昨日(2011年12月1日)の首相官邸での首相記者会見で中国との戦略的互恵関係について記者との間に質疑応答があった。
《野田首相記者会見》
李ビョウ「香港フェニックステレビの李ビョウといいます。日中関係についてお伺いしたいんですが、総理はかねてから日中関係を形だけではなく、率直に話し合うべき、の関係にしなければならないとおっしゃっていました。率直にお伺いしますが、安倍政権の時から戦略的互恵関係が構築されて以来、近年、日中間の首脳同士で、あくまで戦略的互恵関係の確認をしているだけに見受けられます。
総理の訪中は、今回どのようなことを中国に提案していきたいとお考えなのか、それから東シナ海の共同開発など、南シナ海の海上安全保障の利益なども含めて、お考えをお伺いしたいんですが」
野田首相「戦略的互恵関係を確認しているだけだというお話がございました。私は、日中がまさに戦略的互恵関係である。これはだから、もっと平たい言葉で言うと、共存共栄の関係であると、ウィン・ウィンの関係であるという、この大原則、大局観に立って確認し合うことは大事じゃないでしょうか。
時折困難な問題が起こりますけれども、そういう問題を乗り越えていくためにも、大局的には戦略的互恵関係が必要であるということを首脳間で確認し合うということは、私はとても大事な作業だと思っております。それを踏まえて、ホノルルでは胡錦濤主席と、バリでは温家宝首相とお会いしたときにも、この議論はさせていただきました。
私にとっては中国の発展、私というか日本にとってですね、中国の発展はチャンスであると。そして戦略的互恵関係を深化させていくということは、日中間のこの2国間の関係だけではなくて、地域やあるいは世界の平和、安定、繁栄に大きく貢献するんだと。その認識をお互いに共有をするということはとても大事だと思います。その上で、今月にも訪中する予定とさせていただいておりますが、その戦略的互恵関係を深化させるための具体的な議論をしていきたいと思います」・・・・・
香港フェニックステレビの女性記者は「近年、日中間の首脳同士で、あくまで戦略的互恵関係の確認をしているだけに見受けられます」とその形式的関係を言い、野田首相はこのことを否定し、「日中がまさに戦略的互恵関係である」と実質的にこの関係を築いていると断言している。
「共存共栄の関係」にあり、「ウィン・ウィンの関係」にあると。
いわば共に成り立ち、共に利益を分かち合う緊密な関係にあると。
「日中がまさに戦略的互恵関係である」と主体を「が」で表現し、「日中はまさに戦略的互恵関係である」と言わなかったのは、日中が「戦略的互恵関係」の見本であるという意味を込めたからだろう。日中=戦略的互恵関係そのものであるとした。
この日中の戦略的互恵関係を以てして「地域やあるいは世界の平和、安定、繁栄に大きく貢献」していくとした。
だが、ここにウソがある。
日中が戦略的互恵関係にあるのは、あるいは共存共栄の関係、ウィン・ウィンの関係にあるのは両国の経済の点のみのことであって、政治・外交・軍事の面では決して戦略的互恵関係にもないし、共存共栄の関係にもないし、ウィン・ウィンの関係にあるわけでもない。
中国は政治・外交・軍事の面で日本のアジアでの主導権を許すまいとしている。勿論、国際政治の舞台での中国を上回る主導権を獲得させまいとしている。
だから、日本の国連常任理事入りをあの手この手を使って妨害した。日本が常任理事入りを果たして世界に向かって政治的な影響力を増大させることを忌避している。
日本に残されている選択肢は経済的な活路のみである。
中国は政治・外交・軍事の面で独り立ちしているが、日本はそのいずれの面でもアメリカのバックアップなしには独り立ちできないでいる。
少なくとも現時点に於いては政治・外交・軍事の面では日本は米国と共に中国との戦略的互恵関係によってではなく、軍事的な対中国封じ込めによって「地域やあるいは世界の平和、安定、繁栄に大きく貢献」すべく策している。
普天間基地の沖縄県内移設はそのための一環であろう。
日本政府が沖縄の意思に反して日米合意に基づいて普天間基地の辺野古移設を目指しているのは主として対中軍事的戦略上の必要性からなのは言を俟たない。
もし日本が中国との間に経済のみではなく、政治・外交・軍事の面でも戦略的互恵関係を結んでいたなら、アメリカは新たにオーストラリアに軍事基地を設ける計画を立てずに済んだだろうし、野田首相もそのことに対して、「米国がアジア太平洋地域で存在感を高めるのは歓迎する」と発言する必要も生じなかったはずだ。
また10月30日(2011年)に英フィナンシャルタイムズのインタビューに応じて、「残念ながら中国が不透明な形で国防費を増やし続けている。日本周辺の安全保障環境に不確実性が生じている」(中央日報)と発言する必要も生じなかったに違いない。
この発言自体が政治・外交・軍事の面では中国との間に戦略的互恵関係を築いていないことの証明となっている。
上記「中央日報」が記事の中でも伝えているが、野田首相が10月16日(2011年)の航空観閲式に臨んで、次のように中国に関して言及していることも政治・外交・軍事の面での中国との戦略的互恵関係が真正な形を整えていないことの証明となる。
野田首相「挑発的な行動を繰り返す北朝鮮の動き、軍事力を増強し続け周辺海域において活発な活動を繰り返す中国の動き、我が国を取り巻く安全保障環境は不透明さを増しております。
こういう時こそ、昨年の12月に閣議決定した新しい『防衛計画の大綱』に則り、迅速且つ機動力を重視した動的防衛力の整備が喫緊の課題であります。そのためにも、より一層の諸君の精励をお願いいたします」
対北・対中対象の限られた装備での機動性・臨機応変性の向上を唱えている。この発言からは戦略的互恵関係など影も形も感じさせない。
政治・外交・軍事の面でも日中が真に戦略的互恵関係を築いていたなら、尖閣諸島近海での中国艦船による挑発行為は起きはしない。
要するに野田首相だけではなく、日本は「戦略的互恵関係」という言葉に経済面だけではなく、政治・外交・軍事の面まで含めてそういった関係にあるかのように誤魔化しているに過ぎない。結果として「戦略的互恵関係」という言葉と中国に対して軍事的に警戒心を示す言葉を状況に応じて使い分けることとなっている。
この見方からすると、香港フェニックステレビの女性記者が言った「近年、日中間の首脳同士で、あくまで戦略的互恵関係の確認をしているだけに見受けられます」の指摘は正しく、野田首相の発言はマヤカシに過ぎないということになる。
もし野田首相自身が言っている「日中がまさに戦略的互恵関係である」がウソ偽りのない正真正銘の実質性に基づいた発言だとするなら、少なくとも対中国に関しては普天間基地の県内辺野古移設を必要としない安全保障環境となっていなければならない。
中国との戦略的互恵関係は国益維持の方便に過ぎない、今後の構築が課題だとするなら、自らの政治能力をフルに発揮して、沖縄に米軍基地を必要としない対中戦略的互恵関係の実現に向けて努力すべきだろう。
だが、一方で中国との戦略的互恵関係を言いながら、一方で安全保障上の地理的優位性を唱えて沖縄での米軍事力のプレゼンスの必要性を前面に押し出した対中軍事的牽制に血眼になっている。
この矛盾を解かない限り沖縄の基地負担軽減はあり得ないはずだ。
中国に対して政治・外交・軍事の面でも戦略的互恵関係を構築できなければ、沖縄の基地負担は継続するばかりか、最悪、逆に増加する危険性を抱えることになる。
野田首相は中国とは戦略的互恵関係にあるとすることの矛盾、あるとしながら、沖縄に対中牽制の米軍事力のプレゼンスの必要性を唱えることの矛盾に気づいていて、日本の安全保障政策に取り組んでいるのだろうか。
あくまでも矛盾を解くことが求められるはずだ。
この矛盾に気づいていないままであったなら、例え訪中して中国の国防費の透明性を求めたとしても、さして意味はなさないに違いない。
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