北方四島に対する日本の基本的立場は次の外務省サイトに記載されている。文飾は当方。
「日本の領土をめぐる情勢 北方領土」(外務省平成28年5月17日) 日本の基本的立場 (1)北方領土は、ロシアによる不法占拠が続いていますが、日本固有の領土であり、この点については例えば米国政府も一貫して日本の立場を支持しています。政府は、北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するという基本的方針に基づいて、ロシア政府との間で強い意思をもって交渉を行っています。 (2)北方領土問題の解決に当たって、我が国としては、1)北方領土の日本への帰属が確認されるのであれば、実際の返還の時期及び態様については、柔軟に対応する、2)北方領土に現在居住しているロシア人住民については、その人権、利益及び希望は、北方領土返還後も十分尊重していくこととしています。 (3)我が国固有の領土である北方領土に対するロシアによる不法占拠が続いている状況の中で、第三国の民間人が当該地域で経済活動を行うことを含め、北方領土においてあたかもロシア側の「管轄権」に服したかのごとき行為を行うこと、または、あたかも北方領土に対するロシアの「管轄権」を前提としたかのごとき行為を行うこと等は、北方領土問題に対する我が国の立場と相容れず、容認できません。 したがって、日本国政府は、広く日本国民に対して、1989年(平成元年)の閣議了解で、北方領土問題の解決までの間、ロシアの不法占拠の下で北方領土に入域することを行わないよう要請しています。 (4)また、政府は、第三国国民がロシアの査証を取得した上で北方四島へ入域する、または第三国企業が北方領土において経済活動を行っているという情報に接した場合、従来から、しかるべく事実関係を確認の上、申入れを行ってきています。 |
つまり北方四島は日本固有の領土であり、現在旧ソ連から始まるロシアによって「不法占拠」された状況にあることをロシアに対する日本の基本的立場としている。
と言うことは、当たり前のことだが、日本政府は北方四島が日本固有の領土であることとロシアが北方四島を「不法占拠」していることとは相互的な一体性を持たせた関係として把握していることになる。前者が否定されれば、後者も否定される。後者が肯定されることによって前者も肯定され得る。
当然、北方四島を日本固有の領土であるとする限り、この一体性は表裏一体の確固たるカードとして扱い、決して切り離すことはできない。「不法占拠」であることを否定した場合、否定とまでいかなくても、日本の基本的立場から外した場合、北方四島を日本固有の領土とすることも日本の基本的立場から外す危うさを抱えかねない。
極端なことを言うと、もし「不法占拠」だとするカードを取り下げた場合、北方四島は日本固有の領土であるとするカードの正当性は根拠を失うか、あるいは根拠を弱めることになり、逆に「北方四島は第2次世界大戦の結果ソ連領となった」とするロシア側のカードの正当性を強めることになる。
にも関わらず、2018年11月26日衆院予算委で無所属の会幹事長の大串博志との質疑応答で安倍晋三はこの「不法占拠」なるカードをプーチンとの領土交渉を進めるために曖昧化する戦術に出た様子が否応もなしに浮かび上がることとなった。
このことは1956年の日ロ共同宣言に基づいた歯舞・色丹の二島返還交渉に関係することなのだろか。
大串博志「日ロ、北方四島に関して質問させて頂きたいと思います。私、超党派議員連盟、北方領土返還促進として、四島交流促進の超党派の議員連盟の仕事をさせて頂いております。会長は岸田文雄(自民党)政調会長さんです。私はそこで幹事長をさせて頂いおります。 まあ、四島返還、これは日本の国民全体の、私は願い、思い、そして決意だというふうに思います。先程の総理の答弁を聞いていると、大変不安になった感じが致しました。多く国民の今回のプーチン大統領との合意に関してそう思ってるんじゃないかと思います。 端的に総理に基本的な認識を総理に聞かせて頂きたいと思いますが、北方四島は現在ロシアに不法占拠された状態にある、こういう認識でよろしゅうございますね」 安倍晋三「政府の法的立場には変わりはないということでございます」 大串博志「あのー、はっきり言ってください。北方四島は現在ロシアによって不法占拠されている状態にある。この認識でよろしいですね。総理」 河野太郎「これから日ロで交渉しようとするときにですね、政府の考え方ですとか、交渉の方針ですとか、内容というものを対外的に申し上げるのは日本の国益になりませんので、今一切、差し控えさせて頂いているところでございます。ご了解を、理解を頂きたいと思います」 大串博志「これね、大問題の答弁ですよ。これまで累次の政府答弁に於いての北方領土、北方四島はロシアに於いて不法占拠されてると、いうことを 政府の答弁書でも累次、確認してこられている。日本の北方四島を交渉する、北方四島問題を交渉するに於いても一番基本的なポジションなのです。それを蔑ろにしてしまうんですか。 今の外務大臣の答弁でいいんですか、総理。もう一回総理」 安倍晋三「えー、北方領土はですね、我が国の主権を有する島々であります。この立場に変わりはないというところでございます」 大串博志「不法占拠をロシアによってされているのかどうか、この一点なんです。お願いします。(河野太郎が答弁に立とうとする)総理ですよ。なぜ総理が答えられないんですか。『交渉をやっているのは私なんです』とさっき総理は仰ってるんですから」 河野太郎「これから日ロの機微な交渉やろうというときに先程総理からも答弁がありましたけども、場外乱闘になることは日本にとって決してメリットはありません。様々なことについての交渉は交渉の場の中で行いますので、交渉の外で日本の政府の考え方、方針、そういったものを申し上げれば、当然、ロシア側もそれに対してコメントをしなければならなくなり、場外乱闘になります。それは日本にとって決してメリットにならないことをご理解を頂きたいと思います」 大串博志「これまで交渉をずっとやってきておりました。その中で政府は累次の政府答弁、あるいは政府答弁書の中でも、北方四島はロシアが今不法占拠しているんだということを言われてこられたんです。交渉に影響があるから、こちらの立場を言わないとなると、つまりこちらの立場が譲歩した立場から議論し始めていると言わざるを得ないじゃないですか。だから、心配してるんですよ。 この点はね、総理は(19)56年の日ソ共同宣言を基礎として議論を加速させることを合意したというふうにプーチン大統領と今度は合意されたことも、私は非常に心配するところに繋がっていくと思います。それはなぜかと言うとですね、その後も、56年以降も日ソ間、日ロ間では領土問題に関して色んな交渉を積み重ねて、日本の立場を向こうに述べられてきているんです。 北方四島の領土問題、帰属の問題、四島に関して帰属の問題を解決して、平和条約を解決するということ。総理は先程、日本の立場だとおっしゃいましたけど、日本の立場だけではないんです。 (19)93年の『東京宣言』に於いては日ロの合意事項として紙にちゃんと書かれている。北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結すると、日ロの合意事項として書かれているんですよ。 今回のプーチンとの合意事項の中には北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を結ぶという合意はなされていないのですか」 安倍晋三「今までの日ソ間を含めて日ロ間の交渉をずっと見ておりますとね、確かにこちらの立場、主張というのは変わっておりません。ただ国会での遣り取りが原因となってですね、交渉が止まったことは実はあるんです。ご承知のとおりだと思いますよ。 ロシアの中にもですね、この平和条約交渉については実は進めたくないと言う方がたくさんおられるのは当然だと思います。実際にはそこにロシア人が今住んでいるわけであります。そういう、いわばこの現状にある中で私たちは今、私たちの正当性を主張し、えー、これに挑戦しているわけであります。 そこで新たなアプローチとしてはですね、今まで過去に囚われて、お互いを非難し合うのはやめようということなんですよ。四島の未来を共に描きながらですね、解決策、お互いが受入れ可能な、お互いが受入れ可能なですね、交渉ですから、私たちの主張をしていれば、それで済むということではないんです。目一杯主張していればいいということでは、それで何十年間、全然変わらなかったのは事実であります。 ですから、今やるべきことは私たちは両国が受入れ可能な解決策に至るということだろうと思うわけでございます。そこで今、例として言われた、93年の東京宣言、そして2001年のイルクーツク宣言、イルクーツク宣言のときは私は官房副長官として森総理と共にイルクーツクに行っておりましたが、交渉の過程から知っております。 これも勿論、重要な文書であります。同時に、では何で今度、えー、1956年の共同宣言を基礎としてということにしたかと言えばですね、これはまさに両国の議会が、これは承認、批准をしている、これは唯一の宣言であるわけであります。で、そこで我々はこっから始めよう、この56年宣言ですらですね、向こうも (聞き取れない。ソ連側の批准が手間取ったということか?)長い期間もあったというのも事実であります。プーチン大統領はまさに森総理と会談を行ったときにですね、この56年の宣言のときにもプーチン大統領としてもこれを重視するという基本的な考え方を示されている中に於いてですね、今回まさにここを、これをですね、基礎として、且つ平和条約交渉を加速させるということで合意したという意味は大変大きいと考えているところでございます。 これはそう簡単なことではないですし、ロシアの中にでもですね、現状の中で反対する人もいるでしょうし、四島に住んでいる人だっているんですから。この人達がですね、あくまでも反対したなら、あくまでも反対したらですね、これは交渉がうまくいかない中での交渉だって言うことはご理解いただきたいとこのように思います」 大串博志「交渉が難しいことはよく分かります。且つ新しいアプローチを考えていかなければならないこともよく分かります。ただ日本の立場を余りに弱めるような形になってしまうと、私は非常にやっぱり結果として最終的な結果が先程二島返還になるのか、(二島)先行になるのかということがありましたけど、結果が伴わないんじゃないかと、二島すら還ってこないんじゃないかと、そういう結果になるんじゃないかということを心配しているわけであります。 加えて申しますと、先程東京宣言93年は日ロ間の合意事項として四島の帰属の問題をちゃんと四島の名前も記した上で、これを解決して平和条約を結ぶということを両方、両国間で合意しているんですよ。で、56年共同宣言が基礎、両国の議会でも承認されたと言われましたけど、それでも国交を回復するための文書ですから、国会で承認されたのは当然ですよ。それはそれでいいんです。 ただ56年以降、日本の立場をロシアに認めさせるために色んな外交努力が行われ、そして積み上げてきた結果、得られた結果、それが東京宣言なんです。その立場を今回一気に逆戻りして、56年日ソ共同宣言にまで戻って、私はそれは日本の立場が弱まっているというふうに非常に心配している。 東京宣言に戻るということを是非、総理にはこれからの交渉の中でも合意事項として、合意事項としてプーチン大統領との間では話し合って頂きたいと私は思います」 消費税の問題に移る。 |
1993年の「東京宣言」から平和条約締結の前提としている帰属交渉の対象としている島を見てみる。
〈日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、両国関係における困難な過去の遺産は克服されなければならないとの認識に共有し、択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の帰属に関する問題について真剣な交渉を行った。双方は、この問題を歴史的・法的事実に立脚し、両国の間で合意の上作成された諸文書及び法と正義の原則を基礎として解決することにより平和条約を早期に締結するよう交渉を継続し、もって両国間の関係を完全に正常化すべきことに合意する。〉
択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の全島を帰属交渉の対象としている。
では、2001年の「イルクーツク宣言」
〈1993年の日露関係に関する東京宣言に基づき、択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の帰属に関する問題を解決することにより、平和条約を締結し、もって両国間の関係を完全に正常化するため、今後の交渉を促進することで合意した。〉
1993年の「東京宣言」に引き続いて2001年のイルクーツク宣言でも、択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の全島を帰属交渉の対象とし、平和条約締結の前提としている。
要するに大串博志が言いたかったことを纏めると、1956年の日ソ共同宣言に基づいて色丹島と歯舞群島を帰属交渉の対象とするのは1993年の「東京宣言」からも、2001年の「イルクーツク宣言」からも後退していることになるのではないか、この後退が「不法占拠」という日本の基本的立場を蔑ろにすることになり、その結果、「二島すら還ってこないんじゃないか」と心配し、「東京宣言に戻って欲しい」との願いとなったということなのだろう。
安倍晋三はシンガポールで行われたASEAN首脳会議に合わせて11月13日(2018年)に行った通算23回目となるプーチンとの首脳会談で1956年の日ソ共同宣言に基づいて歯舞・色丹の帰属を交渉のテーブルに載せることで合意した。但しこのことが歯舞・色丹の二島に限った返還交渉なのか、二島先行返還交渉であって、この解決後に国後・択捉二島継続返還交渉に移る二段階方式なのかが当然の問題となった。
その後安倍晋三はシンガポールからAPEC首脳会議が行われるパプアニューギニアに移動の途中、オーストラリアに立ち寄り、11月16日に内外記者会見を開き、そこで次のように手の内を明かしている。
安倍晋三「従来から政府が説明してきているとおり、日本側は、ここにいう平和条約交渉の対象は、四島の帰属の問題であるとの立場であります。従って今回の1956年宣言を基礎として平和条約交渉を加速させるとの合意は、領土問題を解決して平和条約を締結するという従来の我が国の方針と何ら矛盾するものではありません」
要するに歯舞と色丹二島先行返還交渉・国後と択捉二島継続返還交渉の二段階方式であり、四島全体を帰属対象としているのだと手の内を明らかにした。だとすると、北方四島が日本固有の領土であることとロシアが北方四島を「不法占拠」していることの相互的な一体性を壊さずに交渉カードとすることは問題をこじらせる恐れがあるからと曖昧にする態度は理解できるが、二段階方式であることを明確に国民に伝えなければならない。
なぜなら、プーチンも認識し、合意していなければならない二段階方式だからである。認識と合意を経ていなかった場合、二段階方式を進める障害そのものとなる。
プーチンが二段階方式であることの認識も合意もなくを1956年の日ソ共同宣言に基づいた歯舞・色丹二島返還交渉だとのみ認識していたなら、二段階方式はプーチンに対する詐欺となり、あとでどう言い繕っても、それは機能することなく、そうなれば、安倍晋三は日本国民ばかりか、ロシア国民に対しても詐欺行為を働いたことになる。
詐欺の証拠となるのが11月16日のオーストラリアでの内外記者会見での安倍晋三の「従来から政府が説明してきているとおり、日本側は、ここにいう平和条約交渉の対象は、四島の帰属の問題であるとの立場であります」発言であり、大串博志に対して「政府の法的立場には変わりはないということでございます」、あるいは「北方領土はですね、我が国の主権を有する島々であります。この立場に変わりはないというところでございます」との文言ということになる。
果たしてプーチンは二段階方式だと認識していたのだろか。プーチンが2018年11月15日に首脳会談の結果についてロシアメディアの取材に答えた発言。
プーチン「日本はかつてこの宣言を議会で批准しながら実行しなかった。しかしきのう、日本の首相がこの問題を日ソ共同宣言に基づいて協議する用意があると言ってきた。
日ソ共同宣言には平和条約の締結のあとに2つの島を引き渡すと書かれているが、引き渡す根拠やどちらの主権のもとに島が残るのかは書かれていない。これは本格的な検討を必要とする」(NHK NEWS WEB)
この発言のどこからも二段階方式だとの認識は窺うことはできない。もしプーチンが領土交渉は安倍晋三と合意した二段階方式だと認識していながら、歯舞と色丹の交渉のみだと発言していたとしたら、二段階方式であることを誰に対しても隠していることになり、それは安倍晋三と同様にロシア国民ばかりか、日本国民に対する詐欺行為となる。
詐欺行為を犯してまで、特にロシア国民まで騙そうとしているとしたら、プーチンにとって致命的な打撃となるだろう。
要するに歯舞・色丹のみを帰属交渉の対象とすることで合意した通算23回目となる2018年11月13日のプーチンとの首脳会談であり、国後島と択捉島を除いているからこそ、北方四島が日本固有の領土であることとロシアが北方四島を「不法占拠」していることとの相互的な一体性を崩さざるを得ず、後者を交渉のカードとすること避ける意図が働いた曖昧化の疑いが出てくる。