団塊の世代のつぶやき

誇れる日本を取り戻そう

ユネスコ脱退すべきか

2018年01月07日 | 国連

  ユネスコどころか、その本体の国連も脱退して、アメリカや台湾との新しい組織を作るべきだと何度も書いて来ました。

  産経さんが、ユネスコ脱退について代表的な両論を取り上げてくれています。ユネスコの事務局長だった方の意見は、やはりユネスコ大事ですね。

  産経ニュースより      2017.12.25

 【ニッポンの議論】ユ ネスコ脱退すべきか 「政治的決定機関なら脱退」「日本の文化力発信に必要」

 重要な歴史文書などを認定する「世界の記憶」(世界記憶遺産)をめぐり、政治的偏向が目立つ国連教育科学文化機関(ユネスコ) からの脱退論がくすぶっている。2015年の「南京大虐殺資料」の登録を受け、今度は日中韓を中心とする市民団体などが「慰安婦 関連資料」の登録を目指している。日本政府の働きかけによって制度改善が進んでいるものの、今後ユネスコとの関係はどうあるべき か。自民党の山田宏参院議員と元ユネスコ事務局長の松浦晃一郎氏に聞いた。(政治部 広池慶一)

 山田宏氏「政治的決定機関なら脱退」

 --慰安婦資料の登録が見送りに

 「10月にパリで開いたユネスコの執行委員会で、世界の記憶の制度改革に関する決議が全会一致で採択された。慰安婦関連資料の 登録が見送られたというよりは、ペンディングボックスに入ったということだ。論争のある政治的、歴史的案件は関係国で協議し合意 がなければ登録されない。さらに、既に登録されている『南京大虐殺資料』の登録を抹消する道も開かれた。日本政府が一生懸命取り 組んだ結果だ」

 --何が問題だったのか

 「世界の記憶というからには、世界中、誰でもその資料にアクセスできなければならない。しかし、南京大虐殺資料については、ど んな資料が登録されているのか、資料が何点あるのか、われわれは見ることができなかった。また、ユネスコの世界遺産は条約に基づ いて政府が申請し、登録過程で意見表明する機会があるが、世界の記憶は国連の事務機関が決定していた。このため審査過程が極めて 不明瞭で、相手国の言い分を聞かずに登録するということが繰り返し行われてきた」

 --なぜ改革が始まったのか

 「日本政府がユネスコ改革に本腰を入れるようになったのは、南京大虐殺資料の登録以降だ。日本がアジア地域で『歴史戦』を戦っ ている中で、相手側の主張に大義を与えるようなことはわが国の外交上、望ましくない。安倍晋三政権として、まだ証明されていない ものを歴史的事実かのように取り上げることについて、当然ながら反発したということだ。米国に続いて世界第2位のユネスコの分担 金負担国である日本が、支払いを一時的に留保したことも賢明な対応だったと思う」

 --なぜ対応が後手に

 「戦後の日本は『国連はすばらしい機関だ』と言って、国連を神格化してきた。特にユネスコの教育、科学、文化を通じて平和を追 求するという理念に飛びついた。全国各地にユネスコ協会がつくられ、金は出すがユネスコの決定に弓を引くようなことはなかなかで きなかった。東京の一等地に国連大学を誘致したが、一体どんな研究が行われているのか日本人はさっぱり知らないのではないか。盲 目的なユネスコ信仰から解かれないといけない」

 --日本の取るべき道は

 「どんなことをされてもユネスコを脱退すべきではないという論理を採るべきではない。ユネスコが一方の側に立った決定を下す政 治機関として振る舞うのであれば、脱退した方がいい。『南京事件』や『慰安婦』は日本の名誉に関わる問題だ。世界の記憶という形 でお墨付きを与えてしまえば、中国や韓国が歴史的事実だと主張することは目に見えている。国連が世界の平和を維持するための機関 として機能しているか常に監視していく必要がある」

 <やまだ・ひろし>昭和33年、東京都出身。59歳。自民党参院議員。京大法学部卒業後、松下政経塾に入塾した。昭和60年に 東京都議会議員に史上最年少で当選。その後、衆院議員や杉並区長を務めて平成28年から現職。

松浦晃一郎氏「日本の文化力発信に必要」

 --ユネスコ脱退論について

 「世界の記憶に関しては、日本政府の外交努力が実って制度改革が進み、慰安婦関連資料の登録が回避された。10月には新事務局 長にフランスの元文化大臣のアズレ氏が就任し、これから新体制の下でユネスコを立て直そうとしている。日本とユネスコの関係で言 えば、教育や文化を中心にパイプがどんどん太くなっている。こういう中で『脱退すべきだ』という意見があるのは私にとっては驚き だ」

 --政治利用が問題となっている

 「世界の記憶は1992年に始まったが、当時はしっかりとしたガイドラインがなかった。このため、2003年に専門家ベースで ガイドラインを作成し、最終的に事務局長だった私が了承した。ただ、このような政治的案件が出てくることは誰一人として予測して いなかった。2年前に『南京大虐殺資料』が登録されたときは非常に残念だった。後から考えれば歯止めを掛けておくべきだった」

 --政府対応の評価は

 「一時期、『ユネスコの分担金を止めるべきだ』という意見が国内に広がった。私が主張していたのは、日本は分担金を支払う条約 上の義務があり、仮に止めたとしても、止めた段階から日本は発言権を失うことになる。そうなれば、世界の記憶に関与できなくな り、日本に不利な形でますます利用されてしまう。むしろ、分担金を支払って発言権を確保し、制度改革を進めていく。そして、政治 的摩擦を生むような案件は取り上げないシステムを作るべきだと強調した。あの時、私が言ったことは正しかったと確信している」

 --なぜユネスコが大事なのか

 「日本が誇るべきは文化力だ。ユネスコは、その文化力を対外発信するために非常にプラスになっている。例えば、私が創設に取り 組んだ世界無形文化遺産に『和食』が登録されて以降、海外の日本食レストランは10万軒を超えた。昨年1年間の訪日外国人観光客 は2千万を超え、みんな日本食を楽しみにしてきている。地方活性化の柱の一つは、毎年のように登録されている世界遺産と世界無形 文化遺産だ。ユネスコから手を引けば新規登録はできなくなり、地方で世界遺産登録に必死に取り組んでいる人たちになんて説明すれ ばいいのか」

 --政治利用を排除するためには

 「しっかりとしたルールを作り、そのルールを守っていくことだ。世界の記憶は制度改革の第一歩を踏み出したが、理想は世界遺産 のように条約化することだろう。登録審査を行う国際諮問委員会に日本人が入っていないことも今後の課題だ。まだまだ人材育成の面 で日本は後れを取っている。政府には国際的な視野を持った日本人のアーキビスト(公文書管理の専門家)の育成に力を入れてほし い」

 <まつうら・こういちろう>昭和12年、山口県出身。80歳。東大法学部を中退し、34年に外務省に入省。外務審議官や駐仏大 使などを歴任し、平成11年から10年間、アジア人初のユネスコ事務局長を務めた。

  松浦さんの意見も分かりますが、その優しさが、ここまでユネスコを腐らせたのじゃないでしょうか。
  と言うか、もう欲にまみれた奴等の跋扈する世界組織は成り立たないことがはっきりしたのじゃないでしょうか。
  まずは、世界が日本人のレベルになってから新しい組織を作るべきかもしれません。当然、今の日本人もその資格は無い。やはり、先人並の民度を取り戻してからでしょう。となると、そんな日は来ないのかも。


当用漢字は日本文化破壊工作の一環

2018年01月07日 | 素晴らしい日本語

  このサイトを曲がりなりにも続けてこられたのはPCだからです。これをもし自筆の文を書かなければならないとしたら一日で終わっていたでしょう。と言うのも、先ず漢字を書けない、語彙を思いつかないこともあって辞書を引くだけで疲労困憊することは間違いないでしょうから、どう考えても棒を折っていたでしょう。
  それでなくても無知でも書いているように知らないことが多すぎます。先人の教養の凄さには到底かないません。確かに、古文や漢文などが無くなって勉強は楽になりましたが、それだけ教養はなくなってしまったということです。楽をして失ったものが多すぎたのかも。

  そんな戦後教育にも、GHQの日本人を劣化させる企みがあったようです。何時もの、ねずさんが当用漢字にそんな企みがあったことを書いてくれています。


   大和心を語る ねずさんのひとりごとよ り    2017年12月27日

  当用漢字は日本文化破壊工作の一環としてつくられたというお話

  …略

 「当用漢字」は、GHQの指導に基づき、昭和21年11月5日に国語審議会が答申し、同年11月16日に内閣が告示しました。
要するに戦後の占領政策の一環として誕生しました。
もともとは、日本占領時に、日本精神弱化のために日本の公用語を英語にしてしまおうという動きもあったのですが、日本には1億か らの人がいるし、日本人が英語が堪能になって逆に文化侵略をしてくるのも恐ろしい(笑)ということから、日本語そのものに手を加 えようとして実行されました。

 はじめに日本語の文章で使用頻度の高い1850字が「当用漢字表」に、「さしあたって用いる文字」として選ばれました。
そして実は、これによって日本人は國語文化の大切な部分を失いました。

 たとえばいくつか例をあげますと、わかりやすいのが礼儀作法の「礼」という字です。
「礼」は、もともとは「禮」と書きました。
字を見たらわかりますが、「禮」は「示(しめす)へん」に「豊(ゆた)か」です。
つまり、おじぎをしたり、お礼を言ったりする礼というのは、相手にわかるように、はっきりと豊かにそれを体の動きで示す、だから 「禮」だったわけです。
ところが、それが「礼」という字になると、いったいなんのことだかわからなくなる。

 学校の「学」に至っては、ものすごく重要な文化が失われました。

 もともと「学」は、「學」と書きました。
「へん」のところが複雑な書体になっていて、「X」が上下に二段並んでいますが、これは人の手で、両側にあるのが大人たちです。
つまり「學」という字は、複数の大人が、みんなでひとりの子を立派な人にするために「引っ張り上げる」という意味を持つ漢字で あったわけです。

 ところがこれが「学」になると、むしろ「子」が主体で、自力で学ぶことが「学」というように錯覚します。
要するに、教育者の側が子のレベルを引っ張り上げるというのが、もともとの「學」、子が自力で学ぶというのが、新字体の「学」で す。学ぶ主体が逆なのです。…中略

 実際、よく使われる「当用漢字」が幼年教育に採り入れられることによって、現実に我々日本人は、日本的な精神性の大切な部分を 失うに至ったということができます。
「禮」という字を子供に教えるのはむつかしいという人もいるようですが、子供というものは、むつかしい字であっても、意味がわか れば、それなりに吸収するものです。

 昭和30年代のことですが、ある子は幼稚園に市営バスで通園していました。
乗るバスは「西循環」という市内西部を循環するバスです。
いろいろな行き先のバスが次々とやってくる中、その子は、ちゃんと「西循環」という漢字を理解して、間違えずに毎日の幼稚園の行 き帰りにバスに乗っていました。
しかもその子は、自分の乗るバスの行き先の漢字を覚えて、ちゃんと紙に書くこともできたそうです。
大人がちゃんと「學(まな)ばせればできる」のです。

  戦前の漢字を見て、こんな難しいのはとてもじゃないが覚えられなかっただろうと、簡単になったことを喜んでいたのですが、それによって大事なものを失っていたんですね。
  子供の時に学ばせられていれば、私でもできたのかもしれません。やはり、勿体無いことをしたのじゃないでしょうか。
  
  それにしても、GHQの日本弱体化計画は凄まじいですね。余程、日本を研究したようです。それにまんまと乗せられて劣化させられた日本人のバカさ加減にも呆れます。やはり、教育再生でもう一度先人の教養を取り戻す必要があります。


★初代大統領・李承晩に歴史ねじ曲げた大罪

2018年01月07日 | 悪の根源李承晩

  特亜3国の本質を見誤ったアメリカが、韓国の初代大統領として最悪の李承晩を選んだことが、今の韓国の悲劇であることは、2017年5月20日、第 1439回の「李 承晩ラインの死者数」、2015年6月15日、第 361回の「李 承晩ライン」、2013 年7月18日、第 66回の「悪 の根源李承晩」などで何度も取り上げてきました。
  アメリカが分かっていてやったのかどうかは分かりませんが、兎に角アメリカの特亜3国に対する対応は全て間違ってきたことだけは間違い無いでしょう。
  そして、未だに、その間違いに気がついていないようなのもアメリカの頭の悪さを証明しているのじゃないでしょうか。

  その李承晩の大罪を産経新聞が詳しく書いてくれています。これは、韓国語で書いて韓国人に読ませるべきでしょう。外務省の仕事ですね。    

  産経ニュースより     2017.12.26

 【目 を覚ませ韓国】初代大統領・李承晩に歴史ねじ曲げた大罪 反日を国民に強制

 韓国で、今日のような「反日感情」が生まれたのは戦後のことである。初代大統領、李承晩(イ・スンマン)が史実を捻じ曲げ、反 日歴史観を国民に強制したことが大きい。(夕刊フジ)

 彼が歴史を歪曲(わいきょく)した理由は3つある。

 1つは、「政権の正当性」の確保だ。本来、日本から独立するなら、日本と併合条約を締結した大韓帝国が復活すべきである。だ が、戦後最高権力を握った李承晩氏は李王朝の復活を許さず、韓国は共和国となった。そのままでは「朝廷への謀反」となるため、つ じつまを合わせるべく歴史を改竄(かいざん)する必要があったとされる。

 2つ目は、国民の「日本時代への郷愁」を断ち切ることだ。

 戦後、日本と分断された韓国は世界の最貧国へ没落し、日本時代を懐かしむ雰囲気が国中にあふれていた。日本時代が「地獄」だっ たことにしなければ、新政権の存在意義が薄らいでしまう。

 3つ目は、朝鮮戦争前後の李政権による自国民虐殺事件を糊塗(こと=取り繕う)するためだ。

 1948年に済州島で発生した「四・三事件」では、3万人近くの罪のない民間人が共産ゲリラ幇助(ほうじょ)の疑いで、政府軍 に虐殺された。朝鮮戦争が始まると、左翼からの転向者を再教育するために組織した「保導連盟」の加入者を「敵性分子」として虐殺 した。少なくとも10万人以上が殺されたという説もある。さらに、北朝鮮ゲリラ討伐の過程で、全羅道や慶尚道の山村では、女子供 を多数含む民間人を「共産ゲリラ協力者」と見なして数百人から千人単位で虐殺している。

 これらの虐殺事件をめぐる政府批判をかわすため、李承晩は歴史を歪曲して、国民の「恨み」を日本に向けさせることにしたよう だ。

 李氏は歴史を次のように塗り替えた。

 「日本は李朝を亡ぼし、朝鮮を植民地化して残虐な支配を行った」「上海に亡命した独立運動家が『大韓民国臨時政府(臨政)』を 立ち上げ、『光復軍』を組織して朝鮮解放に貢献した」「その臨政を引き継いだのが李承晩政権である」

 このように自己政権を正当化したうえで、「朝鮮戦争で同族同士が殺し合うことになったのも、すべて南北分断をもたらした日本統 治に原因がある」ことにしたのだ。彼は日本時代の真実を語る者を「政治犯」として徹底的に弾圧し、強烈な反日教育で国民に日本へ の憎悪を植え付けた。

 その後の歴代政権も、国民の反日感情を利用してきた。今や統治時代の真実を知る者はごく少数となり、反日感情が自家中毒して、 日本の立場を考慮するだけで「売国奴」となる国になってしまったのだ。=おわり  松木國俊(まつき・くにとし)

  アメリカとしては成功したと思っているのでしょうか。それとも、やはり考えが足らなかったのか。
  いずれにしても、最悪の男を選んだものです。これが、反日の最大の理由だとはおもいますが、案外誰でも結果は同じだったのかも。しょせん、そういう国なのかも。
  どうも、こちらの方が正解かも。やはり、相手にしないことが一番のようです。


中国の前に立ちはだかるインド

2018年01月07日 | 中国

  インドが中国の一帯一路の作戦を砕く為に動き出したことを、2017年11月30日、第 6633回の「イ ンドは中国パキスタン経済回廊に風穴を開けた」で、とりあげました。

 それを書いてくれた何時もの宮崎さんが、産経にも書いてくれています。

  産経ニュースより     2017.12.28

 【中 国・連鎖地獄 大失敗の一帯一路】中国の前に立ちはだかるインド 「海のシルクロード」は画に描いた餅の様相に

 インドのモディ政権は、北東部シッキム州に中国が越境してから、残る回廊の維持に必死だ。「親中派の代表」パキスタンを迂 回(うかい)した海路をイラン東端につなぎ、アフガニスタンへの鉄道を敷設する。(夕刊フジ)

 隣接するバングラデシュや、スリランカ、モルディブへの、中国の進出を警戒している。インドを囲む「真珠の首飾り」の外環 を遠巻きにするため、日本や米国、オーストラリアと協議を重ねてきた。

 ついにインドが動いた。

 西部グジャラート州のカンドラ港から今年秋、パキスタン・カラチ沖合をスルーして、イラン南東部チャーバハール港に小麦1 万5000トンを陸揚げし、それを内陸国家であるアフガニスタンの首都カブールに援助物資として届けたのだ。

 ちなみに、グジャラート州は、モディ首相の出身地である。日本が大規模に肩入れしている「インド新幹線」は、同州の最大都 市アーメダバードと、インド最大の都市ムンバイを結ぶ。

 前出のカンドラ港から、チャーバハール港への海洋ルートは、従来の貿易ルートでは、細々とした物資の陸揚げしかなかった。 だが、チャーバハール港からイランを北上すれば、アフガニスタンである。

 インドからアフガニスタンへ向かう物資は、これまでほとんどパキスタンの最大都市カラチへ陸揚げされた。そこから、中国が 支援する「中国・パキスタン経済回廊」(CPEC)を通じて、パキスタンの首都イスラマバードあたりで分岐し、アフガニスタ ンへ運ばれていた。

 だからこそ、インドは「バイパス建設」に熱心なのだ。イラン・チャーバハール港開発プロジェクトに投資し、4つのバースを 完成させた。

 このチャーバハール港は440ヘクタール。これまでの年間取り扱い貨物は210万トン。インドが投じた開発投資は8500 万ドル(95億8300万円)。チャーバハール港からイランを北上し、アフガニスタン南西部のザランジへ物資を運ぶルートを 「インド-イラン-アフガン回廊」という。

 また、チャーバハール港に隣接する工業団地に、インドは20億ドル(約2250億円)を投資して、鉄鋼プラントなどを立ち 上げた。チャーバハール港の陸揚げ能力は、年間210万トンから850万トンに劇的な向上をみせている。

 中国の「海のシルクロード」は、画に描いた餅のような趣になってきた。

 ■宮崎正弘(みやざき・まさひろ) 評論家、ジャーナリスト。1946年、金沢市生まれ。早大中退。「日本学生新聞」編集 長、貿易会社社長を経て、論壇へ。国際政治、経済の舞台裏を独自の情報で解析する評論やルポルタージュに定評があり、同時に 中国ウオッチャーの第一人者として健筆を振るう。著書・共著に『韓国は日米に見捨てられ、北朝鮮と中国はジリ貧』(海竜 社)、『連鎖地獄-日本を買い占め世界と衝突し自爆する中国』(ビジネス社)など多数。

 このインドの覚悟が、中国の止めを刺すなんてことになって欲しいものですが、中国も必死のようです。
 モルディブに楔を打ち込もうとしているようです。

  産経ニュースより     2017.12.27

  赤 色に染まる南の楽園モルディブ 中国に傾斜、FTA締結でインド反発

 【ニューデリー=森浩】インド洋の島嶼国、モルディブの中国接近が顕著だ。現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」に参 加し、このほど中国と自由貿易協定(FTA)も締結した。一連の動きに安全保障上も経済上も関わりが深いインドはいらだちを 募らせる。インド洋での覇権争いに直結する重要地点だけに、楽園の島をめぐる中印のつばぜりあいは今後も続きそうだ。

 「一帯一路は中小国の発展を後押ししている」

 7日に北京を訪問したモルディブのヤミーン大統領は、中国の習近平国家主席とともにFTAの署名式に出席。中国が推進する 政策を褒めちぎった。

 習氏もモルディブについて一帯一路の海上ルートでの重要なパートナーだと指摘し、両首脳は満面の笑みを浮かべて握手した。 中国国営新華社通信によると、FTAにより、モルディブが中国から輸入する品目の95・6%が8年以内に、中国がモルディブ から輸入する品目の95・4%が5年以内に、それぞれ関税がゼロになる。

 この動きに心中穏やかでないのはインドだ。まだモルディブとFTAを結んでおらず、中国に出し抜かれた格好となった。イン ド外務省は14日、モルディブとインドは「歴史的、文化的に結びつきが強い」と強調した上で、「“インド第一政策”を継続す るのかというわれわれの懸念に対し、(モルディブ側が)敏感であることを期待する」と、遠回しながら中国傾斜に強烈にくぎを 刺した。

 モルディブはインドの真南に位置し、中国化が進めば、戦略的に脅かされる可能性がある。「のど元に刃物を突きつけられる格 好になる」(インド紙記者)

 また、インドが懸念を深める背景には歴史的経緯もある。1988年にモルディブで大統領に対するクーデター未遂事件が起き た際、インドは陸海空軍1600人を派遣して鎮圧。その後、両国は安全保障上も経済上も密接な関係となった。モルディブの首 都マレには、インドのかつての首相、インディラ・ガンジーの名前を冠した病院も建設されている。

 蜜月にすきま風が吹き始めたのは、2013年11月にヤミーン氏が大統領に就任したことがきっかけだ。反インド的なスタン スを取るヤミーン氏は、14年9月に習氏がモルディブを訪問した際に一帯一路への賛意を表明。インドと前政権が決めたインド 企業による空港開発プロジェクトも解除した。15年には憲法を改正して外国人による土地所有を認めたが、中国企業による大規 模な資本投下を念頭に置いた措置だったために批判を浴びた。

 “反印親中”の流れが強まる一方で、元大統領ら政敵を相次いで逮捕するなど強権的なヤミーン氏の手法には、野党を中心に反 発が強い。モルディブは来年末に大統領選が行われる予定で、結果によっては流れが変わる可能性もある。

 インドの政治評論家、ラメシュ・チョプラ氏は産経新聞の取材に「インドは現状にイライラしながら、選挙結果を待つことにな るかもしれない」と予測している。

 ■モルディブ インド洋上の約1200の島で構成される島嶼国で、人口約40万人。国教はイスラム教(スンニ派)。主な産 業は観光業と漁業。基本的に1つの島に1つのホテルしか設置できない形式で、旅行先やダイビングスポットとして人気が高く、 2014年は人口の約3倍に相当する120万人が訪れた。国別では中国人観光客が最も多く、年間36万人が訪問している。

  嫌な大統領ですね。オーストラリアやインドネシアなどのトップの交代による中国寄りを思い出します。やはり、世界は腹黒いですね。
  この攻防で何としても中国を叩き潰したいものですが、果たして、その素晴らしい時が来るのでしょうか。
   

何としても、中国崩壊を見たい!