安倍晋三が3月18日の参院予算委員会で夏発表の「安倍70年談話」とその作成に向けた有識者懇談会の議論に関して次のような質疑応答があったという。
古賀友一郎自民党議員「報道では(「安倍談話」)は植民地支配、侵略、おわびといった文言を使用するのかといった点に関心が集中しがちだが、ぜひ、国民の多くが納得でき、かつ諸外国にも理解してもらえるような談話を出してほしい。戦前の歴史の検証がやり残されている」
安倍晋三「先の大戦に至る日本の歴史自体を総括すべきだと考えているが、あくまでも基本的には、有識者や学者、歴史家にまずは委ねるべきだ。政府にいる我々が発言すれば、直ちに政治・外交問題化し、結果として、歴史的な冷静な冷徹な分析に至ることは難しいということになる。
単に日本だけ、ある期間だけではなく、世界全体を俯瞰しながら、どういう時代だったのか、日本がとった行動はどうだったのか、どんな選択肢があったのかも含めてよく考えていく。長い時間軸の中で、どのようにさまざまな状況が形成されてきたのかも冷静に議論していく必要がある。有識者懇談会でさまざまなご意見をうかがったうえで、政府として新たな談話を検討していきたい」(NHK NEWS WEB)
日本の戦争の検証・総括に関しては極々当たり前のことを言っているに過ぎない。有識者、学者、歴史家以外に誰が検証・総括を成し得るというのだろうか。勿論、有識者、学者、歴史家の中には中国や韓国、その他のアジアの国々の有識者、学者、歴史家を加えなければならない。
議論が紛糾して例え纏まらなくても、問題点だけは浮上させることができる。
安倍晋三が「単に日本だけ、ある期間だけではなく、世界全体を俯瞰しながら、どういう時代だったのか、日本がとった行動はどうだったのか、どんな選択肢があったのかも含めて」と言っていることは、議論に欧米の植民地主義をも含めることで日本の植民地主義・侵略をその陰に置いて相対化し、罪薄めを図ろうという魂胆を示したに過ぎない。
要するにあの時代、日本が生き残るために止むを得ず選択した自存・自衛の戦争と正当化したい思惑を宿しているというわけである。
それを「世界全体を俯瞰しながら」と、尤もらしい言い回しで巧妙にゴマ化している。
戦争の検証・総括は「政府にいる我々が発言すれば、直ちに政治・外交問題化」すると言って、政府関係者は発言すべきではないと戒めている。
では、安倍晋三は日本の戦争の歴史に関わる発言を控えてきたのだろうか。発言を控えて、「政治・外交問題化」を避ける賢明な外交姿勢を取ってきたのだろうか。
第2次安倍政権発足1年2013年12月26日の靖国神社参拝後対記者団発言を見てみる。
安倍晋三「本日靖国神社に参拝を致しました。日本のために尊い命を犠牲にされたご英霊に対し、尊崇の念を表し、そしてみ霊安らかなれと手を合わせて参りました。
そして同時に靖国神社の境内にあります鎮霊社にもお参りをして参りました。鎮霊社には靖国神社に祀られていない、すべての戦場に斃れた人々、日本人だけではなくて、諸外国の人々も含めて全ての戦場で斃れた人々の慰霊のためのお社であります。その鎮霊社にお参りを致しました。全ての戦争に於いて命を落とされた人々のために手を合わせ、ご冥福をお祈りをし、そして二度と再び戦争の惨禍によって人々の苦しむことの無い時代を創るとの決意を込めて不戦の誓いを致しました」
記者「今日は12月26日、安倍政権発足から丁度1年。なぜこの日を選んで参拝されたのでしょうか」
安倍晋三「残念ながら靖国神社参拝自体が政治・外交問題化しているわけでありますが、その中に於いて政権が発足して1年、この1年の安倍政権の歩みを報告し、二度と再び、戦争の惨禍によって人々が苦しむことの無い時代を創るとの誓いを、この決意をお伝えするためにこの日を選びました」(NHK NEWS WEB)
「残念ながら靖国神社参拝自体が政治・外交問題化しているわけであります」と言いながら、参拝して、「政治・外交問題化」することを許している。
これ程に行動が伴わない言行不一致はあるまい。
「日本のために尊い命を犠牲にされたご英霊に対し、尊崇の念を表し、そしてみ霊安らかなれと手を合わせて参りました」と言って、有識者、学者、歴史家に任せるべき戦争の検証・総括を自らの言葉に反して部分的ながら行ってさえいる。
なぜなら、戦死者が尊い命を犠牲にする対象とした日本国家を戦死者を最大限の礼を以って追悼することを通して偉大な国家だと検証・総括していることになるからだ。
このような自身の言葉を自ら裏切る無節操も問題である。
安倍晋三は第2次安倍内閣発足1年の靖国参拝を私的参拝だとした。だが、公用車で靖国神社に行き、「内閣総理大臣 安倍晋三」と記帳し、首相官邸HPに、《安倍内閣総理大臣の談話~恒久平和への誓い~》と題して参拝当日の日付で参拝に関わる談話を総理大臣の言葉として(=公(おおやけ)の言葉として)載せている以上、私的参拝とは決して言えないはずだが、それを私的参拝と偽ることで「政治・外交問題化」を極力抑制しようとしたが、決して成功せず、逆になお一層「政治・外交問題化」させることになった。
談話でも、「靖国神社への参拝については、残念ながら、政治問題・外交問題化している現実があります」と言いながら、自分からその種を撒いている。
「河野談話」にしても「村山談話」にしても、日本の戦争全体の細部に亘って詳細に議論・検討して全体的な結論とする検証・総括そのものではないが、部分的な結論として提示された検証・総括の一つであろう。
当然、安倍晋三は「河野談話」にしろ「村山談話」にしろ、これらの談話に異を唱えて政治問題・外交問題化させることは自身の言葉を守って避けなければならない。
もし自身の意に反する「河野談話」、「村山談話」の歴史認識であるなら、正否の判定は日中韓、その他の有識者、学者、歴史家を交えた日本の戦争の検証・総括に任せてこそ、「政治・外交問題化」は避けるべきであるとする自身の言葉をウソ偽りのない実のある言葉とすることができる。
2012年9月16日の自 民党総裁選討論会での安倍晋三発言。
安倍晋三「河野洋平官房長官談話によって、強制的に軍が家に入り込み女性を人さらいのように連れていって慰安婦にしたという不名誉を日本は背負っている。安倍政権のときに強制性はなかったという閣議決定をしたが、多くの人たちは知らない、河野談話を修正したことをもう一度確定する必要がある。孫の代までこの不名誉を背負わせるわけにはいかない」
「政府にいる我々が発言すれば、直ちに政治・外交問題化し、結果として、歴史的な冷静な冷徹な分析に至ることは難しいということになる」と発言していながら、自身の発言をこれまで守ることができないまま推移させている。
2012年5月11日の産経新聞のインタビュー。
安倍晋三「自民党も下野してずいぶん歯がゆい思いをしてきたが、ムダではなかったと思ってるんですよ。
例えば先日まとめた憲法改正草案は平成17年の新憲法草案よりはるかに良くなったでしょう。前文に『日本国は国民統合の象徴である天皇を戴(いただ)く国家』と記し、国防軍も明記した。やはり与党時代は現行憲法に縛られ、あらかじめ変な抑制を効かせちゃうんだな。
それにかつて自民党は歴代政府の政府答弁や法解釈などをずっと引きずってきたが、政権復帰したらそんなしがらみを捨てて再スタートできる。もう村山談話や河野談話に縛られることもない。これは大きいですよ」――
この発言は確かに野党時代のものである。だが、政権復帰してからも、インタビューで見せた安倍晋三の歴史認識に関わる歴史修正主義の精神は生き続けさせている。
「村山談話」が認めた歴史認識「日本の国策の誤り」と「侵略」を認めまいとする衝動を抱え続けているし、「河野談話」が認めた従軍慰安婦の日本軍による強制性を歴史から排除する欲求を止み難く持ち続けて、結果として「政治・外交問題化」の火種となっている。
火種で終わらずに、ときには炎を噴き出させている。
それぞれの発言が正反対に異なるということは、余程のバカなら、気づかないままの発言となるが、それ程バカというわけではないし、権謀術数の面では相当に頭の働きに長けているから、国会答弁を無難に遣り過すためにその場その場で使い分けていると解釈するしかない。
だとしても、安倍晋三程狡猾・巧妙、且つ薄汚く言葉を使い分ける首相がかつて存在したことがあるのだろうか。