平成19年12月16日(日)
ヤマコ臼杵美術館で国宝臼杵石仏発掘資料や県有形文化財臼杵藩稲葉家資料をじっくり見て、いよいよ60余体の磨崖仏を見学です。この橋を渡ると九品の阿弥陀仏像がすぐ右手に見えてきます。平安後期の作と言われています。
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石仏の由来について由来についてはフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)の解説が分かりやすいので引用します。
『石仏造営の時期や事情を証する史料は一切残っていない。造像の経緯については民話・伝承により諸説あるが、臼杵市観光協会は民話「真名野長者伝説(炭焼き小五郎伝説)」による、長者が亡くなった娘の菩提を弔うために彫らせたという説に基づいた観光アピールを行っている。』
謎がロマンを呼ぶと言うものでしょう。
地蔵+王像(ホキ石仏第一群第4龕)。中尊は地蔵菩薩。十王像が左右に5体。鎌倉時代の作。【仏像の説明はパンフレットを参考にしました】
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如来三尊像(ホキ石仏第一群第2龕)。平安後期の作と言われています。ホキとは地名。当てはまる漢字がないのだそうです。
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如来三尊像。(ホキ石仏第一群第1龕)。中尊に童顔で親しみやすい釈迦如来が刻まれている。平安後期の作。
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山王山石仏。安井曾太郎画伯が絶賛した隠れ地蔵とも呼ばれる童顔の如来座像。
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最後は臼杵の磨崖仏のシンボル・去年の石仏です。仏頭が落ちて安置されていましたが、修復工事で復位されました。
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おなじみの気品溢れる姿です。
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この後私たちは臼杵市内へ回り、昼食後街並み散策をしました。野上弥生子文学記念館では彼女の業績に改めて思いを深くし、二王座歴史の道などゆったりした時の流れに身を委ねました。
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ヤマコ臼杵美術館で国宝臼杵石仏発掘資料や県有形文化財臼杵藩稲葉家資料をじっくり見て、いよいよ60余体の磨崖仏を見学です。この橋を渡ると九品の阿弥陀仏像がすぐ右手に見えてきます。平安後期の作と言われています。
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石仏の由来について由来についてはフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)の解説が分かりやすいので引用します。
『石仏造営の時期や事情を証する史料は一切残っていない。造像の経緯については民話・伝承により諸説あるが、臼杵市観光協会は民話「真名野長者伝説(炭焼き小五郎伝説)」による、長者が亡くなった娘の菩提を弔うために彫らせたという説に基づいた観光アピールを行っている。』
謎がロマンを呼ぶと言うものでしょう。
地蔵+王像(ホキ石仏第一群第4龕)。中尊は地蔵菩薩。十王像が左右に5体。鎌倉時代の作。【仏像の説明はパンフレットを参考にしました】
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如来三尊像(ホキ石仏第一群第2龕)。平安後期の作と言われています。ホキとは地名。当てはまる漢字がないのだそうです。
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如来三尊像。(ホキ石仏第一群第1龕)。中尊に童顔で親しみやすい釈迦如来が刻まれている。平安後期の作。
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山王山石仏。安井曾太郎画伯が絶賛した隠れ地蔵とも呼ばれる童顔の如来座像。
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最後は臼杵の磨崖仏のシンボル・去年の石仏です。仏頭が落ちて安置されていましたが、修復工事で復位されました。
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おなじみの気品溢れる姿です。
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この後私たちは臼杵市内へ回り、昼食後街並み散策をしました。野上弥生子文学記念館では彼女の業績に改めて思いを深くし、二王座歴史の道などゆったりした時の流れに身を委ねました。
それは、観光バスなどに乗車していて、ガイドさんがいきなり
「バスがユックリ走ります、左の崖に彫られた石像をご覧下さい」・・・などを連想し、臼杵石仏とごっちゃにしていたからです。
見事に石に彫り付けられた造り・・・・立派です。
この旅行は、
お近くのご夫妻と行かれている旅でした・・・ね。
お見事です。
このような石仏に興味が一致していると言う事は、かなりのお付き合い・・・・親戚以上、
石仏も興味深深ですが、それ以上のどんこさんとの『旅のご一行』に乾杯です。
平安の昔からずっと変わらずここにいるのだと思うと、本当にすごいですね。
みんな穏やかで、素敵な顔をしていますね。
勿体無いような感じがしますが
でも臼杵の石仏は 信仰の対象として
日に何度も拝まれて、語りかけられてきたんだろうな。。。
観ていてそんな気がしました。
磨崖仏を誰がどのようにして彫られたんでしょうね。
親子とか師弟とかで引き継ぐくらい長期に亘ったものもあるでしょうね。
私が美術品として観る目もなく 信仰心もないのに
仏像に心惹かれてしまうのは
やっぱり、石や木が好きなのかも...と思います。
仏頭が復位された後は拝観していません。
この秋に 臼杵方面を予定していたのですが
富士山に負けました。(笑)
お隣さんとの忘年旅行 どんこさんの企画...
中でも臼杵が素晴らしかったです。
仏像写真集より美しく、多い写真を観られて
嬉しいです。
多くの人の心に安らぎを与えたと思います。
大きな石仏を車で通りながら見た記憶はありますが、
近くでゆっくり鑑賞したいと思いました。
そのうち行ってみたいです。
仕事がメインでしたが、
気持ちは石仏がメインでした
フィルムの一眼を買ったばかりで、石仏だけでフィルム2本使ったような・・・
それから、臼杵は河豚も有名らしく、堪能してきました。
磨崖仏は本当に不思議です。
わからないことばかりですが、
石仏を彫った方の想いが、何百年後の私たちに何かを伝えるようです・・・
たくさんの人を慰めてきたのかと
思うと不思議だったり、感動したり
たくさんのことを考えます。
石仏さんたちは、日本の歴史をどう
思っているのでしょうね。
こういう所に、ご近所さんと来られるなんて
すばらしいですね。
平安時代か~。歴史で勉強してるし、身近な?!感覚がありますが、1000年も前!!これから1000年先って・・・と思うと、長い長い年月に驚き、そんな昔よりある石仏を不思議な感覚で見てしまいました。どんこさん、ご夫婦とお仲間で旅行されたのですね。
これからもまだまだ続くのでしょうか?楽しみです。
これは非常に柔らかい凝灰岩に掘られている仏像です。傷みもかなりありますが1000年もの歳月を経てまだこのような姿を見せてくれていることに驚かされます。
今は屋根も出来て保存への配慮がなされていますが、よくぞこれまで地域の方々が保存してこられたなあとその努力に頭が下がります。
雨で湿気が出てくると普段は見えない鮮やかな色彩も浮かび出てきます。
運良くそう言う日に拝観することが出来ました。
共に来て感激もひとしおでした。
お若い貴女のような方がご覧になっても
きっと心が惹きつけられてしまいそうな
仏像ですよ。
九州へおいでになる機会がありましたら
是非ご覧になってくださいね。
必ずご満足いただけると思います。
正確な作者などの記録もないのだそうです。
そこがまた魅力の一つにもなっているのでしょうね。
岩の中では柔らかく加工がしやすい凝灰岩だけに
傷みも早くなると言う欠点がありますが
しっかりしたお顔の仏像を見る度に
保存への並々ならぬ人々の足跡に深く感銘しました。
momomamaさんのブログを拝見しますと
石橋や仏像への深い深い思い入れを感じ取れます。
いつもその姿勢に学ぶべきものがあると
思っているのですよ。
忘年旅行にお付き合いいただき
ありがとうございました。