルミラ、ラッカなどが含まれる。ラッカは現在、ISISの事実上の首都になっている。

アサドは内戦の政治的な解決を支持すると言いつつ、それがテロの一掃を前提としたものでなければ「空っぽで無意味だ」と、暗にISISや反政府軍の掃討を条件に匂わせた。

兵士には給与増額と1日1回の温かい食事を約束
かつてシリア軍には30万人の兵士がいたが、この内戦で約8万人が殺されたという。脱走や徴兵忌避も兵士不足の一因だと、独立系テレビ局のアルジャジーラは報じている。

シリア軍は先月、若者たちに対して兵役に就くよう呼びかけ、前線部隊には給与を増額するとともに1日最低1回は温かい食事を出すと約束した、とAP通信は伝えている。

シリア内戦ではこれまで、推定で23万人が死に、100万人以上が負傷した。400万人が母国を逃れて難民になっているほか、何百万人という市民がシリアの国境地帯に避難している。

シリア情勢は、最近トルコが対ISIS戦争に参戦したことで、一層複雑化している。【7月28日 Newsweek】
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“1日最低1回は温かい食事を出すと約束”というのも、切実な感があります。

こうしたアサド政権側の窮状もあって、今春以降、IS、少数民族クルド人が勢力を拡大し、また、ヌスラ戦線を核とする反政府勢力の共闘などで、政権側は次第に追い詰められてきています。

アサド大統領が国土の一部を事実上放棄する姿勢を示したことで、国家分断が加速する可能性も出てきています。
各勢力とも、分断を睨んでの陣取り合戦の様相も。

アサド大統領が頼みとするのはアラウィ派住民の居住地域ですが、そのアラウィ派の中心都市で大統領親族の不祥事が住民の反発を招いています。

****シリア大統領親族が将校射殺、追い越し運転の報復で****
シリアのバッシャール・アサド大統領のいとこの息子が6日、同国西部沿岸のラタキアの路上で運転をめぐるトラブルから空軍将校を射殺した。在英の非政府組織(NGO)、シリア人権監視団が7日、明らかにした。

同監視団のラミ・アブドル・ラフマン代表によると6日夜、ラタキアの道路で車を運転していたアサド大統領のいとこの息子、スレイマン・アサド氏は、十字路でハサン・シーク大佐の車に追い越されたことに腹を立て、大佐の車を追いかけ前方に回り込んで停止させると、車から降りて大佐を撃ったという。

ラタキアはシリアでは少数派のイスラム教アラウィ派の中心地。アサド大統領の一族はアラウィ派だが、スレイマン・アサド氏が逮捕されていないことに怒りが高まっており、同氏に対する刑罰を求める声が上がっている。

シリア人権監視団は拠点を英国に置きながら、内戦状態のシリア各地に情報源を持つ。【8月8日 AFP】
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詳しい事情は知りませんが、こんな不祥事を放置していては、アサド大統領は逃げ込む場所もなくしてしまいかねません。

政府軍はこれまでも、たる爆弾や塩素ガスなどを使った、なりふり構わぬ攻撃も行っていると報じられています。
追い詰められると、更にそうしたことが増えることも懸念されます。
化学兵器にあたる塩素ガスは国連安保理でも問題となっています。

****<シリア内戦>化学兵器使用者を特定…国連、調査機構設立へ****
国連安全保障理事会は7日、内戦が続くシリアで塩素ガスを含む化学兵器を使用した者を特定するため、国連と化学兵器禁止機関(OPCW)による合同調査機構を設立する決議を全会一致で採択した。

化学兵器の使用の抑止や、使用者の将来の訴追も視野に置いた措置だ。
草案作成ではシリア対応で激しく対立してきた米国とロシアが協力しており、今後、内戦の政治的解決に向けた国際的取り組みの加速が期待される。

決議によると、採択から20日以内に国連事務総長とOPCW事務局長が合同調査機構の構成を安保理に提案。安保理の承認を受けて発足する。

化学兵器を使用したり、攻撃を支援したりした個人や組織、政府機関の特定をし、90日以内に最初の報告を行うとしている。また、シリア政府や反体制派など国内の全ての関係者に対し調査に協力するよう強く求めている。

潘基文(バン・キムン)国連事務総長は決議について「(化学兵器の)使用は許容されないとの強い集団的メッセージを送る」と評価した。

米国のパワー国連大使は、決議の採択で安保理各国が示した一体性を、シリア危機の政治的解決に向けても示す必要があると強調。

ロシアのチュルキン国連大使は決議での米露協力を「非常に重要だ」と歓迎、デミストゥーラ国連事務総長特別代表が提案するシリア各派の協議についても近く前向きの動きがあるとの認識を示した。

OPCWや国連の調査では、シリア内戦では神経ガスのサリンや塩素ガスの使用が確認されている。アサド政権は、サリンの原料など化学兵器の原料の廃棄に応じ、2014年に廃棄が完了した。

しかし、ヘリコプターから投下される塩素ガス爆弾の使用は現在も続いており、米英などは航空機の使用を独占するアサド政権の関与を主張し、批判している。

一方で、アサド政権は使用を否定。過激派組織「イスラム国」(IS)が毒ガス弾を使用したとの報道も出ている。【8月8日 毎日】
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イラン核問題協議でもロシアはアメリカとの協力姿勢を見せましたが、今回の塩素ガス問題でも米ロ協調を演出しています。

ただ、今後調査が行われる“誰が塩素ガスを使っているのか・・・”という肝心の点については、アサド政権を犯人とするアメリカに対し、ロシアはこれまで犯人はわからないとする立場であり、今後のロシアの対応が注目されます。

アサド政権を一貫して支援してきたロシアですが、劣勢になりつつあるアサド政権を見限るのか、あるいは、「言うことをきかないと・・・・」といった形で、アサド政権への影響力強化を狙った対応なのか・・・。

今後のアサド政権支援という点では、核問題合意で制裁解除に向けて動き出したイランがどこまで政権支援にかかわるのか・・・ということもあります。

シリアにしろ、イラクにしろ、各勢力が入り乱れ、単独では全土の支配権を獲得できないとなると、「国家分断」という話も現実味を増してきます。

“シリア各派の協議についても近く前向きの動きがある”とはいうものの、話がまとまる可能性はあまり期待できません。

ただ、どういう形で分断するかは関係国の更なる対立・介入を招きますので、出口はまだまだ遠いとしか言いようがありません。
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空爆開始から1年 イラク・シリアで難航するアメリカのIS対策

2015-08-08 22:48:23 | アメリカ

(「イスラム国(IS)」の活動領域 【7月7日 THE PAGE】)

【「米国と有志各国が最後は勝利する」・・・か?】
アメリカは去年8月、過激派組織「イスラム国(IS)」に対して、2011年にイラクから撤退して以来となる空爆をイラクで開始し、8日で1年となります。翌9月にはシリアでの空爆にも踏み切っています。

****対「イスラム国」、成果強調=空爆開始から1年―米****
アーネスト米大統領報道官は7日、過激派組織「イスラム国」に対する空爆開始から1年の節目を翌日に控え、同組織打倒に向け「大きな進展があった」と成果を強調した。米軍によれば、掃討作戦でこれまでに同組織の戦闘員数千人、幹部数十人を「排除」したという。

アーネスト氏は記者会見で、米軍主導の有志連合による空爆は6000回を超え、同組織が自由に行動できる地域は昨夏に比べ約3割減ったと指摘。
「作戦には時間がかかり、この先後退もあるだろうが、米国と有志各国が最後は勝利する」と力を込めた。【8月8日 時事】 
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この間のアメリカの空爆支援を受けて、クルド人勢力が今年1月、トルコ国境地帯にあるシリア北部の戦略的な要衝、アイン・アルアラブからISを撤退させたほか、2月にはイラク北部の都市キルクークからISを撃退しました。
また、イラク政府軍も4月、北部の主要都市ティクリットの奪還に成功しました。

しかし、ISは5月、イラク西部アンバール県の中心都市ラマディやシリア中部のパルミラを制圧したほか、アイン・アルアラブでも6月下旬、再び攻撃を仕掛けるなど攻勢を強めていて、対ISの軍事作戦は一進一退の状況が続いています。【8月8日 NHKより】

シリア・イラクでの戦況はよくわからないことが多いのですが、アメリカが協調するほどは進展していない・・・という感があります。

イラク:懸念されるシーア派民兵の「民族浄化」】
イラク政府軍の戦闘能力に疑問があるなかで、イラクでの戦いの主力となっているのはシーア派民兵です。

****地上部隊の鍵握るシーア派の民兵****
イラクでは、ISとの激しい地上戦を繰り広げる部隊の主力を占めているのがイスラム教シーア派の民兵たちです。

去年6月、北部のイラク第2の都市モスルが陥落したあと、シーア派の最高権威シスターニ師が宗教令を出して義勇兵を呼びかけ、「人民動員隊」と呼ばれる組織が発足しました。

「人民動員隊」には、イラクの有力なシーア派民兵の組織が参加し、イラクの正規軍を上回る数万人から十数万人の戦力とされています。

イラク首相府は、「人民動員隊」が軍の傘下にあることを強調していますが、実態としては、シーア派の民兵組織がそれぞれの思惑で行動しているものとみられます。

戦闘員を送り出すため、イラク全土で「人民動員隊」の訓練が行われ、40日間、武器の扱い方やISが潜んでいるという想定で民家を襲撃したり、車に爆発物が仕掛けられていないか調べたりする訓練を繰り返します。

最高権威のシスターニ師は、夏休みの期間中、中学生や高校生にも準備をしておくよう呼びかけたため、10代の子どもたちも訓練に参加しています。

戦場で「人民動員隊」が使う武器は、イラク軍やシーア派の隣国イランから提供されたロシア製の武器など古いものが多く、ISがイラク軍などから奪ったアメリカ製の最新の武器と比べると、劣勢の感は否めません。

ISとの戦闘で、シーア派の民兵の犠牲者は増える一方で、南部のバスラでは町じゅうに戦死者を「殉教者」とたたえる横断幕や看板が掲げられています。

今後、アメリカ軍などの有志連合と、シーア派の民兵組織との連携が、軍事作戦上、重要なカギとなりますが、シーア派の民兵組織は、イランの影響を強く受けているうえ、イラク戦争のあと、イラクを占領したアメリカ軍と戦ったことなどから、アメリカに対する不信感が強く、対ISで共闘できるかどうかは予断を許さない状況です。【8月8日 NHK】
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イラン核開発問題が一応の合意に達したことを受けて、制裁解除でイランの資金余力が増加し、この地域へのイランのシーア派支援が更に強まることも予想されています。

サウジアラビアなどのスンニ派諸国やイスラエルが懸念するイランの影響力拡大という問題はともかく、一番の問題はイランの支援を受けるシーア派民兵が行っているとされる、スンニ派住民に対する「民族浄化」にも例えられるような行為です。

****シーア派民兵が進める「民族浄化****
・・・・国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は今春発表した報告書で、「民兵組織は何をしても罰せられないように見える。彼らが行く所、死屍累々である」とし、シーア派部隊が残虐さでイスラム国と全く変わらないことを指摘した。裁判なしの処刑、イスラム国に協力したと見られる容疑者への残酷な拷問などは、他の国際人権団体も記録している。

だが、最も深刻なのは、「イスラム国掃討に名を借りた、スンニ派住民の強制追放」(イラクのスンニ派政治家)が体系的に行われていることだ。これにより、かつてのスンニ派地域がシーア派地域へと塗り替えられ、「民族浄化が進んでいる」(同)のだ。

ディヤーラ県では、国際機関の調べで、人口の二割近い二十一万人が、過去一年余りで家を追われた。
昨夏以降、イスラム国掃討の名目でシーア派が県内に入り込み、今年初めにシーア派が「奪還」を宣言した後は、スンニ派追放が急ピッチで進んだ。

サダム・フセイン政権時代には、スンニ派アラブ人が過半数を占めていたが、追放後の空き家に、シーア派アラブ人が大量移住し、人口比ではスンニ派を逆転してしまった。

対イスラム国戦争は「偽の戦い」
同様の事態は、バグダッドの周辺各地で起きている。イスラム国が「占領」した後、シーア派民兵が「奪還」し、その後、スンニ派住民を追放していくのである。

バグダッド南方のジュルフ・サハル市は、フセイン政権時代には軍事施設があり、スンニ派の拠点都市だった。スンニ派は人口八万のうち七万人を占めていた。昨年十月、シーア派が「奪還」を宣言した後に、悲劇が起きた。

この二カ月後に同市に入ったニューヨーク・タイムズ紙の記者は、シーア派が「約七万人のスンニ派住民を追放した」上で、「最低八~十カ月間、帰還を禁じた」と伝えた。スンニ派住民がどうなったのかは不明だ。成人男性が家族から切り離され、その後は姿を消したという不気味な情報もある。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と関係機関は、最新報告で国内避難民が三百万人超、国外に逃れた難民および亡命申請者数が約五十万人としている。このうち、どのくらいが実際にイスラム国の脅威から逃れたのか、またはシーア派に追放されたのかは、明確な区別がない。

ただ、国内避難民の数が、アンバル県などスンニ派多数派の県でけた外れに多いのは事実。
イスラム国が入っていないバグダッドで、新たに六万人もの国内避難民が生まれている。

現在イラクを襲う人道危機は、イスラム国とシーア派民兵の共同作業と見るべきだろう。

イスラム国とシーア派は、そもそも「まともな戦闘をしていない」という指摘もある。ブッシュ前政権下で外交安保を担当したルイス・リビーは最近のウォール・ストリート・ジャーナル紙への寄稿の中で、対イスラム国戦争を「偽の戦い」と形容し、イスラム国とイランが「互いにとって一番便利な敵」として、正面衝突を避けていると喝破した。イランは核開発と中東地図の塗り替えに、イスラム国は支配地域拡大に、「ともに時間を稼いでいる」のだと言う。(中略)

イラク政府とシーア派民兵は、モスルとアンバル県を次の標的と見据えている。どちらもスンニ派が多数派。特にアンバル県は、イスラム国急成長のジャンプ台になった地域で、反米・反イラン感情が強いだけに、シーア派のスンニ派弾圧は、凄惨なものになることが懸念される。(後略)【選択 8月号】
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ISと「まともな戦闘をしていない」、ISと持ちつ持たれつの関係にあるとの指摘は、シリアのアサド政権についても言われています。
ISと敵対しているはずのシーア派民兵やアサド政権が、ISとの戦闘を名目に、それぞれの思惑に沿った利益確保に励んでいるという構図です。

もちろん、ISの残虐ぶりも相変わらずです。
シーア派民兵に問題はあっても、アメリカとしてはその問題に歯止めをかけつつ共同でISに対応せざるを得ないというところです。

****IS、昨年6月以降モスル周辺で2070人処刑 イラク****
イラク当局は7日、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)が、同組織が昨年6月以来支配する同国北部の都市モスルとその周辺で、これまでに2070人を処刑したと発表した。(中略)

情報筋によると、リストに記載された人々はISにより「イスラムの教えを歪める考えを広めようとした」罪に問われたという。(中略)

処刑された人々のリストには、警察官や元軍士官、地元当局者、弁護士、ジャーナリスト、医師、権利活動家などが含まれている他、女性の名前も多く記載されていた。【8月8日 AFP】
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シリア:反政府勢力の訓練・・・・60人 しかも拘束 さらにアサド政権との直接戦闘の危険も
イラクでは、「民族浄化」的な宗派利益を前面に押し出した行為はあるにしても、また、イランの影響力が拡大するという問題はあるにしても、シーア派民兵という強力な地上戦力が存在しますが、シリアでは反政府勢力の戦闘能力はISなどには対抗しえない状況にあると見られています。

そのシリアでは、アメリカは反政府勢力の訓練を行い、ISと戦う地上部隊として育成しようとしていますが、うまくいっていません。

****米軍の地上部隊訓練は難航****
ISに対する軍事作戦として、アメリカは、イラクで政府軍の訓練を続けているほか、内戦が続くシリアについては、ことしの5月以降、反政府勢力の軍事訓練に乗り出しています。

このうち、シリアの反政府勢力の訓練について、アメリカ政府は、1年間で5000人余りをISと戦う地上部隊として育成し、給与のほか、武器も提供して戦闘地域に送る計画です。

NHKの取材に応じた反政府勢力の関係者によりますと、訓練にあたって、アメリカ軍は、過激な思想に影響を受けていないかをうそ発見器なども使って審査したうえで戦闘員を選び、シリアの隣国のトルコやヨルダンで自動小銃や迫撃砲などを使った訓練を行っているということです。

しかし、シリアの内戦への介入を避けたいアメリカ側は反政府勢力に対し、「戦闘の相手はあくまでISで、アサド政権に対して武器を使ってはいけない」などの条件をつけたということです。

このため、もともとアサド政権の打倒を目的としている反政府勢力の中には訓練への参加を拒む戦闘員が相次いでいるということです。

7月はじめの時点で訓練を受けた戦闘員は僅か60人ほどで、しかもそのうちシリアに入った一部のグループが先月末ISとは別の過激派組織に拘束される事態となり、訓練の計画は難しい状況に直面しています。

反政府勢力の幹部の1人は、「独裁的なアサド政権の打倒とIS壊滅を同時に進めるべきで、そうでなければアメリカの訓練計画は失敗に終わるだろう」と述べています。【8月8日 NHK】
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わずか60人で、しかも、その一部(5人)がアルカイダ系の「ヌスラ戦線」に拘束された・・・・ということで、その実効性は疑問視されています。

更に、この米軍の訓練を受けたシリア反体制派を支援するための空爆で、アメリカはアサド政権との直接的な戦闘に巻き込まれる危険性も出てきています。

****シリア反体制派に空爆支援=アサド政権の介入容認せず―米****
米国防総省のデービス報道部長は3日、米軍の訓練を受けたシリア反体制派に「防御火力支援」を提供すると述べ、アサド政権を含む全ての敵対勢力から守るため空爆支援を行う方針を明らかにした。アーネスト米大統領報道官も、反体制派保護で「新たな措置を講じる用意がある」と語った。

米軍は、戦いの対象をアサド政権ではなく過激派組織「イスラム国」に限定するとの条件に同意した者だけに訓練を施しており、シリア政府軍との戦闘発生の可能性は低いとみている。

ただ、訓練を受けた反体制派が偶発的にシリア政府軍と交戦し、米軍が戦闘に引き込まれる恐れは残る。

アーネスト氏は記者会見で、米政府は「イスラム国」掃討に介入しないようシリア政府に勧告してきたと指摘し、「今後も忠告を守るよう促す」とアサド政権をけん制した。【8月4日 時事】
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トルコの“協力”は?】
なかなか思いどおりにいかないなかで、アメリカは、トルコ・エルドアン政権のクルド人勢力攻撃を事実上黙認する一方で、トルコの対IS戦闘への協力を取り付けました。

****トルコ南部の基地利用開始=米軍****
米国防総省のデービス報道部長は3日、記者団に対し、武装した米無人機が先週末、トルコ南部のインジルリク空軍基地を飛び立ち、過激派組織「イスラム国」掃討作戦に参加したと明らかにした。空爆は行っていない。

武装した米軍機によるインジルリク基地の利用は、同組織掃討での連携強化に向けた米・トルコ間の合意に盛られた新たな措置の一つ。

米軍はトルコとの最終調整を経て、同基地を拠点に有人・無人機双方を使って主にシリア領内で同組織に攻撃を加えていく方針だ。【8月4日 時事】 
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****トルコ外相、対IS戦闘開始は「まもなく****
トルコのメブリュト・チャブシオール外相は5日、マレーシアで米国のジョン・ケリー国務長官と会談した際、記者団に対し、トルコがシリア北部でイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」に対する戦闘を「まもなく」開始すると述べた。(後略)【8月5日 AFP】
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ただ、トルコも主たる関心はISではなくクルド人勢力への対応にあると見られていますので、トルコの“協力”がこの地域にどのような影響をもたらすかは注視する必要があります。

以上のように概観すると、イラクでも、シリアでも、直接的な関与は避けながらISを封じ込めようというアメリカの戦略はなかなか厳しい状況にあります。

「作戦には時間がかかり、この先後退もあるだろうが、米国と有志各国が最後は勝利する」(アーネスト米大統領報道官)とは言っていますが・・・・。
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タイ  中国への傾斜を強める軍事政権

2015-08-07 22:34:25 | 東南アジア

(なお、最近人気の「ワット・ロンクン」は由緒あるお寺ではなく、新しく作られた仏教テーマパークのような“お寺”です。写真は【7月27日 AFP】より)

相変わらずのASEAN事情 ただ、時間稼ぎの中国への不満も
東南アジア諸国連合(ASEAN)を舞台にした南シナ海問題の議論については、中国とアメリカの綱引き、ASEAN内部の中国に批判的なフィリピン・ベトナムなどと“親中派”カンボジアなどの温度差・・・といった基本的な構図はいつものとおりで、中国への対応は曖昧な形にとどまるというのも、毎回繰り返されるとおりです。

中国は一応、「南シナ海の平和と安定を守る」など関係発展に向けた10項目の新たな提案を行い、10項目とは別に南シナ海問題に特化して▽問題解決に向けた「行動規範」の早期策定▽域外国の介入に反対▽国際法に基づく航行の自由を順守−−とする三つを提唱したとのことですが、“中国側の提案はいずれも従来の主張の焼き直しに過ぎない”【8月6日 産経】との指摘も。

ただ、一定に中国批判を和らげる効果はあったようです。

****<ASEAN外相会議>南シナ海の埋め立て懸念 共同声明****
東南アジア諸国連合(ASEAN)は6日夜、4日に行われたASEAN外相会議の共同声明を発表した。中国の名指しを避けつつ「一部からは南シナ海の埋め立てに深刻な懸念が示された」と記した。

声明は、南シナ海の「最近の情勢」に「引き続き深刻な懸念」を表明した。当初案の「引き続き懸念」から表現を強めた。

一方、ASEANが早期策定を目指す新たなルール「行動規範」について、当初案にあった「(中国との)協議のペースに懸念」という記述は削られた。中国側が「協議加速」を明言するなど策定に前向きな姿勢を強調したためとみられる。

声明取りまとめが難航した背景には、南シナ海で中国と対立を深めるフィリピンやベトナムと、カンボジアなど「親中派」との間で意見の相違があったとみられる。

ASEAN外交筋によると、対中強硬派から「埋め立てなど南シナ海の緊張を高める一方的な行為に対する深刻な懸念を共有した」という中国への批判を明確化する表現も提案されたが、採用されなかった。【8月7日 毎日】
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もっとも、“インドネシアの外相は、紛争を避けるための法的なルール「行動規範」づくりが遅れているとし、「期限を設定するべきだ」と提案”【8月6日 朝日】といったように、“会合では中立的な立場を取ってきたインドネシアや、中国寄りとされてきたカンボジアまでが、「行動規範」協議の遅れに不満を隠さなかったと伝えられる。”【8月6日 産経】とのことで、中国の時間稼ぎ的な曖昧な対応にはASEAN内部での不満もたまっているようです。

“中国は南シナ海での埋め立て作業の完了を宣言していたが、南シナ海のスービ(中国名・渚碧)礁で新たな滑走路建設を可能にする埋め立て作業が進んでいることが判明。このまま「言行不一致」を続けた場合、中国に対するASEAN諸国の抵抗が強まることも予想される。”【8月6日 産経】とも。

中国との関係強化を進めるタイ 潜水艦購入計画は?】
上記のように、フィリピン、ベトナム、カンボジア、インドネシアなどの名前が記事に出てきますが、名前が見えないのが、“かつてのASEANの盟主”タイです。

周知のように、タイはタクシン派と反タクシン派の対立という政治混乱を収めるとして軍部によるクーデターが起き、軍事政権はタクシン派を一掃すべく、憲法改正問題など、いろいろと国内的に画策している・・・という状態で、アメリカとの関係は冷え込み、ASEAN内部における存在感も薄れています。

そのタイ軍事政権は、このところ中国との関係を強めています。

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・・・・昨年、クーデターで全権を掌握したタイの軍事政権は、長年の同盟国である米国や西欧諸国から厳しい非難を浴びた。

そうした中、新たな外交関係を模索するタイは、中国に接近しようとせわしない。

昨年、タイと中国は農産物取引をめぐる新たな提携で合意。また中国は、タイの国土を交差する2本の鉄道の新設計画で、建設を請け負うことにもなった。

両国の間では最近、ビザ発給要件が緩和された。中国で中産階級の国外旅行が増えていることも相まって、今年は一段と多くの中国人観光客がタイを訪れるものと予想される。【7月27日 AFP】
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7月には、中国からタイに逃れたウイグル族を中国の意に沿う形で中国へ強制送還し、トルコが反発するという問題もありました。

7月2日には、タイ海軍のクライソーン司令官が中国製の潜水艦3隻を購入する方針を発表していますが、軍事的には潜水艦購入は購入先との関係強化に大きな意味を持つそうです。そのためアメリカとの関係を重視する勢力の反対もあって、7月15日には計画は保留になっています。

****日米が危惧する「王国」の対中接近 ****
どこから軍事兵器を買うかは、その国の戦略を左右する大きな決断といえる。その意味で、アジアの「王国」による動きが、米国や日本の不安を招いている。

その「王国」とは、立憲君主制下で、国王が一定の影響力をもつタイだ。タイ海軍は7月初め、中国から潜水艦を購入する計画を明らかにした。

■中国から購入、米軍が警戒
調達するのは3隻で、総額は360億バーツ(約1300億円)。タイは潜水艦を1隻も持っていないため、近年、購入を検討してきた。(中略)

その候補に挙がってきたのは、韓国やドイツなど、いずれも米国の友好国。ところが、今夏になっていきなり中国から購入する方針を決め、米国に冷や水を浴びせている。

米国は東南アジアの要所にある有力国として、タイとの軍事交流を重視してきた。1982年から毎年、米・タイが主導して「コブラ・ゴールド」という名称の多国間演習を実施。いまや、20カ国以上が参加する東南アジア最大級の演習に発展している。

そのタイが潜水艦を中国から購入すれば、タイ軍における中国軍の影響が大きく強まりかねない、と米軍は警戒している。

潜水艦購入には、国内からも疑問の声が上がっており、プラウィット副首相兼国防相は7月15日、購入決定をいったん保留する意向を示した。しかし、計画が中断したわけではなさそうだ。

もともと、タイ軍と中国軍には一定の協力が続いていた。伝統的に陸軍が中心のタイは、海軍力をどう強めるかが課題になっている。この一環として、1990年代には6隻の軍艦を中国から購入した。

だが、潜水艦を買うとなると、話は別だ。対中戦略上、米国はいちばん重要なカードのひとつに潜水艦を位置づけているからだ。米元政府高官は語る。

「ミサイルの標的にされやすい空母や水上艦船より、対中戦略上、これからは潜水艦の役割が高まっていく。潜水艦戦力の優劣が、アジアでの米中軍事バランスを左右するだろう」

もし、タイが本当に中国から潜水艦を調達したら、双方の関係は短期の協力にはとどまらない。“一般論”として、日本の防衛当局者は説明する。

「潜水艦の売却が成立すれば、製造国と購入国の軍事交流はさらに密になる可能性がある。購入国はその操縦に必要な知識や技術、実地訓練などのため、数年にわたって指導を受けることになる。部品の交換や回収、メンテナンスでも製造国の協力を仰がなければならなくなる」

では、タイはなぜ、米国の懸念を招くことを承知のうえで、中国製の潜水艦購入に動くのか。タイ国立チュラロンコン大学・戦略国際問題研究所、カヴィ・チョンキタボーン上席研究員に聞いてみよう。

「タイは広い排他的経済水域(EEZ)を抱えており、海軍力を拡大する必要がある。2011年、タイはいったんドイツの潜水艦を購入しようとしたが、その後の政局のあおりで中断した。今回、中国製潜水艦が選ばれたのは、欧州製よりもずっと安い価格を中国が提示したことが一因だ」

■対中傾斜、日本にも影響
チョンキタボーン氏はまず、安い価格を理由にあげたうえで、こうも指摘する。

「タイは(昨年5月の)軍事クーデターによって、米国との関係が冷え込み、選択肢が狭まってしまった。中国に傾斜するわけではないが、米国との安保関係を保つ一方で、中国との協力を増やし、タイはフリーハンドを広げようとするだろう」

米政府はタイの軍事クーデターを非難し、制裁を科している。こうしたなか、タイ軍としては中国との交流も広げ、必要な兵器や技術を手に入れようというわけだ。中国側も“漁夫の利”を得ようと、タイとの関係強化に動いている。

米メディアによると、米軍はタイ軍を表立って批判すれば逆効果になるとみて、今のところ目立った発言は控えている。

この構図は、おもに経済協力を通じ、タイとの関係を積み上げてきた日本にとっても他人事ではない。もし、東南アジア諸国連合(ASEAN)の有力国であるタイの対中傾斜が進めば、日本の影響力が弱まりかねない。

タイと中国の潜水艦商談は、その行方を占うリトマス試験紙のひとつになりそうだ。【8月7日 日本経済新聞 電子版 編集委員 秋田浩之】
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タイを訪れる中国人観光客も増加しており、それに伴いいろいろと“摩擦”も生じてはいますが、中国と接近するタイ政府は事を荒立てないように腐心しているようです。

****タイ、増える中国人観光客に「歓迎」と「批判****
公衆の面前で小便をする、路上に唾を吐く、寺院の神聖な鐘を蹴飛ばす──金離れが良い中国人観光客の急増によって、タイでは低迷する経済が押し上げられている一方、そのマナーに対する批判も多く聞かれる。

中国人観光客のそうした態度が無礼と受け止められ、怒りが募る中、タイ政府は今年、マナー違反を食い止めようと、中国語で書かれたマナー本、数千冊を用意した。

6月にネット上でタイ人の怒りを買ったのは、バンコクの王宮(グランドパレス)の敷地で小便をする少女の写真だった。ソーシャル・メディアのユーザーたちは、この少女は中国人だと主張し、中には人種差別的な内容のコメントも見受けられた。

北部チェンライ県にはホワイト・テンプルの名でも知られる寺院、「ワット・ロンクン」があるが、この寺を建立したチャルムチャイ・コーシッピパット氏は、最近訪れた中国人の団体ツアー客のトイレマナーについて不満を漏らした。

「ところかまわず排便する中国人がいて困ったので、タイでは規則を守らなければならないと説明して欲しいと、ツアーガイドに頼んだ」。
過去には、中国人観光客の訪問を拒否すると警告したこともあるというが、実際に禁止するのは思いとどまった。

観光客の減少傾向に歯止めをかけようと取り組んでいる時に、中国人を締め出すことはしたくないという事情は、タイ当局と同様だ。タイで国内総生産(GDP)に占める観光業の割合は8.5%に上る。

一方、2014年には約460万人の中国人がタイを訪れた。中国人観光客の1日当たりの支出額は平均5500バーツ(約1万9500円)と、欧州からの観光客の平均を上回る。

今年、タイを訪れる中国人観光客の総支出額は56億ドル(約6920億円)に上る見込みで、硬直化した経済の立て直しに苦心するタイはこれを失うわけにはいかない。(中略)

(中国との関係を強める)タイ当局が、両国の対立の種は何であれ控えめに扱おうとするのも当然かもしれない。タイ観光庁のスリスダ・ワナピニョサック東アジア支局長は「中国人観光客がタイで問題を起こしているということはない。良い観光客だ」と述べつつ「私たちは文化が異なるため、文化的誤解が生じることはあるかもしれない」とも認めた。【7月27日 AFP】
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“腐ってもタイ”ですから、タイが中国接近を強めれば、ASEANの中国対応が今以上に明確になるのはあまり期待できないかも。

遅延する新憲法制定・民政移管スケジュール
なお、タイの政治情勢、民政移管スケジュールについては、下記のように報じられています。

****タイ暫定政権、秋にも内閣改造 軍政長期化、景気低迷の不満そらす****
タイ暫定政権による内閣改造が浮上している。

政治的混乱による治安の悪化からは回復したが、民政復帰に向けた作業は難航。閣僚入れ替えで景気回復の遅れに対する不満をそらす思惑もありそうだが、民主化運動の締め付けなどに内外の反発が強まっている。

昨年5月のクーデターを陸軍司令官として主導し9月に暫定政権を発足させたプラユット首相は24日、内閣改造について聞かれ「検討中だ」と答え、改造観測を認めた。

26日付の英字紙バンコク・ポスト(電子版)は「国民のほとんどが内閣改造を希望」と伝え、世論調査の結果、生活費高騰や農産物価格低下を背景にした景気低迷への不満が大きいと指摘した。

このため、経済関係閣僚の更迭が予想されている。プラユット氏ら軍関係者が多く入閣した前回同様、軍幹部が定年となる9月めどの実施が有力な見方だ。

しかし内閣改造は小手先の対処に過ぎない。タイでは、軍政の長期化による大きな問題が進行中だ。

6月下旬、軍政への抗議活動を行った学生活動家14人が逮捕され、国連や欧州連合、国内の学者たちが批判。今月7日に釈放が認められたものの、政府批判を弾圧する姿勢に内外から厳しい目が注がれている。

また、タイに逃れたウイグル族の中国への強制送還や中国からの潜水艦購入計画も明らかになった。欧米の制裁が続くなか、中国寄りの姿勢を際立たせる軍政にも懸念が出ている。

一方、タイの憲法起草委員会は7月21日、暫定内閣からの修正要求に応じるため、草案起草期限を7月23日から8月22日に延長すると発表した。来年9月に先送りされた新憲法による総選挙は、さらに遅れる見通しだ。【7月26日 産経】
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新憲法案は国家改革評議会(NRC)の投票に付され、新憲法案がNRCで承認されると、同案の賛否を問う国民投票を実施することになります。

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ただ、非議員の首相就任を容認するなどした新憲法の第1次草案に対して批判が噴出。

NRCの一部議員らは「総選挙の前に改革を」と主張し軍政の2年延長を唱えており、新憲法案は国民投票を待たずにNRCで否決されるとの見方も出ている。

NRCか国民投票で新憲法案が否決されると、起草作業は振り出しに戻り、自動的に民政復帰は先送りされ軍政が継続されることになる。【6月18日 時事】
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軍事政権が続き、ズルズルと民政移管が先延ばしされる状況も懸念されています。
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ジンバブエの有名ライオン「セシル」射殺への非難の嵐 もっと関心を向けるべきことも・・・

2015-08-06 22:47:42 | 世相

(ジンバブエの国立公園で観光客の人気を集めていたライオンのセシル(手前) 【8月3日 AFP】)

なぜ数々の殺害事件や拷問、レイプより、ライオンの死に関心が集まるのか
“ジンバブエ、ワンゲ国立公園で10年以上にわたって注目を集めたライオンがいた。訪れた観光客は、ライオンの中である1頭が際立っていることに気が付く。黒く長い豊かなたてがみを持つ、堂々たる体格のオスだ。観光客の間で人気となり、「セシル」という名前が付くまでになった。”【8月4日 Natinal Geographic】

その有名なライオン「セシル」がアメリカ人ハンターに射殺された件で、世界中から非難の声があがっています。

****ライオン「セシル」が狩猟愛好家に殺された問題を捜査 米当局*****
米当局は30日、ジンバブエの国立公園で観光客の人気を集めていたライオンのセシルが殺された問題について捜査を開始した。セシルを射殺した米国人の狩猟愛好家で歯科医師のウォルター・パーマー氏には世界中から非難の声が寄せられ、同氏は現在、姿を隠している。

米魚類野生生物局(FWS)は、セシルの狩猟に関する捜査を開始したと発表。ツイッター上に、「われわれは、ライオン『セシル』が殺されたことについて捜査している。真相を解明していく。パーマー医師またはその代理人は、直ちにFWSへ連絡を」と投稿した。

しかしパーマー氏は、ミネソタ州で開業している歯科医院の前にライオンやトラ、サルなどのぬいぐるみが多数残され、入り口のドアには「Rot in Hell(地獄でくたばれ)」と書かれた紙が張り付けられるなどしており、公の場に姿を見せていない。

ジンバブエのワンゲ国立公園にいたセシルは公園の外に餌でおびき寄せられ、今月1日にパーマー氏に殺された。

同氏の狩猟の世話をした地元のプロのハンターは、「違法な狩猟行為を防げなかった」としてすでにジンバブエで起訴されている。一方、30日に裁判所で行われるはずだった、狩猟を許可したとされる土地の所有者に対する審問は延期された。

一方、パーマー氏が所属していた国際的な狩猟愛好家団体「サファリ・クラブ・インターナショナル(SCI)」は捜査への支持を表明するとともに、同氏の会員資格を一時停止したことを明らかにした。

同団体は声明で、「SCIは直ちに、本件に関与したハンターとその案内役だったプロのハンター両名の会員資格を停止する措置に踏み切った。捜査の結果が出るまで、資格停止処分のままとする」と発表した。【7月31日 AFP】
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個人的には、ハンティングという行為自体になじめないものを感じますので、当然「セシル」射殺に対しては憤りも感じます。

ただ性格がゆがんでいるせいか、この種の動物虐待などが大きな話題となることに関しては、素直に共感できないところもあります。

確かに忌むべき行為だけど、世界には、あるいは、自分の身の回りには、自分たちと同じ人間が苦しみ、死んでいく悲劇がいくらでも溢れているではないか・・・そうしたことには声を上げないのか・・・

ジンバブエで言えば、「セシル」以上に問題なのは、ムガベ大統領のもとで圧殺されている多くの人々ではないのか・・・・。

****セシル」射殺になぜ怒るのか****
あなたは人間よりペットを大切に思うだろうか?
その愛情をほかの動物にも感じるだろうか?

そうだとしても珍しいことではない。ある実験では、重い病気の子供を助けるより、犬を助けるための寄付に2倍の金額が集まったという。

先月初旬、ジンバブエ西部のワング国立公園で野生の雄ライオン「セシル」が射殺された。
殺したのは米ミネソタ州の歯科医で狩猟愛好家のウォルター・パーマー。狩猟が禁止されている公園から誘い出して射殺した後、頭部を切断し皮を剥ぐという違法で残虐な行為に世界中から非難が殺到している。

ライオンの死、しかも不法に殺されたとなれば不快で残念なこと。だが、これは悲劇なのか。

世界では1分に1人が武力紛争で、4秒に1人の子供が貧困による飢餓や病気で死んでいる。
妊娠・出産関連の合併症で亡くなる女性は毎年50万人以上。
シリア内戦ではこれまでに22万人以上が犠牲になった。

なぜ数々の殺害事件や拷問、レイプより、ライオンの死に関心が集まるのか。スターリンの言うように「1つの死は悲劇で、100万の死は統計」だからか。

それには1つの理屈がある。人間の苦しみには限度がある、ということ。
私たちは身近な人間やペットなどに、何より共感するが、それ以外のものにまで関心を向けていられない。

だが今回の要因はほかにもある。死んだのはただのライオンでなくセシルだった。立派なたてがみの、英オックスフォード大学の研究対象にもなっていたライオン。ある人はセシルをアイドルと呼んだが、彼はそれ以上の存在、いわばセレブだった。 

問題の核心はここだ。人も動物も、有名なほうがその死を悼まれやすい。残りの者たち・・・アメリカの獄中にいる75万人以上の黒人、児童結婚するバングラデシュの何万人もの少女、マラリアで日々亡くなる3000人のアフリカの子供・・・の苦しみはほとんど見向きもされない。【8月11日 Newsweek日本版】
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世界で起きている多くの悲劇は、自分たちの手ではどうしようもない(と思われる)ことが多いのに対し、「セシル」のような件は容易に犯人を吊し上げることができる・・・ということもあるでしょう。

さきほど“世界には、あるいは、自分の身の回りには、自分たちと同じ人間が苦しみ、死んでいく悲劇がいくらでも溢れているではないか・・・そうしたことには声を上げないのか・・・”とは書きましたが、実際のところ、自分自身がそういう悲劇を見聞きしても殆ど何も感じることなく生活しているのが現実です。

すべての悲劇的な事柄に共感を感じていたら、一瞬たりとも正気を保てないでしょう。
自分以外のことがらに関しては鈍感になれることで、生きていけるとも言えます。

ただ、ときおり、“世界では1分に1人が武力紛争で、4秒に1人の子供が貧困による飢餓や病気で死んでいる。妊娠・出産関連の合併症で亡くなる女性は毎年50万人以上。シリア内戦ではこれまでに22万人以上が犠牲になった。”“アメリカの獄中にいる75万人以上の黒人、児童結婚するバングラデシュの何万人もの少女、マラリアで日々亡くなる3000人のアフリカの子供”といった現実に対する錆びついた自分の感性を改めて研ぎなおすことも必要なことかと思います。

【「彼らにとっては石の像の方が人間より大切なのだ」】
動物関連と似た話に世界遺産破壊があります。

ISなどイスラム過激派による世界遺産破壊が大きな話題になりますが(私もそうした話題を取り上げることがありますが)、どんなに貴重な遺産以上に重要なのは、名を知られることもなく傷つき死んでいく多くの人々の苦しみ・悲しみでしょう。

かつて、アフガニスタンにあるバーミアンの大仏をタリバンが破壊しようとしたときの、あるタリバンが語ったという言葉が記憶に残ります。

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今、世界は、我々が大仏を壊すと言ったとたんに大騒ぎを始めている。だが、わが国が旱魃で苦しんでいたときに、彼らは何をしたか。我々を助けたか。

彼らにとっては石の像の方が人間より大切なのだ。そんな国際社会の言うことなど、聞いてはならない。
【「大仏破壊」高木徹氏】
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高木氏は、“この理屈は正しくない。これまでにも、アフガニスタンに数多くの国や人が援助の手とお金を差し伸べてきた・・・・”としながらも、“だが、そうであるにしても、この言い分に、わずかではあるが、説得力の断片を認めるのは私だけだろうか。「大仏の前に巨大な壁をつくる。国外に移送してもよい」とまで言うお金とエネルギーを、そして何よりも強い関心をこの国にもう少し前から向けることはできなかったのか。”とも書いています。

原爆投下から70年
国際関係は、「国益」と称する国家間の利害関係、あるいは国家・民族の威信・メンツなどによって動かされていきます。

今日は広島「原爆の日」です。
戦争の犠牲となった我が国の多くの人々、日本の統治下、侵略のもとで犠牲となった多くの国々の人々、あらためてそうした悲劇に対する錆びついた感性を研ぎなおす日でもあるでしょう。

****原爆投下から70年 広島「原爆の日****
人類史上初めて核兵器の惨禍に見舞われた広島は、6日、原爆投下から70年となる「原爆の日」を迎えました。広島市の平和公園には多くの被爆者や遺族などが訪れ、追悼の祈りをささげています。

広島市は、70年前のきょうと同じ、朝から暑い1日となっています。原爆投下から70年の節目を迎えた平和公園には、多くの被爆者や原爆で亡くなった人の遺族などが訪れ追悼の祈りをささげています。

爆心地から1.5キロの自宅で被爆したという76歳の男性は「核兵器を2度と使わせないことを、亡くなった人たちに誓いました。被爆当時を知っている最後の世代としてあの日のことを伝える活動に残された時間をあてていきたい」と話していました。

また、原爆の日に合わせて初めて広島を訪れたという東京の19歳の男子大学生は「平和に関するさまざまな議論があるなかで、原爆が投下された広島を実際に見て感じたいと思い来ました。誰もが幸せと感じられるような社会を作っていく努力をしていきたいです」と話していました。

6日の平和記念式典は、安倍総理大臣や海外から過去最多となる100か国の代表が参列し、このあと午前8時から始まります。式典では、この1年間に亡くなった人や新たに死亡が確認された人、5359人の名前が書き加えられた29万7684人の原爆死没者名簿が原爆慰霊碑に納められます。

そして、原爆が投下された午前8時15分に参列者全員で黙とうをささげます。

このあと、広島市の松井一実市長が「平和宣言」を読み上げ、核兵器を「絶対悪だ」としたうえで「核兵器禁止条約」の交渉開始に向けた流れを加速させるため全力で取り組む決意を表明することにしています。

被爆者の平均年齢は、ことし初めて80歳を超え、高齢化がますます進むなか、若い世代に被爆の惨禍をどう伝えていくかが課題となっています。

原爆投下から70年を迎えたきょうは、原爆の犠牲者を追悼するとともに、国内外に平和な世界の実現に向けた被爆地・ヒロシマの誓いを発信する節目の日となります。【8月6日 NHK】
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台湾  学習指導要領改訂をめぐり、高校生らが「中国寄り」と抗議行動 臨時の審議会設置へ

2015-08-05 23:09:51 | 東アジア

(“flickr”より By Daniel M Shih https://www.flickr.com/photos/dans180/20000889428/in/photolist-wtpMBb-wtq1P5-wtq1Lu-wL2LER-wLwGbD-wLwG9z-wtpMMS-wLnrtS-wusMmQ-wwFSDC-wwFim3-wwEhJA-wwFrf1-vSfGjG-wwG3HA-wwNK6r-wwNwE4-wNyYLh-wwEqmh-wwNZwk-wwPieV-wLYBB1-wNyMdh-wwNtkP-wwG2iG-wPPfwk-wPgVRv-wNzkf3-wPi5DZ-wwFRdj-wwFFMY-wLYGfE-vShcws-wNzsnj-wwFxy3-wwMBi4-wPiwmk-wwP77e-wPNYbK-wPPfgv-wNyJs7-wwEcx3-wPMH66-wwMtRR-wwFEeY-vSfNqu-wPgSCX-wwFMjC-vSh9mE-vSfS2h)

【「中国化を推し進める洗脳教育だ」】
台湾では昨年3月、中国とのサービス貿易協定の承認に反対する大学生らが立法院(国会)議場を約3週間占拠した「ひまわり運動」がありましたが、7月24日ブログ「台湾 中国軍部隊が台湾総統府に酷似した建物を攻撃する軍事演習の中国TV映像が問題化」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150724)の最後でも取り上げた、高校の学習指導要領の改定をめぐり、「中国色」が濃いとして改定指針に反対する高校生らの抗議行動が続いています。

学生らは「中国化を推し進める洗脳教育だ」などと反発しています。

****中国寄りの教科書改訂に台湾青年の怒りが爆発****
日本や韓国でたびたび論争を巻き起こしてきた歴史教科書問題が、今度は台湾社会を揺さぶっている。

台湾では学習指導要領の改定によって、今年9月の新学期から使われる高校の教科書に「中国寄り」の記述が増えることになっている。

中国大陸の歴史に関する記述が増える一方、中国国民党が台湾住民を弾圧した47年の「2・28事件」や、その後
長らく続いた政治弾圧「白色テロ」の記述は減少。

さらに日本による「統治」を「植民統治」に変更したり、旧日本車の従軍慰安婦問題では慰安婦になることを「強制された」という文言が入るなど、「中国史観」が色濃く打ち出された内容だ。

こうした変更に、学生や活動家らが猛反発。この数カ月間、台湾各地で抗議運動が激化している。

150校以上の学生らが教育部(教育省)に変更の撤回を要求しているほか、新教科書の採用拒否の意向を表明した地方自治体の首長も少なくない。

先月23日の深夜には、台北中心部にある教育部の敷地内に活動家らが侵入し、バリケードを作って立てこもった。現場に突入した警察が33人を逮捕。なかには18歳未満の11人を含む24人の学生が含まれていた。

数日後、その一人だった男子学生(20)が保釈中に抗議をほのめかし自殺すると、若者たちの怒りは頂点に。
教育部の建物周辺には数百人のデモ隊が集結し、呉思華教育部長の辞任と教科書の改訂撤回、拘束されている学生らの釈放を求めて座り込みを続けている。

台湾の人々が怒りを募らせるのは、教科書の中身だけではない。
改訂のプロセスが不透明で十分な説明が行われなかったことや、当局の対応が不誠実な点にも非難が集まっている。

批判的な世論の高まりを受けて、教育部は反対派の意見を聞く集会を何度も企画したが、開催がキャンセルされたり、呉教育部長が姿を見せないことも多かった。

こうした流れを、政府が中国との貿易協定締結を強行し、それに反対する若者らが立法院(国会)を占拠した14年の「ひまわり学生運動」の再来と指摘する声もある。

ひまわり運動は24日間に及ぶ立法院占拠を経て、政権から一定の譲歩を引き出した。
教科書改訂をめぐる若者たちの怒りは実を結ぶだろうか。【8月11日号 Newsweek日本版】
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****中国色」強い教科書に抗議 台湾、学生らが政府庁舎を占拠 33人が拘束****
・・・・改定版は、歴史分野で「日本統治」を「日本植民統治」に、「慰安婦」の表現を「強制されて慰安婦にされた」とそれぞれ変更。戦後の中国国民党による台湾統治の始まりを、台湾の「接収」から祖国復帰のニュアンスが強い「光復」に変えている。

また、「中国」の表現をすべて「一つの中国」原則に従って「中国大陸」に変更するなど、中国的な要素が強まり、台湾に関する内容が薄まっている。

改定は文字の誤りの訂正など「微修正」としていたにもかかわらず、「台湾史」では字句の「6割」(聯合報)が変更されたことや、当局が審査過程の議事録公開を一時、拒んだことも反対派の不信感を増幅した。【7月24日 産経】
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自殺した学生については、“学生らは7月23、24日にも教育部の庁舎内に乱入し、警察に排除された。その後30日朝、24日に身柄を拘束され保釈されていた学生(20)が、自宅で自殺しているのが発見された。鬱病の治療中だったといい直接の原因は不明だが、事前に改定阻止のための自殺をにおわせていたことから30日夜、学生らが「追悼」と称して教育部周辺に集合。一部が近くの立法院(国会)の敷地内に一時侵入し、改定撤回と呉教育部長の辞任を求める横断幕を掲げた。”【8月1日 産経】とのことです。

指導要領について議論する審議会の設置
3日に行われた教育相と学生の対話は物別れに終わっています。

****<台湾>中国寄り教科書 生徒側と教育部側対話でも平行線****
台湾で改定された学習指導要領により高校の歴史教科書の内容が「中国寄り」になるとして高校生らが撤回を要求している問題で、教育部の呉思華部長(教育相)と生徒側が3日、対話に臨んだ。

生徒側が改定撤回と呉部長の辞任を要求したが、教育部側は撤回の意向がないことを改めて強調。物別れに終わった。
参加したのは高校生7人と大学教授、法律家らの計11人。対話の様子はネット中継された。

事態打開に向け、立法院(国会)は、臨時会を開催するかどうかを決める与野党協議を4日に開く予定だが、与党・国民党は開催に反対している。

指導要領は今月1日に施行され、改訂教科書は9月の新学期から使用される予定だ。【8月3日 毎日】
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与野党の協議により、上記記事にある立法院の臨時会は開かれず、かわりに指導要領について議論する審議会が設置されることになったようです。

****<台湾>歴史教科書で指導要領の議論審議会を設置へ****
台湾で改定された学習指導要領により高校の歴史教科書の内容が「中国寄り」になるとして高校生らが撤回を要求している問題で、立法院(国会)は4日、与野党協議を開いた。

与野党は、教育部(教育省)に対し、指導要領について議論する審議会の設置を提案することで合意した。これを受け教育部は今月末までに審議会を開始する意向を示した。

与野党協議で野党側は臨時会の開催を提案したが、審議会の設置合意により提案を取り下げた。

改定撤回を求めて教育部で座り込みデモを続ける生徒側は、臨時会が開かれないことに失望感を示し、デモ継続を表明した。
生徒側は「最低ライン」として指導要領の施行を約1年間延期するよう提案している。【8月4日 毎日】
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“呉思華教育部長(文科相)は協議の場で、辞意を漏らした”【8月4日 産経】とも。

また、学生らは“野党の立法委員(国会議員)らの説得を受け、同部からの撤退について話し合いを開始。早ければ5日午前9時までに結論を出すとしている。”【8月4日 中央社】とのことですので、すでに収束に向かっているのかも。

【中国メディア:「中国化」と「日本化」との争い】
中国メディアは、この問題を「中国化」と「日本化」との争いであり、新たな“中日戦争”とも表現しています。

****台湾で新たな“中日戦争”、歴史教科書の中で勃発―中国メディア*****
中国サイト・観察者網は4日、台湾で学習指導要領の改訂により高校の歴史教科書の内容が「中国寄り」になるとして高校生らが撤回を求めている問題をめぐり、「台湾の歴史教科書の中で新たな“中日戦争”が勃発した」と指摘する記事を掲載した。

記事では撤回要求運動のデモで「中国化拒否、台湾史を守れ!」とのスローガンが掲げられていることを指摘。「中国化」のもう一つの言い方が「去台湾化(脱台湾化)」であり、台湾教育部の蒋偉寧元部長が改訂について、「去台湾化の傾向は全くないが、『去日本化(脱日本化)』の傾向はややある」と語ったことを紹介した。

こうしたことから改訂をめぐる議論は「中国化」と「日本化」との争いであり、台湾で起きた新たな“中国と日本との戦争”だと表現している。【8月5日 FOCUS-ASIA.COM 】
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「中国化」と「日本化」との争い・・・・日本の植民統治の評価が問題ともなっていますが、日本が何かコメントしても火中の栗を拾うようなことにもなりますので、ここは静観した方がよさそうです。

基本的には、中国とのかかわりにおける台湾のアイデンティティに関する問題でしょう。

高校生の政治活動
また、野党・民進党が学生らに物品を提供して支援する形で、運動を煽り、高校生を政治的に利用している・・・との批判もあるようです。(「DPP is staging a Taiwanese version of Cultural Revolution for next year’s election victory 」http://ireport.cnn.com/docs/DOC-1261646

学生らの過激な政治行動は必ずしも国民世論の広い支持を得ている訳でもないようですが、若い人々が政治に監視を持つこと自体は結構なことでしょう。

若者の政治参加には、よく理解できていないくせに・・・、利用されているのも知らず・・・といった批判が多々ありますが、受験以外では、異性・恋愛やファッション・音楽のことにしか関心がないよりはましでしょう。

フランスの高校生の政治活動がよく話題になりますが、日本では18歳以上に選挙権を認めた公選法改正を受けて、高校生の政治活動が解禁になるようです。ただし、あくまでも「18歳以上」という制限付きですが。

****高校生の政治活動「解禁」=選挙違反事例集も-文科省****
18歳以上に選挙権を認めた公選法改正を受け、文部科学省は高校生の政治活動を禁じた通知を46年ぶりに見直し、今秋にも新たな通知を出す。副教材として模擬投票などに使う器材や選挙違反となる事例集などを作成し、来年夏の参院選までに生徒の理解を高める。

文部省(当時)は1969年、高校生の政治活動は「教育上望ましくない」として、ビラ配布や集会参加の禁止などを各学校に通知。

だが、有権者に認められるべき内容も多く、学生運動が活発だった発令当時とは時代背景も異なるため、文言を見直す。ただ、学業優先の姿勢は変えず、校外での活動に限るなど一定の制限は残す方針だ。

18歳以上の高校生は、特定の候補者を応援する内容の動画を共有サイトに投稿するなどインターネットを使った選挙運動も可能になるが、18歳未満の生徒がすると違反になる。

こうした高校生に身近な事例集を作り、1~3年の全生徒に配布する。文科省は「買収に応じると公選法違反罪に問われる可能性があるなど、刑事罰が科されるケースもきちんと教えたい」と話している。

政治に関する学習方針も、参加意識を高める積極的な指導を行うよう見直し、社会科だけでなく総合的な学習の時間なども活用。また、授業が政治的中立性を損なわないよう、教員の主義主張を押し付けない、異なる見解のバランスを取るなどのルール作りにも取り組む。【6月17日 時事】
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日教組を不倶戴天の敵としてきた自民党政権ですから、現場ではさまざまな混乱も生じるでしょうが。
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パレスチナ「西岸地区」での幼児焼死事件  イスラエル国内でもユダヤ教過激派への対応で波紋

2015-08-04 22:13:43 | パレスチナ

(放火されたパレスチナ人民家で、壁にヘブライ語で「復讐」と書かれた落書き 【8月4日 時事】)

放火で生後18か月の幼児が死亡 壁にはヘブライ語で「復讐」】
中東パレスチナがイスラエルとの関係で緊張関係にあるのはいつもの話で、ときおりユダヤ人とパレスチナ人の間で襲撃・殺害事件などもおきています。

最近では、6月19日にヨルダン川西岸地区のラマラ近郊のドレブ入植地付近で、ユダヤ人の男性2人がパレスチナ人の男に銃撃され、1人が死亡、もう1人が足に軽傷を負った事件などもありました。

そうしたなかでも、今回7月31日におきた、イスラエル人入植者による放火で幼児が焼死するという事件は波紋を広げています。

****パレスチナ民家放火で幼児死亡、イスラエル入植者の犯行か****
パレスチナ自治区ヨルダン川西岸のナブルス近郊の村で31日、パレスチナ人家族の自宅がイスラエル人入植者とみられるグループに放火され、生後18か月の幼児が死亡、両親が負傷した。

パレスチナ治安当局によると、イスラエル人入植者とみられる4人がパレスチナ人の村の入り口にある民家に火をつけ、壁に落書きをして、隣接する入植地に逃げ戻ったという。

イスラエルのモシェ・ヤアロン国防相は同日、事件を「テロ行為」と非難し、「テロリストがパレスチナ人の命を奪うことは容認しない」との声明を発表した。

ヨルダン川西岸におけるイスラエル人の入植は中東和平の大きな障害となっている。パレスチナ側は入植地を将来樹立する独立国家の一部とみなしており、西側諸国は入植活動の中止を重ねてイスラエルに求めている。【7月31日 AFP】
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放火は民家2棟に投げ込まれた火炎瓶によるもので、“壁に落書き”とあるのは、ヘブライ語で「復讐」などと書かれていたものです。

この事件で1歳半の男児が死亡、両親と4歳の兄が重度のやけどを負っっています。

ユダヤ教過激派を批判したイスラエル大統領へ暗殺示唆の脅迫も
パレスチナ側に強い反発が起きているのはもちろんですが、イスラエル社会も、ユダヤ教過激派への対応を巡って揺れています。

****<イスラエル>3000人の抗議集会 パレスチナ幼児殺害****
◇ユダヤ教過激派、リブリン大統領に暗殺示唆の脅迫も
ヨルダン川西岸パレスチナ自治区ナブルス近郊で7月31日にパレスチナ人の民家が放火され、1歳の男児が死亡した事件が、イスラエル社会に波紋を広げている。

各地で抗議集会が開かれる一方、ユダヤ教過激派は事件を批判したリブリン大統領に暗殺をほのめかすような脅迫を行っており、当局は警備を強化した。(中略)

最大都市テルアビブでは1日夜、イスラエルの市民団体が約3000人の抗議集会を開いた。左派政党メレツのガルオン党首も姿を見せ、過激派組織「イスラム国」(IS)の「ユダヤ教バージョンの犯行だ」と非難した。

集会には、死亡した男児の叔父も参加。「平穏に眠っていた家族に火を放った。ネタニヤフ(首相)は哀悼の意を表したが、パレスチナの村を守る警備を施してほしい」と訴えた。

聖地エルサレムでは7月30日にも、同性愛者のパレード参加者に過激なユダヤ教超正統派の男が切りつける事件が起きた。

1日夜には二つの事件に抗議する集会が開かれ、出席したリブリン大統領は「我々の地に、歪曲(わいきょく)された(ユダヤ教の)信仰に基づく暴力と憎しみの炎が広がっている」と非難。

さらに、「暴力と対峙(たいじ)する決意が(ネタニヤフ政権に)必要だ」と主張する異例のコラムを地元紙にヘブライ語とアラビア語で寄稿し、政権のユダヤ教過激派対策が不十分だとの見解を示唆した。

大統領は与党右派リクード所属の保守派だが、パレスチナ人の人権擁護に取り組んだ実績もあり、ネタニヤフ首相とは対立関係にあるとの指摘もある。

ソーシャルメディアではユダヤ教過激派が大統領に対し、暗殺者が「立ち上がり、(大統領を)消しに来るだろう」などとする脅迫が拡大している。

ネタニヤフ首相は2日の会見で、犯人逮捕に「容赦はしない。あらゆる手段を講じる」と言明した。

パレスチナ自治政府のアッバス議長の報道官は31日、「言葉だけの空虚な哀悼の意はいらない」と述べ、イスラエル政府によるユダヤ人入植地の拡大方針が維持されていることがこうした事件を誘発すると非難した。【8月2日 毎日】
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右派ネタニヤフ政権が本気でユダヤ教過激派に対処するのかは・・・・
アメリカのアーネスト大統領報道官も「卑劣なテロリスト」による犯行だと非難するような状況で、保守派のイスラエル・ネタニヤフ首相も「テロ対策」の強い姿勢を見せています。

ただ、支持基盤でもある右派への実効ある対応がとれるのかどうかは疑問視する向きもあります。

****<イスラエル>放火事件受けユダヤ人でも裁判なし長期拘束も****
イスラエル政府は2日、安全保障閣僚会議を開き「テロ対策」などで主にパレスチナ人を対象にしてきた拘束制度をイスラエルのユダヤ人らにも適用する方針を承認した。

7月31日未明にヨルダン川西岸パレスチナ自治区ドゥーマ村で起きたユダヤ教過激派によるとみられる放火事件を受けた措置。ただ、裁判なしの長期拘束を可能にする「強硬策」で、国際法違反との批判も根強い。

事件では寝ていた1歳の男児、アリ・サアアド・ダワブシェちゃんが死亡し、両親と4歳の長男も重体。治安当局はユダヤ教過激派らを捜査中だ。

承認されたのは「行政拘束」の積極的な適用。裁判なしで長期拘束も可能となる。イスラム原理主義組織ハマスとの戦闘が続いた昨年8月、イスラエルは西岸のパレスチナ人473人をこの制度で拘束。過去5年で最多となった。

法的にはユダヤ人も対象だったが、イスラエル市民はさまざまな人権保護規定で守られ、実際の適用は難しかった。逆にイスラエルが占領する西岸地区では「テロ容疑者」がパレスチナ人の場合、軍事法廷で裁かれるため、より頻繁に適用されてきた。

治安当局は、ユダヤ教過激派が凶悪化しているため対象を拡大したが、現在の法相は入植地拡大を掲げる宗教系極右「ユダヤの家」所属で、どこまで運用されるかは未知数だ。(中略)
         
◇ユダヤ教指導者(ラビ)で過激派に詳しい「イスラエル宗教間協力評議会」ロン・コルニシュ博士の話
放火したのは、おそらく過激思想を持つ若者だろう。正統なユダヤ教徒ではない。

問題はイスラエル政府がこの数年、こうした犯罪に対処せず、エスカレートさせてしまったことだ。
1995年にパレスチナとの和平を進めてきたラビン首相(当時)がユダヤ教過激派の青年に暗殺されて以降、治安当局はこうした「テロリスト」の動向を注意深く見てきた。逮捕が技術的に難しいとは思わない。

だが「政治」にその意思がない。(現政権は)彼らを選挙で選んだ右派を怒らせたくないと思っている。だが、若者に過激思想を吹き込んでいる宗教指導者を捕らえ、本気で対処しなければ、宗教戦争に発展しかねない。今回の事件は、こうした問題に向き合う警鐘ととらえるべきだ。【8月3日 毎日】
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ユダヤ過激派活動家の逮捕も報じられていますが、事件との関係についてはまだ明らかになっていません。

****ユダヤ極右活動家を逮捕=教会放火事件に関与か―イスラエル****
イスラエル紙ハーレツなどによると、国内治安機関シャバクは3日、「ユダヤ過激派組織での活動」を理由に、極右活動家メイル・エッティンガー容疑者(24)を逮捕した。6月に北部のガリラヤ湖畔にあるキリストゆかりの「パンと魚の奇跡の教会」で起きた放火事件に関与しているとみられている。(中略)

エッティンガー容疑者が取り調べに協力しない場合、(上記「行政拘束」によって)拘束され続けることになる。

だが、同容疑者が民家放火に関与しているかは現段階では不明。【8月4日 時事】
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パレスチナ自治政府はICCへ「入植者によるテロ」として資料を提出
パレスチナ自治政府は、今年4月に正式加盟が発効した国際刑事裁判所(ICC)に対して「(ユダヤ人)入植者によるテロ」として資料を提出しています。

****パレスチナが反発=ユダヤ過激派放火で****
ユダヤ過激派によるとみられる民家への放火事件を受け、パレスチナの反発が強まっている。

パレスチナ自治政府は3日、国際刑事裁判所(ICC)に「(ユダヤ人)入植者によるテロ」として資料を提出。イスラエルとパレスチナとの対立が再燃する可能性が出てきた。(中略)

1995年のパレスチナ自治拡大協定(オスロ第2合意)以降、西岸はA〜C地区に3区分されている。ドゥマのあるC地区は、イスラエルが治安と民政の双方を管轄し、ユダヤ人入植地が集中。

イスラエル当局は入植者の犯行とみている。
アッバス自治政府議長は「西岸におけるイスラエルの入植政策の結果だ」と強く非難。国連安全保障理事会などにも訴える構えだ。【8月4日 時事】 
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従来からパレスチナ暫定自治政府は、去年夏にイスラエルがパレスチナ暫定自治区のガザ地区で行った軍事作戦で多くの市民が死亡したことや、占領地であるヨルダン川西岸などでのイスラエルの入植活動が国際法違反に当たるとして、イスラエルの指導者の訴追を目指す方針を示しています。【4月2日 NHK】

その方針に沿って、ICCへの資料提出も行っています。

****国際刑事裁に資料を初提出=イスラエルの犯罪、調査後押し―パレスチナ****
パレスチナ自治政府のマルキ外相は25日、オランダ・ハーグの国際刑事裁判所(ICC)本部を訪問し、イスラエルの「戦争犯罪」などに関する資料を初めて提出した。ICCの検察官が進めている予備調査を補完し、正式捜査へつなげたい考えだ。【6月25日 時事】
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今回事件はイスラエルによる違法な入植活動の結果だとして、今後パレスチナ自治政府側はICCや国連などの場を使ってイスラエルへの圧力を強めるものと思われます。
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中国  習近平政権は強引な株式市場介入をいつまで続けるのか?続けられるのか? その結果は?

2015-08-03 22:26:18 | 中国

(ここ1年の上海総合指数 http://jp.advfn.com/exchanges/SSI/000001/chart

介入を手控えると下落する市場
当局によるなりふり構わぬ市場介入で暴落を何とか下支えした中国・上海株式市場ですが、再び下落が続き、7月8日の底に近い水準に戻りつつあります。

****上海株、3日続落で4週ぶり安値 一時下げ幅3%超、回復策見えず****
週明け3日の中国・上海株式市場は、3営業日続落した。上海総合指数の終値は、前週末比1.1%下落し、40.83ポイント安の3622.91。終値としては7月8日につけた3507.19以来、ほぼ4週間ぶりの安値水準となった。

終日軟調。午後に下げ幅が一時3.1%安まで拡大し、4営業日ぶりに3600を割り込む場面もあったが、終盤に下げ渋った。

上海総合指数は、中国政府の各種支援策により、7月8日に底を打ってからは、4000台をいったん回復していたが、再び7月8日の終値に接近している。

一時のように5%を超えるような暴落こそなくなったものの、小幅ながら続落基調が続いていることで、逆に回復への突破口が見出せないとの見方もある。【8月3日 産経】
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中国の株式市場は6月上旬まで上昇が続き、新たに参加する個人投資家が急増しました。しかし、過熱感などをきっかけに相場が下落に転じると、多くの人が売りに走り暴落。6月12日をピークに、3週間余りで3割以上下落しました。

ただ、それまで相場は一本調子に上昇していましたので、“3割以上下落”とはいっても、1年前と比較すると75%上昇しているような水準でした。

過熱した相場はいずれ調整局面に入る・・・というのは当然のことのようにも思えますが、新華社や人民日報など政権の息のかかったメディアが「牛市(強気相場)」をあおってきたという事情もあって、市場の動揺が政権批判につながることを恐れる習近平政権は、大量保有株主の株式売却を半年間禁止し、投資ファンドや証券会社を通じて大量の買いを命じ、更には、カラ売りする投資家を公安当局が捜査すると脅したり・・・と、欧米では考えられない手法で介入。

そうしたなりふり構わぬ力づくの介入によって下げ止め、7月8日を底に一時反発した市場ですが、7月下旬、新たな株価下支え策が打ち出されなかったことが「習近平指導部の株価下支え策が終焉に向かった」とする市場の見方につながり、7月27日から再び下落する展開となっています。

当局が新たな介入を控えた背景には、国際通貨基金(IMF)が株式市場への介入をこれ以上行わないよう中国当局に警告したことがあると報じられています。

おそらく習近平政権は、これ以上下げれば再び強力な介入で下支えするのでしょう。

政治日程とも絡む介入姿勢
日本や欧米の常識からは考えられない介入ですが、そもそも中国はルールの異なる社会です。
当局の強引な介入で市場が回復するなら、それはそれで・・・という見方、あるいは、中国当局は危機に際し非常にうまく処理した、やはり西側のシステムより中国のシステムが優れている・・・という見方もできるでしょう。

もちろん、そうした市場介入は習近平政権が望む「人民元の国際化」にとっては大きなマイナスとなります。
また、そもそも論として、介入は市場をゆがめ、健全な経済発展を阻害するとも言えるでしょう。

ただ、こうした市場を強引にねじ伏せるようなやり方がいつまで続けられるのか?・・・・という問題もあります。

習近平政権がどこまで続けるつもりかは、今月の北戴河会議や10月の五中全会といった政治スケジュールとも関連してくるようです。

****習近平が行き詰まる 「株価問題****
権力闘争と連動する「暴落」の謀略

八月、中国政治の舞台は北京から河北省の海浜リゾート、北戴河に移る。特権階級のための別荘に集まった共産党指導部と党、軍の長老たちが、その年の秋の党中央委員会全体会議(今年は「五中全会」)をにらんで政治的利害を内輪で調整する通称「北戴河会議」だ。

党内派閥のボスたちの非公式の会議だけに、激しい権力抗争が演じられてきた。今年は習近平国家主席にとって三度目の「暑い夏」だが、かつてない不安を抱えて迎えることになった。六月末に起きた株価の暴落がその原因だ。

上海、深圳の市場で「ギリシャの国内総生産(GDP)の三つ分が蒸発した」と騒がれた。李克強首相が「暴力式介入」と自称する強引な買い支えで七月後半になって市場は安定を取り戻したが、いつまで続くか保証はない。

もし北戴河会議の最中に再暴落したらどうなるか。習近平の反腐敗運動に恨みを抱く江沢民元国家主席ら党や軍の長老が勢いづいて総攻撃に出ることは間違いない。

嵐のような買い支えの最中に上海の市場関係者がこう漏らした。「上の方が八月十五日まではなんとかしろと言っている」。例年、北戴河会議が終わるのは十四日だ。それまで問題を隠せと習近平、李克強が血相を変えているのだ。(中略)
株価不安が共産党内政局と連動するのは実は、北戴河以後の可能性が高い。

暴力式介入の命令で証券各社が購入した一千二百八十億元(約二兆五千億円)の株式、さらに証券業界が出資した株価安定機構「証金公司」が金融機関から一兆元(十九兆九千億円)の融資枠で購入した株をいつ市場に戻すのか。

政府が介入終了の情報をメディアに流すと株価が下落し、当局が介入終了情報を否定するという繰り返し。それでもこれほど不自然な介入は三カ月が限度とされる。

だとすると再び株式市場に不安が高まるのは十月前後。ちょうど五中全会の会期と重なる。次の暴落では、国有企業株を担保に融資を受けている地方政府の財政破綻が起きると言われる。地方では社会騒乱につながる恐れもある。(後略)【8月号 選択】
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いくらなんでも五中全会(5年ごとに開く中国共産党の最高決定機関「中国共産党全国代表大会(党大会)」の職権を代行する党中央委員会が年1回程度開く会議の5回目)の直近あるいは最中に市場が崩壊するようなことは、どんな手段を使っても避けるでしょう。

暴落で共産党が敗北するか、株式市場をがんじがらめの規制で縛り、事実上、市場を抹殺するか
しかし、買い支えたものは、いずれ売り圧力となって市場にもどってきます。

****株式市場の抹殺か共産党の敗北か****
・・・・中国政府は投資ファンドや証券会社を通じて大量の買いを命じた。

証券二十一社が下落の勢いが増し始めた七月四日に一千二百億元(約二兆四千億円)の株式を購入したことは日本でも報道されたが、それは氷山の一角に過ぎない。政府系の中国証券金融公司が買い支えた株式は総額一兆元(約二十兆円)に達したといわれる。

さらに中央政府直轄の大手国有企業に対し、保有株の売却を禁止し、子会社株の保有拡大も指示した。

国家機関を総動員した株式市場の買い支えだが、その大半は中国工商銀行、中国建設銀行、中国銀行など四大国有商業銀行と国家開発銀行など政策系金融機関が資金を供給した。

これは二重の意味のリスクといえる。第一は、証券金融公司など政府系ファンドと証券会社はキャピタルゲインも配当も期待できない株式を持ち続けることは資本コストの面から不可能ということだ。

自らの経営の健全性を考えれば年内にも部分的な売却が始まると考えられる。来年になれば縄抜けのように購入を迫られた株式を売り出すだろう。「中国株が下落するのは約束されたようなもの」(中国の証券関係者)。

しかも売りに回る市場参加者の大半を相手に立ち向かうのは習政権という喜劇的な構造であることがより鮮明になる。

「市場経済」対「統制経済」であり、その戦いは暴落で共産党が敗北するか、株式市場をがんじがらめの規制で縛り、事実上、抹殺しなければ終わらない。

資金ルートを断たれる中国企業
もうひとつ深刻な問題がある。今回、買い支え資金を供給した銀行の経営だ。

証券会社や投資ファンドが株式で巨額損失を出せば、貸し出しが不良債権化するのは必然。中国の国有銀行は政府の金庫として使われることで、九〇年代に肥大化した国有企業向け融資の焦げ付きによる不良債権問題に揺さぶられたが、今回はそれをはるかに上回る不良債権を抱える。

かつてならば、政府は預金利率と貸出利率の間に大きなスプレッド(利ざや)をつけ、銀行に超過利潤を与えることで不良債権を時間をかけて解消することもできただろう。

だが、中国では金融自由化が進み、銀行金利はすでにあらかた自由化され、激しい貸し出し競争が始まっている。政府が銀行セクターを守ろうとすれば、金融自由化を逆行させ、思うがままに金利や銀行をコントロールするしかない。

習政権の今回の株式市場への介入がいかに中国の金融システムに大きな禍根を残したかがわかるだろう。
これを別の観点から捉えれば、より重大な問題がみえてくる。株式市場の機能を殺し、銀行を不良債権まみれにしたことで、中国の企業は直接金融と間接金融のルートを双方とも断たれることになるからだ。(後略)【8月号 選択】
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習政権は犠牲を伴わず、市場をコントロールすることで大きな方向転換をしようと試みた
習近平政権は、インフラ建設、不動産投資に極端に依存した中国の高成長路線を見直し、安定成長への転換を図ろうとする「新常態」への移行を進めています。

そして、その過程で起きた市場の暴落に対し、国家統制の強化という手法で表面を糊塗しようとしています。

****中国経済「新常態」が異常事態に****
インフラ建設、不動産投資に極端に依存した中国の高成長路線を見直し、安定成長への転換を図ろうとする新常態は正しい政策であり、中国にとって欠かせない改革ではあった。しかし、実態は成果を急ぐあまり反動化し、市場経済の否定、共産党の統制経済に向かいつつある。(中略)

中国の成長メカニズムは国内総生産(GDP)が一気に膨張し、中流層の生活が劇的に向上した二〇〇七年あたりから狂い始めた。

人件費と人民元の上昇で中国経済の競争力は低下。輸出や外資の直接投資で成長するモデルは終わりかけたところで、中国共産党が選択したのは内需の増幅による高成長だった。

政府とりわけ地方政府は土地使用権の売却により濡れ手で粟の巨額資金を獲得、さらに土地担保で国有銀行から資金を借り入れ、各地に使用されるあてもない巨大工業団地やオフィス街、住宅地を開発していった。

それは共産党内の地方幹部が、成長率をもとにした査定に関係したことから出世競争の舞台にもなり、各地で破綻必至の無謀な開発が進んだ。

そのモデルのいかがわしさを見えにくくしたのは〇八年九月のリーマンショック直後に中国政府が打ち出した四兆元(当時のレートで五十七兆円)の財政出動だった。

中国にはバブルのとめどもない膨張にすぎなかったが、需要不足に悩む世界経済には大きな効果を持ち、世界が中国共産党を称賛し、中国指導部の成長モデルに対する認識を狂わせた。

数年後には不動産デベロッパーの破綻や不動産市況の下落が始まり、歪んだ高成長モデルの危機があらわになった。習政権は新常態に大きく方向転換せざるを得なかった。

新常態そのものは正しい判断だが、それは本来、企業倒産や市場の暴落、失業の増大といった大きな痛みを伴う方向転換でなければならなかった。それが市場経済の本質だった。

だが、習政権は犠牲を伴わず、市場をコントロールすることで大きな方向転換をしようと試みた。たとえて言えば、大型客船が針路を変えるのに乗客が揺れで倒れないように試みたわけだ。それには乗客を座席にがんじがらめに縛りつけるしかなかった。(後略)【同上】
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中国経済の崩壊云々は随分昔から常々言われており、いささか「オオカミ少年」のようにもなっています。
また、中国の台頭を恐れ、やっかむ向きも少なくない日本では期待を込めて囁かれることも。

もちろん、中国経済の動向は、低成長から抜け出せない日本経済にも大きなインパクトを与えます。

中国がまがりなりにも「市場経済」を維持するのか、あるいは、「統制経済」に回帰する道を選択するのか・・・。
今回の中国経済の変調が大きな節目になるのか、あるいは、再び持ち直すのか・・・・。
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トルコ  「二正面作戦」を名目にしたクルド人勢力攻撃を強化 クルド系野党の党首も捜査対象に

2015-08-02 22:45:18 | 中東情勢

(7月30日 トルコ東部 PKKがバスの乗客70名を2時間にわたり拘束し、人質解放後、バスと3台のトラックに火を放ち道路を封鎖 【7月31日 DAILY SABAH】http://www.dailysabah.com/nation/2015/07/31/pkk-blocks-road-takes-70-hostage)

トルコへの不信感はあるものの、PKK攻撃を黙認したNATO
欧州にとって中東対策の要の位置にあるトルコが、これまでのISへの宥和策、クルド人武装組織PKKとの和平交渉から、ISとPKK両方の「テロ組織」に対する「二正面作戦」に転じたことは、7月28日ブログ「トルコ  ISとPKKへの「二正面作戦」へ トルコ・エルドアン政権の主たる関心は・・・」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150728)でも取り上げました。

ISなどへの対応をめぐり、北大西洋条約機構(NATO)は7月28日、同盟国トルコの要請を受けて、ブリュッセルで緊急の大使級理事会を開催しました。

会合後の声明では「いかなる形態のテロも許されず、正当化されない」「トルコがISへの取り組みを強化していることを歓迎する」とテロ行為を改めて非難し、トルコへの連帯を表明しましたが、PKKに関しては声明や会見で具体的な言及はなく、また、「状況を注視し続ける」として具体的な軍事協力には踏み込みませんでした。

トルコがシリア北部に越境して安全地帯の設置など「イスラム国」を排除しようとしている動きに関しては、NATO事務総長は「NATOはこの取り組みに加わっていない。トルコと米国が2国間で協議していることだ」と語り、NATOとして参加しない意向を示唆しています。

今回のNATOの対応の背景として、IS対策に便乗してPKK攻撃に踏み切ったトルコへの不信感も指摘されています。

****トルコへ軍事協力、NATOが見送り 要請受け緊急理事会****
・・・トルコは会合で、空爆に踏み切った経緯などを説明して、理解を求めた。

声明によると、会合ではテロ行為がNATO同盟国や国際的な安定への直接的な脅威を引き起こし、国際社会が協力して対応する必要があることを確認したが、具体的な支援は見送られた。

背景には、NATOの対中東戦略や欧米側のトルコへの不信感があるようだ。

NATOの同盟国の多くは米国主導の有志国連合によるISへの空爆に参加しているが、NATO自体は中東に反感が広がることを恐れ、周辺国への軍事支援など限定的な関与にとどめている。

さらに、欧米各国が懸念しているのは、今回のトルコの攻撃が、トルコとPKKの和平交渉を崩壊させることだ。クルド人の勢力拡大を警戒するトルコが、IS対策に便乗しているとの見方もあり、欧州側の不信感は強い。【7月29日 朝日】
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ただ、逆に言えば、ISに対する空爆とPKKの拠点に対する空爆はどちらも同じ「対テロ作戦」の一部とするトルコが、IS攻撃への参加を名目に、PKKなどクルド人勢力への攻撃を含めた「テロ組織への攻撃」を行うことをアメリカ等が黙認する形ともなっています。

前回ブログでも指摘したように、トルコの狙いはISよりもクルド人対策に向いているように見えます。
先の総選挙で示されたクルド人政党の躍進、与党AKPの過半数割れという政治情勢にあって、「テロ組織」PKKへの対決姿勢を鮮明にすることで、政権の求心力を高めようと言う意図が感じられます。

トルコ・エルドアン大統領は、国内PKKメンバーの摘発、国内・イラク北部のPKK拠点への空爆を強めています。

****クルド組織に最大規模の空爆=トルコ****
ロイター通信によると、トルコ首相府は29日、反政府武装組織クルド労働者党(PKK)への軍事作戦に関し、28日夜から29日未明にかけ、トルコ南東部とイラク北部のPKK拠点を空爆したことを明らかにした。政府当局者によれば、24日の作戦開始以降、「最大規模」で、イラクでは6カ所を空爆した。

また、首相府は、トルコ当局がこれまでに、国内で過激派組織「イスラム国」やPKKの関係者1302人を拘束したと発表した。【7月29日 時事】
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【“NATO側は、PKKとそれ以外のクルド人勢力を明確に区別”とは言うものの・・・
トルコ軍の対クルド人勢力攻撃は、シリアでISと戦うクルド人勢力にも及んでいます。

****シリアのクルド勢力に砲撃か=「イスラム国」支配地近く―トルコ****
AFP通信によると、シリア北部で過激派組織「イスラム国」と戦うクルド人民兵組織の人民防衛部隊(YPG)は27日、トルコ国境に近いYPG支配下の村にトルコ軍が砲撃を加えたと主張した。トルコ政府当局者は「YPGは攻撃の対象外だが、事実関係を調査中だ」と説明している。

この村は「イスラム国」支配下の町ジャラブルス郊外にある。YPGは「『イスラム国』を標的にせず、われわれを攻撃した」と非難した。

YPGは、トルコの反政府武装組織クルド労働者党(PKK)の関連組織。トルコは24日、シリア領内の「イスラム国」拠点への空爆に加え、イラクのPKK拠点にも攻撃を始めた。【7月27日 時事】 
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シリアのクルド人勢力YPGは、トルコ国内の反政府勢力PKKと「兄弟組織」とも言われる強い関係がありますが、ISに苦戦するシリアにあって、唯一ISへの攻勢を強め、その成果を出している組織です。
アメリカがISとの戦いで頼りとする勢力でもあります。

****トルコ「二正面作戦」に潜む真の目的、IS掃討優先しNATOは黙認****
トルコがクルド人武装組織「クルド労働者党(PKK)」とイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」を相手に「二正面作戦」に乗り出した。

この戦略をめぐりトルコが裏表のある策をろうしていることに北大西洋条約機構(NATO)諸国は気付いているが、加盟国唯一のイスラム教国を味方に付けておきたいがために目をつぶっていると、専門家は指摘する。

28日に緊急理事会を開いたNATOは、「テロ」と戦うトルコに連帯を示す声明を発表した。しかし、その裏では一部の加盟国が、トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領の戦略に不快感をおぼえていた。

シリアとイラクで勢力を拡大するISの掃討作戦にトルコが突然参加してきたのは、西側諸国が対ISの防壁とみなしているクルド人勢力を攻撃するにあたってのカモフラージュが目的ではないか――こうした疑念が渦巻いている。

独裁的でイスラム主義に根差したエルドアン大統領はこれまで、ISの問題に見て見ぬふりをしていると非難されてきた。そのエルドアン大統領率いるトルコの方針転換の動機に、欧米諸国の政府は「非常に大きな不信感」を抱いていると、リスクマネジメント会社IHSのトルコ人アナリスト、エゲ・セチキン氏はAFPに語った。

「トルコの優先事項がクルド人勢力、より具体的に言えば(トルコと)国境を接するシリア北部のクルド人勢力の台頭を抑えることだと、NATO諸国は十分に承知している」「対IS攻撃は、米国への譲歩の意味合いが強い」(セキチン氏)

専門家らによるとNATO側は、PKKとそれ以外のクルド人勢力を明確に区別している。

英シンクタンク「王立統合防衛安全保障研究所(RUSI)」の中東カタール支部長、マイケル・スティーブンス氏は、シリアのクルド人勢力が先週末にトルコ軍から砲撃されたと非難した際、トルコはすぐに攻撃をやめたと指摘。
「米国が、この勢力には触れてはならないとのメッセージを(トルコに)送ったことは明白だ」と述べた。(後略)【7月31日 AFP】
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「トルコ軍はISを標的にする代わりに、我々の味方を攻撃している」と批判するシリアのクルド人勢力YPGに対し、トルコ政府は、今度の軍事作戦でYPGを標的にしたことはない、と否定しています。

トルコのPKK攻撃を黙認しているアメリカも、さすがにYPGへの攻撃にはストップをかけたようです。

ただ、同じクルド人勢力にあって、トルコ軍のPKK攻撃は黙認するが、YPGやイラク・クルド自治政府のクルド民兵組織「ペシュメルガ」とは協力してIS作戦にあたる・・・・といったことが可能なのか?

イラク北部のクルド自治政府領内のPKK拠点攻撃では、一般市民にも犠牲者が出ており、クルド自治政府の対応も微妙になっています。

****トルコのクルド人武装組織への空爆 市民にも犠牲者****
トルコ軍が隣国イラクにあるクルド人武装組織の拠点に対して行っている空爆で、これまでにおよそ260人が殺害されたことが明らかになり、クルド自治政府は、市民の犠牲者も出ているとして批判を強めています。

トルコは、長年にわたり対立してきたクルド人武装組織のイラク北部の拠点などへの空爆を続けており、アナトリア通信は先月24日に空爆が始まってからこれまでにこの組織のメンバー、およそ260人が殺害されたと伝えました。

トルコ軍は1日もイラク北部のクルド人の村に空爆を行い、クルド自治政府はNHKの取材に対し、幼児2人を含む、市民6人が犠牲になったと述べました。

これについて、トルコ外務省は、クルド人武装組織が市民を「人間の盾」に使っていると主張したうえで、調査を始めたことを明らかにしました。

イラクのクルド自治政府は、トルコ政府と対立するクルド人武装組織が自治区で活動するのを黙認してきましたが、市民が巻き添えになったことに批判を強めています。

クルド自治政府のバルザニ議長は声明を発表し、トルコの空爆を非難するとともに、クルド人武装組織に対しても「自治区の外で戦うべきだ」と述べ、突き放す姿勢を見せました。

そのうえで、トルコ政府とクルド人武装組織に和平交渉を再開するよう求め、双方の対立が地域に悪影響を及ぼすのを避けたいとの思いもにじませています。【8月2日 NHK】
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クルド自治政府のバルザニ議長が、「自治区の外で戦うべきだ」とPKKに冷たいのは、議長が率いる最大勢力クルド民主党がもともとPKKと疎遠で、むしろトルコ・エルドアン政権と協力してきたことによるものです。

ただ、クルド自治政府のもうひとつの有力政治勢力であるクルド愛国同盟は、逆にPKKと近い関係にあります。
トルコのPKK拠点攻撃は、クルド自治政府を支える二大勢力(もともと内戦を経験したほど仲が悪い組織ですが)の脆弱な連立にヒビを入れることにもなります。

****対IS、混乱の火種****
トルコ軍がPKKへの空爆を再開したことで、対IS作戦の最前線となっているイラク北部のクルド地域政府でも緊張が高まる恐れが出てきた。連立してクルド政府を構成する2大政党が、この問題で微妙に立場を異にしているからだ。

「PKKには忍耐を求めたい」。クルド政府のバルザニ大統領は26日、PKKに自制を促す声明を出した。同大統領は最大勢力クルド民主党を率い、近年はトルコと軍事、経済両面で連携を深めてきた。対ISではトルコ軍に治安部隊を訓練してもらっている。

もうひとつの政党クルド愛国同盟は、かつてクルド民主党と武力闘争を繰り返した。歴史的にもPKKとのつながりが深い。27日には党として声明を出し、トルコに対PKK空爆の中止を求めた。

両党ともトルコ政府、PKK双方に和平協議再開を求める点では一致しているが、立場の違いは、イラク北部で対IS作戦の主力を担うクルド政府の治安部隊ペシュメルガにも混乱をもたらしかねない。

ペシュメルガはもともと両政党の武装組織が統合したものだ。今でも、部隊によってはそれぞれの政党への帰属意識が強いとされる。

米国など国際社会が信頼を寄せるペシュメルガが2大政党の対立に巻き込まれれば、対IS作戦全体の見直しを迫られることになりかねない。

米国は、PKKについては「テロ組織に指定している」としてトルコ軍の空爆に理解を示すが、PKKと兄弟関係にあるシリアの民主統一党(PYD)については、シリア北部の対IS戦で共闘を続ける複雑な立場にある。【7月28日 朝日】
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アメリカは「テロ組織」PKK拠点へのトルコの空爆は自衛だとする一方で、「PKKは暴力をやめ(トルコ政府との)和平交渉を再開し、トルコ政府には(PKKの動きに)対応してほしい」と、トルコ政府・PKK双方に自制を求めています。

クルド系政党・人民民主主義党(HDP)党首も捜査対象に
一方、エルドアン政権の国内でのPKKメンバーなど「テロ支援者」摘発も熱を帯びています。
捜査の手は、先の総選挙で躍進し、与党を脅かす勢力となっているクルド系野党の党首に及んでいます。

****クルド系政党党首、トルコ検察が捜査 「反政府デモを扇動****
トルコ政権と、少数民族クルド人の緊張が高まっている。

同国の検察当局は7月30日、昨秋起きたクルド人の反政府デモを扇動した疑いで、クルド系政党・人民民主主義党(HDP)のデミルタシュ共同党首に対する捜査を始めた。

同氏はトルコ軍による非合法武装組織「クルディスタン労働者党」(PKK)への空爆を、「政権与党の集票のためだ」と非難していた。

アナトリア通信によると、デミルタシュ氏の容疑は「国民の一部を武装させ、挑発する罪」。国会議員には不逮捕特権があるが、仮に裁かれれば、最長で24年の禁錮刑が科される可能性がある。もう一人の共同党首、ユクセキダー氏もテロ組織の宣伝をしたとの容疑で捜査を受けている。

捜査対象の反政府デモは昨年10月に起きた。トルコ国境に接するシリア北部のクルド人の町アインアルアラブ(クルド名コバニ)が過激派組織「イスラム国」(IS)に攻撃されているにもかかわらず、トルコ軍が軍事介入しないことに、HDPは「同胞が見殺しにされている」と反発。抗議デモを呼びかけた。各地でデモが起き、参加者ら33人と警官2人が死亡した。

その後、今年6月の総選挙でHDPは議席を倍以上に伸ばした。そのあおりで与党・公正発展党(AKP)は過半数割れした。

一方、トルコ軍は7月24日からISとPKKへの空爆を始めた。ISには25日を最後に計3回にとどまるのに対し、PKKには28日まで計5回に及び、少なくとも戦闘員ら約190人が死亡したとみられる。

デミルタシュ氏は空爆について「本当の狙いはISではなくクルド」と指摘。政権側がクルド人全般のイメージを悪化させようとしていると批判した。

HDPはクルド人だけでなく、他の少数派やリベラル層を取り込み、国民政党になることを目指す。デミルタシュ氏はクルド人の自治拡大を目指すPKKの「思想的影響を受けている」としつつも、暴力行為とは一線を画している。

だが政権側はPKK空爆でクルド人全般を危険視するムードをつくり出そうとしている。HDPの票を減らすことで、次期総選挙で単独過半数獲得を狙っている――。デミルタシュ氏側はそう警戒する。【8月1日 朝日】
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当面の最大の政敵でもあるクルド系政党・人民民主主義党(HDP)のデミルタシュ共同党首に対する捜査というのも、随分と露骨なやり方に見えます。

このところ連日報じられるのは、こうしたトルコによるクルド人勢力への攻撃・弾圧ばかりで、ISへの攻撃に関しては殆ど動きがありません。

エルドアン大統領の目論見どおり(?)国内治安悪化
当然のように、多くの死傷者を出しているPKKはトルコ政府への反発を強め、テロ活動を活発化させています。

****<トルコ>PKKへの空爆で計260人死亡****
トルコのアナトリア通信などによると、反トルコ政府武装組織クルド労働者党(PKK)が2日、イランとの国境に近いトルコ東部ドバヤジット近郊で、駐車中のトルコ軍車両を爆破し、軍兵士2人が死亡、24人が負傷した。

トルコ軍は7月24日、「対テロ作戦」としてシリアの過激派組織「イスラム国」(IS)やイラク北部を拠点とするPKKへの空爆を開始した。

特にPKKへの攻撃は連日続いており、計260人を殺害。一方で、作戦開始以降のトルコ軍兵士の死者も24人以上に上るなど戦闘が激化している。(後略)【8月2日 毎日】
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PKKのテロによる国内対立の激化も、エルドアン大統領の狙いどおり・・・といったところでしょうか。
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