ケイの読書日記

個人が書く書評

カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳 「忘れられた巨人」 早川書房

2018-01-17 10:01:01 | 翻訳もの
 時代はアーサー王なき後のブリテン島(イギリス)だから、6世紀頃? 
 アクセルとベアトリスは、ブリテン人の村に住む老夫婦。遠い地で暮らす息子に会うため村を出るが、このいきさつも変わっている。記憶がハッキリしないのだ。息子がいることも、ぼんやりとしか思い出せないし、息子がどの村にいるのかも、しっかり覚えていない。
 でも「きっと、ひとかどの男になっているはずだ」「私たちの事を待ちわびているはず」なんていう、高齢者特有の思い込みで出発する。どこにいるか知らないのに。

 ああ、この老夫婦の認知症は相当進んでいるなと思う人も多いだろうが、そうではない。ここら一帯の住民は、みな健忘の霧の中にいる。子どもも若者も壮年者も年寄りも、記憶があいまいになっている。
 どうしてだろう? 高徳の修道僧に尋ねると、クエルグという悪い竜が吐く息が健忘の霧になり、みな記憶を無くしていると教えられる。記憶を取り戻したかったら、竜を退治しなければ!竜を退治すれば、楽しかった思い出も、息子のことももっとハッキリ思い出せるだろうと、老夫婦は考える。

 一夜の宿をもとめたサクソン人の村で2人は、エドウィンという少年と、ウィスタンという若い戦士と出会い、彼らと竜退治の旅路を急ぐ。


 子供の頃、アーサー王物語を読んだときは、その時代背景を全然知らなかったが、この頃、ブリテン島には先住民ブリテン人(ケルト系)と、ヨーロッパ大陸から移入してきたアングロ・サクソン人(ゲルマン系)が小競り合いを続けてきたんだ。
 そして一時的にせよ、ブリトン人のアーサー王は、サクソン人を撃退、英雄になる。でも…サクソン人から見れば、大虐殺者だろう。
 現在では、イギリスはすっかりアングロサクソンの国になり、ケルト系は小さくなっている。アガサ・クリスティの小説にも、イギリスファースト、アングロサクソンファーストの金持ち婆さんが出てきて、ケルト人の召使をバカにする場面がある。

 それに、ヒトラーが最後までイギリス人と仲良くしようとしたのは、アングロサクソンがゲルマン系だからなのかな。そう考えると腑に落ちる。同じ白人でも、ラテン系やスラブ系を一段低く見るからね。ヒトラーは。


 世の中、忘れた方が上手く行くって事、多いと思うよ。若い戦士ウィスタンは叫ぶ。「悪事を忘れさせ、行った者に罰も与えぬとは、どんな神でしょうか」「大量に蛆をわかせる傷が癒えるでしょうか、虐殺と魔術の上に築かれた平和が長続きするでしょうか」
 ウィスタンの言ってることは正しいが、それでは永久に戦いが続くことになるだろう。
 
 この老夫婦、アクセルとベアトリスも、記憶を徐々に取り戻して果たして幸せになったんだろうか?

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