6日㈰、午前中の舞鶴での事務所びらきと選対会議を終えて綾部に戻り、13時から大本長生殿での「献茶式」に出席した。
献茶の儀を執行されたのは茶道裏千家の鵬雲斎、千玄室大宗匠であった。
濃茶と薄茶二椀のお点前を目の前で拝見できたので、これは一生自慢しようと思った。
御年101才とは思えない、きりっとした所作を息を呑んで見つめた。
献茶の儀の後は「祈りと一盌のお茶」と題して、鵬雲斎大宗匠が平和祈念講演をされた。「神様に背を向けるのは忍びない」とおっしゃり、演題を正面から少し右にずらされたので、ちょうど私の目の前でお話された。こんなに間近で拝見するのは初めてだった。
ご自身の戦争体験を語られた上で、戦争がいかに間違っているか、アメリカが無差別空襲と原爆で戦闘員でない一般市民を多く虐殺されたことを憤ってお話され、「私はアメリカに行って、大統領にもこれを話している」とおっしゃっていた。
バチカンに行かれた際にはローマ法王から「日本教会史を読んだことがありますか?」と訊ねられ、たまたま日本語訳を読んでおられて話が通じたとおっしゃっていた。「日本教会史」は安土桃山時代に日本に来た宣教師、ジョアン・ロドリゲスが書いた本で、そこには織田信長の時代にお茶がどのように飲まれていたかが描写されているそうだ。
当時は武士も商人も分け隔てなく、「いかがですか?」「お先にどうぞ」と一盌のお茶を介して仲睦まじくお茶を楽しむ姿があり、「これこそが日本の生活文化である」と記されているとのことだった。
聖徳太子の17条憲法にも第一条に「和を以て貴しとなす」とあり、「和」を重んじることが平和への道だ。茶碗は円く、中には緑がある。美しい自然を大切にして調和を重んじることが大事だとおっしゃった。
舒明天皇が詠まれた万葉集に収められている歌も紹介された。
大和には 群山(むらやま)あれど
とりよろふ 天の香具山(あめのかぐやま)
登り立ち 国見をすれば
国原は 煙(けぶり)立ち立つ
海原は かまめ立ち立つ
うまし国そ 秋津島 大和の国は
日本にしかない独特の感性が詠まれている良い歌だと感じた。
また、「最近は自分の好き放題が民主主義だと勘違いしている人が多いが、冗談じゃない。人間社会にはルールがある」とおっしゃり、その言葉では、最近、X上でやり取りしている「PTA反対派」の人達のことを思い出した。
大変良い、心に沁みるお話を約30分、立ったままで滔々とお話される姿を目の前で見せていただいた光栄はいつまでも忘れることがないだろう。
終了後に名刺を差し出して山崎善也市長に挨拶に来られ、隣りに座っていた私も立ち上がって名刺を渡した。それをご覧になり、「綾部というと四方だな。そうか、孫か?」と聞かれた。父のことをおっしゃっているのかと思い、「孫ではなく、息子です」と答えたら、少し怪訝な顔をされた。
後のお茶席で再度お話したところ、43年前に亡くなった祖父・源太郎のことをおっしゃっていたのだと分かった。
私は祖父と名前が同じなので、子どもの頃から祖父のことを話してこられることがよくあったが、最近はさすがに憶えていただいている方も少なくなっていたので、驚くと同時に嬉しかった。大本の神様のお引き合わせだろう。
お帰りの際には、廊下に並んで見送る淡交会の会員さんらに一人一人声をかけ、挨拶しながら帰って行かれた。
歴史上の人物を観たようなフワーッとした気分で事務所に戻り、夕方はブログ書きなどをした。